実験メンバーの記念撮影が終わった後、彼らの後ろ姿が見えなくなった後でジェニファーは廿楽に話しかけた。
「しかし、神楽坂君が元十師族というのは彼の姉から聞いておりましたが……彼は本当に高校生なのですか?」
「確かに、彼は非凡という枠組みすら超えているでしょうから」
廿楽は以前というか昨年、論文コンペで却下した悠元の論文を実際に目の当たりにした。題材こそ過激であったが、昨今の国際情勢も踏まえた上での魔法の重要性を訴えるだけなく、魔法兵器としての魔法師の徴用を危ぶむ論調も加わっていた。それは、下手すれば自身の元実家にも警鐘を鳴らす様な内容であった。
そして、今日は校長代理として国会議員や取り巻きの記者に対して臆するどころか圧倒した存在感かつ正論で黙らせてしまった。同年代であそこまでの貫録を見せられる人間はそういないであろう……そう思いつつ、廿楽はポケットから一枚の紙を取り出した。
「……それは?」
「神楽坂君が魔法幾何学の課題で書いていた“失敗作”だそうです。この大きさでも26工程の振動系魔法を行使できる形ですが……折角だからということで、貰ったものです」
「26工程で失敗作とは……」
紙の大きさは精々5センチ四方。魔法陣自体は約3センチ程度しかないのに、これだけで26工程を行使できるとなれば、消費される想子量はかなり低減される。複雑な工程数を要求される魔法ほど魔法陣の記述数も増えるため、魔法陣自体も大型化するのが常識。その常識の摂理を彼は破壊し続けていることにジェニファーは思い出しながら呟いた。
「そういえば、昨年のゼミで彼の姉たちが私の担当生徒だったのですが、彼女らの常識は最早私たちの知る現代魔法で計れないでしょう」
「私の教え子でもありましたが、彼女らは常々こう言っていました。『弟が諦めなかったからこそ、私達も諦めることを止めた』とね……魔法の体系化が100年を迎えるのではなく、まだ100年しか経とうとしていない、と思うべきかもしれません」
学問や哲学といった分野も数百年や千年以上の時を経て洗練されていった。それから比べれば、現代魔法はまだまだ研鑽が可能な技術である……と廿楽は魔法陣を見ながらそう思いつつあった。
「これは私なりの勘みたいなものですが、彼はきっと我々の想像すらも飛び越えていくことでしょう。この世界の誰もが彼を意識せずにはいられなくなる……そんな気すらさせてしまう生徒など、この先会うことは決してないでしょうな」
「……そうかも、しれませんね」
個人的な合理的主義を主体として行動している廿楽からすれば、「勘」という要素などは本来用いるべきではないものと思っている。だが、その彼にそう言わせてしまう悠元の存在は、この世界において最早見逃せない存在となりつつある、とジェニファーは実験メンバーが去っていった先を見つめていた。
◇ ◇ ◇
今回の実験メンバーが生徒会室に集まったところで、悠元は一つの提案を切り出した。それは、実験の成功を祝っての細やかなパーティーみたいなものだった。その場所は無論、達也らの行きつけである喫茶店「アイネブリーゼ」で行われた。
「では、あーちゃん。音頭は任せたよ」
「ちょ、ちょっと佳奈先輩! だからあーちゃんは……」
「ダメ?」
「うぐっ……もう、いいです」
現生徒会長であるあずさでも、先輩兼恩師とも言える佳奈を前にあだ名呼びを認める形となったことには周囲から苦笑にも近い笑みが漏れた。
「コホン。それでは、実験の成功を祝って……乾杯!」
ささやかなパーティーというか、ちょっと豪勢なお茶会のような形となった。メンバーの大半が女性なため、自ずと男性陣と女性陣で固まる形となったわけだが、ここで端末を見ていた達也が「おや?」という表情を浮かべた。
「凄い量の記事だな……魔法科高校での『恒星炉』実験と、各方面の魔法師排斥報道に対する抗議声明に加えて天皇陛下の『おことば』、そして神坂グループによる国内マスメディアの大規模買収とは」
「うーん、これは一気に何かが動いたって感じだよね。神楽坂君はどう思う?」
