服部は正直、琢磨についての扱いをどうしたものか悩んでいた。彼が師補十八家の一つである七宝家の人間という事実を抜きにしても、彼の実力は磨けば光るものがあると思っていた。だからこそ、多少の性格の難は受け入れるべきだと考えていた。
そして、服部にとって最も起きてほしくないパターンの一つと向き合っていた。
「……模擬戦だと? お前と七宝でか?」
「ええ。ですが、独断で決められる範疇ではありませんので、会頭に模擬戦の申請を願いたく、こうして出向きました」
悠元が部活連本部に出向いてきたことで琢磨絡みだと覚悟していたが、よもや悠元の口から琢磨との模擬戦の申請が出るとは思いもしなかった。
悠元は「文句があるならかかってこい」と以前公言していたが、彼の実力に真っ向から挑もうとする人間はいなかった。定期考査で文句なしの学年主席を維持しているだけでなく、彼の身内である佳奈と美嘉の“不敗神話”もあって、昨年度の悠元に申し込まれた公式の模擬戦は『ゼロ』であった(克人との模擬戦は達也と服部の模擬戦と同様に公表できないため、公式記録には存在しない扱いとされている)。
「元々、七宝が退学寸前になったところを止めるための模擬戦だったはずです。しかし、達也の審判に七宝が不服を申し立てたのです。おまけに禁止用語まで使ったため、反射的に殴って黙らせました」
「……意外だな」
「そうですか? 本人が頭に血が上った状況で審判の判断に従えない以上、物理的行使が一番手っ取り早いと判断したまでです」
琢磨が一番不平を漏らしていたのは『ミリオン・エッジ』の攻撃力を制御できていたか否か。達也の言葉を聞こうとすらしない状態の彼に何を言ったところで無駄であると判断した。魔法による鎮静化も考えたが、有機物干渉は割と厳しいために物理的な衝撃を与えて黙らせる選択を取った。
そこに対しての自分の判断は恐らく間違っていないと思っている。服部から必要以上の追及が飛んでこなかったところを見るに、服部も琢磨に対して厳しく当たるべきだと考えているという裏返しなのかもしれない。
「連戦を言い訳にしてほしくないため、明後日の模擬戦で話は通しました。確か、第三演習室が午後なら空いている筈です」
「……分かった。中条会長に模擬戦の申請をしてくる。だが、本当にいいのか?」
服部が危惧しているのは、悠元と琢磨の実力差だ。
悠元は昨年春の模擬戦で克人と戦い、『ファランクス』を破った上で勝利している。間違いなく一高の中でもトップクラスの実力を有する悠元に琢磨が太刀打ちできる可能性は、限りなく低いと服部は睨んでいた。
「構いません。十師族に負けないという気概はいいですが……ルールを超えて相手を殺しかねない魔法を使ってまで得た勝利が最強の証明―――と勘違いされては困りますから」
「すまない、迷惑を掛けてしまうな」
「謝らないでください、服部会頭。……今の感じ、十文字先輩に似てましたよ」
「そ、そうか? 言っておくが、真似しているつもりはないぞ?」
「分かっていますよ、それぐらいは」
服部としては微妙な気分だったが、悠元としては会頭としての威厳がしっかり出ている、という意味も込めての誉め言葉であった。
◇ ◇ ◇
演習室の鍵を閉めたほのかが生徒会室に戻ってきて、達也らもそろそろ帰ろうかと思ったところでドアチャイムが鳴った。この時点で誰が生徒会室を訪れるのかなど、達也には予測の範疇でしかなかった。
「どうぞ」
「失礼する」
服部が生徒会室を訪れ、苦々しい表情であずさの前に歩いて行った。その様子にあずさが珍しく怯えなかったのが意外だな、と達也はそう感じていた。
「中条、実に言い難いというか、みっともない話なんだが……」
「服部君、どうしたんですか?」
事情が呑み込めていないあずさには、服部の言葉にそう返すことしかできなかった。
「すまない。
「またですか!? 今度は一体誰です?」
ここで言い訳しないのは、真面目な服部の為人所以だろう。あずさからすれば、半分予測が出来ている形だが、認可を出す側としてしっかりと尋ねた。それに対する服部の言葉を聞いて、あずさは驚いてしまった。
「神楽坂と七宝だ」
「えっ……えっと、本当ですか?」
「ああ……神楽坂からの要望でな」
あずさも昨年、悠元と克人の模擬戦を目撃しているだけでなく、九校戦のモノリス・コードの手伝いをしていたため、悠元の非凡さは魔法師としても一線を画していたのは間違いないと思っている。
だが、彼は好戦的な性格ではなく、どちらかといえば保守的な気質の持ち主。それは生徒会役員として一緒に仕事をした経験から感じたことだ。
「本来ならば、七草とのこともきつく叱って反省を促すべきなんだろうが……個人的なことを述べてしまうが、あの才能を埋もれさすのは惜しいと考えた」
「だったら、服部君か沢木君でも良かったような気もしますが」
