悠元は一人、自室で折り畳み型端末のキーボードを叩きつつ、香澄と琢磨のトラブルについて思い返していた。
ロボ研とバイク部の喧騒に巻き込まれたのはケントという新入生だったと達也から聞き及んだ。達也の自己評価はともかくとして、彼を慕う人間が着々と増えていることは流石お兄様であると褒めたくなってくる。
しかし、昨年は真由美と摩利、克人がそれぞれ三組織のトップをしていた時に起こらなかった現象がなぜ起きてしまったのか……原作ならばともかく、今の香澄は理知的な行動を心がけている筈だ。
ダメもとで琢磨とのやり取りで何があったのかをチャットアプリで聞きだしたところ、事細かく教えてくれた。
「ボクが行った時には、生徒会の達也先輩や理璃ちゃん、部活連の十三束先輩と七宝がいました」
まず達也と理璃から話を聞き、生徒会においてその喧騒について不問にするという内容を聞いた上で十三束に判断を仰ごうとしたらしい。現状の琢磨は執行委員の見習い扱いでしかないため、香澄の取った行動は理に適っていた。
「ボクは風紀委員として諍いを止めようとしました。ただ、我が物顔は出来ないので先に仲裁に入っていた十三束先輩に聞こうと思ったんです。そしたら、七宝が一方的に『ここは部活連の管轄だから出ていけ』と言ってきて」
香澄の
そのことは香澄自身も理解していたので、琢磨を横切って十三束のほうへと向かおうとしたところ、琢磨が掴みかかろうとしたのでサッと躱したのだ。
「ボクは『私は十三束先輩に確認したいんだけど?』と言ったら、向こうは頑なに『七草が出る幕なんてないんだよ。喧嘩売ってんのか?』と言ってきてしまって……ついボクもカッとなったことは否定しません」
いや、どうみても喧嘩売ってるのは
念のため、現場に駆け付けた達也と深雪にも確認したが、香澄の述べたことと食い違いは見られなかった。
あと、七宝家現当主についても何か知らないかと聞かれたので、堅実な立ち回りで利を得るタイプであり、琢磨のように形振りかまわず喧嘩を売るようなタイプではない、と返しつつ「詳しいことは真由美(文面上では七草先輩)に聞いた方が早い」と付け加えておいた。
そもそも、当主が短気な性格だと十師族に選ばれるはずもない訳だが。
(……裏付けは取れた。条件も粗方は揃った。残るは……)
端末のモニターには魔法実験で使用する大型実験機の設計図が表示されている。魔法科高校の実験機材や魔法実習で使用するCADはその殆どをFLTが担っていて、その設計や改良の仕事も時折悠元に回されてくる。
だが、今表示されているのは魔法工学科のカリキュラムに存在しないもの―――魔法による核融合発電実験装置の設計図だ。これよりも更に小さいサイズでの実験は既にFLTで成功しており、今度はこれよりも大型化して装置の耐久度が問題ないかを事細かく精査している途中だ。
反魔法主義―――人間主義者によるネガティブキャンペーンは進んでおり、その動向を七草家のみならず十文字家も調べている節が見られた。
そもそも、人間主義というのは魔法を異端(不自然な力)扱いし、天(もしくは神)に与えられた力(自然の力)のみで生きていくべきとした宗教的側面を備えた主義・主張であるわけだが、それを言ったら現代魔法以前の人為的ではなく自然的に発生した力―――古式魔法や魔法古代文明、そして超能力すら否定しかねない主張は矛盾そのものだ。この辺は「ブランシュ」のように自分らの都合の良いように解釈しているのだろう。
というか、説明の段階で既に矛盾が生じる(そもそも体系化された魔法の定義は、自然の物理法則を改変する「技術」)という時点で論理が破綻している。自然の力だけで生きていくのだとすれば、魔法とそれなりに関係のある科学ですらも不自然な力という論理になってしまう。
かつて存在したと言われる神業を成し遂げた人物を肯定しておいて魔法を認めないというのは支離滅裂でしかない。
何故、七草家が周公瑾の主導しているメディア工作を利用して四葉家の価値を落とそうとするのか理解に苦しむ。とりわけ七草家の現当主は外国勢力によって手痛い傷を負った側の人間のはずなのにだ。
そんなことをするぐらいなら七草の価値を上げる方が変な恨みを買わずに済むと思う。実際のところ、三矢家はその方法で十師族のトップクラスに位置する発言力を得ることに成功した。その発端を生み出した人間が言うべき台詞ではないかもしれないが。
第三研の『多種類多重魔法制御』と第七研の『群体制御』という二つの技術を得て大成している以上、七草の実力は本物である。その裏で七宝家―――正確には琢磨のように七草家を快く思わない人間もいたりするが、現当主が四葉家に対してやっていることは稚拙という他ない。
四葉が原作通りあのまま進んでいれば、間違いなく十師族の中で突出することになる。だが、その危険性が少なくなりつつある以上、七草家のやっていることは十師族を分解させかねない行為でしかない。
