4月24日……今日は言うまでもなく達也の誕生日である。昨年のこともあって今回は深雪が達也を引き留める係となっていた。その代わり、豪華な夕食担当は水波だけに頼むのも大変なため、数日前から合間を見て仕込んでおいた。達也自身も“人並み”に料理が出来るため、司波家で暮らす人は自炊に困らない点が大きいだろう。
「す、凄いですね悠元兄様。十師族の方は料理が出来ないと勝手に思っていましたので」
「普通は興味がないと学ばないだろうが、俺の場合は上泉家で過ごしていた期間が長かったから、門下生の食事の支度とか手伝っていたんでな」
上泉家は武術の性格上、門下生は男性が多くなる。その為か食事当番は人手不足となるために門下生も手伝うことが頻繁にある。その過程で料理が上手になり、加えてその感覚を鈍らせないために父の執事をしている仕郎に教えを請うことが多かっただけだ。
久々に司波家で腕を振るったせいか、少しばかり調子に乗ってしまった部分は否定できない。ケーキに関しても、久々に熱が入ったせいでクリームのデコレーションもそれこそ高級菓子店で見る様な感じになってしまった。
今更言うことではないが、達也に対して親友を超えた関係など求めてなどいない。俺にそんな趣味は一切ないと述べておくこととする。
「さて、後は達也と深雪の帰宅を待つだけだな」
「はい……なんか、今までの自信を失くしそうです」
「やめて。逆に俺が惨めになるから」
そして、深雪が帰ってきて所定の位置に就き、私服に着替えた達也が入ってきたところでクラッカーを鳴らして出迎える。
「お誕生日おめでとうございます!!」
「……成程。悠元が先に帰ったのはこのためだったか」
どうやら、深雪がやたら時間を気にしているような素振りをしていたらしく、最初は悠元と喧嘩でもしたのかと思ったが、あれだけ悠元にベッタリな深雪を悠元が邪険にする理由が思い浮かばなかった、と達也は後で呟いていた。
仮に二人が喧嘩するとなれば、深雪の機嫌が悪くなって極寒のブリザードが吹き荒れることは想像に難くない。実際のところ、沖縄の後から高校入学までは年に数回ほど
「準備の半分は水波ちゃんが担当していたから出来ただけだよ。ま、料理が冷めないうちに頂いてくれ」
「そうだな。そうさせてもらうよ」
料理を食べながら雑談に興じつつ、ケーキが出てきて17本の蝋燭に火を灯し、達也が消したところで深雪と水波が誕生日の歌を歌ったのだが、ここで悠元が黙ったことに達也は疑問に感じたものの、彼特有の体質に気付いたのでそのことを追及はしなかった。
ただ、ケーキを食し始めたことで女性陣の機嫌が落ち込んでいくのを見た達也は悠元に呆れたような表情を向けていた。
「また、のようだな」
「みたいだな。別に何か仕込んだ訳でもないというのに……レシピ通りにしか作っていないぞ、俺は」
そんな一幕もあったが、ケーキを食べ終えた深雪が頬を膨らませつつ悠元にしがみつくレベルで抱き着いていた。これには水波が半分羨ましそうにしていたが、逃げるように片付けへと向かって行った。
ともあれ、明日の本番にあたって英気を養えたことは事実だろう。
悠元は風呂に入ってから自室に戻ると、端末に通信の着信を知らせるアラームが鳴っていることに気付く。悠元はデスクに座って素早く端末を起動させると、画面には楽そうな恰好をしている千姫が座っていた……彼女の手にワイングラスを持っていることは半分スルーという形にした。注意をしたところで言う通りにするとは今の状況からして考えにくかったからだ。
『悠君、こんばんはー。ごめんねー、ちょっと東京まで行って客人と会談してたものだから』
「成程、飲み直しみたいなものですね。……一体何方と?」
千姫の場合、悠元に態と尋ねさせたい意図があって相手を隠したわけではない。彼女の立場上、わざわざ相手の身分を隠す理由は自身と同等以上の相手でなければ存在しえないのだ。
