魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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一体誰を誘惑しているのか

 国立魔法大学は国防陸軍旧練馬基地跡に建てられている。朝霞(あさか)基地の拡張に伴って練馬基地を吸収統合した際に空いた土地の有効活用として作られている。実際のところは国立魔法大学建設計画が持ち上がったために基地の吸収統合を急いだ経緯がある。

 余談だが、練馬基地を解体する際に激しい稲光や轟音が鳴り響いたという都市伝説が存在したのは……本当の話なのかどうかは不明である。

 

 成立の過程による影響を受けてのものか、あるいは第三次大戦による魔法の有用性を認識したからなのか……その両方が強く影響して、魔法大学卒業生の約四割が軍及びその関係機関に進路を取っている。これを偏っていると論ずる人間は当然いるが、昨今における魔法師の社会的需要からすれば不自然な事ではない。

 とはいえ、魔法大学そのものが軍事的な風紀を有しているかと言えば、決してそんなことはない。服装に関しては余程派手でなければ咎められることはなく(精々学生同士の忠告に止まる程度のもの)、魔法科高校より自由であると言えるだろう。

 カフェでは、座席に結構な数のカップルがいる中で女性二人が向かい合わせに座っていた。

 

「……周りはカップルばっか」

「……気持ちは分かるけど、言葉に出すのは止めなさい」

 

 Tシャツに前開きのタイプのパーカーを羽織り、デニムを履きこなしていて気怠そうな雰囲気を纏わせているのは三矢家三女にして魔法大学2年の三矢(みつや)美嘉(みか)

 その向かい側には、ワイシャツに細かい編目のカーディガンを纏い、落ち着いた色のフレアスカートを着こなす三矢家次女にして魔法大学3年の三矢(みつや)佳奈(かな)が美嘉を窘めつつ端末に視線を落としていた。美嘉がのぞき込むと、そこには反魔法主義の記事が並んでいた。

 

「最近この手のものばかりだよね。昨年のアレをもう忘れたのかって言いたくなるけど」

「仕方がないわよ。私達のように全員が強い訳ではないから」

 

 美嘉が述べた“アレ”とは横浜事変のことだ。美嘉も佳奈も義勇軍として大亜連合の襲撃を撃退した。加えて先日のパラサイト事件も含めれば、国内外を取り巻く情勢は予断を許さない。そんな中で魔法師の人権保護を謳っている連中の闊歩を指し示すかのように反魔法主義の記事が目立つようになった。美嘉は佳奈の端末を見ながらポツリと零した。

 

「……これはアレだね。どっかの意地の悪い狸が煽ってるんじゃないかな」

「根拠は?」

「私の勘。ついでに言うなら、記事を見ている限りだと反対派の中で分断しているようにも見えるけど」

 

 普通なら曖昧な予測は危険だろうが、佳奈は美嘉の勘の鋭さを信頼している。美嘉の魔法科高校時代―――風紀委員をしていた時、一科生による二科生へのいじめを直感で察しては制圧していた。最早やっていることが神業のレベルだが、美嘉自身も自分の勘が外れたことなど殆どないと自覚している。

 とはいえ、気付いたところで十師族の直系である自分らには対処できる範囲を超えてしまっているため、下手に手を出せないことは美嘉も自覚していた。

 

「ただ、私がどうこう出来るってレベルじゃないんだよね……父さんに相談してみる?」

「……そのほうがいいわね。って、あら?」

 

 美嘉の発言を受けて佳奈も同意の言葉を述べたところで、佳奈はこちらに向けている視線に気付いた。佳奈がその方向に視線を向けると、今年大学に入学したばかりの克人と真由美が揃って来たのだ。これには美嘉がニヤつきつつ真由美に話しかけた。

 

「おやおや、まゆみん(美嘉が名付けた真由美のあだ名)はかっちゃん(克人のあだ名)とデートですか。見せつけてくれますなあ」

「美嘉さん!? 冗談でもそういうことは言わないでください!」

「十文字君も大変だね。美嘉、席を空けてあげて」

「すみません、失礼します」

 

 美嘉と真由美の喧騒をよそに、佳奈は美嘉に席を空けるよう言いつつ克人を労った。克人は丁重に断った上で美嘉が空けた席に座り、真由美がその隣に座る。そして、真由美をからかいつつも二人の為に席を空けた美嘉は佳奈の隣に座りなおした。

