魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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理論を用いて証明する強さの一端

 4月27日、金曜日。

 水波のメール(それと香澄からの連絡)で琢磨は欠席していた。恐らくは『ミリオン・エッジ』の準備を鑑みてのものだろう。連日の戦闘にしなかったとはいえ、明日の模擬戦までに調子を戻してもらわねば困るというものだ。

 その日の放課後、悠元は部活連本部で服部と桐原、琢磨の教育係である十三束の三人と会っていた。今回の模擬戦が元々部活連と風紀委員会のメンバーによる模擬戦が原因となっているため、仲裁した生徒会の立ち合いと言うことで審判を務めていた達也が部活連本部室に来ていた。

 議題は無論、昨日申請が通った悠元と琢磨の模擬戦についての打ち合わせである。必要な人員が揃ったところで、服部が悠元に問いかけた。

 

「それで神楽坂、具体的なルールに関してはどのように考えている?」

「自分に対するルールは従来の模擬戦で使われているもので構いませんが、七宝に関してはそのルールを変更していただきたいのです」

「具体的にはどうしてほしいんだ?」

「七宝に対する模擬戦のハンデを一切なし―――殺傷事も厭わない状態にして構いません」

 

 どうあっても文句を言うのであれば、いっそのこと琢磨に対するハンデなど排除してもらった方がいい。十全の状態で使える『ミリオン・エッジ』で敗れたのならば、いくら琢磨とて言い訳など出来ないであろう。

 この悠元の申し出に対し、驚きの声を上げたのは十三束であった。

 

「しょ、正気かい!? 彼の『ミリオン・エッジ』なら僕が相手になった方が……」

「十三束の申し出はありがたいんだが……元を正せば七草と七宝の誇りを賭けた戦い、と称して殺傷しかねない魔法を使い、達也が止めた戦いに文句を言ったんだ。ならば、元十師族として強さの在り方を示さなければ話にならない」

 

 確かに、琢磨の『ミリオン・エッジ』に対して十三束の持つ『接触型(せっしょくがた)術式解体(グラム・デモリッション)』はこの上なく相性がいいことは間違いないだろう。だが、元々師族二十八家同士の争いである以上、元とはいえ師族二十八家の人間が場を収めるべきだと考えている。

 それに、勝算が無かったらこんな話など受けてもいないだろうし、そのまま十三束に投げていただろう。そうしなかった理由は……対群体制御を見据えた新型魔法が先日完成したからだ。琢磨には悪いが、その魔法の実験台となってもらうつもりだ。

 

「まあ、口で言ったところで証明にもならないでしょうから……これを見せた方が早いでしょう」

 

 そう言って、悠元は懐から端末を取り出して本部室のモニターにアクセスする。そして、端末から送信された映像ファイルが再生され、一同の視線はそちらに映る。動画ファイルの時間は大体5分程度で、その映像を見終わった一同は完全に沈黙していた。その静寂を破ったのは達也であった。

 

「悠元……いつ七草先輩と模擬戦を?」

「この間の日曜に、三矢家の地下で軽くデモンストレーションをしてもらった。先輩には全力で『魔弾の射手』と『ドライ・ブリザード』を展開して、結果がアレという訳だ」

 

 そう、映像に映し出されたのは悠元と真由美の戦闘―――いや、正確には悠元から攻撃はせず、真由美が一方的に攻撃を加えるだけのもの。確かに『群体制御』を使いこなしている七草家の人間、それも世界最高峰の精密狙撃能力者である真由美を相手に無傷で乗り切ったとなれば、ここにいる人間の誰もが認めざるを得ない。

 

「服部、これはもう認めざるを得ないんじゃねえのか?」

「分かっている……神楽坂。お前の要望通り、今回の模擬戦は七宝に対するルールをすべて排除した状態とする。但し、万が一を考えて桐原と十三束が見届けを行う」

「ありがとうございます」

 

 結果として、審判を服部が務めることとなり、見届け人として部活連から桐原と十三束が、風紀委員会から雫と幹比古、生徒会からも達也が万が一の場合に備える形となった。話し合いも終わって悠元も部活連本部室を出たところ、達也が悠元を待っていたかのように佇んでいた。

 

「悠元、少しいいか?」

「ああ。てか、別に帰りでもいいような気はするが……お前の知的好奇心所以か?」

「そんなところにしてくれると助かる」

 

 どの道生徒会室に用事もあったので、悠元と達也は歩きながら話すことにした。そして、話題を振ったのは達也のほうからであった。

 

「七草先輩とのデモンストレーション戦闘で見せていた魔法だが……あれは単純な防御魔法というわけではないのだろう?」

 

