ほのかの提案で一緒に帰ることになったのだが、男子三人(達也、レオ、悠元)の女子五人(深雪、エリカ、美月、ほのか、雫)という状態なので、他の男子からしたら羨むような状況である。
でも、二人から比べたらルックスが平凡だよなぁ……などと考えていると、話題はCADの話になる。魔法科高校に通う人間において必須のツールなので、そこに躊躇ってはいけないと思う。この前、次世代型のデバイス設計案を出したら、また仕事場から悲鳴が上がるほどの忙しさだと連絡を受けた。その原因が勤務している部署の主任にあるのは言うまでもない事だが。
「深雪さんのCADは達也さんが調整しているんですか」
「ええ。お兄様にお任せするのが一番ですから」
「少しアレンジしているだけだよ」
(少し? 深雪が違和感なく使える調整が少し?)
悠元がそんなことを心の中で思っている中、深雪が自身のCADを見せると、何かに気付いたように雫が声を上げた。
「深雪、その形状のCADって市販モデルじゃないよね? カスタマイズモデルにもなかったはず」
「それは簡単よ、雫。だって、これは悠元さんからもらったハンドメイドだから」
雫は家柄から様々なCADに触れる機会が多い。なので、深雪の持つタイプが市販されている代物でないとすぐに気付いた。深雪の答えに食いついたのはエリカだった。
「え、CADのハンドメイド!? 悠元ってば、そんなこともできるの!?」
「市販品をベースにしたアレンジだよ。流石に一からは組み立てられないし、システム面は既存の流用だからな」
「それでも十分凄いと思いますけど……CADのハード関連の知識を持っていないとできないでしょうし」
大まかなシステム面は感覚で組めるが、細かいシステムの仕上げはやっぱり達也に任せっきりである。本当はハード部分を一から設計しているのだが、それを言うつもりもないので割愛しつつ適当に誤魔化した。
「だったら悠元、あたし専用のCADでも作ってよ!」
「エリカには実家のやつがあるんだろ? それに
「無理だ、とは言わないんだな……」
実際のところ、銃型よりも刀剣型の方は結構試作がある。それこそ設計図段階で100は超えているほどに。その段階で止めた理由の大半は設計の時点で実用性が皆無だったからだ。沖縄侵攻に使ったのはそれこそ実験兵器でしかなかった。
「アレンジ程度ならいけなくはないってぐらいだよ。そもそも、新陰流と千刃流の時点で剣の使い方が違いすぎるからな」
千刃流は警察や国防軍に所属する人間が習うことからいわゆる実戦向きに分類されるが、新陰流剣武術は剣術・体術・忍術の複合剣術であり“暗殺向き”に分類される。
「分かっちゃいるけど、悠元だって知ってるでしょ? あたし専用のあのデバイス、取り回しがあまりにも不便なのよ」
「そら、巨大な出刃包丁を振り回してるようなもんだからな」
門戸を開いているのはあくまでも剣術・体術のみで、忍術は裏の部分に該当。しかも裏を学べるのは上泉の血族者のみの“秘伝”に相当する。新陰流で使っている硬化魔法にしても厳密にはその魔法ではないが、秘伝であることを誤魔化すためにそう定義しているだけだ。
悠元の言葉に反応したのは雫であった。
「エリカの話は興味あるけど、あそこの家の道場は本当に厳しい」
「雫、行ったことあるの?」
「うん、あそこのお爺さんの招きで。その時に悠元と初めて知り合った」
「あんときは爺さんが雫のお母さんに向かって木刀投げたからな。慌てて割り込んで正解だったわ」
「どういう状況になったらそんな事態が発生するのよ……」
その時は雫の母親が試すように殺気を放ち、剛三が反応して木刀を投げたところに割り込んで木刀を掴み取った。その後で剛三に詩鶴がガチの説教(という名の物理攻撃)を行ったのは言うまでもなかった。
これについては深く触れることなく、途中で軽食タイムとなった。その合間を利用してレオとエリカが彼女の持っているCADについての説明が入る。
「
「お、得意分野だけあって理解が早いじゃない。でも、あと一歩ね。別に常時流し込む必要は無くて、振り下ろしと打ち込みの瞬間に流し込めば左程重くないわ。ようは『兜割り』の原理と同じよ」
