魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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振り向きざまに左ストレート

 琢磨としては、立会人と審判―――深雪と達也が七草家と深い関係にある―――と真紀に仄めかされていたためか、ハンディキャップ戦というかイカサマ戦のように思っていた。

 そして、琢磨からすれば雫とほのかは七宝家が()()()()()()を取り戻すために是非とも味方につけたい人材であった。ここで強さを見せつければ口説き落としやすくなる、とそう思っていた。まあ、琢磨のメンタリティが年相応な考え方であり、達也や悠元のように達観しているのが年に似合わないのが普通なのだ。

 そのことを()()したセリアの口から出た言葉は、名前こそ控えたものの琢磨に対しての非難であった。

 

「……何も分かってない。何も知ろうとしないなんて馬鹿なのかな? 情報源を一つに頼り切るなんて、結果として狭量になるのに」

「そう言ってやるなよ、セリア。野心と言うのは、時として人の視野を狭めかねない諸刃の剣なんだから」

 

 一方で、香澄と泉美からすれば迷惑という他ないだろう。元々無欲に近い思考の持ち主だが、泉美に関しては悠元という存在と出会ったことで一種の欲が出ていた。とはいっても、自分の領分が汚されない限りは琢磨がどのような行動を取っても看過するつもりなのは間違いなかった。事実、勧誘週間でのトラブル後は琢磨と鉢合わせしない様に心掛けていたようだ。

 彼女らは琢磨とのトラブルも「これで終わりにしたい」という思いが見て取れた。

 

 いくら十師族や師補十八家とはいえ、魔法科高校への入学にその専用の枠など設けられていない。入試自体も他の同学年の生徒と同じ内容が課されているのは悠元が一番よく理解している。

 そして、その魔法科高校の入試で上位に入るということは、稀少かつ優秀な魔法技能と知識を有しているからに他ならない。琢磨は圧縮した空気弾を放つ『エア・ブリット』で攻撃していたが、泉美の領域干渉に阻まれていた。だが、魔法はキャンセルされても物理法則改変によって生じた結果はある程度持続することを見抜き、それを以て攻撃を仕掛けて二人の連携を崩そうとするが、香澄と泉美がお互いにカバーしあって危機を脱した。

 すると、二人の想子の流れが変わったことに気付く。そして、放たれる魔法は気体制御魔法―――空気中に含まれる窒素の密度を引き上げ、空気の塊を移動させる収束・移動系複合魔法『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』。香澄と泉美の乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)によるものだ。

 

 複数人による一つの儀式で、単独では不可能な大規模魔法、高難度魔法を展開する技術は確かに存在する。古式魔法では例こそ少ないものの、伝承されている術法として確立していたり存在するのは間違いない。何せ、天神魔法の『天照(アマテラス)』と『月読(ツクヨミ)』の正式発動に要する各属性魔法発動―――正式名称を陰陽(いんよう)五行(ごぎょう)七天陣(しちてんじん)と呼ぶ魔法陣がその最たるものだ。その魔法陣は複数人による儀式魔法として確立した天神魔法の技術であり、古来は二つの究極魔法と切り離す意図を持たせるため、皇族の吉兆を占うための“天文占術”として伝えられていた。

 

 話を戻すが、本来複数人で同一の魔法を同一座標に行使した場合、一番干渉力の高い人間の魔法が行使されてしまい、他の人の魔法干渉力だけが残ってしまう。一番分かりやすい例は九校戦に行く途中で遭遇した自爆攻撃の際、複数人が魔法を放って車を止めようとした結果、相互に干渉しあって魔法の効果が発揮しなかった現象だろう。

 だが、香澄と泉美は同一の魔法に対して魔法構築に関する制御と干渉力に関する制御を分担することで、二人の魔法力を一つに合わせることが出来る。これは、彼女らが同じ遺伝子のみならず魔法演算領域の特性まで同一のものを備えているからこそ可能としている技術。事実、この試合を見ているセリアもリーナとの協調で戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』の威力を完全制御するほどの離れ業をやってのけていた。

 とはいえ、『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』の制御が甘いのは彼女たちの研鑽不足によるものだろう。

 

(気体流動の制御が緩すぎないか? ……いや、『エアライド・バースト』前提の考え方はダメだな)