 悠元と真由美のデモンストレーション戦闘を見ていた時、達也は真由美の放った『ドライ・ブリザード』の弾丸が悠元の周囲に到達した段階で何かに溶け込むようにして消えていくのが見て取れた。だが、かなり高度な隠蔽によって、まるで何もない空間に吸い込まれていくような印象を強く感じた。

 

「……あれはFAE理論―――というよりも、『PFE理論』に基づいて組まれた魔法と言うべきかな」

「何なんだ、その理論は。耳にした覚えなどないが」

「知らなくても無理ないよ。だって、世界で知っているのは俺だけだから」

 

 ファンタジー世界の魔法は、物理法則を改変するだけでなくその結果で引き起こされた事象が継続されるパターンが存在する。その場合、魔力の源である魔素(まそ)(作品によっては『マナ』や『エレメント』などという言い方を用いることがある)を消費することで事象改変を維持している形だ。尤も、その場合は消費した魔素を生成あるいは変換するシステムがあって初めて成立する。

 

 この世界の場合だと、その役割をサイオンが担っている。だが、サイオンの性質については、実を言うと学術的に分かっていない事項がかなり多いのだ。

 超心理現象の次元に属する非物質粒子で、認識や思考結果を記録する情報素子。現代魔法の理論的基盤であるエイドス、現代魔法の根幹を支える技術である起動式や魔法式はサイオンで構築された情報体である―――というのは、現代魔法を使う人間であれば誰しもが学ぶことだ。

 だが、消費したサイオンの行方はどうなるのかや、術者が消費したサイオンがどのように回復するかなどのメカニズムは表向き明るみになっていない。魔法使用後に残る残留サイオン―――情報次元(イデア)に存在するエイドスの時間的連続性を保とうとする修復力によるせめぎ合いで生じる魔法式の残骸のようなもの―――によって、事象改変の痕跡を辿る方法は存在するが、サイオンそのものの動きをすべて把握しているわけではないのだ。

 

 サイオン自体に強力な復元力が備わっているのは以前にも話したと思う。実は、エイドスとサイオンの復元力はそれぞれ異なる性質のベクトルが働いている。

 仮に同じ性質のベクトルで復元力が作用すれば、魔法式として構築されたサイオンは霧散して痕跡が残らなくなる。だが、そうなっていないのはサイオンに働く事象改変力と復元力のバランスが魔法を放った術者本人の魔法力に依存しているためだ。

 加えて、想子制御が成っていないと全ての想子に対して均一化した事象改変力が掛からず、一部の偏ったサイオンの事象改変力がエイドスの復元力に勝ってしまい、本来霧散して情報次元に残らない筈のサイオンが魔法発動の痕跡として残留してしまう現象が起こるのだ。

 尤も、態々そうなるような記述が巧妙に仕込まれている現代魔法の基礎システム自体にも問題はあるのだが、今は割愛させてもらう。

 

 ここで考えたのは、もしサイオンの復元力をエイドスの復元力と直接接触させることで一時的に相殺させることが出来れば、物理法則作用の束縛を一気に緩めることが可能になるのでは、というものだ。そして、これこそがFAE理論を更に一歩押し進めた悠元が独自に考えた理論―――Psyon(サイオン) Free(フリー) Execution(エグゼキューション)、通称PFE理論と名付けた。

 サイオン自体にエイドスの復元力と同等の反復元力を持たせ、イデアに撃ち込むことで物理法則を完全に無視した領域が生じる。アプローチの方法こそ違えど、このプロセス自体を実現しているのが天神魔法に他ならない。

 話を戻すが、FAE理論だと改変作用のタイムラグが1ミリ秒以下というものだが、PFE理論を用いた場合のタイムラグは何と1分以下の猶予が生まれる。タイムラグを起こす時間に比例して消費サイオン量が増すデメリットを抱えているが、ここについては使用者以外―――周囲からサイオンを集めることでこの問題を一挙に解決した。

 ただ、現代魔法はおろか、古式魔法からも周囲のサイオンを活用する記述が省かれている。その記述が残っていたのは何と古代魔法であった。高山型古代文明の魔法に関しては、その技巧を伝える術が失われてしまったために伝わることが無かったのだろう。

 

 この理論の発想を思いついたのは昨年春―――達也が『疑似キャスト・ジャミング』を使った時のことだ。この時点で天神魔法を習得していたが、天神魔法の物理法則改変プロセスを秘匿しつつ別のアプローチでFAE理論よりも楽な魔法の定義付与が出来ないか模索していた。

