魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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少しずつ変わり始める歯車

 実験機器も含めた魔法工学の機材搬入は昼休みに行われた。本来は魔法工学科の担当教官であるジェニファーが立ち会うのが筋だろうが、今回は廿楽が主導となって悠元もその手伝いとして駆り出されていた。ジェニファーは達也が提出した魔法使用リストも含めた課外活動の申請を精査している最中であったからだ。

 

「助かりますよ、神楽坂君。しかし、まさかFLTから『恒星炉』の実験装置を貰えるとは予想外でした」

 

 核融合の実用化研究自体は自然エネルギーを主体とする現在においても進められているが、加重系において難問とされる課題が山積していた。だが、その突破口の一つは達也が完成させた飛行魔法―――常駐型重力制御魔法でもあった(体面的には「トーラス・シルバー」による発表ではあるが)。

 

「廿楽先生、嬉しそうですね」

「君のお姉さん達も各々優れた魔法師ですが、私の講義を態々受けてくれていましたから。無論、君も含んだ発言ですよ。色々度肝は抜かされていますが」

 

 以前、廿楽が出した多工程魔法術式の魔法陣を課題として出された際、悠元は僅か1メートルで最大100工程展開を可能とする魔法陣を書き上げた。こんな魔法陣を書き上げた理由だが、悠元としては「できたからやった」だけであり、その非常識さには廿楽も苦笑するほかなかった。

 

「少し小耳に挟みましたが、面白そうなことをするようですね?」

「それに関しては部外秘でお願いします」

「ええ。何を意味するのかは察しがつきますが」

 

 元々国立魔法大学で半分煙たがられていた廿楽だからこそ、達也と悠元が組んで何かをしようとしているのは薄々勘付いていた。その内容は自分がもし関われたら詳しく聞こうと思い、悠元に対して深く追及しないことに決めた。

 すると、一人の女性―――悠元からすれば、以前会った事のある人物が近寄ってきた。女性は手に持っていた端末を廿楽に差し出した。

 

「すみませんが、機材搬入のチェックとサインをお願いします」

「分かりました……こちらは問題ありません」

「あ、ありがとうございます。神楽坂さん、お久しぶりです」

「久しぶりですね、ミカエラさん」

 

 彼女こそ、パラサイト事件で第一高校に来た際、達也らと対峙したミカエラ・ホンゴウその人である。

 その後の経過観察で彼女にパラサイトの痕跡は残っていないが、チャールズ・サリバン軍曹の時とは異なって『天陽照覧(てんようしょうらん)』による再成はしていない。その影響で彼女の持つ魔法演算領域が拡張されており、以前よりも強力な魔法を使える魔法師に成長してしまった。

 この事実をUSNAに知られるわけにはいかないため、マクシミリアン・デバイスで働いていた実績を生かしてFLT・CAD開発第三課に引き抜いたのだ。現在は主任である牛山のもとで働いていて、近いうちに空席となっている副主任の椅子は彼女となることが決まっているようなものらしい。

 

「調子はどうです?」

「えっと、大変ですけど頑張ってます。あと、これを燈也君に……」

「……分かった。ちゃんと渡しておくよ」

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 そして、魔法科高校が春休みに入った際、退院祝いに来た燈也にお礼を言ってそのまま告白したらしい……しかも、亜実が隣にいるときに。あわや修羅場かと思いきや、亜実がミカエラを抱きしめたのだ。更に、亜実の重婚を認める様な発言に燈也が若干引いたのだった。

 その辺の話題はまた今度述べることとし、去っていくミカエラを見送りつつ渡されたメモをポケットに仕舞い込んだのだった(そのメモは教室に戻った際に燈也へ渡した)。

 機材搬入の手伝いが終わったところで達也からメールが届き、課外活動を教官が監督するという条件付きで認められることになり、その担当は廿楽となったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 放課後、今回の課外活動を担うことになる生徒会メンバーに加え、課外活動の監督である廿楽教諭、今回の実験に際する外部対応者として部活連副会頭の悠元、更に二人の協力者が姿を見せた。

 

「失礼します」

「やっほー、廿楽先生もおひさ!」

(……お兄ちゃん、三矢家がバケモノじみてない?)

