魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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捻じ曲がる執念

 4月24日の深夜。この日も七宝(しっぽう)琢磨(たくま)は共に「新秩序(ニュー・オーダー)」を目指す同盟者、小和村(さわむら)真紀(まき)との()()を終えて帰宅した。

 

(こんな時間か……真紀との会合で遅くなってしまったな)

 

 時刻は既に23時を回っていた。家の者(使用人を含む)には迷惑を掛けないよう、夕食は外で済ませてきたし、今日は帰宅が遅くなると予め連絡は入れているので、住み込みの使用人の大半は既に就寝しているだろう。彼らを起こさないよう、琢磨はチャイムと連動していない勝手口から家に入った。

 

「琢磨さん。先生が書斎でお待ちです」

 

 だが、靴を脱いだ途端、待ち構えていた彼よりも少し年上の男性―――琢磨の父の助手をしている青年から声を掛けられた。先生とは七宝家当主、七宝(しっぽう)拓巳(たくみ)のことであり、青年は父親から言いつけられて琢磨の帰りを待ち構えていたのだろう。

 琢磨自身「面倒だ」とは思ったが、無視するわけにもいかない。琢磨は「分かった」と告げて、書斎に向かった。

 

 七宝家の表向きの家業は投資顧問業で、主に天候デリバティブ(気象に関する取引を行う金融業のこと)を専門としている。

 農業のプラント化によって食糧ビジネス面での需要は減ったが、先進国において太陽光由来の自然エネルギーが電力供給の主流を占めるにあたり、気象予測―――とりわけ日照時間予測は企業収益計画において重要なファクターとなっている。七宝拓巳が「先生」と呼ばれているのも、国内の年次気象予測における第一人者だと認められているからだ。

 

 しかし、今琢磨が向き合っているのは師補十八家当主、十師族に匹敵する魔法技能を有する魔法師としての七宝拓巳であった。

 

「掛けなさい」

 

 書斎に入るなり掛けられた拓巳の言葉に、琢磨は応接セットのソファに腰を下ろす。それを見た拓巳もデスクの前から立ち上がると、琢磨と向かい合う形で座った。

 

「琢磨、高校はどうだ。楽しんでいるか」

 

 こんな時間に呼びつけておいて世間話か、とも感じ取れるが、琢磨とてこれが本題に入る前置きだと理解できないはずがなかった。だが、そんな理性よりも感情が勝る形となった。

 

「親父、何度も言っている筈だ。俺にとって高校は楽しむ場所じゃない」

「強情だな、お前は。そう肩肘を張ることもあるまい」

「親父のほうこそなんで暢気なんだ!」

 

 力の抜けたような拓巳の態度に琢磨は苛立ちを爆発させた。その苛立ちの原因は何度も聞いている以上拓巳も当然理解しているが、息子は父親の意見を聞き入れることがないぐらいに意固地となっている。

 

「次の十師族選定まで一年を切っているんだぞ! 折角の好機だというのに、このままだと風見鶏の七草に十師族の地位を掻っ攫われて、七宝は七草(あいつら)の下風に甘んじることになってしまう!」

 

 琢磨が言い放った「折角の好機」というのは、昨年の春に開催された臨時師族会議にて判明した十山家と国防陸軍による三矢家三男の誘拐未遂事件によって七草家と十文字家が上泉家の不興を買ったことだ。その事実は師補十八家にも通知され、拓巳は次期当主としての自覚を持ってもらう意味でも琢磨に伝えたが、琢磨はそれを「七草の地位が弱まった」と喜んでいたのだ。

 三矢家当主からの恩情で厳罰を辛うじて免れたのは確かだが、関東地方における影響力が多少揺らいだ程度であり、十師族において最も社交的な活動をしている七草家が次の十師族の椅子も堅いことは拓巳も承知している事実だ。

 

「十師族の選定会議は二十八家から十家を選び出すものだ」

 