「さあ、こればかりは何者かの陰謀なのでしょうが……お、USNAで魔法師排斥の大勢力を誇っていたメディアの買収報道か。総額2000億ステイツドル…円換算で約25兆円とは」
悠元はそう言いのけたが、達也はここまでの絵を描いた人間が悠元だということを察していた。まさか、国内のみならず国外にまで工作して魔法師排斥の芽を潰す目論見だとは思いもしなかった。若くして魔法のみならず、政治や経済に精通している手腕……敵に回せば最も手強く、味方にすればこれほど心強い人間はいないだろう。
達也としては、大手の報道記者に対してはその動きを予測してカウンターの世論操作を仕掛けることも考えていた。だが、悠元はその土台から根本的に変革することで神楽坂家の影響力を強めるだけでなく、魔法師排斥に繋がる流れを止めたのだ。
莫大な資金力がなければ成立しえない力技だが、それを平気で出来る彼は正しく十師族の枠組みを超えた存在であると思ったのだった。
この後、一番の功労者ということで悠元の両端に深雪と泉美が座り、互いに笑顔で睨み合うという構図に、悠元は周囲の人間から微笑ましさと苦笑が入り混じったような視線を浴びることになったのだった。
◇ ◇ ◇
細やかなパーティーを終え、司波家に戻って夕食を終えて寛ぎ始めたところで達也は改めて悠元に尋ねた。
「悠元。あの時に出てきた記事はお前の策の一環か?」
「正解。どうせ大手の報道機関が白紙記事にするか偏向報道するのは目に見えていた。あそこで声を上げていた連中の素性は全て頭の中に入っていたから、その報道機関を中心に買収工作を一気に仕掛けるよう仕向けた。報道機関の本社ビルがある場所は大半が神楽坂の不動産扱いだから、株式の買収と賃貸料の値上げを天秤に掛けさせた形だ」
そんな裏技めいたことが可能だったのは、第三次大戦の影響が根強い。東京も空襲を受けた影響であちこちに所有者不明の土地が出来てしまい、それを都市再開発の委託管理という形で神楽坂家が接収したのだ。
この国が復興していくにつれて各企業のビルが立ち並ぶようになり、土地の賃貸料で神楽坂家はかなり潤っている。これは余談だが、十師族が所有している企業の土地も神楽坂家所有のものが多く、FLTの敷地も神楽坂家の所有になっているほどだ。
「USNAだけでなく、欧州や主要国の反魔法主義メディア買収もその一環……まあ、海外に土地は持ってないらしいが、その辺は母上や爺さんのコネに加えて俺自身のコネもフル活用した。使った総額だが、現時点で実質40兆円は下らないだろう」
「よくそんな大金を動かせたな」
「まあな……その大半を占めるのは『ブランシュ』や『無頭龍』を始めとした反魔法主義結社を潰して出てきた隠し財産や隠し口座だけれど」
剛三との世界横断旅行で、以前功績の殆どを剛三に被せたことは話したが、その実である報酬は全て受け取る羽目となった。
その中には剛三が「進路上の邪魔」と言って叩き潰した反魔法主義の魔法結社まで含まれていた。それが当該国の政府に認められていようがいまいが、剛三あるいは悠元に手を出そうとした時点で剛三は潰すと決め、そして完膚なきまでに叩き潰していた。
その考えの根底にあるのは四葉真夜の誘拐事件なのだろう。その復讐劇に参加していたからこそ、彼の身内を害しようとする輩への怒りは人一倍強いのかもしれない。手を出そうとした相手に関してだが……舐めて掛かった罰としか言いようがない。ご愁傷様である。
結果として、その旅行だけでも潰した反魔法主義の結社や組織の数は100以上(というか、面倒になって数えるのを止めた)。押収した隠し財産や隠し口座を含めると、概算で500兆円を超えてしまったのだ(本来なら各国の国庫に納めるべきなのだが剛三が押し通し、物自体は全て『
「悠元さんって、実は個人でも大金持ちなのですか?」
「図らずもそうなった、というのが正しいかな。大体は爺さんの逆鱗に触れた連中が復讐劇を戯言だと思って舐めて掛かった代償だが」
「お前の祖父は本当に人間なのか?」
「俺にも分からん。腹が減った余り妖を喰った、と言っても嘘に聞こえなくなりそうだ」