 

 悠元の姉である三矢佳奈、美嘉姉妹。これには流石のセリアも彼女らの気配を見て何かを勘付いたようで悠元に耳打ちをした。というか、リーナの件も含めてお前が言うな、と小声で返しておいた。そんなやり取りがあったことはともかく、今回の実験に関しての第一声を廿楽が発した。

 

「実験の手順は拝見しました。面白いアプローチだと思います。彼女たちにも見てもらいましたが、安全性は十分確保できると断言してくれましたよ」

 

 そう言いながら廿楽が佳奈と美嘉に視線を向けると、二人は目礼で返した。廿楽は高校生の時点で非凡だった彼女らが大学の研究でも並外れた功績をジェニファーから聞かされたためだ。

 

「それで、担当する魔法は如何しますか?」

 

 今回の実験で使用するのは重力制御、クーロン力制御、ガンマ線(ガンマ・レイ)フィルター、中性子(ニュートロン)バリア、そして第四態相転移(フォースフェイズシフト)の5つ……本来はその予定だった。だが、佳奈と美嘉の協力を得られたことでもう一つ術式を追加することとした。それは、三矢家の秘術となった『エアライド・バースト』に使用されている定率制御(フラットドライブ)フィルターと呼ばれるものだ。

 この定率制御フィルターというものは、本来であれば領域内と領域外の温度差および気圧差によって生じるエネルギー移動および分子移動を遮断するためのバリアであり、『エアライド・バースト』で精製可能な球体内の温度を自在に変化することが出来るのはその技術があってこそだ。ただ、この演算処理自体がかなり膨大となるため、三矢家の人間―――より正確には、悠元の想子制御を教わった人間でないとまともに使用すらできない代物だ。

 今回の実験では万全を期す形でこのフィルターを用いることとし、達也にもその術式は伝えている。それを聞いた達也曰く「そんな術式をポンポン生み出せる悠元がおかしい」と言われた。甚だ心外である。

 さて、原作とは違って生徒会に理璃とセリアがいる以上、術式を使う人選も大分余裕が出来ている。とはいえ、実験装置の操作や準備も考えると割とギリギリなのかもしれない。

 

「まずはガンマ線フィルターだが、ほのかに頼みたい」

「わ、私ですか!?」

「ああ。電磁波操作に関しては一番得手があると思っている。頼めるか?」

「分かりました、頑張ります!」

 

 ほのかは他でもない達也の頼みだからこそ、一層奮起していた。そうでなくとも、光波振動系統となれば適任といえるだろう。そして、達也は次にセリアへ視線を向けた。

 

「クーロン力制御は五十里先輩にお願いしようとも思いましたが、中条会長の補佐をお願いしたいと思います。なので……セリア、頼めるか?」

「了解。クーロン力制御でお姉ちゃんの魔法を抑えたりとか散々やってたからね」

「分かったよ、司波君」

 

 その根拠として挙げられるのは先日の『リバース・ヘビィ・メタル・バースト』だろう。達也もリーナとの戦闘で『ヘビィ・メタル・バースト』の威力を間近に感じたからこそ、彼女の双子の妹であるセリアなら問題はないと踏んだ。

 五十里もあずさの性格を考えるとその方がいいという結論に至り、異論は出さなかった。

 

「中性子バリアは……理璃に頼みたいと思う」

「分かりました、達也先輩」

 

 十文字家の『ファランクス』には恐らく中性子バリアも含まれていると睨んでのものだが、理璃が即答したことで間違いはなかったと判断した。

 そして、次の重力制御についてだが、達也が言葉を発する前に佳奈が声を発した。

 