 達也の『疑似キャスト・ジャミング』を説明したことで、サイオンの復元力を何らかの方法で反転させてエイドスの復元力を一時的に打ち消す方法を考え付いた。魔法式に関しては、相も変わらず自重しない転生特典で生成できてしまったので、こればかりは自分の成果とは言えなかった。

 そして、PFE理論の極致が昨年秋に使われた悠元の戦略級魔法『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』である。

 

「達也が昨年春、桐原先輩相手に使ったものをヒントにして完成した技術の一つ、と言えばいいかな。まあ、魔法無効化技術じゃないけど」

「『円卓の剣(ラウンド・ブレード)』とはまた別、ということか」

「そういうこと。あと一つ言えることがあるとするなら……達也にとっては関係のある人物の魔法を魔改造したものになる」

 

 真由美相手に使った魔法は、達也にとっては身内とも言える人間―――十師族において当代最強と名高い人物の魔法をベースに組み上げたもの。達也は見ていた映像から推察した上で悠元に対して若干呆れも含むような表情を向けていた。

 

「成程、凡そ理解はした。あの人がそのことを知ったら、喜び勇みそうだな」

「あの人に関しては良く分からんのよ。横浜の時も何故か膝枕を受ける羽目になったし」

「……まあ、頑張れ」

「他人事みたいに言うんじゃねえよ、達也」

 

 あの人―――それが他でもない四葉真夜であるということを察しつつ、達也は半分他人事のような意図も込めて悠元に言い放ち、お前も無関係じゃないんだぞと言わんばかりに悠元が反論したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 夕食後、自室に戻った悠元は端末から映像通話(ヴィジホン)を起動させ、通話のためのレシーバーを起動させる。そして、端末のモニターに映ったのは師補十八家の一角にして七宝家当主、七宝拓巳であった。

 

「夜分遅く失礼いたします、七宝殿。護人・神楽坂家次期当主、神楽坂悠元です」

『これは神楽坂殿。して、一体何用でしょうか。もしや、息子の事でしょうか?』

「ええ。恐らくその辺の事情をご存じないかと思いまして、ご連絡を差し上げたまでの事です」

 

 別に、琢磨の精神を揺さぶるために連絡したわけではない。今回の一件が『七』の数字(ナンバー)を冠する家同士の諍いであり、琢磨自身が『家の誇り』を賭けた模擬戦であったことはその家の当主に伝えるべきだと判断した。

 それならば七草家にも伝えるべきであろうが、あの家は独自に情報網を有しているし、香澄と泉美のことを考えれば何らかの伝手はあると思うので、伝える義理もない。

 琢磨に関する一連の事情を説明すると、拓巳は頭を抱えそうな表情を見せていた。

 

『そうですか……それで、ただお伝えしたいという訳でもないでしょう?』

「実は明日、彼と模擬戦をすることとなっています。なので、事情の追及やご説教はそれが終わってからにしてほしいのです。こちらとしても、精神を折られたからという言い訳をされたくありませんので」

『……あの、馬鹿息子が』

 

 拓巳がそう吐き捨てたのは、琢磨が相手にしようとしている人物―――悠元はあの『クリムゾン・プリンス』すら上回る実力の持ち主という事実。その実力の一端は昨年の九校戦で証明されている。

 昨年夏に通達された内容は拓巳としても驚くべきものであり、現代魔法の最強格に位置する十師族から古式魔法の大家である上泉家当主及び神楽坂家次期当主に引き抜かれるという事実は、拓巳のみならず師族二十八家の殆どを驚愕に陥れた。

 そして、上泉家はもとより神楽坂家の存在を少なからず知っており、二家の当主の実力は十師族を超えるとまで聞き及んでいる。下手をすれば同年代の十師族の直系に喧嘩を売るよりも拙い状況となった形だ。

 

『分かりました。……息子の我儘に付き合わせてしまい、大変申し訳ありません』

「いえ、お構いなく。こちらとしても、そのような形となってしまったのは残念に思います」

 

 拓巳は知らないだろうが、琢磨が噛みついた相手はあの『四葉』に関わる人間。下手をすると最悪の事態になっていたかもしれないことを考えると、最悪よりもマシな最低のラインに収まった形だろう。

 それに、琢磨には悪いと思うが、十師族となって日が浅い理璃に模擬戦を見てもらうつもりだった。十師族に求められる強さの意味を教えるためにも。

 




 魔法技術関連はオリジナル設定ということで一つ。サイオン自体は情報を記録する粒子なので、多分問題なく行けるかと思います。
 元々エイドスを構成するサイオンに新たな情報を定義したサイオンを重ねることで事象改変=魔法を成立させているので、物理作用の束縛を緩くするならば何も影響を受けない空間を生成するのが一番手っ取り早いと思いました。
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