 拓巳の予測では、現状に大きな失点がなければ、三矢家、四葉家、七草家の再選は確実だろうとみている。

 三矢家は男子二人が護人の当主ならびに次期当主であり、神楽坂家の次期当主はこの国でも最強格に位置する魔法師。それを輩出した三矢家の実績は疑うべくもない。四葉家については当代最強の魔法師である四葉真夜が健在である上、正式に十師族の守護・監視体制を担っている。先日の臨時師族会議の結果は聞き及んでいるが、四葉に対する畏怖の念も含めれば敵に回すこと自体は避けるべきことだろう。

 

「七草家にばかり拘っていても意味がないということは、琢磨、お前にだって分かっている筈だ」

 

 彼がこの話を息子にするのは、今日に始まった事ではない。今の十師族の数字が綺麗に並んでいること自体珍しい事であり、過去には同じ数字を持つ師族が同じ十師族だった例も存在する。

 だが、琢磨がその言葉に頷いたためしは一度もなかった。

 

「意味はある。『三枝(さえぐさ)』が『三』を裏切り、『七』の研究結果を盗み取った結果『七草(さえぐさ)』になって十師族の地位を奪ったことは事実だろう!」

「……『七草』が『三枝』だったのは十師族の秩序が確立する前の話だ。老師が十師族体制を提唱された時点で彼らは『七草』であり、二十八家の中で頭一つ抜きん出た能力を持っていたからこそ十師族のひとつに選ばれたのだ」

「その抜きん出た能力は第三研と第七研の研究結果をつまみ食いした結果じゃないか!」

 

 七草は第三研の『多種類多重魔法制御』の最終実験体となりながらも第三研を抜け出し、第七研の『群体制御』が完成直前の段階から関わっただけで、我が物顔で利用している……そう述べた上で琢磨は叫ぶように言い放った。

 

「俺たち七宝(しっぽう)だけじゃない、三矢(みつや)三日月(みかづき)七夕(たなばた)七瀬(ななせ)七草(あいつら)にまとめて虚仮にされているんだぞ! それなのに何故親父は平気なんだ!?」

 

 仮に琢磨の言うことが事実だとするのならば、一時期風の噂となっていた三矢家三男と七草家三女の婚約話なんて噂は存在しえないだろう。その出所自体恐らくは七草家と拓巳は睨んでいた。尤も、昨年春の臨時師族会議以降にその噂はピタリと止まったことからすると、婚約が破棄された可能性が高いところまで読み切った。

 拓巳は一息吐くと、拓巳に対して真剣な表情で問いかけた。

 

「琢磨……それを()()()()()()()()のか?」

「っ!? あ、当たり前だ!!」

「少なくとも、三矢は仮にそうされていたとしても、第三研の『多種類多重魔法制御』を独自の路線で磨き続け、今では七草と並ぶ十師族の発言力を得ている。いや……魔法技術においては七草以上と言っても過言ではないのだ。それに、七草家の魔法師も我々と同じ実験体だったんだぞ」

 

 拓巳の言葉の裏付けと言えるのは九校戦における三矢の功績。現当主の次男、長女、次女、三女に続いて三男も昨年の九校戦において優秀な成績を挙げた。とりわけ「クリムゾン・プリンス」とも謳われた一条家の長男を完璧に抑え込んだ上での勝利は、十師族のみならず国防軍とて無視できない存在であると言えよう。

 拓巳の最後の言葉に琢磨は絶句するものの、何とか言い返そうと言葉を紡いだ。

 

「……裏切り、出し抜くことが賞賛されることだと言うのか?」

「現に、お前も十師族を出し抜こうとしているではないか」

「それは……」

 

 自分のしていることが見抜かれているような拓巳の指摘に、琢磨は言葉を詰まらせた。悔しそうな表情で黙り込む息子を見つつ、拓巳は小さく息を吐いた。このやり取り自体既に何度も繰り返しており、ここ最近は特に酷くなっている傾向が見られた。それでも言い争わずにいられないのは、親子としての縁や絆が断ち切れていない裏返しとも言えるだろう。

 

「まあいい。今日は別の話があってお前を呼んだ」

 