某アクション漫画宜しく丸太を投げてそれに飛び乗り、それだけで日本からアメリカ本土まで一度も着水することなく本土に到達した時点でもおかしいというのにだ。何故知っているのかと言えば、旅行の初めにそれの練習をさせられたためだ。結果として『
悠元の言葉には、流石の水波まで苦笑を滲ませるほどだった。
「ま、そんな個人の事情はさておくとして……仕込みはとうに済ませた。ただ、色々忙しくなるのは確実だがな」
別にフラグめいたことを言ったわけではなく、自分も関わっているからこその発言であるが、これで周公瑾のメディア工作も完全に頓挫することとなるだろう。
ここでふと思ったことだが、原作における顧傑と周公瑾の最期に明確な違いが存在している。それは、周公瑾の精神が光宣を乗っ取ろうとする描写はあっても、顧傑にそれが無かったことだ。周公瑾に関しては、最初は僵尸術によるものかと思ったが、それならば周公瑾の師である顧傑が使えない道理が不明である。
だが、この矛盾を解決してしまう一つの存在がある。それは「パラサイト」だ。仮に周公瑾がパラサイトであれば、他の人間への肉体を乗っ取る技術を会得していても不思議ではなく、肉体を失った別のパラサイトに新たな宿主を与えることも可能となる。
そして、「パラサイドール」のことを鑑み、光宣が周公瑾を制御下に置いた事実から推測すれば……その可能性は極めて高い。尤も、昨年春に周公瑾の監視を捕捉した際、パラサイト憑依者に見られるプシオンの波長を感じなかったところを見るに、恐らく対抗魔法でパラサイトが本来持っていた性質が変質化し、サイキックまでは有することが出来なかったのだろう。
顧傑とは明確な師弟関係とは言い難く、どこか憐れむような感情を向けていたのは引っ掛かった。自分の師に「亡霊」などと言えてしまう様な性格など自分には持ち合わせていないが、そう言わせてしまう彼は恐らく……人の一生では収まりきらないかなり長い時間を渡り歩いてきたのかもしれない。
長生きするのは勝手だが、要らぬ迷惑を押し付けないでほしいものだと思う。
閑話休題。
メディア工作の一環としてFLTが発表する『常駐型重力制御魔法式継続熱核融合発電』の実現可能性の論文。尤も、小規模の発電実験までは既に成功しているが、ここから先は大規模の実験施設が必要になる……と考えた際に候補として出てきたのは南盾島である。
幸い、島北西部の研究所跡地は達也の『
『イージス・クレイモア』は直径約1メートル程度の鉄球内部に金属片と特殊爆薬を組み込んでおり、爆発半径300メートルに約1センチ程度の金属片が最大速度マッハ6まで加速した状態でばら撒かれる。この鉄球を同時に約100発発射・爆発することで超音速で飛翔する金属片のフィールドを展開し、通過したミサイルを破壊するというシステムだ。
爆発半径がその程度で済むのは、『イージス・クレイモア』の制御システムに魔法を使用するためだ。とはいえ、南盾島の防衛陣地に対して物理障壁の術式を使うだけなので、想子の消費自体はかなり抑えられる。
使わずに済めばいいが、相手がそれを許してくれるかは未知数のレベル。だからこそ、未だ見ぬ危機に対して備えは万全に整えておくつもりだ。国防軍が政府の論理に従ってしまう以上、最終的に頼れるのは自分自身の力だと誰よりも実感しているからこそ。
◇ ◇ ◇
諸外国の反魔法主義のメディア買収は大々的に報じられた。何せ、日本の神坂グループによる業界大手クラスの買収劇となれば、一体何事かと訝しむ者は多い。それは無論、当事者の一つであるUSNAでも同じであった。
財界ですら二の足を踏むような相手を買収し、更には即日上層部を大々的に刷新して取り扱うニュースも魔法師を擁護する記事が一気に増えた。スポンサー側も困惑を隠しきれないが、一番困惑したのは他でもない政界。その中心とも言える
「バランス大佐にシリウス少佐、急な呼び出しについては済まない」
「いえ、大方の事情は聞き及んでおります。それで、本官とシリウス少佐を呼んだ理由をお聞かせください」
「うむ。これが3時間前―――日本の魔法科高校で行われた実験の映像だ」