「いや、中条。七草との模擬戦がああなってしまった以上、同じ立場だった人間に委ねる他ないだろう」
琢磨が「師族二十八家の誇りを賭けた戦い」と公言していた以上、それに連なる人間が収拾をつけねばならないと服部も感じていた。だからこそ、元十師族の人間である悠元がそれを買って出たのだろうと推察した。
「それでなんだが、明後日の放課後に第三演習室を2時間入れてほしい」
「2時間ですか? ……確かに空いていますね。じゃあ、許可証を発行しておきますので」
「すまない。迷惑を掛ける……って、どうした?」
「服部君、会頭としての威厳がちゃんと出てると思うよ」
「……そうか?」
先程悠元に言われたことに加え、克人に比べれば力量不足であると思っている服部には、あずさの言葉が少し懐疑的に聞こえてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
悠元はいつもならば誰かを待って帰るのが常だが、今日はそういう気分ではなかった。少し短慮だった部分があったのは否定しないが、琢磨が審判役であった達也の判断に悉く反論したのだ。親友としては、達也を見下す様に見ていた彼の態度が気に食わなかった。
達也の異質性を認識している同級生や先輩はともかく、1年生には気付けない部分なのだろう。だが、昨年の九校戦において新人戦モノリス・コードの代役に抜擢され、最終的に優勝メンバーの一人となっていることは周知の事実である。
あの時の琢磨は、家の誇りを気にするあまり、他の人間を家柄で判断してしまっていた。ただ、琢磨が知らない事実として一つ挙げるとするなら、達也は四葉家現当主の身内にして今一番次期当主に挙げられる可能性の高い人物なのだ。
四葉家の情報隠蔽能力は本当に凄いと言わざるを得ない。自分もチート染みた情報収集能力や四葉と縁が深い祖父がいなければ厳しかったことだろう……琢磨は知らず知らずのうちに四葉家へ喧嘩を売っているようなものだ。
あの状況だと下手すれば深雪の堪忍袋の緒が切れてどうなっていたか分かったものではない。だからこそ、琢磨のヒートアップした状態に対して冷水を浴びせるような形を取った。物理的に冷水を掛ける方法も存在するが、風邪を引かれても困るために鉄拳制裁とした。
そんなことを思いながら歩いていると、正門を出たところで声を掛けられた。悠元が振り向くと、そこには姫梨が佇んでいた。
「悠元さん」
「……姫梨か。今日は先に帰ったものかと思ってたが」
「少し妙な予感がしましたので、正門で待っていたんです。駅までご一緒してもいいですか?」
妙な予感―――恐らくは姫梨の持つ特質なのだろうと納得しつつ、姫梨の提案に断る理由もないので同行を許した。少しの間、沈黙を保ちつつ歩いていたが、その静寂に降参する形で悠元が声を発した。
「何も聞かないんだな?」
「悠元さんの話を聞いたところで、私にとっては事実確認でしかありませんので。……七宝と模擬戦をするの?」
「正解だ。というか、普通にしゃべれるのなら別に丁寧な言葉を使わなくてもいいのに」
「すみません。お祖母様の愛弟子という立場だと、周りが煩いもので」
それは確かに、と悠元は正月の光景を思い出しつつ納得していた。姫梨が悠元に嫁ぐ関係で伊勢家の人間―――姫梨の両親や妹と面会したが、かなり好意的だった。とりわけ姫梨の妹からは「恋愛なんて興味ないって公言してた姉ちゃんに婚約者が……やったね、姉ちゃん」と言われる始末だった。
彼女の「やったね」という単語に二重の意味が含まれているのは言うまでもなく、姫梨が顔を真っ赤にしながら渾身の
「まあ、無理もないか。現当主の愛弟子とならば覚えも良くなるだろうし、修司と由夢の悪口をいう訳じゃないが、あいつらに腹芸は厳しいからな」
「む、私が腹黒いとでも?」
「大丈夫。少なくともどこかの狸の娘よりは遥かにマシだから」
姫梨の家もとい神楽坂の筆頭主家である伊勢家は、天文占術を駆使する『星見』を司る関係もあって、未来予知―――先を見通す力に優れている。その力を律する意味でも丁寧な言葉遣いを心がけているのだろう。姫梨もこうして話す分には年相応の少女であるのは間違いない。
「今度、埋め合わせしてもらうけど……悠元はどう戦うつもりなのです?」
「
佳奈の『グラビティ・ブリット』―――加重系マイナスコードをベースとした重力ベクトルを使用者に対して外向きに掛けることで事象改変結果すらも相手に返す魔法―――や美嘉の『ブリッツ・ロード』、真由美の『魔弾の射手』『ドライ・ブリザード』に克人の『ファランクス』。彼らの代名詞でもある魔法だが、そのいずれもが『ミリオン・エッジ』を攻略可能としている。『ブリッツ・ロード』については、以前の説明では走行術式という定義にしていたが、厳密には対象物を超音速で射出する