 

 三矢家の秘術扱いとなった『エアライド・バースト』はその性質上、設定する変数領域がかなり多岐に渡る。気体密度や想子球内の設定温度、定率制御(フラットドライブ)フィルターや圧縮空気を包む想子(サイオン)バリアの制御に加えて球体自体の運動エネルギーや炸裂させる座標と時間、距離の演算まで必要となるため、普段は殆どの変数を定数化させて使用することが多いが、悠元の場合はそのほぼ全てを変数化させて使用している。

 その最たる理由は、状況に応じて使用することが前提の魔法を定数化すれば、そのパターンが使えなかったときの対処に困ってしまうと考えた。それと、桁外れの処理能力を誇る魔法演算領域を錆びさせないためには、これぐらいの演算処理を許容範囲内にしないといけなかったからだ。

 

 そして、彼女らの魔法に対して咄嗟に全方位型の気密シールドを展開していた琢磨が片膝をつき、足元にあった本のハードカバーを閉じる。直後、勢いよくハードカバーを開くことで全720ページ・360枚にも及ぶ紙は4ミリ四方の正方形の紙片になって宙に舞う。その数は総数にして103万6800片。一見ただの紙吹雪にも見えるだろうが、その全てが方形の薄い刃へと化して、二人へと襲い掛かる。これが七宝家の得意とする群体制御による刃の群雲―――『ミリオン・エッジ』である。

 香澄と泉美も無論、『ミリオン・エッジ』を防ごうと『熱乱流(ヒート・ストーム)』のアレンジ魔法で焼き尽くそうと試みる。

 この状況においては、どちらも相手にかなりのダメージを与えかねないのは明白だろう。

 

「そこまでだ!」

 

 無論、審判である達也も同様の判定を下しつつ、『シルバー・ホーン』を取り出して『術式解散(グラム・ディスパージョン)』で三つの魔法を即座に解除した。バラバラに砕け散る魔法式と、その破片をまき散らす想子の奔流に巻き込まれない様、悠元が物理障壁と想子(サイオン)障壁(ウォール)を同時展開して余波を完全に抑えこんだ。

 攻撃性魔法が突如消えたことで何が起きたのかを理解できていない1年生組に対し、達也の同級生や上級生組は納得したような表情を浮かべていた。十三束も驚きはしたものの、達也が何をしたのかは理解できたようであった。

 

「この試合は双方失格とする」

 

 達也のこの言葉で、思考が凍結(フリーズ)していた1年生組がようやく復活し、最初に声を上げたのは香澄であった。ただ、原作とは違って達也の実力を見ているためか、興奮しつつも抑えるように声を上げた。

 

「司波先輩、その裁定の理由を聞かせてください」

「最初にも伝えたことだが、致死性の攻撃あるいは治癒不能な怪我を負わせる攻撃は禁止、危険だと判断した場合は強制的に試合を中止させると。それは分かっているな?」

「……はい。冷静になって考えてみれば、少々やり過ぎたと思っています。反則負けという結果も甘んじて受けるつもりです」

「香澄ちゃん……」

 

 いくら非公式の試合とはいえ、乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)まで使って勝ったとしても、それは香澄の考えていた強さの示し方とは程遠いと感じていた。その考え方の根底にあったのは、この試合を見ていた悠元が九校戦で見せた魔法の数々である。

 香澄も同じ魔法師として悠元に憧れる一人であり、アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードにおいて相手を寄せ付けずに圧巻の強さを見せたが、それは九校戦でのルールに基づいて威力を完全に制御しきった上での強さであると感じていたし、同席していた元継や千里からも悠元の強さを教わった。

 勝手に試合を止められたことよりも、憧れの人がいる前で失態を犯すところだった事実に対して香澄は反省していた。これには泉美も異論を唱えられないと判断していた。

 

 だが、達也の裁定に納得がいかない琢磨は食って掛かったのだ。

 

「反則負けってどういうことですか!? あそこで勝負を止めていなければ、間違いなく『ミリオン・エッジ』は七草に届いていました!」

「つまるところ、俺が手を出さなければ高温に熱せられた百万以上の刃が高校1年生の女の子の柔肌を蹂躙していた、と主張したいのか?」

 