七草家の四葉への執着が、某拳法漫画に出てくる天才を妬む阿呆のように聞こえてしまうのは……自分の気のせいだと思いたい。
(少なくとも、七草は周公瑾がメディア工作をしていることに気付いている可能性は高い。そのことは周公瑾の側も把握しているとみていい。残るは……現段階で“繋がり”があるか否か)
原作において明確な繋がりを持つのはこの一連の騒動後の話だ。しかし、この世界でその通りになっているとは必ずしも限らない。最後の懸念事項次第で七草家への対応総てが決定することになる。
悠元は折りたたみ型端末の電源を落として手元にあった情報端末を左手で掴むと、そのまま部屋を出てリビングに向かった。リビングの電話から悠元が通話を掛けた相手―――それは三矢家の現当主であり、悠元の父親である三矢元であった。
「お久しぶりです、父さん」
『悠元か、久しぶりだな。しかし、態々一般回線を使うということは何かあるのか?』
「まあ、色々ありまして……急な話ですが、明日は大丈夫でしょうか?」
悠元はそう述べてから手に持っている情報端末からデータを送信し、元もその場所を確認した。こんな形を取ったのには表向き仲の良い親子が連絡を取っているという体を演じるためだ。簡潔に述べるなら、どうせ聞いているであろう連中を欺くためとも言える。
『明日か……すまない。急な用事が入ったようで、二人きりでの面会は難しそうだ。特に今月はかなり忙しいのでな』
「それは仕方ないですね。ゴールデンウィーク辺りにでも都合を付けます」
『そうしてくれると助かる』
通話の中で元が断ることは既に“取り決められていた”ので、何ら問題はない。そして、元のお陰で
その後は、学校生活での他愛ない話をして通話を終えたところで、悠元は手に持っている端末に『八咫鏡』を発動させて司波家周辺にいる人間を探る。
(七草家関連の人間が数人か……何にせよ、しっかり段階を踏んでいかないと始まらない話だな)
いくら「世論」という標的が存在しない相手とはいえ、十師族同士で相打ちなんてしたらそれこそ周公瑾や顧傑だけでなく、終いにはUSNAをはじめとした欧米諸国がほくそ笑むだけなのだと理解しろ、と愚痴の一つも零したくなったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
西暦2096年4月14日。悠元は都内某所にある高級料亭の一室にいた。この店は神楽坂の息が掛かった店であり、数多くの著名人や政治家がお忍びで通うほどの人気を博している。公的な場なのでスーツ姿となっているわけだが、するとそこに通されたのは昨日話したばかりの元であった。
「おや、悠元。一番乗りかと思ったのだが、早いな。いや、この場は神楽坂殿でしたか」
「まだ身内しかいないので問題はないよ、父さん」
元は悠元の隣に座り、一息吐いてから悠元に向き直った。
「内容は全て目を通した。だが、本気なのか?」
「でなければあんな内容の文章は送らない。ようやく盤面が整ったからこそ出来る訳だけど―――いらっしゃったみたいだな」
「遅れて申し訳ない、神楽坂殿。それと、三矢殿は初めましてになりますな」
「これは総理自らとは。十師族・三矢家が当主、三矢元と申します」
悠元がここに呼んだのは総理大臣と元の二人。本来権力を捨てた十師族が政治家と会うのはあまり好ましいことではない。だが、悠元がこれからやろうとしていることには、この二人の協力がどうしても外せない。一先ず、出された料理が冷めないうちに食していくこととなる。流石に悠元は未成年なので、酒ではなくお茶にしてもらっている。
他愛のない話をひとしきりしたところで、総理から切り出した。
「さて、神楽坂殿。秘書から受け取った手紙は全て読ませていただいたが、あの内容で動いても問題はないと思ってよいのですね?」
通信では盗聴されていてもおかしくはない。それは前世において相手のやりようを熟知していたからに他ならない。なので、文面にした上で総理だけが読めるよう差配をした。そこに記載した内容は彼だからこそ出来る仕事を任せるためだ。野党の躍進を許せば、それこそ魔法科高校と軍の癒着を騒ぎ立てることなど容易に想像がつく。
「ええ。この部分に関しては総理の領分でもあります故、そこはきちんとお願いします。父さん―――コホン、三矢殿には臨時師族会議で全会一致の同意を得る形にしてほしいのです。こちらからは既に一条、二木、四葉、五輪、六塚、八代の了承は取り付けておりますので、残る七草と九島、十文字の説得をお願いします。場合によっては私も神楽坂の人間として出席いたしますので」
「分かりました、神楽坂殿」
会食自体は2時間少々で終わり、各々帰路に就いた。
七草家は世論そのものを分割して力を削ごうとしているようだが、一時的な小康状態にしか成り得ない。そもそも、調べはついているだけでその火消しにまで手が回るかといえば極めて難しい。幸いにして、人間主義の勢力を削ぐ方法は
司波家に帰宅すると、見たことのある靴に気付きつつリビングに向かう。すると、悠元が想像した通りの人物―――文弥と亜夜子がいた。