 一見すると一組の男女に二人の女性が詰問するような状態だが、この四人は魔法師社会における秩序の中心にいる十師族に連なる人間。佳奈が遮音フィールドを張った(魔法大学内では使用を許可されている魔法に関して定められており、遮音フィールドもその一つである)ところで、佳奈が問いかけた。

 

「それで、二人はどうしたの? 昨今の反魔法主義の記事に関すること? それとも……その一端に七草家が関わってること?」

 

 佳奈の問いかけは先程の美嘉が述べた勘も含んだものだが、真由美がビクッと僅かに反応したことに加え、佳奈の「精霊の眼(エレメンタル・サイト)」で真由美の体内の想子に揺らぎを感じたため、間違いはないと判断した。すると、真由美をフォローするように克人が佳奈に問いかけた。

 

「佳奈殿、先程七草と話したのですが……どうやら、七草殿が今回の反魔法主義キャンペーンに関わっているとのことで」

「(美嘉が勘付いた通り、か……)それで、私らに何か相談があるのよね?」

「ええ。近日中に臨時師族会議が開かれるとのことで、父から聞いた話では三矢殿と四葉殿が発起人となっているようです。なので、何かご存じではないかと伺った次第です」

 

 克人の言葉を聞いて佳奈は考え込んだ。近頃の情勢を考えれば、何かしらの動きで魔法科高校及び魔法大学に人間主義者のシンパとなる人間―――例えば、魔法師の人権保護を唱える野党の国会議員がアポなしで訪れ、魔法科高校や魔法大学のカリキュラムを軍事的なカリキュラムが多いとでっちあげることも予想がつく。

 そのことは一先ず置いた上で佳奈が答えを返した。

 

「残念だけれど、私も美嘉も父からは何も聞かされていない。けど……」

「何か心当たりが?」

「この間、悠元と電話で話したって言った翌日、身なりを整えて要人と会うからと言い残して出掛けたのは覚えてる。多分、悠元がこの件に関わってる可能性が高い……真由美、今月のどこかで悠元が七草家を訪れてるんじゃない?」

「あ、はい。実は昨晩悠君が七草家(うち)に来まして、その時は神楽坂家と三矢家の当主代理として訪れていました」

 

 真由美の述べた言葉には佳奈のみならず、美嘉や克人まで驚いていた。どうやら、悠元が七草家を訪れていたことは聞かされていたが、その部分に関しては真由美も伝え忘れていたのだろう。

 

「七草、先程のことは俺も初耳なのだが?」

「ごめんなさい、十文字君。只でさえうちの父が反魔法主義の世論を煽っていたなんて驚きだったから」

「そりゃそうだよね……佳奈姉、こうなると父さんよりも悠元に連絡を取るべきじゃない?」

 

 美嘉の言い放った発言に、佳奈は頷いて端末を取り出すとメールを素早く打ち込んで送信した。すると、1分もしないうちにメールが返信されてきた。

 

「悠元から返信が来た。この場所で会うって言ってる」

「どれどれ……って、この前友達と話してた話題の高級レストランだよ、ここ」

 

 悠元が会談の場所に指定したのは、都内の高層ビルの一角にある高級レストラン。かなりの人気で1年先まで予約で埋まっているほどだ。となると、それなりのドレスコードが要求されることは想像に難くない。彼ら四人の取った行動―――具体的に言えば、克人以外の女性陣の動きは素早かった。

 

「まゆみん、この後の講義は家の事情で休む方向で」

「あ、は、はい!? 即決ですか!?」

「今持ってるドレスが合うかどうかの保証なんてないでしょうに。なので、今から七草家に行くよ! あ、騒がしくしてゴメン、かっちゃん」

「いえ……では、自分も支度があるので失礼します。この場の支払いはしておきますので」

「ちょっと十文字君!?」

 

 美嘉と佳奈に拘束される形となった真由美を横目に、克人は伝票を持ってその場を後にした。

 女性というものは準備が大変なのだ……と、常識の範疇で知っているからこその行動だが、そういった気の利く行動を取っても高校生離れした身なりのせいで女性に怖がられてしまっている克人であった。そこに加えて十師族の直系という事実もあり、更には真由美の“お相手”ではないかという噂もあるため、中々お近づきになろうとする女性が少ないのが実情であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 都内某所の有名レストラン。悠元は以前、「九頭龍」の一角を担う安宿怜美と会談した際に使った場所。神楽坂の名を出すとあっさり会談用の席が予約できてしまったことには驚きだが、一々驚いてもキリがないと諦めた(元々会談用の席は予め空けられていて、それこそ政治家でも国務大臣クラスの人間しか出入りを許されない)。スーツ姿に身を纏い、先んじて席に座りつつ端末を見ていたところ、ウェイターが悠元に近付いて一礼した。