すると、エリカの『兜割り』という言葉に深雪が反応した。
「エリカ。兜割りって“奥義”とか“秘伝”に分類されるもののはずだけれど…それって、想子量が多いことよりもずっと凄いわよ?」
「もしかして、うちの学校に一般人はいないんじゃ?」
「魔法科高校に一般人はいない」
一科生や二科生の違いはあれど、入学を許された時点で魔法を使えるエキスパートである。その意味で美月の疑問に対する雫の言葉は至極まっとうなものである、と思った。
◇ ◇ ◇
「到着か。しかし、大きいな」
「否定はしないな」
レオたちと別れた悠元と達也、深雪の三人は司波家に到着した。二人で住むにはかなりの大きさだろう。悠元の言葉に達也は苦笑するような表情を見せた。ともあれ、中に入ろうとしたところで深雪が悠元の右手を両手で握った。
「ふふ、今日は腕によりをかけて作りますから、楽しみにしててくださいね」
「あ、ああ。まあ無理のない程度にな」
「やだ、悠元さんってば。そんなこと言うと張り切ってしまいます」
「……達也」
何を言ってもプラス思考に変換されている深雪を見た悠元は達也に視線を向けるが、達也は首を横に振った上でこう返した。
「すまない、諦めてくれ。お前がうちに住むと決まってからずっとこんな調子でな。俺もお前の思った通りのことを言ったんだが……駄目だった」
「さいですか……」
ともあれ、各々過ごしやすい私服に着替えたうえで少し豪華な夕食になった。鼻歌交じりに食器洗いをこなす深雪の様子を見つつ、悠元と達也はお互いに向き合いつつソファーに座って語り合うことになった。
「―――さて、ようやく本音で話せる。十師族だと逆に喋れないこともあって面倒だわ」
「お前の場合、国防陸軍の絡みもある上にFLTのこともあるからな」
「確かに。そうだ、荷物の片付けをしてくれたみたいで感謝する」
「主に俺ではなく深雪がやったんだがな。下手に触ると拙いものがあるかもって言ったんだが……」
悠元がこれから住むことになる部屋の荷物はきれいに片付いていて、これは深雪が奮起しすぎた結果だと達也は説明した。悠元としては特段弄られても困るものはなかったため、素直に感謝の言葉を述べた。その上で悠元は話す。
「今回の居候の一件は四葉家現当主からの提案だ。少なくとも深夜さんは関与してるだろう……で、沖縄での一件以降お前たちとの直接的な接触ができなかったのは風間少佐からの指示だ」
「風間少佐が?」
「『特別技術顧問兼非公式戦略級魔法師 上条達三特尉』……それが俺の肩書の一つ。入学式に出席できなかったのは兵装テストを兼ねた防衛大のデモンストレーションに強制参加させられたからだ。達也が呼ばれなかったのは『それだと秘匿する意味があるのか?』ということになりかねないからな」
本当なら入学式を欠席するつもりなんてなかったので、腹いせに対戦相手の兵士や戦車をボコボコにしたことを聞いて、達也は風間の対応に内心呆れつつも悠元の成したことに引き攣ったような笑みを零した。
「七草会長が呼んでいた『悠君』というのは……十師族関係の会合か」
「入学直前まで『長野佑都』で通す予定だったんだけどな。今年のバレンタインの時に七草家の情報網を駆使して掴んだらしい」
「誰から聞いたんだ?」
「七草家当主から。できれば顔なんて合わせたくなんかなかったがな……」
簡単に説明すれば、悠元が名を偽って三矢家と上泉家を行ったり来たりしている生活の頃、パーティーでの振る舞いから疑問を持った真由美が『バレンタインのチョコを贈りたいから』という理由で当主にプレッシャーを掛けて調べさせたらしい。
七草家の諜報を知った悠元の父である三矢元が怒り、他の十師族も巻き込んで事情説明をさせた。その結果、七草家当主が謝罪する結果となった。三矢家は五輪家とも懇意という関係になっていたことも七草家は掴んでいて、下手に刺激しない方が良いと判断したようだ。
この結果、十師族において三矢家は四葉家に次ぎ、七草家や十文字家に匹敵する発言力を持つ家になっていた。ほかの十師族とは違って監視する地域を持たないが、東アジア地域の情報収集能力や国防軍に魔法技術を提供する姿勢が極まった結果ともいえる。
