魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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あくまで兄妹間の問題

 世間では魔法師に対する風当たりが強くなっていたが、魔法科高校の中ではまだ平穏であった。学校というものは、治外法権とまではいかなくとも一種の自治領域であり、一高の校内はまだ平穏であるわけだが……これが嵐の前の静けさだと気付いた人間はどれほど存在するだろう。

 

 悠元が司波家に帰ってきたところで千姫から連絡があった。どうやら悠元が克人や真由美らと会談していたことは聞き及んでいたらしく、悠元は彼らとの会談の内容をそのまま千姫に伝えた。七草の四葉に対する執着の原動力に関することは秘密としたことも含めて。

 

『成程、分かりました。悠君ばかりに働かせては頭と体が鈍ってしまいますから、臨時師族会議の件は現当主たる私が請け負いましょう。私からすれば、子供をあやす様なものですから』

 

 実年齢を考えれば親子レベルの会話だが、見かけ上で言うなら小娘に圧倒される大人たちの図がありありと目に浮かぶ。いくら策を弄することに長けた弘一でも千姫の持つ力―――あらゆる事象を“盤面”として俯瞰することで未来の流れを予測する「六道眼(りくどうがん)」の前では児戯に等しいだろう。

 なお、「六道眼」の内容は神楽坂の当主にしか伝えられておらず、自分の持つ「天神の眼(オシリス・サイト)」はその上位互換であると千姫が断言したことに内心で深い溜息を吐いた。そもそも、その眼を発現できるのは十数代に一人のレベルらしい。

 

 話を戻すが、千姫との連絡には亜夜子が同席していた。四葉と神楽坂の関係性を考えれば、スポンサーの依頼を受けて黒羽が動いていたとしても不思議ではない。

 

『先日はありがとうございました。とても有意義なお泊り会が出来ました』

「どう致しまして……なんだ、悠元?」

「いや、別に? ……亜夜子ちゃん、達也って四葉本家でもこんな感じなの?」

『ええ……あまり達也さんの悪口を言いたくはありませんが、こういうところはもう少し進歩していただきたいと常々思っております』

 

 その言葉で亜夜子が達也に尊敬レベル以上の感情を抱いていると読み取れたが、達也からすればそのことなど二の次なのだろう。先日のお泊り会では文弥や亜夜子と深雪の会話に混ざることとなり、達也に関する話で盛り上がった。とはいえ、悠元の場合は四葉本家における達也の行動を知らないので、ただ聞き手に徹していたのは言うまでもない。

 亜夜子の言葉に達也は心外だな、とでも言いたげだったが、自分の後ろにいる妹から無言のプレッシャーを感じて何も言えなかった。

 

『それについてはまたの機会ということで……今日は大事な用件がありますから』

「聞かせてくれ」

(逃げたな……)

 

 ある意味逃げた形だが、リーナとほのかの件がある以上はどのみち逃げられないことぐらい達也も認識しているのだろう。今はそのことで時間を費やす暇などないため、達也が話を進めたことには感謝しつつ亜夜子の言葉を待った。

 

『先日お話しした件についてですが、4月25日、来週水曜日に国会議員が第一高校に視察で訪れるそうです』

「民権党の神田議員かい?」

『そうです。良くお分かりですね』

「最近のニュースを見ていれば、自ずとそうなるだろう……悠元、これもお前の計画の一端か?」

「まあ、正解。七草家が焚き付けているが、標的としてはこれ以上ない程の鉄砲玉(スケープゴート)だろ?」

 

 確かに、と達也は納得していた。神田議員は国防軍に対して極端に批判的な人権派として知られる若手政治家(若手とは言っても、政治の世界における経験年数によるもの)で、今週に入ってテレビなどといった各種メディアへの露出が急に増えている。

 彼の論調は、一見、魔法師の人権保護を謳って魔法師の味方をしているように見える。だが実際は、魔法師を国防軍から排除しようとしていることは、少し注意深い人間ならばすぐに分かることである。

 神田議員を焚き付けているのが七草家というのは、先日の文弥らから聞いた話にも合致する部分があるため、達也としては特に追及するつもりなどなかった。

 

「寧ろ、引っ掛かっているのが滑稽だわ。で、神田議員だけではないだろう?」

『ええ。いつもの取り巻きの記者を連れて押しかけるそうですよ』

「押しかけるか……何かするという報告は受けていないか?」

 

 この取り巻きの記者の中には黒羽や神楽坂の息が掛かったメディアの記者も紛れている。なので、神田議員の動向など完全に筒抜けも同然であった。亜夜子の情報を聞き終えたところで達也は呟くように問いかけた。