『無論、今上陛下と直接。悠君のほうで「おことば」に関するお願いをしたでしょ? それについて異存はないかということを含めてお話しさせていただきました』
「少し性急過ぎましたか?」
『いえいえ、寧ろ昨年の情勢を鑑みれば遅すぎるぐらいでしょう。加えて今年初めにUSNAのちょっかいもありましたので、ここは陛下直々に腰を上げていただかなければならないと宮内庁に発破をかけただけです』
彼女の場合、発破というよりも存在感だけで威圧というレベルになってしまう。そのことはさておくとしても、千姫が酒を飲みつつ通信してきた理由はそれだけじゃないと踏んでいた。千姫も悠元の表情を見て勘付いたのか、その理由を話し始めた。
『反魔法主義というか、魔法師排斥を謳っている議員が一定数いることは悠君も知ってるだろうけれど、悠君には「無頭龍」のときにやったことの手腕を生かして、彼らの支持を奪ってほしいの』
「別にやろうと思えばすぐに出来ますが、どの程度まで削りますか?」
そういった勢力の全排除は可能だが、ごく少数を反魔法主義のはけ口として残すことで一定のガス抜きの役目を担ってもらうつもりでいた。
それに、あまり削り過ぎれば今度は国防軍の好戦的な勢力が増長しかねない。あくまでもこの国の方針は“積極的自衛権を含めた防衛思想”であり、積極的侵攻など以ての外。悠元の問いかけに対し、千姫は酒を嗜んでいるとは思えぬほどのハッキリとした口調で答えた。
『そうですね。現在勢い付いている民権党が分解するレベルまで行きましょうか』
「……
そのタイミングは明日のデモンストレーション後に行う形でセッティングするつもりだ。元々反魔法主義の勢いを失速させるために仕掛け自体は構築していたが、千姫からの命令という名分を得られたのは僥倖であった。
民権党が前世の野党議員に関する疑惑を上回るレベルでヤバい事実がボロボロ出た時は驚きしかなかった。半数以上が大陸系の息が掛かった献金を受けているだけでも驚きなのに、魔法師排斥において過激派の部類に含まれる議員なんて、大亜連合政府から献金を受けていたのだ(帳簿上はこの国の人間だが、ルートを探ると大亜連合政府の関係者に行き着いた)。
これを知っているのは不明だ(少なくともその推測はしているかもしれない)が、選挙で議席を確保されないよう野党の最大勢力を空中分解させる意図を含めた千姫の提案に悠元は頷かざるを得なかった。
この国の法律を守らなかった故の自業自得な事なので、別に可哀想などとは思わない。敢えて“ご愁傷様でした”とだけ言っておこうと思う。
「総理には父も含めた会談で改めて協力は取り付けられました。それで母上、臨時師族会議はどうなりましたか?」
『名は七草と十文字に、実は三矢と四葉が取ることが全会一致で可決しました。そういえば、私が周公瑾や顧傑絡みの話をしたら九島の
「只でさえ九島家は古式魔法使いから魔法技術のみを抽出したことだけでも因縁がありますし、その頂点の一角である母上は最たる存在ですから」
原作では九島家と周公瑾の関わりは『パラサイドール』が一定の完成をみた後でのものだった。とはいえ、「フリズスキャルヴ」を有する顧傑のことだからその辺の情報など筒抜けに等しい。
厳格な情報を管理をしている十師族に順列を付けるとすれば、三矢と四葉、そして七草に九島と続く形になる。九島家現当主の様子は少し気に掛かるが、少なからずパラサイトの制御に大陸系の術式を用いているのだろう。尤も、そのパラサイトを別の術式で変質化させて使役している自分が言えた義理ではないが。
悠元の指摘も含んだ答えに対し、千姫はワインを一口付けてから声を発した。
『自業自得だというのに、九島のアホンダラは何も理解していない。そうそう、明日の件で思い出しました。悠君は敢えて三矢の姓で対応するそうですね?』
「この辺は、世間の認知度からすればその方が良いと判断したまでです。魔法実験の様子は学校と当人たちの許可が取れたので、映像データとしてメディアに提供します」