「達也君。ちょっといいかな?」

「はい、何でしょうか?」

「重力制御は深雪ちゃんが担当するんだよね? なら、ちょっと見てほしいものがあるの」

 

 そう言って佳奈は手提げカバンからタブレット型端末を取り出して数秒操作すると、達也にそれを差し出した。達也がそれを見たところ、驚きのような表情を見せていた。気になって悠元も覗き込んだところ、思わず唸る様な声を上げた。

 

「……佳奈姉さん、こりゃまた凄いな」

「悠元から褒められたのは嬉しい」

 

 何と、佳奈はトーラス・シルバーが発表した飛行魔法―――重力制御術式を核融合専用の術式に独力で改造していたのだ。悠元は核融合反応容器に一定の精査が出来たところで取り組むつもりだったが、その手間が一切省けたことになる。とはいえ、もう少し煮詰めれば更に負荷自体は小さくなると今まで組んできた魔法からくる勘みたいなものが働いていた。

 

「達也、どうする? 従来の重力制御でも問題はないと思うが」

「使わない手はないだろうな……佳奈さん、この起動式データを頂いてもよろしいですか?」

「いいよ。今回の実験は積極的に協力してほしいと頼まれたから」

 

 結果的に、佳奈の組んだ重力制御術式を深雪が使うことで決着し、その調整も兼ねて佳奈が補佐と設備の操作に入るため、美嘉が定率制御フィルターを担当することとなった。

 そうなると、残るは第四態相転移(フォースフェイズシフト)を誰が担当するか、ということになる。悠元は元々“当日のトラブル対応”のため、実験の魔法担当には据えられない。

 すると、手を上げたのは泉美であった。

 

「あの、よろしければ私たちが担当させていただきたいのですが」

「私()()、というのは泉美と香澄の二人で、ということかい?」

「はい。私一人では力量不足かもしれませんが、香澄ちゃんと二人でなら、きっとお役に立てると思います」

 

 本来、二人で一つの術式を合わせるというのは高度かつ複雑なプロセスを必要とする。そのことを理解しているからこそ、生徒会室にいるメンバーの半数以上は戸惑った表情を浮かべた。表情を変えなかったのは、廿楽、達也、悠元にセリアの四人だけであった。これには泉美も身構えるほどだったが、そんな雰囲気を壊したのはセリアだった。

 

「はいはい泉美ちゃん、そう身構えないの。私も双子の姉がいて貴方達と同じことが出来るから理解できるんだよね」

「そ、そうなんですか!? ……すみません、身構えてしまって」

 

 いくら自然的に生まれた双子でも、そんなことが出来るのはシールズ姉妹と七草の双子ぐらいだろう。とはいえ、セリアのお陰で泉美の緊張もうまく解れたようで、訝しんでいたメンバーも表情を緩ませていた。

 セリアは達也に進行の意図も含めたウィンクをすると、苦笑にも似た笑みを見せつつ話を進めることとした。

 

「廿楽先生、光井さんとシールズさん、七草さんは実験の詳細を知りません。確認の意味でも説明しておきたいのですが」

 

 そう言って、達也は改めて今回の実験についての説明を行う。あずさ、五十里、深雪、そして悠元からすれば既に知っている内容だが、退屈そうにしているものは誰一人としていなかった。

 

「恒星炉のシステムは、技術的に見ればまだまだ未成熟な部分ばかりです。しかし、このメンバーが協力し合ってチームとして機能したなら、加重系魔法三大難問の一つと言われているこの実験を成功することが出来ると、俺はそう確信しています」

 

 最後にそう締めくくり、達也と悠元の「恒星炉」は第一歩を踏み出したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元は対外的な対応を全面的に任されたが、準備期間中は実験機材の調整に追われた。とはいえ、今回使う実験装置は自分が一から手掛けた試作機であり、今回の提供に合わせて部品類は全て新品に交換している。いや、正確には『再成』で新品の状態に戻しただけという反則じみた方法だが。

