実際のところ、メディア買収工作自体は魔法科高校での実験を待つことなく実行に移された。正午を切った時点で神坂グループが声明を発表し、主要メディアの株式公開買い付け(Take Over Bid、通称:TOB)を宣言したのだ。買い付け対象のメディア関連企業は全部で50社以上、総額40兆円を超える突然の発表に政財界が動揺に包まれた。
更には、USNAやイギリス、オーストラリア、インド・ペルシア連邦の大手メディア迄買収する計画まで明かされ、表向きの内容は「魔法師に対する偏見的な意見を排除し、全面核戦争という最悪の悲劇を回避すべく、魔法師社会の積極的な情報発信を目的としたメディア基盤の獲得」となっている。
当該企業の上層部は戦々恐々だったが、株式買付にあたっての条件で無利子の融資を受け入れられるという破格の飴と、賃貸料の値上げという鞭を比べたところで拒否できる理由など存在しなかった。
野党議員の魔法科高校への事前相談なしによる訪問に対する抗議文は、魔法科高校:第一高校校長・魔法大学学長・魔法協会会長・防衛大学学長の連名を以て神田議員と取り巻き記者の各報道機関、そして七草家に送られる形となった。
国防軍が魔法科高校を洗脳しているという“謂れ無き風評被害”は、未来を志す若者の道を妨げて彼らの選択肢を狭めると共に、昨今の国際情勢を鑑み、国益を害する意図を誘発させる行為はこの国の存亡を揺るがしかねない所業であり、断固として抗議の意思を示す形となった。
加えて、魔法科高校に実験機材を提供したFLTから『常駐型重力制御魔法式継続熱核融合発電』に関する論文が公式サイトにて日本語や英語を始めとした20か国語による翻訳版も添えて公開された。翻訳作業自体は全て悠元が担当しており、『言語理解』というチートで乗り切った形だ。
そして、今上天皇よりの「おことば」がテレビやネットといった国内の映像媒体全てで放送され、昨今の魔法師排斥の流れに対して異を唱えると共に、この国に生まれ育ったものは等しくこの国の国民であり、魔法の有無を差別にしてはならないと言及。核兵器を持たずして独立した国家を保てている理由に魔法という存在を口にされた。
これは非魔法師に対するものだけではなく、魔法師に対してのものでもある。魔法を力として認めるが、あくまでも守るためだけの力であり、“心ある”同胞を傷つける力にしてはならないと。
第一高校での一科生の優越感と二科生の劣等感は、ある意味でこの世界における魔法師と非魔法師の縮図なのだろう。
国会自体は大亜連合絡みの献金問題で紛糾することとなり、民権党が党としての大方針を巡って諍いを起こしてしまい、結果的に複数の党へと分裂してしまった。民権党以外の野党にも影響が及び、与党側の親大亜連合派も献金問題でメディアに取り上げられることとなった。
スキャンダルクラスのネタとなれば、「魔法師排斥の記事なんて書いてる場合じゃねえ!」と言わんばかりに買収されなかったメディアもそちらへ一気に傾倒していき、最終的には魔法師排斥関連記事が100本の記事の中で1本が乗るか否かの頻度へと落ちた。
何にせよ、この間引きで外国勢力に影響を受けずこの国の国益を真剣に考える議員が残ってくれたことは上々だろう。
「悠元、お父さんから聞きたいことがあるって」
「まあ、そうなるだろうなとは思った」
雫経由で潮からの問い合わせがあり、今回のメディア買収工作は魔法師の人権を本当に守る意味での“本気”を見せつける必要があったということを説明。神楽坂家と上泉家が中心に行っているため、対象の企業に関して反魔法主義に繋がらなければ他社との契約を保持する姿勢であることを伝えると、向こうも納得してくれていた。どの道、達也の誕生日パーティーで北山家を訪れることになるため、詳しい事情説明はそこですることになった。
