一科生と二科生の諍いを止めたのは、今年度の新入生総代。更には十師族の一角である三矢家の人間。その人物の登場に黙り込む面々を知ってか知らずか、悠元はハッキリと言い放つ。
「なあ、お前ら。ほのかはともかくとして、残りの連中全員が攻撃のための起動式を展開してただろ? 確かに校舎内でない以上CADの携帯は許されるが、特段の事由がない限り相手を殺傷するような攻撃魔法は校則以前に犯罪行為と明文化されている―――違うか?」
その言葉に一科生側の面々が言葉を詰まらせる。だが、それだけでは足りないと判断して悠元は言葉を続ける。
「特に森崎。百家に連なる家のお前なら十分理解していたはずだ。法を破ることの意味もな。けれど、そのお前が真っ先に攻撃魔法を放とうとした。これでもし後ろにいる二科生の五人のいずれか、あるいは全員が怪我を負っていたら……この先は言わずとも理解できるだろう? 恐らく禁止用語を使ってまで一科生と二科生の違いをアピールしたかったんだろうが、そこまで言った以上は
少なくとも、達也たちはCADを使って自ら一科生に危害を加えようとしていなかった。あくまで話し合いの範疇で解決しようとしていたのは明らかだ。
それを見てCADを先に手に取ったのは紛れもなく一科生の側。二科生のほうも展開しようとしたが、順序的に言えば正当防衛になりえた可能性が高い。
発動未遂で済んだからよかったものの、仮に怪我なんかさせれば魔法を放った一科生の家族に対する評価が著しく下がる。それは森崎家のような立場の家柄なら致命傷になりかねない。本人だけでなく一族までもその被害を受けることになる。
例え本人にその気はなくとも『簡単に人に危害を加えるような人間』なんて逆に危険だと判断されてしまう。護衛を家業とする森崎家は特にだ。
悠元がほのかと呼んだ女子の魔法だが、閃光魔法だということは理解できていた。威力も軽いフラッシュグレネードぐらいのもので、失明に至るようなものではなかっただろうが、念のために起動式となるサイオン情報体を[
自分たちが優秀だというのなら、自分たちのやっていることを冷静に判断できるだけの精神を磨くべきだと思う。何ならこの学校にはカウンセラーもいるので、そういった者との関わりで己の心を見つめ直すのも一つの手段だ。
とある著名な魔法師はこう言った―――『魔法師は常に冷静沈着を心掛けるべき』と。その意味で悠元も人のことは言えないが。
悠元の言葉で一科生は全員の表情が青褪めていた。無論森崎も例外ではなかった。彼の言う通り、力づくで実行しようとしたことは言い逃れできないのだから。
そして、彼らにとっては追い打ちとなるような二人―――真由美ともう一人の先輩と思しき人物が姿を見せた。二人はCADを見せた上で魔法を使おうとすればそれ相応の対処をすると警告を発していた。
「貴方達、何をしているのですか!? 人に向けてのCADの使用は犯罪行為です!」
この状況からすれば下手にボロが出るのは一科生の側だろう。別に助け舟を出すつもりはなかったが、悠元がCADを手にしたまま二人の前に出て頭を下げた。
「申し訳ありません。どうやら森崎家の[クイックドロウ]に皆が興味津々だったようで。後学のために集まっていたのを勘違いして横槍を入れてしまいました」
これには二人だけでなく、当事者の面々も驚くようなそぶりを見せる。別段嘘をついているようにも見えない悠元に、真由美の隣にいる女子生徒こと
「なら、あそこにいる女子生徒が放とうとしていた魔法はどう説明する?」
「―――彼女が放とうとしていたのは軽い目くらまし程度の閃光魔法でした。ヒートアップしたのを止めようとして咄嗟に発動しようとしたのでしょう」
摩利の質問に答えたのは意外にも達也だった。どういう意図かはわからないが、何にせよ心の感謝はしておくこととする。その言葉を聞いた摩利は達也に問いかけた。
「つまり、君は発動段階の起動式を読み取った、と?」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「―――誤魔化すのも得意、というわけか」
棘のあるような言い方をする摩利に達也は動揺することもなく言い切った。それを見て、悠元もフォローする形で言い放った。
「さっきも言った通り、行き違いとなった上に変な横槍を入れて騒ぎになっただけです。先輩方のお手を煩わせて申し訳ありません」
こうなると先輩二人にはどう対処するのも難しい。それを判断したのか、真由美が口火を切った。
「もういいじゃない、摩利。確かに魔法を教え合うこと自体は悪くないですが、魔法の発動には細かな制限があります。それを習うまで魔法の自習活動は控えるといいでしょうね」
「……はぁ」
真由美の物言いに対して、ここで必要以上に出たら面目が丸潰れになる。これ以上の追及はあきらめたが、摩利は達也と悠元を見ると問いかけた。
「二人とも、名前は?」
「1年A組、三矢悠元です」
「1年E組、司波達也です」
「―――成程。覚えておこう」
摩利は二人の名前―――悠元の名前を聞いて少し驚いたが、納得したように踵を返してその場から去った。そして、真由美もそれについていく前に、悠元に近づいて小声で尋ねた。
「ここだけの話、本当に何もなかったのよね?