 

『いえ、特には』

「では、それほど大きな仕掛けは用意してはいなさそうだな」

『……どこをどう解釈したら、そんな結論になるのですか?』

「何かしら大掛かりな舞台を用意しているのであれば、亜夜子に掴めないはずなどないからな」

 

 この場には達也と深雪、そして悠元。モニターには亜夜子と千姫がいる。

 達也がサラッと言いのけたことに対して悠元は若干呆れたような表情を浮かべ、深雪に至っては顔の半分を隠す様に手を当てて「やれやれ」といいたくなるような表情を見せていた。千姫に至っては手に持っている扇子を広げて口元を隠しているが、間違いなく笑みを浮かべているのが目元の動きで察することが出来た。

 

『……お褒めの言葉と受け取っておきます』

「褒めているのだからそれでいい」

 

 亜夜子も達也の殺し文句に近い言葉で冷静さを欠いてしまっているようで、本格的に絶句している。これでいて達也が亜夜子からの感情に気付いていなかったら問題大アリだと思う。

 何はともあれ、助け舟を出す意味で悠元が口を開いた。

 

「こういうタイプの野党議員なんて所詮口煩いだけのスピーカーなんだがな……情報提供については感謝するよ、亜夜子ちゃん。達也のことに関しては……後ろにいる方に任せてほしい」

『え? ああ……そのほうが宜しいでしょうね』

 

 どうせ、こういうタイプの人間はちょっとしたことでも『これはおかしい』と騒ぎ立て、ジャーナリストはその数十倍に水増しして誇張表現するという手法は前世でも散々目にしてきたことだ。平和を唱えながらも、その理想の為に手段を選ばない類の人間など世の中には少なからず存在していることからして別段おかしくもないことだ。

 

 ペンは剣よりも強しとか(のたま)っているが、そもそも“言論の自由”は保障されていても“報道の自由”という文言はこの国の憲法に存在すらしていない。

 何を言っても許されるのならば、世論の知りたい情報を暴くのがジャーナリストとしての使命だと言っても全て許されるのかといえば、答えは否だ。隠すことでこの国にとっての利益となる事象―――“国家機密”をはじめとした秘密事が存在することで国家や社会の信頼を得ていることだってある。この世界においてその最たるものは戦略級魔法に他ならないのだ。

 

 一番いい例はスターズのアンジー・シリウス―――リーナだ。彼女は12歳でUSNA軍に入隊しており、これはUSNA軍の軍規に違反している。だが、世界最強の魔法師部隊としての面目を保つ意味で彼女の素性は一部の人間にしか公開されていない。その意味で達也の存在も迂闊に明かせない秘密であり、国家公認の戦略級魔法師として認定しないのは彼の持つ素性―――四葉の係累という秘密が大きくかかわることになる。

 これを公表した場合、下手すると軍事的衝突を起こしかねないことは原作における諸外国からの干渉で既に判明していることだし、そうでなくともUSNAが絡んできた時点で達也を警戒していることなど分かり切った話だ。

 

『大きなことは考えていらっしゃらないでしょうが、大方いつものパフォーマンスかと思われます』

「連絡してくれてありがとう」

『達也さんもそうですが、悠元さんのお手並み、楽しみに拝見させてもらいますわ』

「まあ、あまり期待しないでくれ。精々水面に一石を投じる程度のものだよ」

 

 悠元はそう述べたが、達也は「無頭龍」関連で悠元がやった事を葉山から聞いた際、かなり大掛かりの策を使って彼らの拠点や関連組織を根こそぎ潰したという事実を聞いて冷や汗を流してしまうような感覚に囚われた。何せ、報告した側の葉山も珍しく苦笑を見せるような有様だった。

 具体的に述べるならば、まだ三矢の姓を名乗っていた時に実家の三矢家と上泉家が動いているのを知った上で九校戦を対象としたギャンブルの掛け金全てを数千万通りという常識外れのルートを経由して根こそぎ強奪したのだ(悠元自身の足取りを掴まれないために剛三名義の口座を使用している)。それが回収できなかったことで憤った掛け元に「無頭龍」の関連組織を潰してもらう代わりに掛け金を全額返金する裏取引を持ち掛けることで「無頭龍」の拠点や関連組織を彼らに襲撃させたのだ。

 本来なら持ち掛ける側に利益享受を前以て考慮するのが普通の考え方。だが、悠元自身が稼いでいるために破格的な取引を持ち掛けることが可能となった、ということだ。

 

 閑話休題。

 