 達也から発せられた予測の結果論に対し、複数人から控えめに噴き出す声が聞こえた。これには琢磨の顔に血が上り、誰の目から見ても激昂に近い怒りを感じているのは間違いないだろう。

 

「ならば七宝、お前の反則負けだ。『ミリオン・エッジ』をまともに浴びせればどうなるかぐらい、理解できないとは言わせない」

 

 『ミリオン・エッジ』は総計100万以上の刃が襲い掛かる。良くて全身切り傷になるのは間違いないし、最悪致命傷を与える可能性もある。仮に致命傷を避けられたとしても、下手すると魔法技能を喪う可能性もあったのだ。

 いくら家の誇りのためとはいえ、七草に敵愾心を抱いている琢磨が七草家の人間に対して手加減が可能かと問われた場合、自分でも『ミリオン・エッジ』を使用した時点で試合続行不可能という判断を下しただろう。

 

「過剰攻撃が許されるのは殺し合いだけだ。ルールのある試合で許されることじゃない」

「ではっ、『ミリオン・エッジ』を使用した時点で、俺の反則負けだと最初に決まっていたということじゃないですか!」

「攻撃力をコントロールできない限り、失格となる」

「そんなの無茶苦茶だ!」

 

 それに、『ミリオン・エッジ』はそもそも一条家の『爆裂』と同じく殺傷性ランクが規定されている魔法なのだ。加えて密室という条件まで加わるとランクがAに格上げされる代物。いくら群体制御に長けている七宝家の人間でも、100万以上の物体を数ミリ単位で相手に切り傷を負わせない方法はかなりの高等技術となる。

 いや、『ミリオン・エッジ』の攻撃力を犠牲にしてまでも相手を抑える方法は存在するが、香澄と泉美の『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』に対抗する形で『ミリオン・エッジ』なんて使用すれば、気流の物理改変による風速の上昇で紙片にも速度が加算され、超高速で襲い掛かる大量の紙片の刃に攻撃力が無かったなんて詭弁は通用しない。

 

「じゃあ、俺は戦う前から切り札を封じられていたも同然じゃないですか!」

「試合である以上、同等の条件を双方に課している。七草姉妹にも殺傷性の高い魔法の使用は禁じている」

「あいつらは殺傷性の高い魔法なんて持っていなかったじゃないか!」

 

 何を言っているのか、と本当に思う。香澄と泉美の『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』は、威力制限を全て外して発動させた場合だと広範囲の人間や動物を窒息死させることが可能となる。彼女らの今の制御能力では、長時間の行使は最悪低酸素症に陥っていたからこそ、達也はあの時点での試合中止を決断して『術式解散(グラム・ディスパージョン)』を使用したのだ。

 それに、『熱乱流(ヒート・ストーム)』も発動座標を琢磨に向けていたら、間違いなく死ぬ可能性があった。この事実を見ずに自分の『ミリオン・エッジ』だけが槍玉に挙げられている、などと良く言えたものだと思う。

 達也と琢磨の言い合いは長引きそうだったため、悠元は香澄と泉美に近寄った。

 

「お疲れ様、と労いたいところだが……今回のことは自分たちも反省すべきだということは分かっているな?」

「う、うん……」

「はい、分かっております」

 

 ならいい、と短く答えた上で悠元は二人の頭に手を置いた。香澄は恥ずかしそうにしているが、泉美はくすぐったそうな表情を浮かべていた。普通なら香澄のほうが真っ当な反応だろう。

 

「閉門も近いから、今日はこのまま帰っていい。今回のことは模擬戦を以て不問にするのは決定事項だからな。それと、今日の結果が不満だというなら俺が代わりに相手してやる」

「えっ、お兄様に手取り足取り手解きしてあいたっ!?」

「余計なこと考えないの……ゴメン、悠元兄。こんな自重しない妹で」

「……まあ、もう慣れた」

 

 本当なら真由美がいたら拳骨が落ちるのだろうが、香澄が双子の姉として泉美にチョップを食らわせた上で悠元に謝罪した。制服へ着替えるために演習室を後にした二人を見送ったところで達也と琢磨のほうを見やると、琢磨が叫ぶように達也へ言い放った。

 

雑草(ウィード)のアンタに言われたくない!」

 