「おや、文弥に亜夜子ちゃんか」
「お久しぶりです、悠元さん」
「お邪魔しています」
文弥と亜夜子に挨拶を交わすと、深雪が近付いて風呂の準備が出来ていると伝えてきたので、そのまま風呂に入って動きやすい服に着替えてからリビングに戻ってきた。文弥と亜夜子はいつでも寝れるような格好となっており、どうやら今日は泊まっていくらしい。客間は水波が整えていたようで、そこに関しては特に異論などなかった。
「悠元さん。達也兄さんと深雪姉さんには伝えたのですが、どうやらUSNAの人間主義者が入り込んでいるようです」
「どうやらそうみたいだな。しかも、反魔法主義のメディア工作には七草弘一と九島烈が絡んでいるんだろう?」
「ええ、その通りです」
正確に述べるならば、七草弘一のメディア工作に対して九島烈は反対しなかっただけで、言い換えれば黙認するということにほかならない。十師族の為と言えば聞こえはいいが、間違いなく十文字家としては小火と言えども許容できないであろう。近い時期に何らかの形で抗議することは間違いないとみている。
「魔法科高校と軍の癒着とか馬鹿馬鹿しいと言いたいがな。彼らの論理自体破綻しているに等しい。昨年度の国立魔法大学卒業生は横浜の件もそうだが、3年前の沖縄と佐渡侵攻以前に魔法科高校を卒業しているというのに」
一例を挙げるとするなら、メディアや野党議員の一部は昨年度の国立魔法大学と防衛大学校の卒業生における軍関連への就職割合から軍との癒着を示している。だが、魔法大学付属高校は全国に九つあるのに、それら全ての卒業生に占める魔法大学および防衛大学校の進学割合を提示しないのは何故なのか。
魔法科高校の1学年単位の全体人数は1200人。途中で魔法技能の消失によるドロップアウトを差し引いても1000人から1100人はいるとして、九つの魔法科高校から国立魔法大学に入る人間を大体700人から800人と仮定、その半数が軍関係に進むとなると350人から400人程度になる。
つまるところ、魔法科高校から軍関係に進んでいる人間をざっと計算しても魔法科高校の卒業生の約3分の1以下、第一高校の卒業生に限定しても平均して約40人から50人程度が目安。そこに防衛大学校の卒業生を加えたとしても、下手すると70人を切る計算―――第一高校で言えば、一学年単位あたり8クラス中ほぼ3クラスが軍関係に就職している形になる。
防衛大学校は軍関連へ進むことを前提にしたカリキュラムであるからして大半が国防軍への配属になるのは自然の流れであるが、国立魔法大学から国防軍およびその関係機関へ就職するのは本人たちの自由意思によるものだ。
この国の法律では非常時―――緊急事態の場合を除いて18歳未満の軍役を禁じていることぐらい読めば理解できる話だというのに。
そもそも、昨年度の国立魔法大学卒業生と第一高校卒業生を一緒くたに比較など出来るはずがない。より正確なデータを出すのならば、国立魔法大学の卒業生が魔法科高校から卒業した当時の進学先データを引き合いに出さなければならない。
昨年度の国立魔法大学卒業生は沖縄防衛戦や佐渡侵攻、横浜事変が起こる前に魔法科高校を卒業しており、昨年度の魔法科高校卒業生はそれらが起きた後に卒業した。この時点で国内・国際情勢の条件が違うのに、その前提を隠した上で騒ぎ立てている時点で底が知れたようなものなのかもしれない。
「極端な話、魔法科高校に入学したほぼ全員がエスカレーター式で軍関連の職に就いているなら筋は通るんだが……達也、反魔法主義の連中
「誰か消すのか?」
「そこまで極端にいかねえよ。FLTで以前やった実験の装置を第一高校に運び入れるよう手配するから、生徒会や風紀委員を説得してほしい。学校外の説得は全部こちらで受け持つ」
以前やった実験、という文言で達也も何をするのかは察したようで、何も知らない深雪や水波、文弥や亜夜子は揃って首を傾げていた。どの道最低でも深雪には協力してもらうため、悠元は宣言するように言い放った。
「常駐型重力制御魔法式継続熱核融合炉の実験―――FLTの実験では既に
将来の「ディオーネー計画」に対する
しかも、悠元の述べた言葉をそのまま受け取るとするならば、飛行魔法を含めて加重系魔法三大難問とまで言われた難題をまた一つ「トーラス・シルバー」が解決したに他ならない、ということも。
連絡自体に態々回りくどい方法を使ったのは、普通に連絡を取っているように見せかけているためです。全部目に見えないところで連絡をしていたら相手が余計に怪しむと考えてのものです。
大学や高校の進路に関しては国立魔法大学の定員数が不明の為に仮定の計算ですが(大学の規模でピンキリすぎますが、国策機関である以上は数百人規模の定数はあると思っています)、具体的な人数ではなくパーセントの数字の大きさで騒ぎ立てるって稚拙すぎる気もしますが……軍には現代魔法だけでなく古式魔法の使い手もいる(風間や柳、響子など)のですが。