 悠元の投じる一石が小石レベルでなく、先日達也が破壊した小惑星レベルでもおかしくはない……と達也は考えたが、亜夜子のほうから連絡が切れたところでその考えを中断せざるを得なくなった。

 最大の理由は……達也の背後で満面の笑みを見せている深雪の存在故であった。

 

「もしもし、深雪さん? 少し落ち着いてはいかがですか?」

「お兄様、私はいつも以上に落ち着いておりますよ? さて、そこにお座りくださいお兄様。少し……お話いたしましょうか?」

「悠元……って、いつの間に……」

 

 深雪に対して落ち着くように宥めたが、今の深雪を止める方法は存在しなかった。最大の抑止力となるであろう悠元はいつの間にか忽然とリビングから姿を消しており、深雪の凄みのある笑顔に言われるがまま、達也はソファーに座った。

 その様子を陰で見ていた悠元は、背後にいた水波から尋ねられた。

 

「あの、悠元兄様。お二人を止めなくてよろしいのでしょうか?」

「水波か。今回は亜夜子ちゃんの気持ちに鈍感な達也に深雪が説教するだけだ。兄妹間の問題だから、下手に手を出せば火傷するだけじゃ済まないよ。てなわけで、風呂に入ってくるから着替えの準備は頼む」

「あ、はい」

 

 結局、深雪による説教にも似たお小言を30分も受けることになった達也であった。終わった後で達也からは恨めしそうな表情を向けられたが、亜夜子の様子を見て察しない方が悪い、と言うとその通りだなと言わんばかりの表情を見せたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 明くる4月17日、火曜日。達也は始業前にあずさと五十里を呼び出した。本題は言うまでもないが、国防軍に批判的な国会議員が来週水曜日に第一高校へ視察に来るというものだった。なお、この場には彼らのみならず花音(彼女は五十里にくっついてきただけ)と悠元もいる。

 

「えっ、それって一大事じゃないですか!」

「……そんなに慌てるようなことかなぁ?」

 

 魔法科高校が国策機関ということで、国民の投票によって選ばれた国会議員が視察に来るということ自体は特に問題ではない。一番問題なのは、それに関して正規の手続きやアポイントメントを通さずに来校するつもりなのだ。

 あずさは椅子から立ち上がって動転したような声を上げた。一方、花音は「そこまで大袈裟に反応することかな」と疑問を呈していた。それを窘めたのは彼女の婚約者である五十里であった。

 

「いや、これは由々しき事態だよ。神田議員の主張は一見魔法師の権利を擁護しているように見える。だけど、軍が魔法師を取り込むことを一方的に悪だと断じる彼の論法は、裏側から見れば魔法師が軍と関わることを妨げる意図を隠しているんだ」

「それはあたしにも何となく理解できるけれど。でも、神田が今回ターゲットにしようとしているのは軍と学校でしょう? あたしたちじゃなくて」

 

 花音としては、五十里が自分ではなくあずさと達也の肩を持ったことが気に入らなかったのか、やや不満げな顔を向けて言い返した。すると、ここで口を挟んできたのは悠元であった。

 

「千代田先輩、俺らはその学校に通っている生徒です。神田議員のような人間……いや、彼以上の軍に批判的な議員が実権を握れば、魔法科高校から防衛大学校へ進学することも、魔法大学から軍及び関係機関への進路へ進むことも……もっと悪く言えば、国防に関する思想を抱かせることすら封じかねません」

「……思想統制ってこと?」

「その程度なんて生易しいですよ。彼らのような原理的平和主義(げんりてきへいわしゅぎ)の連中に正しい論理なんて必要なんてないのですから」

 

 平和を語っておきながら、その実では暴力を振るうことすら厭わない。目的の為ならば如何なる手段をも辞さない。周辺国家の情勢などお構いなしに力無き平和を声高らかに叫び続ける。正直なところ、彼らの行動理念だけ切り抜けば、やっていることは国家の利益を損なおうとするテロリストと大差ないであろう。

 

「彼らはこの国に向けられる脅威や防衛などの議論すら封じる。必要とあらば暴力や人殺しも躊躇わないし厭わない。人権の保護を謳いながら職業選択の自由すら奪おうとしている連中を『大したことなどない』と一言で片付けられますか?」

 

 冷ややかな目をしつつ述べられた悠元の言葉に花音は鼻白んだほどで、五十里もこれには真剣な表情を浮かべていた。あずさも悠元の様子を見てビビるような面持ちだった。達也に至っては表情を変えなかったが。

 それを察したのか、悠元はパンッと両手を叩いた上で神妙な雰囲気を打ち消す様に話し始めた。

 