 「こんな真夜中に」とは思ったが、そもそも家の者には遅くなるとは伝えたものの、具体的な時間は一切伝えていなかった。こればかりは琢磨自身がやってしまったことなので、反論も出来ないことだ。琢磨は「すまん」と口にしたが、拓巳はその言葉を琢磨の母親に向けるべき言葉と受け取り、後で謝っておくように諭した上で本題に入った。

 

「琢磨、明日は学校を休め」

「親父? いきなり何を言い出すんだ?」

 

 拓巳のあまりにも突拍子もない言葉に琢磨は不審を覚えた。明日、一高で一体何があるのだという琢磨の疑問に答えるべく、拓巳は勿体ぶることなく説明した。

 

「明日、野党の神田議員が第一高校へ視察に訪れる」

「野党の神田議員って、最近よく目にする人権主義者で反魔法主義者の神田か?」

「ああ、そうだ。取り巻きのマスコミも連れてな」

「何の為に」

 

 琢磨は態々訊ねたが、最近マスコミを賑わせている神田議員の言動を考えれば、第一高校を訪れて何をしたいのかという理由は察しが付く。なので、問いかけは確認以上の意味を持たないと言えよう。そして、拓巳の回答も琢磨が予測した通りの答えであった。

 

「彼が主張している軍と魔法科高校の癒着―――ひいては、魔法を強制されている少年たちの人権を守るパフォーマンスがしたいのだろう。お前が何を言いたいのか察しは付くが、相手は国会議員だ。揉め事を起こすのは拙い」

「親父。いくら気にくわない相手だからと言って、後先考えずに喧嘩を売ったりしない。俺はそこまでガキじゃない」

 

 拓巳の言葉に対して、琢磨は先程のものとは別の意味でムッとした顔になっていた。父親に喧嘩っ早い人間と見られるのは心外だ、とでも言いたげながらも言葉を選びつつ拓巳に言い放った。

 

「例え、相手のほうから喧嘩を売ってきても、か?」

「……っ、当たり前だ。そう易々と挑発に乗るものか」

 

 実際のところ、学校で香澄と私闘未遂になったことを思い出し、それを呑み込んだ上で琢磨はやや歯切れが悪い感じで返した。その言葉を信用したのか、拓巳はソファの背もたれに大きく身を預けつつ、念を押す様に琢磨へ呟いた。

 

「ならば良い。そこまで言い切った以上、自分の言葉に責任を持て」

「分かっている! 話はそれだけか」

 

 ただ念を押した言葉なのに、これで反発するようでは……琢磨が本当に約束を守る気があるのか、と疑わしくなると思うのは決して拓巳だけではないだろう。だが、琢磨本人がそう言い切った以上、拓巳は次の説明を述べるのに必要な条件は整ったと判断した上で琢磨に告げた。

 

「なお、この件は七草家と十文字家が受け持つ。くれぐれも余計な手出しをするな」

「七草が!?」

 

 きちんと二家によるもの、と説明したはずだが、琢磨は七草に対して過剰に反応してしまっている。そのことは気に掛かるが、拓巳はそのまま説明を続けた。

 

「自分の言葉に責任を持て。七宝家はこの件に一切関与しない……いいな?」

「―――分かったよ!」

 

 だが、先程拓巳によって言質を取られている以上、先程の発言を翻すことなど出来ない。琢磨に出来るのは、そう返すだけでしかなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

(―――来たか)

 

 それは大抵の一高生からすれば予期せぬ来訪者であり、恐らくは第一高校の関係者にとって招かれざる客と言っても差し支えない存在。

 物々しい黒塗りの乗用車三台で押し掛けた十人前後の男女。民権党の神田議員と彼の秘書、神田の護衛であるボディーガード、そして彼の取り巻きジャーナリストの面々。彼らは四時限目、午後最初の授業の初めに訪れて、いきなり校長との面会を求めた。何のアポイントメントもなしに、だ。

 本来なら丁重に断ってお帰りいただくところだが、国会議員バッジを持っているからこそこんな無茶も押し通ってしまう。この辺は前世紀と何ら変わっていないわけだが……悠元はその様子を扉の向こうで見つつタイミングを見計らっていた。