 

「失礼いたします、神楽坂殿。三矢美嘉様と三矢佳奈様、七草真由美様に十文字克人様がお見えです」

「では、こちらの席にご案内をお願いします。全員が席につき次第、料理を運んでいただけますか?」

「畏まりました」

 

 今回は佳奈から申し出による個人的な会談とのことだが、各々の当主が当人の様子からこの会談のことを聞き出している可能性がある。なので、三矢と七草、十文字の当主代理という体で話を進める必要があるだろう。

 ウェイターが下がって暫くした後、ピシッとしたスーツ姿の克人は予想していたが、ドレスにメイクを決め込んでいる自分の姉らに加えて真由美の姿を見た時、どう表現したらいいか分からなくなった悠元であった。

 と言うのも、佳奈と美嘉に関してはそれほど派手という印象は受けなかったが、真由美に関しては真紅を基調としたドレスで胸元が見えるぐらいに開けられている。本人のスタイルの良さもあってか、谷間がくっきり見えてしまうほどであった。

 

「十文字先輩に佳奈姉さんと美嘉姉さん、七草先輩もよく来てくださいました。で、さっそく質問なんですが……七草先輩、何ですかそのドレスは。誰か誘惑でもするつもりですか?」

「えっと、これはね……美嘉さんが選んだから……」

「何言ってるの。まゆみんったら、悠元に会えるからってウッキウキで選んだくせに」

「ちょっと、美嘉さん!?」

 

 大方、美嘉が真由美を焚き付けた結果なのは一目瞭然という他なかった。それでも、一応尋ねた結果がコレである。そんな騒がしいやり取りを聞きつつも克人と佳奈に視線を向けた。

 

「それで、佳奈姉さんに十文字先輩。自分に質問があるということでしたが……昨今の情勢と昨晩、俺が七草家を訪れた一件ですか?」

「うん、その認識で合ってる」

「大方の事情は七草から聞き及んだが、七草殿も神楽坂も何かを隠している風に思えたからな。出来れば話してほしいが……可能か?」

「可能な範囲であればお答えします。その前に、まずは料理のほうを頂きましょうか」

 

 無論お酒はないわけだが、出される料理に舌鼓を打ち、食後のティータイムとなったところで悠元が話を切り出した。

 

「さて、まず俺が先日七草家を訪れた理由ですが、独自の情報網で七草家が反魔法主義の一部を煽って世論の合従を防いでいた事実を知りました。なので、それを止めるというよりも煽った責任を七草殿に求めた形です」

「? 悠君、それは結果的に止めるということではないの?」

「世論というのは、言うなれば早い者勝ちです。しかも、反魔法主義の火種は1年以上前から存在していました。例えば、昨年春の横浜ベイヒルズタワーで起きた一件もその一端に過ぎません」

 

 噂を広げるのは容易く、消すのは難しい。しかも、魔法という一部の人間しか持ちえない見えざる力を恐れてしまうのは無理からぬこと。七草弘一なら自慢げに話すだろうが、この場において立場が最も上となる自分自身でもそこまでするつもりはない。あくまでも年齢に準ずる話し方をするまでだ……基本的には、の話だが。

 

「一度焚き付けると、下手に消そうとすればかえって火傷を負いかねない。完全に燻ぶらせたところで消すのが理想的ですが……元々メディアを焚き付けているのが大陸系の人間ですからね」

「大陸系……神楽坂、それは大亜連合絡みか?」

「ある意味間違ってはいないでしょう。敵はこの国と大亜連合の弱体化を狙っています。その為に自ら表に出ず、メディアを通して世論を煽っているのです」

 

 正確には周公瑾と、彼の師であり真の黒幕である顧傑。日本を弱体化させて四葉を表舞台に引き摺り出す魂胆なのだろう。そして、袂を分かったとはいえ四葉に同胞を滅ぼされた復讐を達成するために……ここまでくると、“老害”の類になってしまうことに溜息を吐きたくなる。

 

「……この国は分かるけど、大亜連合も?」

「敵は、広義的に言えば愛国心を持たない大亜連合のスパイのようなものです。ブランシュ、九校戦でちょっかいを出してきた無頭龍、横浜事変における陳祥山と呂剛虎、そしてパラサイトに今回のメディア工作。これらすべてに何らかの形で関わっていますからね」