 その言葉で深雪の冷ややかな目線が琢磨に向けられる。このまま二人の押し問答を続けさせれば、間違いなく十三束が止めに掛かるだろう。その展開も悪くはないが、元々は自分のしたことも彼に対して影響を与えている立場だ。

 そう思いながら、悠元は抜き足―――古流の武術の技巧の一つで、特殊な呼吸法と歩法によって相手に自身の存在を認識させなくする―――で琢磨の背後を取り、彼の右肩に右手を置いた。それを振り払おうとしつつ振り向いてきた琢磨に対し、悠元は躊躇うことなく左拳を琢磨の右頬目がけて振るった。

 激しい打撃の音と琢磨が床に倒れる音が立て続けに起こり、自分から積極的に力を振るうことなどない悠元がその行動を取ったことに、一同が目を丸くしていた。これには深雪の怒りもすっかり霧散していた。

 

「さっきから聞いていれば……七宝、お前は一体何様のつもりだ?」

「か、神楽坂副会頭?」

「どうせお前の事だから、審判である達也は師族二十八家じゃないから止められるはずがない、なんて思ってたんだろうが……生憎、達也はお前の思っている一般的な二科生と違う。それは俺が一番よく知っている」

 

 それは確かに、とエリカや幹比古、雫やほのかに加えて深雪も頷いていた。大体、達也に止められない試合なんてそれこそ指で数えられるレベルになるだろう。そして、達也と深雪を七草家と関係の深い人間だと決めつけたこともそうだが、介入しようと思った決め手は桐原からのメールで知った琢磨の部活連執行部入りの理由であった。

 

「七宝、『ミリオン・エッジ』の準備に掛かる時間はどれぐらい必要だ?」

「え? あ、えっと……一日あればいけますが……」

「なら、明後日に模擬戦を組むよう服部会頭に話を通しておく。『ミリオン・エッジ』を制御しきっていた証明がしたいというのなら、元十師族の人間である俺が相手になってやる」

 

 「十師族に負けないぐらい強くなりたい」という心意気は買ってもいいとは思うが、その意味を本当に理解しているのかと問いたくなる。そして、彼を増長させた原因の一端に自分がいる以上、そのけじめをつける意味でも自分が表に立つべきだと考えた。十三束には悪いと思いつつも、『相転移装甲(フェイズシフト)』以外に色々試してみたい魔法もあるし、それに……漸く形となった例の魔法を達也と深雪に見せたいと思っている。

 

(元十師族……確かに間違っていないが、七宝は大変だな)

 

 そして、達也は冷静に状況を見つめていた。

 悠元が十師族でなくなったことは師族二十八家や百家の一部に伝わっているが、神楽坂家の詳細を知るのはその更に一握りのレベルである。寧ろ、十師族で制御できない存在となったからこそ、彼は神楽坂家に送られることとなったことなど琢磨は知らない。

 すると、悠元は服部に話を通しに行くと告げて、演習室を後にした。琢磨もほのかの呼びかけで慌てて立ち上がると、軽く礼をして演習室を去っていった。

 

「お兄様……大丈夫でしょうか?」

 

 達也にそう問いかけてきたのは他ならぬ深雪であった。確かに普段の彼ならばあそこまで怒りを露わにすることはないだろうし、司波家ではそういうこともなく、精々昨年の生徒会長選挙で全校生徒に向けて説教をしたぐらいだろう。

 

「一応、後で聞いてみよう。深雪もそれで構わないか?」

「は、はい……」

 

 目の前にいる妹もそうだが、彼も自分自身に関することについてはあまり話そうとしない。その意味で似たもの同士というか「似た者夫婦」という称号がついてもおかしくはないだろう。ともあれ、細かい事情は司波家に戻ってから聞くことで合意して演習室を後にしたのだった。

 




 原作だと十三束が殴っていましたが、主人公が殴って介入する形になりました。鉄拳制裁自体は主人公の姉らもやっていたことなので、ある意味血が争えないような感じです。
 この辺は次回辺りに触れるつもりです。

 追憶編の「はるのあしおと」に真由美と摩利のやり取りシーンを追加。
 入学編の「僕は今、北の国にいます」に優等生絡みやオリジナルのシーンを大幅加筆したため、分割投稿しています。

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