翌日―――4月26日。魔法師排斥の記事は一気に鳴りを潜め、先日の魔法実験に関する肯定的な論調や好意的な記事が一気に増えた。これを見て励みに思う生徒の姿を見ていると、その労力を割いた側としては一応冥利に尽きると思った。
エルンスト・ローゼンのテレビインタビューの映像にレオが興味を示すものの、幹比古とエリカはだんまりであった。二人の事情をよく知る幼馴染だからこそ、敢えて触れないのも優しさだろうが……その様子だと『何か知っている』と白状しているようなものだ。
「エリカ、幹比古。今日の放課後は道場に来い。拒否権は認めんからな」
「……はい?」
「ええっ……?」
そんなに不貞腐れているぐらいなら、根性諸共叩き直す……この辺は剛三の受け売りで、良くも悪くも彼の影響を受けていると内心で独り言ちる。どうせ今日は非番のため、生徒会役員である達也や深雪をただ待つだけでも暇だったし、幹比古の風紀委員の巡回当番にも該当していないと把握してのものだ。
ただ、これは『ダブルセブン編』……理璃というプラスワンの要素は働いているが、予測通りというか予定調和の通りに琢磨が動いてしまったのだった。
「はい、今日はここまで」
「う、うえぇ……」
「ここまでやるんだね……」
鍛錬が終わり、悠元は平然と立っているが、エリカと幹比古は疲れのあまり畳の上で上半身だけ起こしていた。やったことは新陰流剣武術の基礎中の基礎―――体力作りの一環で自身の想子体を活性状態にしたまま走り続ける。ただし、足が接地する瞬間にその活性化を切る―――つまり、活性化のオンオフを断続的に繰り返すことで想子制御の精度を測るためのものだ。新陰流剣武術の初伝はこの断続活性化を最低でも30分は持続させることが要求される。
これには理由があり、新陰流剣武術における奥義の大半が想子を特定の個所に収束させるだけでなく、その収束自体の瞬発力まで求められるためだ。このオンオフ自体を自在に出来るようになれば、必要な個所に必要最低限の想子を収束させることも可能となる。現状だとエリカと幹比古の体外に自身の想子が漏れ出ているため、最終的には一切漏らすことなく断続活性化が出来るようにならなければならない。
すると通信機からの着信音に気付き、懐に固定していた通信機を取り出して耳につけると、聞こえてきたのは深雪の声であった。
『悠元さん、今はどちらに?』
「軽運動部の道場だよ。それでどうした?」
『それが、実は……』
深雪の話では、琢磨と香澄がCADを構えて私闘を始めようとしたところで雫と森崎が割って入り、森崎の位置に入らないように雫が領域干渉で二人の魔法発動を抑え込んだ。二人からすれば十師族でもない雫が強力な領域干渉を張ったことに驚くが……雫の有無を言わさぬ言動に対し、琢磨は反抗して強引に魔法を発動させようとしたため、森崎が止むなく気絶させたとのこと。今は風紀委員会本部で琢磨と香澄が事情聴取を受けているところらしい。
「事情は分かった。だが、どうして俺に?」
『それなのですが、この状況だと理璃ちゃんよりも悠元さんが適任であると思いまして』
「……分かった。すぐに着替えて生徒会室に向かう」
流石に十師族としての振る舞いにとやかく言うつもりはないが、その喧騒を止めるとなれば同等以上の実力者が必要となる―――流石に同学年の諍いというか下手すると琢磨が退学になりかねないため、理璃には荷が重すぎるだろう。通信を切ると、ようやく立ち上がった幹比古とエリカが興味津々そうに見ていた。
「エリカ、言っとくけど藪蛇にはなるなよ?」
「流石にあたしでも師族の喧嘩に首は突っ込みたくないわよ。ねえ、ミキ?」
「同感かな。それに、僕の名前は幹比古だって」
ともあれ、素早く制服に着替えて道場の戸締りをすると、体術でも使用頻度の高い跳躍術式で校舎の屋上を飛び越え、一路生徒会室に向かった……流石に校舎内で自己加速術式は使わなかったが、生徒会室に入ると丁度模擬戦の許可証をあずさから受け取った達也がいた。深雪や泉美がここにいないのは、恐らく風紀委員会本部にいるとみられた。