 

 共倒れまではいかないだろうが、互いに世論を焚き付けて国力を擦り減らさせる。その為の潤沢な資金源を持っていた組織が「ブランシュ」や「無頭龍」であった。尤も、その二つは反魔法主義を謳う“国際テロリスト”として摘発あるいは殲滅されたわけだが。

 

「悠元、そんな奴が執拗に狙う理由ってさ……まさかだけど、四葉の復讐劇が関係してる?」

「概ね間違ってはいないかな。ただ、この先は爺さんが出張る領分だから詳しく言えない」

「剛三殿が、か……分かった。このことは胸の内に止めておこう」

「そうしていただけると助かります」

 

 それに、剛三が自ら「親友が安心して眠りに就けるためにも、ここは儂が引導を渡す。こればかりは悠元にも譲らんぞ」と言ったので、そこに関しては放り投げるつもりだ。そもそも、未知の術すら一発で看破する爺さんを倒せる方法があるなら是非教授願いたいものだ。

 第三次大戦中は、超遠距離―――数キロ先から放たれたスナイパーライフルの銃弾ですら察知して指二本で掴んでしまうだけでなく、本来なら対戦車用に使うはずのミサイルすら指一本で受け止めたらしい。指一本で事が済むとか核ミサイルクラスの便利さである。

 

 閑話休題。

 

「それで、七草殿がその行動を起こした理由ですが……ハッキリ言いましょう。別れた恋人が忘れられないストーカーじみた行動であると」

「え、ええ? 何それ?」

「具体的に言えば、七草弘一のかつての婚約者……四葉家現当主こと四葉真夜に自分の力―――『七草の力』を認めさせることです。その為ならば、メディア工作で反魔法主義を煽ることも厭わない性格です」

「……まゆみん、大丈夫?」

「……泣きたくなってきました」

 

 実の娘ですら知らなかった七草家現当主の原動力。十師族が各々最強を証明するために様々な分野で影響力を発揮しているが、特定の師族の力を落として自らの地位を上げるという弘一の行動原理に、流石の真由美も頭の中が混乱していた。克人も正直困惑しつつ悠元に尋ねた。

 

「……俺も正直混乱している。だが、本当なのか?」

「事実ですよ。そうですね……パラサイト事件の時、四葉の息が掛かった国防軍の情報セクションを七草家が乗っ取ったことがありましたね。その辺は御存じでしたか?」

「ああ。そのことは七草から聞いている」

 

 別に情報セクション自体乗っ取ったところで四葉家としては何ら痛手とはなっていないし、いざとなれば三矢家から軍事関連の情報を貰えば済む話でしかない。それに、あまり国防軍と密接に関われば今度は国防軍が四葉を利用しようと目論む輩が出てこないとも限らなかったため、七草家による乗っ取りは四葉家にとって「渡りに船」でしかなかったのだ。

 

「後は……昨年の正月に俺が誘拐されかけた十山家の一件。七草家が十文字家を差し止めたのは、沖縄防衛戦後に三矢と四葉の接近を危ぶんだ七草家現当主の一存です。七草先輩は何か聞いておりませんか?」

「え? ……そういえば、私が尋ねた時に父はそのことを認めていたわ。はぁ……あのタヌキオヤジはあちこちに敵を作り過ぎなのよ」

 

 しかも、一番性質が悪いのは“十師族のバランスを取る”という大義名分を九島烈が黙認しているという事実だ。原作だと名倉を介して周公瑾と手を結んだことで危うく十師族の座を下ろされるところだったが、九島家も周公瑾と手を結んで更に大事となったお陰で間一髪十師族からの離脱を免れたという悪運を発揮した。

 この世界で同じ轍を踏ませるつもりはないが、責任はしっかり取ってもらう。十師族の名に恥じない七草家の人間として責任を完遂するまで……逃げるような真似は絶対に許さない。

 

 悠元が言い放った事実に、悠元以外の人間は困惑を隠せなかった。何せ、四葉を陥れたいがため……四葉家現当主の四葉真夜に認めさせたいという子供じみた理由など想像すらできなかったのだろう。とりわけ、その娘である真由美が本気で頭を抱えていたほどだ。

 