悠元から見て少し上の世代でもこれだというのに、同級生とするならば達也と深雪は無論の事、燈也や将輝も含まれるだろう。言っておくが、自分のことを決して棚に上げたわけではないということを述べておく。
「約100万の紙片を『あの程度』と言えるのは悠元ぐらいかな」
「そうか? まあ、俺の場合は魔法や武術を習った相手が人間のカテゴリから外れ過ぎた存在だからな」
「あの人は……まあ、そうですね」
尤も、原作では十三束が自身の特性を生かして勝利を収めている。似たような方法を取れなくもないが、少し趣向を凝らすつもりだ。
琢磨に対しての事前工作で、真紀には「高校生以下の男子に手を出せばスキャンダルになる」という忠告は出している。無論、自分が出したということは真紀も知らないだろう。なので、何かしらのトラブルになるのは限りなく低いと思われる。
『
「それで、勝機はあるの?」
「なければ挑むつもりもない。というか、これでも“第一席”である以上は下手な試合なんて出来ない」
変に拘る気はないが、十師族―――ひいては師族二十八家の一角に身を置いていた人間として、少し本気でお灸を据える必要がある。だからこそ、あの場にいた中で
それに、『神将会』の第一席・総長という座に就いている以上、国内を乱すことに繋がる動きは看過できない。それが例え十師族に代わる『
◇ ◇ ◇
司波家に帰ったところで待っていたのは達也らによる事情聴取―――という言い方は少々大袈裟だが、模擬戦の時の実力行使について尋ねられた。確かに、自分から実力を行使して相手を抑え込む行動を取ったのは、目に見える範囲内であれば初めてなのだろう。
「七宝のあの様子じゃ、達也の言い分に対して文句を言い続けることは想定していた。十三束もどうしたものか悩んでいたから、一応部活連の身内として叱るべきだと考えた……というので納得できないか?」
「そういえばそうだったな」
お世辞にも服部とは仲が良いとまではいかないものの、昨年の達也と服部のことからすればまだ友好的な部類に入る。三組織の人員入れ替え自体はそれほど珍しくもないが、割と生徒会室に入ることの多い悠元が部活連副会頭という事実を達也は改めて実感していた。
「とはいえ、明後日の模擬戦で『ワルキューレ』や『オーディン』まで使うつもりか?」
「それは使わないし、そもそも使えない。だから別個で調整している銃形状のCADを使う。達也にはCADの調整を頼みたいんだが」
「あのデバイスか……分かった」
『ワルキューレ』や『オーディン』は既存のCADから数世代先を行く性能を有しており、度重なるオーバーホールで軍事機密レベルのデバイスに仕上がっている。それで勝ったとしても相手は「CADのお陰で勝った」などと言って納得しないであろう。
なので、今回はその二つからかなりダウングレードさせてはいるが、悠元の魔法展開速度を阻害しないためのハードウェア構成に特化した2丁銃のCADを組み上げている最中だ。それでも現在達也が使っている『トライデント』よりもスペックは上がってしまうが。
達也はそこまで気にしていなかったが、深雪は心配そうな表情をしていた。悠元はそれに気付いて苦笑を零した。
「深雪、これでも昨年の新人戦モノリス・コードは無傷で優勝まで行っているんだぞ? もう少し信用してくれてもいいとは思うんだが」
「あ、えっと、その……分かってはいるのですが」
深雪も理解はしているのだが、実際にその場を見たわけでもなく、モニター越しに見ていただけだ。考えてみれば、深雪の前で一度銃弾を受けるという経験をしている以上、彼女の杞憂も理解できなくはない、と深雪の頭に手を置いて撫でた。
「大丈夫だから。心配してくれる気持ちは受け取っておくよ」
「あっ……はい。七宝君を瞬殺してくださいね」
「いや、殺しじゃなくて模擬戦だからな」
達也は思う。深雪の思考に所々殺意が漏れるのは身内が絡むことぐらいだが、悠元の場合だとそれが顕著に出ている、と。深雪としては、悠元の手を煩わせるぐらいなら自分が手を下すつもりなのだろう。
そこまでは悠元も望んでいないし、達也としても望んでいない。
後ろから羨望の視線を感じて振り向くと、頬を赤らめている水波がそそくさとキッチンに向かって行った。自分の母親のことといい、彼に関わったことで四葉家が“人間”らしくなっていることに、達也は思わず笑みを零した。
オリキャラ同士の絡みが無かったので、ちょっとだけ追加。「無頭龍」を粗方処断+メディア買収によって周公瑾の手駒も綺麗に排除しています。九校戦編でテコ入れしたところがここに生きてくる形です。
てなわけで真紀のお色気シーンはカットされました。
追憶編・入学編もそうですが、エピソード関連は思いついたら次々と追加しています。閑話扱いでもいいとは思うのですが、ある程度時系列順のほうが見やすいかなという考えでやってます。