大統領が手元のスイッチを入れると、モニターには魔法科高校で行われた魔法実験の様子が映し出されている。安全性を考慮してからなのか、遠目の撮影であったが……リーナはその中に顔見知りがいることに気付いた。
その様子を見たバランス大佐がリーナに尋ねた。
「少佐、分かったのか?」
「……ええ。先日私が留学した第一高校の友人たちが数人ほど。それと……セリアも加わっています」
「やはりか……私もそうではないかと思ったが……」
魔法の実験―――『重力制御魔法式核融合反応』自体も驚きだが、その一端に元スターズの人間が関与しているという事実だ。確かにセリアの技量ならば電磁気系統の魔法を得意としているため、実験に参加していてもおかしくはない。
それ以上に、達也や深雪の信頼を勝ち得ている事実にも驚きを隠せなかったのだ。
「それで、この実験を受けてUSNA政府は何と?」
「何も出来ない……いや、『何も出来なくなってしまった』というのが正しいな。先程、買収されたメディアが日本のFLTで発表された論文についてのニュースを取り上げていた。先程の魔法科高校の実験を踏まえてのもので、
「……それは、本当なのですか?」
重力制御魔法式核融合発電―――『恒星炉』の実現の可能性。これが実現すれば、現状のエネルギー産業分野だけでなく、多分野において大きな影響を与えることは必至だろう。それも、国外の力を一切借りることなく日本単独でその道を見出したという事実に政府内は混乱を極めている、と大統領は疲れきったような表情で呟いた。
「メディア買収工作は、我々の先日の非礼に対する答えなのかもしれぬ。バランス大佐にお願いしたいのは、軍上層が逸ってかの国に圧力を掛けない様、入念に釘を刺してほしい。とりわけウォーカー大佐は中々に野心家だと聞き及んでいるのでな」
「了解しました……かの国の戦略級魔法についても?」
「同様だ。下手に喧嘩を売って剛三殿に殺されたくないのでね」
バランス大佐が先に退出した後、大統領は一息吐いてからリーナと向き合った。それは大統領としてのものではなく、一人の身内としての表情であった。
「リーナ……どうやら、留学はお前にとっても少なからず影響を与えたようだな」
「大統領……いえ、お祖父様。私にはまだ、分からないことが多すぎます」
それは、自身が軍に入って本当は何がしたかったのか……それが分からなくなったからだ。双子の妹と袂を分かち、南盾島では彼女に対して敗北を喫した。人質としてセリアと話す機会はあったが、その表情は軍にいた時よりも明るかったのが印象的だった。
どうして、そんな風に笑っていられるのか……軍の事ばかりしか知らないリーナからすれば、セリアのすることや趣味に触れることで少しは見識を広げたつもりでいた。
「当面はシリウスの力を必要とするだろう。新ソ連のこともある故な……だが、お前がその役目を返上したいと願うのなら、私はいつでも受け入れよう。きっと、セリアもリーナが本当に望んでいるものの為に動いてほしいと思っている筈だ」
「……」
だが、結局は妹のことを何も理解できていなかった。どうして、簡単に祖国を捨てることが出来たのか……いや、理由などとうに分かっていた。彼女は本当に望んだもののために祖国を離れ、愛する者と一緒にいることを望んだ。そのためならば、例え国を離れることになっても後悔はしないと心に決めていたのだろう。
「私には……やっぱり、まだ分かりません。ですが、心のどこかで引っ掛かりを覚えているのも事実です。この答えは、自分でしっかり決めさせてください」
「……そうか。リーナがそう決めたのなら、私から言えることはない。頑張りなさい!」
「イエス、サー!」
大統領の激励も含んだ言葉に、リーナはその場に立ちあがって敬礼をした。だが、その表情は軍人としてのリーナではなく、一人の女性としてのものであった。
これが究極の力業。
原作の「無頭龍」東日本支部だけでも兆クラスに迫る資金力と影響力を有しているようなので、それが積もりに積もればそれぐらいになると踏んでの金額算出です。だって、九校戦編での一幕で数百万のSUVと一人の魔法師(多分ジェネレーターでしょうが)を必要経費と同様に考えられる時点で莫大な資金を持っていないと無理でしょうから。