「とりあえず、父の妄言は置いておくけれど……具体的にはどう責任を取ってもらうつもりなの?」

「先輩はあの場にいたから聞いている話ですが、魔法科高校に魔法師の人権保護を謳う野党議員をアポなしで視察に来させるように仕向けさせます。メディア関係者も含めることで彼らの選挙前のアピールもとい粗探しのために。七草殿がある意味焚き付けたのですから、それぐらいはしてもらわないと割に合いません」

 

 少なくとも社交界において幅広く面識を持っていて、今現在支援や献金という形で反魔法主義と繋がりを持っている七草家ならばできる仕事である。その国会議員と反魔法主義を積極的に報道しているメディア関係者を引き込んでもらうまでが七草家の仕事となる。

 

「無論、学校側には既に話を通しており、その日の授業にも細工しますが……丁度いいかもしれないですね。佳奈姉さんと美嘉姉さん、二人は確かスミス先生と面識があるよね?」

「うん、昨年はゼミの担当副教官だったから」

「もしかしてだけど……なんか凄いことでもやるつもり?」

「間違ってはいないかな。今ここで明かせる内容じゃないけど……少なくとも、非魔法師であっても無視できないことになるのは間違いない」

 

 そして、当日行う予定のデモンストレーションに香澄と泉美も参加してもらうかは本人の意思次第だが、ここら辺の実質的な主導権は三矢家と四葉家、上泉家の領分となる。臨時師族会議ではそのデモンストレーションについても軽く触れるが、その際にリーダーシップを取ってもらうのは生徒会長のあずさであり、その補佐に啓が入る形とする。

 

 使用予定の魔法展開に佳奈と美嘉が入ればかなり安全マージンを稼げるし、三矢家が主導したという面目は立つ形だ。表向きの理由も「国立魔法大学と第一高校による合同魔法実験」で通せば問題はない。

 それに、佳奈と美嘉の存在感は否応でも目立つため、香澄と泉美でも既に実績を挙げている二人相手では霞んでしまうだろう……申し訳ないが、そこは七草家に対する代償として呑んでもらう他ない。

 皮肉にも第一高校の『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』の名を利用するということは自分でも納得がいっていないが、使えるものは何でも使わなければ対抗できないので、そこに関しては諦めた。

 そして……それで終わる筈がないのが悠元の企みである。

 

「魔法科高校でのデモンストレーションを映像に記録し、各種メディアに対して大々的に報道してもらうよう働きかけます。この辺は実験に参加するメンバーにも確認は取ります」

「ふむ……だが、反魔法主義のメディアは取り上げないのではないのか?」

「そこに関しては別に構いませんよ。あくまでも魔法科高校に関するネタを提供しただけであって、強制はしないつもりですから」

 

 この国の憲法で言論の自由を保障している以上、下手な圧力は「言論統制」だと非難するに決まっているのは既定路線。なので、自発的な記事の掲載やニュースとして取り上げてもらうように“お願い”するだけだ。

 尤も、その行為こそがジャーナリストとしての立場を失うかどうかという踏み絵になるのだと彼らが認識できるかどうか……聡明な頭脳を持つならば、瀬戸際ぐらい弁えて当然だろうという警告でもある。

 

「ねえ、悠君。父と会談した時にメディアの買収工作を仕掛けると言ってたけど、それも関係しているの?」

「その辺の詳細はお答えできませんが、上手く行けばマスメディアから敵を芋蔓式に引き摺り出して潰すことも可能でしょう」

 

 メディア買収工作はそれ自体も目的の一つだが、こちらが狙っているのは周公瑾を介して動いている金の出所だ。『神将会』を動かすことでUSNA関連の人間主義団体や原理的平和主義団体の資金源を潰しても動いているこの国への大金。いくら周公瑾でも大金をいつも持ち歩くなど出来るはずがない。ましてや、大金を動かすとなればこの世界の銀行は電子情報という媒体をどうしても通さざるを得ない……僵尸術を介して通信は出来ていたとしても、金の動きを死体のように操るという芸当は事実上不可能である。

 常識外れた買収額を積み込んでメディアを買収し、周公瑾がメディアに投入した資金を回収不能にさせる。そうなれば、彼を介して資金提供していた相手は何とか回収しようと躍起になるはずだ……分かりやすい例を挙げれば「無頭龍」の一例がそれを如実に語っている。

 別に躍起にならなくても、何らかのアクションを起こす可能性は高い。それこそ周公瑾に対して問い合わせをすることぐらいはするだろう。何もしなかったとしても、勝手に自滅するだけなのでどう転んでも問題はない。

 