「本当に何もありませんのでお帰りください、七草先輩」
サラッと塩対応の言葉を言い放つと、真由美は若干膨れたような表情を見せたが、「あっかんべー」という仕草を見せて摩利を追いかけるようにその場を離れた。
二人が去ったのを見計らうように、恨みがましいような声が横から聞こえる。
「借りだなんて思わないからな」
「別に貸したつもりはないから安心してくれ」
その男子生徒―――森崎の言葉に悠元は平然と答えつつ右手に持っていた特化型CADを差し出すと、森崎は渋々それを受け取った。その上で達也を見据えながら言い放った。
「長野……三矢に名字を言われたが、僕の名前は
あー、すっごい選民主義っぽく聞こえるな、コレ。自分が十師族の直系だからまだよかったけど、これが名も知らぬ家柄だったら面倒だったわ。すると、森崎はこちらにも視線を向けていた。
「三矢、お前にも絶対負けないからな!」
「ああ、負けず嫌いは嫌いじゃない。遠慮なく挑んでこい」
「……っ!!」
「お、おい、森崎!」
森崎は挑発のつもりだったんだろうが、あっさりと返されたことにどう言っていいか解らず、逃げ帰るようにその場を後にし、取り巻きの一科生も森崎に続く形でその場を去った。
これでようやく片づけなければならないことの一つが片付いたわけだが、ここからが本題……悠元は達也に視線を向ける。一方、達也の視線が明らかに警戒を滲ませる様なものだったことに、内心で溜息を吐きたくなった。
「さて、達也。どこから説明したほうがいい?」
「そうだな……お前が名前を偽っていた理由は、十師族であることを隠すためということか?」
「正解。うちの家業の関係から狙ってくる奴もいたからな……それぐらいは理解できるんじゃないか? 頭の回転が速い達也なら」
悠元が魔法使いの家関係ではなく、頭がいい達也なら解るだろうと言ったのは周囲に達也が四葉の関係者だということを悟らせないためだと理解する。その上で達也は問い掛けを続ける。
「なら、あの時出会ったのは?」
「“全部”父経由で話が回ってきていてな。断るに断りきれなかった」
「……そうか」
あの時―――即ち、沖縄侵攻の一件の時。国防軍に関しても黒羽貢の個人パーティーにしても全くの偶然で、クルーザーも父の繋がりから。さらに空港の時も剛三の差し金だったことは言うまでもない。これは嘘ではないので、ハッキリと言い切った。
「……あの時、どうして身を挺したんだ? それと、どうしてそこまで俺を守ってくれた?」
前者は命を捨てようとしてまでも深雪を守ったこと。後者は達也が[
「他の誰でもなく、俺がただそうしたかっただけ。三矢家の事情がどうとか十師族だからという理由なんて、その時はちっとも考えてなかったよ。まあ、名字を隠してた時点で実家を頼りたくないって思ってたことは事実だ」
悠元はそういいつつ、右手を差し出した。少し困惑する達也に悠元は笑顔を見せた。
「騙すつもりじゃなかった、なんてこれだと言い訳がましいな。俺は、十師族としてでなく一人の人間として……お前とは仲の良い友でありたい。これじゃダメかな?」
「……いや、変に疑ったのは俺もだ」
難しく考える必要なんてない。悠元が十師族であることを無駄に警戒しすぎていたのかもしれない。そんな懐疑的になっていた自分を苦笑するように、達也は自らの右手を差し出して悠元と握手を交わす。