一時は担当する家がない東海および中部地方の監視を三矢家が行ってはどうかという案も出たが、元はそれを固辞した上でその地域を暫定的に担当している四葉家が正式に監視を担うべきと提案。
この案は四葉家に好意的な
これは、暫定という形で浮動している四葉家を十師族としての枠組みに組み入れるほうが得策だ、と悠元が元にそれとなく吹き込んだ結果である。
触れるのが怖いからと言って彼らを遠ざけたり排除しようとする方がもっと恐ろしいことになる。それは魔法使いという存在が表面化する以前の歴史が物語っていることだ。例えば、
この世界でも魔法師に対する報道の情報操作は行われるのだろう。不幸中の幸いなのは、それをコントロールする準備も心得もあることぐらいだ。前世のメディアの酷さは言いがかりを超えたレベルだったし……その実験も兼ねて3年前の沖縄侵攻に関する大亜連合の動きを諸外国にリークしたのだから。なお、そのこと自体については誰にも明かしていない。
「というか、あの人ってば五輪家の長男と婚約してるのにスキンシップ取ってくるんだぞ? 双子の妹たちはまだ理知的だから助かるが」
いくら婚約に乗り気でないとはいえ、自分にスキンシップを図ってくるのはどうなのだろう。スタイルは悪くないけど、せめて節度は守りましょうよ……と思う。
「それに加えて五輪家も……」
「まさか、五輪澪か? 最近は体調が良くなっているとの噂もあるが、お前の差し金か?」
「……ここだけの話、新型“治療”魔法の実験台のつもりだった。結果的に常人と変わらない状態となったが、秘匿のために車椅子は使っている形だ……秘密裏に、五輪家から婚約してはどうかという話にまで発展した」
“治癒”ではなく“治療”なのは、一時的な回復ではなく健常な状態への回復を目的とした魔法。達也はそれが悠元の編み出した新型の魔法式であると察した。五輪家としては娘の回復に寄与してくれた悠元との婚約も考えている。幸いにして悠元は三男のため、五輪家に婿養子ということも考えているらしいと小声で述べた。
「父には断るよう言っておいた……なんでこう、十師族の面々が好意を寄せてくるんだろうな。こう見えて打算的に動くことが多いんだぞ?」
「それはお前の人徳だろうな。甘んじて受け取っておけ」
「阿呆か。いくらなんでも柵だらけの好意なんて受け取れねえよ……」
言っておくが、前世ではモテたことなんてない。バレンタインなんて家族からしか貰ったことがない奴からしたら、こういう状況は懐疑的に見えてしまう。何か裏があるのではと思ってしまうわけだ。それに、散々出てきたパーティーで一条の次期当主とも面識を持ったわけだが……今度会ったときは一発
愚痴っぽく出てしまった言葉を聞いた達也の一言に悠元は天井を見上げるように項垂れる。すると、丁度食器洗いを終えて二人のもとに来た深雪と目が合った。すると、深雪はクスクスと笑みを零した。
「ふふ。悠元さんと話すと、お兄様も感情が出るようですね」
「そうか? いつも通りだと思うが」
「今だからこそ言えますけど、3年前のお兄様は悠元さんに負けた後、『次こそは勝ってやる』みたいな気持ちを持ちながらCADを弄ってましたよね?」
「……流石は深雪だな。それまで同年代に負けたことがなかったから、そう思ったのは初めてだろう」
「お前と二度と戦いたくないって思うけどな、俺は」
そんなことを思っていたとは初耳だな、と二人の会話に耳を傾ける。特定のこと以外で感情に乏しかった達也だが、基地での手合せ以降悠元に対しての感情も芽生えたのではないかと口にした。深雪が悠元の隣に座って三人での会話となり、達也は自ら己の秘密に触れる。
「悠元。俺が普通の魔法師にはない力を持っているのは知っているな? その影響で俺は深雪以外のことに対して激しい感情を持てないことも……この前、母上から直接聞いた」
「まあ、どちらも実際見たり体感しているからな。それと、深夜さんを治療した際にその事情も無理矢理聞かされた」
「そうなのですか?」