「臨時師族会議では、その辺のこと含めた話をするつもりです。ただし、デモンストレーション関連以降は全て三矢家と四葉家、上泉家、神楽坂家で受け持つ形となります」

「……魔法科高校へ国会議員やメディアの誘導はしてもらうが、七草殿にはそこまでしか関わらせない、ということか?」

「その通りです。昨今の記事でも多かれ少なかれ生徒が傷を負わない保証などない。魔法師全員がそういった世論に対して強い訳でもありませんから……その辺のケアは七草家に補償してもらいます。無論、拒否なんてさせないように現当主夫人へお願いしてありますので」

 

 魔法技能というのは些細な心の傷でも喪失することが珍しくない。七草家とその周辺さえ守れれば、彼としては七草家の利を守る意味でも十師族らしい行動なのかもしれない。だが、一度煽ったからには最後まで責を負ってもらうのが筋である。

 

「ところで悠君、どうしてそこで四葉家が関わってくるのかしら?」

「実は、四葉家が名古屋でUSNAの人間主義者と反魔法主義のメディア関係者の会合を察知し、四葉の魔法師が全員拘束したことで今回の事態を掴んだ経緯がありまして。その情報共有の為に四葉家とも連携を取っているのです」

 

 この辺のことは校長の百山にも話を通しており、デモンストレーション後に七草家へ国立魔法大学の学長・第一高校の校長・魔法協会の会長の連名で正式な抗議文を出すことが決まっている……これを黙認した九島烈には剛三が直接出向くという形となった。

 

「佳奈姉、私は異議なし」

「分かった……悠元。私は三矢家の当主代理として、三矢家は七草家に抗議文は出さないことにします」

「こちらも了解した。近日中に臨時師族会議がある故、十文字家としても個別に七草家へ抗議はしないこととする。七草もそれで構わないか?」

「え、ええ……本当に父がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 

 ただ、彼らにもこの場で伝えないことではあるが、この作戦の肝となる買収工作対象のメディアは()()()()()()()()ことにある。国外―――USNAや欧州、オーストラリアの主要な反魔法主義メディアのいくつかを大々的に買収し、反魔法主義の矛盾点を暴くと共に「トーラス・シルバー」の功績をまた一つ世界中に宣伝する。

 それは、「常駐型重力制御魔法式継続熱核融合発電」の実現可能性の論文。エネルギー分野のみならず多方面の分野にとって決して無視できない特大級の一石を投じる。

 執筆者に関しては「トーラス・シルバー」ではなく「FLT(フォア・リーブス・テクノロジー)」の名前で発表するが、論文の文面自体には「トーラス・シルバーによって実現の可能性を見出した」と記している。

 そもそも、トーラス・シルバーの名を出した時にその名前が魔工技師の名前だとFLTは“認めていない”。その裏付けの為に、悠元は総理大臣に対してそれを保障するための一手をお願いした。悪く言えば共犯者みたいなものだが、この際贅沢など言っていられない。総理とてこの国の利益を深く考えており、「トーラス・シルバー」の功績による利益は計り知れないことも認めていた。

 

「それにしても……こうやって聞いてると、悠元も別の家の人間なんだなって思っちゃうよ」

「美嘉姉さん、ここで手をこまねいているとこの国を弱体化させたい連中の思う壺だからだよ」

「……悠元、さっきの話はどこまで父さんに伝えていいの?」

「七草家の四葉に対する執着の本質以外はそのまま伝えていい」

 

 このことを明るみに出したら、間違いなく四葉が七草を嫌うというか「手が滑った」とか言って滅ぼされても困る。最初から話さなければ良かったのだろうが、幸いここには四葉以外の十師族しかいないし、全員口が堅いので信頼できる人間だと思っている。当事者に一番近い真由美からすれば話したくないというか聞きだしたくもない事だろうが。

 真由美も「四葉に喧嘩を売るのは正気じゃないけれど、タヌキオヤジならやりかねないと思ってしまうあたり、私も大分毒されてるのかもね……」と零すほどだった。それを聞いた克人や佳奈、美嘉も同意見で一致し、七草の四葉に対する執着は五人の秘密共有で決着した。

 デモンストレーションに関する正式な依頼は後日送ることも伝えた後、食事会も兼ねた会談はお開きとなったのだった。

 




 とある部分に関しては衝撃的な事実の暴露みたいなものですが、あまりに現実味がないので秘密にした形です。誰だって絶句する。私だって絶句する。

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