 扉の向こう側の光景―――校長室では、マナーを無視して面会を強要する神田に対し、教頭の八百坂は苦い顔で出迎えた。念のために隠形をフル活用しているため、他の生徒からも悠元の姿は視覚でも認識できない。

 

「神田先生。先程も申し上げましたが、本日、校長の百山は京都出張で留守にしております」

「ほう。この神田に、子供の使い宜しく出直せと言われるのか」

 

 八百坂と神田はともに同年代の人間だが、片方―――神田は居丈高に構え、もう一方は額に汗を滲ませている。この様子を見て、二人が同年代だと思う人間はいったいどれほどの数が存在するのだろうか。

 というか、いくら選挙で選出されたとはいえ、このような振る舞いは人としての礼儀(マナー)から見てどう映るのだろうか。

 

「子供の使いとは滅相もありません」

「では、教頭先生でも結構です。御校の授業を見学させていただきたいのだが」

「私の一存では承伏いたしかねます。それはやはり、校長に仰っていただかなくては」

 

 先程八百坂が述べた通り、校長の百山は京都に出張している。いや、その事実を知っているからこそ神田はこの日の来訪を選んだのだ。それ自体が俺の立てた策であるということも知らずに。

 百山は第一高校の校長となって今年で十一年目。魔法師の高等教育カリキュラムの確立に貢献した人物であり、第一高校の一科生と二科生のシステムを作り上げた発案者その人である。それはともかく、魔法師のみならずあらゆる方面とコネクションを持つ百山と正面切っての論争が無理だと判断した神田の行動は流石だろう。悪い言い方をすれば“臆病者”や“意気地なし”と呼べるのだろうが。

 百山がいない時を狙ってパフォーマンスを成功させたい神田と、校長の留守を盾にマスコミの取材を拒否したい八百坂。ともあれ、このままだと神田が痺れを切らして国会議員としての権限で押し切ることは目に見えていたため、隠形を解除した上で扉をノックし、「失礼します」と短く述べた上で校長室の中へと入った。

 悠元の姿には、八百坂のみならず神田や彼の関係者も悠元に視線を向けていた。悠元のことは九校戦においてかなり話題に上っており、その意味で知らぬ人間などいないのだ。

 

「か、オホン……み、三矢君? 今は授業中ではなかったのかね?」

「今は実習実技の時間なのですが、先程百山校長から連絡がありまして、“校長代理”として来客対応を任された次第です……初めまして神田先生、三矢悠元と申します」

「あ、ああ。既にご存知でしょうが、民権党の神田といいます。君のことは九校戦で存じあげていますよ」

 

 八百坂は危うく悠元の現在の姓で呼びそうになったが、先日の打ち合わせをはっと思い出したことで何とか堪えることに成功した。

 一方の神田は冷汗が止まらないような状態だ。十師族の一角にして、九校戦による魔法師としての功績は極めて著しく、そして三矢家は国防軍と深い繋がりを有している。その標的の一角がこの場に姿を見せたのだ。

 なお、悠元が名乗った肩書きの“校長代理”は百山との打ち合わせで了承してもらっている。百山としても、過去の上泉家も巻き込んだ美嘉の退学未遂事件が大きく尾を引いており、悠元の現在の実家である神楽坂家にも喧嘩など売りたくはないと了承したのだ。

 

「それで神田先生、こちらに何ら連絡もせず如何様のことでしょうか。それに、マスメディアの関係者を何の断りもなく引き連れて来るとは……百山校長よりの伝言です。『神田先生に良心の呵責がおありならば、日を改めていただきたい』と」

 

 彼らの視線に臆することなく、悠元はまるで冷め切ったような視線で彼ら―――とりわけ神田に向けて言い放った。この場には百山の姿も影もない筈なのに、神田とその取り巻きの眼には、悠元の背後に悠然と立っている百山の姿がありありと見えるようであった。

 




 主人公と七草家の関わりによって、琢磨の七草に対する敵愾心も加速した形です。とはいえ、言質を取られた以上は動けなくなっています。そして、過去の退学騒ぎのこともあって主人公が校長代理として赴くことになっています。

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