「悠元か。それに、エリカと幹比古も」
「あー、閉門まで時間はないだろうし、そっちを優先させてくれ。いくら俺でも基本的に部外者の立場だからな」
悠元の言葉に達也は頷くと、そのまま風紀委員会本部へと続く直通階段を降りて行った。悠元の言い放った発言は別に責任逃れということではなく、既に会頭である服部が動いている以上、副会頭とはいえ口を出せる状況にないからだ。すると、理璃が悠元に近付いて頭を下げていた。
「ごめんなさい、神楽坂先輩。本当なら私が止めるべきだったのですが……」
実は理璃も琢磨と香澄の近くにいたのだが、『ファランクス』自体迂闊に見せられるものではないため、戸惑っていたところを雫と森崎が介入して事なきを得たと説明してくれた。これには悠元も首を横に振った。流石に十師族となってから日も浅いためと、理璃に克人と同じ動きは求められないと理解していたためだ。
「理璃ちゃんが悪い訳じゃない。そもそも、必要な時に適切な魔法を選択するということはまだ習い切れてないんだろ? それに関しては経験を積むしかないからな」
「口を挟むようだけど同感ね。あ、あたしは千葉エリカ。こっちは吉田幹比古で、通称ミキ」
「勝手に通称にしないでくれ。コホン……吉田幹比古という。宜しく、十文字さん」
「生徒会会計の十文字理璃です。千葉さんと吉田さんのことは兄から色々と聞いております」
そんなこんなで理璃、エリカ、幹比古の自己紹介が終わったところで、あずさが声を掛けてきた。どうやら、彼女と理璃は留守番という形でここに残るようだ。
「あの、神楽坂君。早く追いかけないと模擬戦が始まりますよ?」
「……そうですね。では、部外者ではありますが、留守番をお願いします」
どこの演習室とは聞かなかったが、想子の流れで模擬戦をやっている場所の見当がつくため、その流れを見た上で悠元は迷うことなく歩いていく。すると、エリカが問いかけてきた。
「ねえ、あたしの家は百家だから師族二十八家のことは良く分からないけど、今年の一年って強いの?」
「そうでなかったら、成績上位を占めるだなんてことにはなってないよ」
「確か、十文字さんに七宝君、七草さんの二人の順だったっけ」
今年度の場合、他の優秀な成績を収めている生徒よりも頭一つ以上抜けている形だ。尤も、昨年度の場合は悠元と深雪、燈也という十師族関係者のせいで頭一つという表現で済まないことになってしまった。別の意味で達也も教職員の興味を買ったのは事実である。
第二演習室に入ると、達也が模擬戦をする香澄と泉美、琢磨にルール説明をしているところで、ドアの開閉音で視線が向けられるが、「今は模擬戦に集中しろ」という視線を送って意識を逸らさせた。
昨年、達也と服部、そして悠元と克人が模擬戦を行った第三演習室と異なり、縦に長い空間―――魔法による制限エリアかつ異性間の模擬戦で採用されるノータッチルールのためだ。立会人は深雪、審判は達也が務めているわけだが、達也がルール違反の場合は止めるという言葉に「やれるものならやってみろ」と言わんばかりの表情を見せていた。
「……アイツ、達也君を舐めてんじゃない?」
「仕方がないよ。達也の実力はそう簡単に推し量れるものじゃないから」
魔法科高校の基準に照らし合わせれば、入学当初は二科生レベルだが魔法理論は既に超高校生級の領域にいる。そして、常識外れた二つの固有魔法に加えて戦略級魔法もあり、加えて魔法の無効化に関しては十八番。エリカの言い分も理解はするが、達也の真の実力はそう簡単に拝めやしない、と幹比古が呟いた。
悠元に関しては、どちらにも視界を移動させずに目を瞑っていた。これには、いつの間にか隣にいた雫が話しかけた。
「……何か考え事?」