「まあ、そんな重い話はさておいて、重要なのは野党議員への対応だ……達也、それ絡みで中条会長と五十里先輩を呼んだのだろう?」

「ああ。神田議員の来校に合わせて、少し派手なデモンストレーションを行いたいと思います」

 

 悠元の言葉に反応する形で達也は深雪に目配せをすると、深雪は電子黒板をあずさと五十里に渡した。

 視察に来る連中は、魔法科高校が軍事教育の場と化しており、学校が生徒に軍属を強制しているとアピールしたいわけだ。ならば、軍事目的以外で魔法の有効性がアピールできればいい……普通ならここまでだろうが、達也は悠元に視線を向けると、悠元が話し始めた。

 

「達也が渡した内容に補足する形ですが、実はFLTから魔法科高校に打診がありました。魔法工学科の設立に伴い、将来魔法工学の技術発展に寄与するための人材育成の一環として、その実験に関わる機材を提供する流れとなりました」

「えっ……ええっ!?」

「FLTが実験機材の提供を……でも、これって」

 

 あずさと五十里が驚くのも無理はない。何せ、電子黒板に書かれている内容は飛行魔法も含めて加重系魔法三大難問と言われた課題の一つ―――常駐型重力制御魔法式核融合炉の実験をデモンストレーションとして実行するということだ。

 

「可能なのかい?」

「計算上では問題なく行けます。ただ、今回の実験装置は最長でも10分の稼働が限界で、30分のインターバルを置く必要があると聞きました」

「あの、10分というだけでも十分凄いですよ」

 

 そもそも、今回提供する実験装置は初期の試作機という位置付けで設計されたもので、核融合反応に必要な各魔法における事象干渉力を計測するためのもの。悠元は誰かから聞いたという体を取っているが、核融合炉の設計をしているのは他でもない悠元であると知っているのは、本人を除けば達也と深雪ぐらいしかいない。

 

()()()重力制御魔法式()()核融合炉……『恒星炉』ですか。市原先輩の考案した断続型の核融合炉とは対照的なコンセプトです」

 

 昨年秋の論文コンペで発表された核融合炉よりも単位時間あたりのエネルギー量はけた違いに大きくなる。この『恒星炉』が実現できれば、昼夜関係なく、気象条件の影響を受けることなくエネルギー供給が可能となる。工場も電力供給に神経を使う必要がなくなり、寒冷化の再来にも備えることが出来る……と、あずさが呟き終えたところで視線を達也に向けた。

 

「これが司波くん本来のプランですか?」

「独自のアイデアでもありませんが、確かに俺の目指しているものです……いえ、正確に言えば俺()()といえばいいでしょう。必要となる魔法スキルが高すぎて実用化には程遠いですが、短時間であれば我が校の生徒で実験炉を動かすことが可能です」

「俺たち……ひょっとして、神楽坂くんも?」

「ご明察です」

 

 運び込む予定の実験装置なら短時間の稼働しかできない。そのことは達也も理解しているからこそ、この場での言い訳はどうとでもなってしまう。しかし、本来の目的を隠してまでもサラッと言いのける辺りは流石お兄様(さすおに)と褒める以外の言葉がなかった。

 

「そうだ。それに付随してなのですが、国立魔法大学で魔法による核融合炉研究をしているゼミ生にうちの姉がいまして、勝手ながら姉達にも協力をお願いしました」

「それって、佳奈先輩に美嘉先輩ですか?」

「ええ。佳奈姉さんは加重系基本(カーディナル)コードの第一人者ですし、美嘉姉さんは光波振動系を最も得意としていますので、補佐役としては最適かと思います」

 

 この辺は予め達也にも説明しているが、佳奈と美嘉は実験の補助としてデモンストレーション実験に参加することとなった。魔工科の教官であるジェニファーと親交が深く、悠元の影響を強く受けている二人の補助は達也にとっても僥倖といえた。そうすれば、達也だけでなく五十里もあずさの補助に回ることが出来るからだ。

 

「分かりました。私は司波くんの計画に協力します」

「僕も賛成だよ。『恒星炉』の公開実験は、神田議員対策というだけじゃなく、魔法技術者として是非とも関わりたいと思っていたからね」

 

 あずさに続く形ではあるが、五十里も賛成の意を示した。

 




 達也絡みの問題に関してですが、とりわけ恋愛事については本人が解決する問題なので、主人公は積極的に関与しません(達也本人が気付いて手助けを頼んできた場合は除く)。

 後半部分で主人公が冷ややかな目をしていたのは、そういった経験があったからとだけしか言えませんが。
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