 予め使用魔法とその担当者の分担に基づく起動式調整は済んでおり、中性子バリアの起動式を理璃の想子波に最適化する作業を行っている。一見すると高速スクロールする画面が流れており、悠元が素早くキーボードを叩いているようにしか見えない。

 

「悠元、差し入れだ」

「お、済まないな。サンキュ」

 

 すると、珍しく達也がコーヒーを差し出したので、悠元が受け取って口にする。悠元が一口飲んだところで達也が問いかけた。

 

「済まないな。ハードウェア部分に関わるとなると俺でも中々手が出せないからな」

「その辺はお互いの得意な領分の分担だから、気にするな」

 

 学内的に言えば、達也はCAD調整や起動式調整で卓越した技術を発揮したエンジニアであり、実力的には二科生ながら一年間風紀委員を務めあげた実績がある。なので、こういった実験装置のプログラミングは学校外でないと色々バレる危険性があるため、その殆どを悠元が担当していた。

 

「それに、どこかで術式の精査はしないといけなかったからな。渡りに船みたいなものだよ」

 

 本来の準備期間よりも3日ほど伸びた形だが、それでも対外秘の為に生徒会役員と有志の生徒、そして佳奈と美嘉に限定されていた。なお、二人はゼミの担当教官に相談して課外活動扱いで許可を貰ったとのこと。「魔法式核融合実験の基礎研究実験」という建前を添えてのものだが、実際にやろうとしていることは間違っていない。

 有志の生徒は基本的に魔工科からとなり、達也と何らかの繋がりがある人に限定された。千秋と十三束は自発的に協力を申し出て、美月も協力している。達也を崇拝に近い尊敬をしているケントも加わっている。なお、こういったことに不得手なレオは力仕事(主に機材搬出)担当、幹比古とエリカ、雫は時折差し入れをしに来ていた。

 とはいえ、機材調整の殆どを事前に終えていたために準備自体にそこまで時間は掛からず、更に核融合に必要な重水と軽水は悠元の実家である神楽坂家のコネで提供してもらった。「とりあえず各々1トンぐらいあれば十分よね?」と千姫があっさり言いのけたことには流石の悠元も引き攣った笑みを見せていた。

 

 臨時師族会議に関しては、七草家による反魔法主義への世論工作の事情説明をした後、横浜の魔法協会に足を運んでいた千姫が登場して今回の策の一部を説明。将来の大亜連合による侵攻だけでなく、新ソ連やオーストラリア、()()()()()()を含めた軍事行動に対して反魔法主義の世論を叩き潰すため、十師族による全会一致で可決。以後の対応を三矢家と四葉家、上泉家と神楽坂家の四家(関東地方に関係するため、名目上は七草家と十文字家も含む)で行うことも決定した。

 つまり、名は七草と十文字は貰うが、実は三矢と四葉、上泉と神楽坂が貰っていくこととなる。何をもってしての利なのかと訝しむ人間はいるだろうが、現時点で気付けた人は新世界の神と呼ばれるほどの存在になれるかもしれない。

 




 ミアに関してはどこかで触れる予定がありますのであしからず。
 理璃が加わることで中性子バリアの担当を彼女が担当することになり、セリアが五十里に代わってクーロン力制御を担当します。これであーちゃんの負担も大分減るでしょう。佳奈の起動式提供は悠元に対する礼も含んでいたりします。実験装置のプログラミングに関しては達也も論文コンペであれこれやっていますが、達也自身今回の実験の監督みたいなものですので(あまり理由にもなってないような気もします)。

 続編の小説も買いましたが、とある人物の別の名の振り仮名が本作のオリジナル人物と一文字違いだったときは思わず目が点になりました。うそやん……でもまあ、ある意味納得できる理由でもありますが。

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