「いや、考え事というよりも、この模擬戦の結果が見えてしまったからな。余計なことは口走りたくないだけだよ」
琢磨の足元にあるのは間違いなく『ミリオン・エッジ』の発動媒体。その術式自体は“視たことがある”のだが、大きく分けると紙媒体を剃刀のような刃と化す状態改変術式と群体制御の術式の二つで構成されている。
しかも、琢磨本人は気付いていないだろうが、一定空間内―――密室状態での『ミリオン・エッジ』は殺傷性ランクが“上がる”のだ。何故かと言えば、『ミリオン・エッジ』を最大限に生かす方法があるとするなら、それは銃器や刀剣類、更にはCADが持ち込めない密室上で特定のターゲットに致命傷を負わせる暗殺の用途が一番理に適っているためだ。
いくら家の誇りを賭けた戦いとはいえ、相手を殺傷してしまう可能性のある魔法を持ち込んだ時点で達也を舐めて掛かっているも同然だ。最悪、反則負けでも相手を貶めれば気が済むつもりなのだろうが……そんなことで最強なんて誇られる方が甚だ迷惑でしかない。
そんなことを考えていると、達也の合図で両側から魔法が飛び交っている。流石に序盤から相手を殺傷しかねない魔法は飛んできていないが。悠元は腕を組んで壁際に寄り掛かると、雫が右隣に立ち、そしていつの間にかいた深雪が左隣に寄って問いかけてきた。
「悠元さん、どちらが勝つと思われますか?」
「……良くて七宝の反則負け。悪くて双方の反則負け。それが結論かな」
「どちらかが勝つ、なんてことはないの?」
「ないだろうな。これで琢磨の相手が深雪か雫、セリアだったら結果は違ってくるが」
深雪の場合は『ゼロ・ニブルヘイム』、雫は『フォノンティアーズ』か『サラウンド・エアーマイン』、セリアは『ムスペルスヘイム』―――いずれも『ミリオン・エッジ』を完封できる魔法を持っている。尤も、三人の場合は領域干渉で琢磨の魔法発動を封じれるため、態々大技を使う必要もない。
すると、雫の隣に移動したセリアが尋ねてきた。
「でもさ、お兄ちゃん。七宝が『ミリオン・エッジ』を持ってきた時点で相手の尊厳どころか女子の柔肌まで傷つけるつもりってどうよ?」
「そう言ってやるな。七草家は元々『
その経験は悠元が一番感じていたことだ。
今年の正月に神楽坂分家の次期当主らから言われた言葉がそれを物語っている。別に神楽坂の血を引いていないわけでもなく、現当主の姉の孫という確かな血筋を持っているのにもかかわらず、十師族の人間ということで家の乗っ取りを警戒されて刃を向けられた。
自分でもこれだけの敵意を向けられたのだから、七草家はその数十倍の敵意を向けられたのかもしれない。それに対して深く知ろうなどというつもりはないが。
「悠元も、そういうことがあったの?」
「今年の正月にな。尤も、その後で分家の現当主達が深く土下座をしてきたから許したよ。次期当主らの廃嫡も含めて厳しく教育するとさ……そこは俺の領分じゃないから、そちらの気のすむまでやってくれとしか言えなかったが」
自分はともかく、千姫が次期当主らに対して「妾の決めた後継者が不服と言うのならば、彼よりも優れた技量を見せてみるがよかろう。今この場でな」と言い放ち、結果として彼らが逃げるように去っていったのは哀れという他なかった。その後、修司や由夢からも謝罪を受ける形となった。二人が千姫の愛弟子に指名されたときもひと悶着あったらしく、その際も千姫から同じことを言っていたらしい。
なお、千姫曰く「あ奴らを次期当主に指名する可能性は、ビッグバンが起きてもう一つの宇宙が誕生する確率かのう」と言っていた。ほぼゼロじゃねえか……とは口に出さなかったが。
これでストック分が切れました。
今、追憶編のほうを少しずつ修正しています(主に括弧書きの部分を統一するための修正作業中です)。物語自体の修正は特に加えていませんが、描写が多少増えたりしています。