「改めて、三矢悠元だ。名字呼びは慣れてないし、悠元でいいよ。よろしくな」
「こちらこそ、司波達也だ。俺のことも達也でいい。よろしくな、悠元」
そうやって熱い握手を交わす二人に、駆け寄ってくる一人の少女―――深雪がまるでタックルするように悠元に抱き付いた。
「佑都さん!!」
「ふぐおっ!?」
「悠元!?(というか、深雪!?)」
深雪の行動に流石の達也も想定外だったようで驚くような素振りを見せていた。
何とかこらえることに成功して倒れるまではいかなかったが、鳩尾に痛みを感じる悠元に対して、深雪の表情はとてもキラキラしていた。周囲に眩いエフェクトが出ていても不思議じゃないぐらいに喜んでいた。
「佑都さん、あ、悠元さんでしたね。本当に会えて嬉しいです……」
「うん、こっちも会えて嬉しいよ……達也、以前よりパワーアップしてないか?」
明らかに沖縄の一件よりもパワーアップという名の悪化をしていることに悠元が尋ねると、達也はこう返した。
「その、周囲が発破をかけていたからな……主にお前も知っている人物が二名ほど」
「それで大体察した」
それで解ったわ、あの姉妹か! 深雪にこれだけの入れ知恵するとなったらあの二人しか該当しないわ! 達也も冗談は言ったりするけど、まだ深雪のことをちゃんと考えてくれてるからな。
そんな三人の世界になりかけているところを躊躇いがちに話しかけてきたのはエリカだった。
「あのー、お三方? そろそろ現実に戻ってきてくれます?」
「あー、悪い。エリカ、返しておくな」
そういえば、と思いつつ悠元は左手に持っていた警棒型CADをエリカに返した。すると、エリカがニヤニヤしながら悠元のほうを見てきた。
「しっかし、うちの兄貴を完封した悠元と達也君の妹がねえ……」
「あんましふざけたこと言ってると、爺さんに頼んで
「そ、それはマジ勘弁。
(成程。エリカの言っていた意味が腑に落ちたな)
悠元の言い放った内容で流石に調子乗りすぎたと反省するエリカを見て、達也は納得した。悠元が新陰流剣武術を修めている一人だということ。そして、彼はエリカの兄に対して硬化魔法だけで勝利を収めたことも納得できるような気がした。とりあえず、悠元は深雪を落ち着かせると、他にいる面々に挨拶をした。
「三度目の自己紹介になるけど、三矢悠元という。まあ、気付いているだろうけれど、あの『三矢』だ。でも、そんなことで遠慮せずに名前で呼んでくれ」
「俺は
「柴田美月といいます。私も美月で構いません。よろしくお願いします、悠元さん」
レオ、美月と自己紹介を交わし、少し打ち解けたところで悠元を呼ぶ声に反応すると、先程魔法を放とうとした
「そ、その、さっきはありがとうございます、悠元さん」
「久しぶり佑都。ううん、悠元。まさか十師族だなんて驚きだった」
「久しぶりだな、雫にほのか。相変わらず仲がいいな……って、脇腹を抓らないでください、深雪さん」
「むぅ……」
(これでいて悠元に対する気持ちの自覚がないのだから困るな。まあ、それは悠元にも言えたことかもしれんが)
ほのかと雫に接する悠元に深雪は無意識的に焼きもちをやくように脇腹を抓る。それを見た達也は内心で溜息を吐いた。
そんな会話の後、軽く自己紹介して……ほのかの提案で途中まで一緒に帰ることとなった。