自分の母を治療したのは悠元である、という事実に達也と深雪は内心驚きつつも悠元の言葉に耳を傾ける。
「無理に聞きたくないと一度断ったけど、深夜さんは話した。その引き換えに……二人と仲良くしてほしいと頼まれた。それはあくまでもお願いであって、俺自身は三矢家の事情とか抜きにして親しくしたいって思ったけど」
「もう、お母様ったら……」
「必要以上に世話焼きな人だな、母上も」
「けど、深雪からしたら嬉しいんじゃないのか?」
「ええ。お兄様とお母様が本当の親子になりましたから、それはとても喜びました」
自分の介入で深夜と真夜の関係も修復傾向にあり、穂波も救うことができた。ここからどのようなバタフライ・エフェクトを起こすかだろうが……その意味で十山家が一度フルボッコになったことはよかったかもしれない。
次起きたら国防軍が滅びそうだ……ダメだ、冗談に聞こえない。
「一つ聞きたいんだが……達也からして、俺はどういう印象なんだ?」
「そうだな……不思議な奴だが、悪くはない。友人であり、相棒でもあり、戦友でもある……そんなところだな」
「それは嬉しい評価だが、不思議な奴ってどういう意味だよ」
「それだけ新型の魔法をポンポン生み出せるのに、周囲にそれが一切ばれないあたりが[
「ちっとも褒められてるように聞こえねえ……」
「ふふふ……」
その後、達也の案内で司波家の地下室に案内された。そこには本格的なCAD調整機が揃っており、その下の階には演習場もあると説明した。ここにある調整機なのだが、大本の設計をしたのはほかでもない悠元であったため、直ぐに理解した。端末に自身のCAD用の台座を接続して貰いつつ、二人に自分の持つCADを見せる。
「これが悠元さんの……」
「フォース・シルバー・カスタムのフルチューンバージョンで、白銀の『ワルキューレ』と漆黒の『オーディン』。達也の持っているシルバー・ホーンの原型だよ。カートリッジ型ストレージを採用してるけど、これでも汎用型……いや、厳密には自分の魔法特性に特化させたワンオフ型かな」
「成程。だからあれだけの高度なOSを含めたソフトウェアが必要だったわけか」
現状5段階の出力リミッターを掛けているが、今の状態でも割と大規模演算を必要とする魔法は撃てる。3年前の戦略級魔法も撃てなくはないが、リミッター2つを外せば使用する想子量もかなり抑えられるようになった。達也は自分の使っている特化型CADより高性能とあって興味津々である。
すると、深雪が達也の発言に疑問を感じつつ尋ねてきた。その笑みが若干怖かったのは言うまでもなかったが。
「お兄様? 私に内緒でいつから悠元さんと直接連絡を取っていたのですか?」
「落ち着け、深雪。悠元は[トーラス・シルバー]なんだ」
「え? あれは牛山主任とお兄様の二人組ではないのですか?」
「正確にはプログラム面を担当する俺とハードウェア設計・改良担当の悠元、俺らの保護責任者兼製作を担当する牛山主任の三人組で[トーラス・シルバー]というわけだ。……話してしまってすまない」
「いや、達也なら別に話していても問題ないと思っていたんだが。深雪も信頼できるって思ってたし」
達也は口が堅いし、深雪も似たようなものだと認識していたので二人相手なら問題ないかと思っていた。ただ、達也から深雪に話してもいいかなどという言葉がなかったのは気になったが、今の今まで話していなかったことに内心驚いた。
「悠元さん、すごいです! お兄様と肩を並べるだなんて、私はとても尊敬します!」
すると、深雪が悠元の腕に抱き付いた。柔らかい感触にドキッとしつつも、平常心を保つように心がけた。
「褒められても何も出てこないんだけどねー……」
「そういう反応ができるお前も大概だと思うが」
「言っておくがそっちの趣味はない」
別に女の子が嫌いというわけじゃない。前世との違いが鮮明すぎて反応に困るというのが正しいかもしれない。なので、慣れないというよりも『どうして俺に好意を向けるんだ?』という意味合いが強いな。だから、ドキッとすることはあるが淡白な反応になってしまうというわけだ。
せめて平穏な生活(司波家の中でという意味で)が送れますよう切に祈りたいと思う。