今回の実験では達也と深雪も関わることになるため、裏では四葉家当主こと真夜に加えて二人の母親である深夜からも許可を取り付けた。名古屋で文弥と亜夜子が捕まえた人間主義者を起点として反魔法主義を抑え込む功績を四葉にも分け与える。
最後の美味しいところを七草から掻っ攫うようなものだが、二人を七草家当主の意識から逸らさせる意図も含めてのものだ。それに、香澄と泉美もその実験に参加する中核メンバーの側なので、一応の面目は立つ。
『神田議員とメディアに対する受け答えは悠君に一任します。明日は大変でしょうが、健闘を祈ります』
「ありがとうございます。それでは、おやすみなさいませ」
酒が回っている筈なのに、それに振り回されることなく受け答えが出来ていた部分は流石護人の当主を担うだけのことはある、と率直な感想を抱きつつ通信を切った。通話を終えて通信用のインカムをデスクに置いたところで悠元は扉の外にいる人の気配を感じた。
少し警戒するように扉を少し開けると、そこにいたのは達也であった。
「なんだ、達也か。てっきり深雪が雰囲気に酔っぱらって屯っているのかと思ったよ」
「誰かと話しているのは聞こえたからな。尤も、悠元が言ったことも間違ってはいないが」
達也が言うには、誕生パーティーの後でドレスアップした深雪がちょっとした二人でのお祝いをしたまでは良かったのだが、深雪がそのまま悠元の部屋に行こうとしたところまでは気になって同行すると、悠元が誰かと会話しているのが聞こえたので深雪を説得して部屋に返させたらしい。
「……成程。っと、そういえば誕生日プレゼントを渡すのを忘れていたな」
「いや、そこまで気を使わなくてもいいのだが。俺としては料理とケーキだけでも満足している」
「疚しい気持ちはないが、居候している身としては自分が納得しないだけだよ……って、そういやアレがあったか」
悠元はそう言ってデスクから何かを取り出すと、達也に手渡した。それは達也の持つ「トライデント」用のカートリッジ型ストレージだが、ストレージ自体白銀に装飾されたものであった。
「このカートリッジは?」
「大本は俺の使っている『ワルキューレ』から流用したものだが、達也が普段使うことの多い魔法の起動式が
達也の場合だと「フラッシュ・キャスト」を使って魔法を発動することもあるが、それを人前で使えない時を想定した特殊ストレージで、最大1万種類の起動式を保存することが出来る。本来は古式魔法の秘術にもかかわる部分も含むが、天神魔法の部分には抵触しないので問題ないと判断した。
「……ここまで来ると、貰い物が“借り”になってきそうだな」
「プレゼントに貸し借りの損得勘定なんて持ち込むつもりもねえよ、俺は」
「分かっている。ありがとう、悠元。大事に使わせてもらうよ」
達也はそう言って自室に戻っていったのを見届けてから、悠元も自室に戻った。ともあれ、明日はいよいよ本番なので、寝不足は大敵となる。そう思って悠元は部屋の電気を消すとベッドに入って眠りに就いたのだった。
余談だが、ほのかが達也に贈ったのは雫の協力で見繕ったアンティークの懐中時計で、ほのかの3D写真が内側に貼り付けられていた(ほのか本人には黙って雫と共謀して仕込んでおり、写真データは深雪が提供した)。
リーナからのプレゼントは万年筆だったらしく、セリアからは「シルヴィも苦心したでしょうね」と零したのを覚えている。シルヴィアの協力がなかったら一体何が贈られていたのか……ブラックホールよりも闇を見そうだったので考えるのを止めた。
「……深雪さんや」
「……悠元さんが悪いんです」
なお、夜中に一度目が覚めてトイレから戻ってくると、自分のベッドで寝ている深雪の姿があり、大人しく一緒に寝る羽目となった。ケーキのせいもあると思うが、ある意味理不尽な言葉にため息が漏れたのは言うまでもない。