魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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意外と単純なもの

 4月28日土曜日、午後3時。

 服部に先導される形で悠元と琢磨が第三演習室に入ってきた。

 見るからに、琢磨に肉体的及び身体的疲労は見られない。昨晩、拓巳と話した約束がきちんと履行されていて一安心、といったところであった。ただ、ルールについての説明を服部から受けた際、琢磨は喜ぶどころか不快を覚えるような表情を浮かべていた。

 審判には服部が、立会人として部活連から十三束と竹刀を持参している桐原、風紀委員会から幹比古と雫、生徒会からは達也と深雪が来ていた。ここまでは万が一の際に制止する役目の人たちだ。

 ただ、それ以外にも観戦者として沢木、理璃と泉美、セリアに姫梨まで加わっていた。

 

(ルールを聞いた後に睨まれたが、そもそもお前の我儘で組まれた模擬戦だろうに)

 

 元々琢磨の『ミリオン・エッジ』の制御が成っていないということで反則負けを食らい、それに抗議したために組まれた模擬戦なのだ。元を返せば、一歩間違えれば退学も止むを得なかった状況ということを本人も認識すべきなのだ。

 まあ、プライドに凝り固まった人間にあれこれ言ったところで聞く耳を持たないのは明白なため、一番手っ取り早いのは実力で叩きのめす形になってしまう。

 すると、十三束が達也に話しかけた。

 

「司波君、この勝負……どう見る?」

「そうだな……なるようにしかならないだろう」

「だよね」

 

 達也と十三束は、昨日の打ち合わせで悠元の映像を見ている。あの魔法を使えば『ミリオン・エッジ』は確実に完封できるだろう。その上で十三束は独り言でも呟くかのように声を発した。そして、それに続くかのように沢木が説明した。

 

「実は、新入生勧誘週間の時にマーシャル・マジック・アーツ部のデモンストレーションで手合わせすることがあってね。ものの見事に完封されたよ」

「『レンジ・ゼロ』の異名でも知られる十三束の魔法全てを圧倒したからな。僕も手合わせさせてもらったが、やはり新陰流剣武術の使い手は一味違ったよ」

「成程……(まあ、師匠でも『まともにやり合いたくない』と断言したほどだからな)」

 

 達也ですら勝てていない八雲ですら避けたがっている相手に挑む勇気は認めるが、十代にして武術の達人クラスにいる悠元とまともに戦える高校生など、指で数えた方が早いぐらいだろう。達也も悠元に負けたくはないと思っているが、まずは八雲を倒すことを目標としているほどに悠元の実力は飛びぬけている。

 悠元の体術と剣術は達人クラス、精霊魔法や忍術まで使える上に、彼の魔法はこの世界における現代魔法の杓子定規では計測不能の領域に達している。おまけに『天神の眼(オシリス・サイト)』まで使えるとなれば、琢磨の勝率は限りなくゼロに等しいだろう。

 すると、昨日の打ち合わせのことについて詳しい事情を知らない深雪が達也に尋ねた。

 

「お兄様。本当に大丈夫なのですか?」

「ああ。その部分については俺だけじゃなく、服部会頭や桐原先輩、十三束も保証できるだろう」

「ええ。僕の時は別の方法で完封されましたが、彼は間違いなく……強いです」

 

 『ミリオン・エッジ』はおろか、琢磨の使用する魔法全てに制限が掛からない状態での特別ルール。一方、悠元にだけ一般的な模擬戦のルールが適用される形となっている。これを快く思っていないのは琢磨であった。

 

(『ミリオン・エッジ』は七宝家の切り札だぞ。それを取るに足らないものと思っているのか? その考えを改めさせてやる!)

 

 琢磨は野外演習用のツナギ姿だが、手首のCADに加えて『ミリオン・エッジ』の媒体となる「本」が握られている。

 悠元のほうは上着を脱いだだけで後は制服の状態。悠元が身に着けているホルスターには真新しい2丁銃のCADが収められており、両手首には黒を基調としたブレスレットのようなものを身に着けている。そのブレスレット自体にはボタンがなく、一見すると単なるアクセサリーに見えるが、それがCADだと知っているのは悠元以外だと達也しか知りえない。

 服部が両者の前に立ち、模擬戦に関してのルールを説明する。これは最終確認というよりも形式(セレモニー)的なものとも言えるが。

 

 服部が二人の前から離れ、手を挙げる。双方の間には想子波とは別の非物質的な波動がぶつかり合っているのを、そこにいる全員が感じ取っていた。

 琢磨が発動媒体の本に右手を掛けるが、悠元は僅かに腰を落として構える。

 

「始め!」

 

 服部の試合開始を告げる声が、その静寂を破った。

 先に動いたのは琢磨で、右手で「本」を数ページ破りぬく―――琢磨が掴んだ瞬間に紙片と化した約八万の刃を、悠元の手足目がけて飛ばす。一度に百万の紙片を飛ばすのではなく、少数の刃を細かくコントロールする方法を選択した。

 

(まずは、副会頭の動きを封じる!)

 

 四方からやってくる紙片の帯はさながら蛇のような動きで悠元の手足に絡みつこうとしている。無論、悠元からすれば簡単に防御できる代物だが……悠元は一息吐いて集中すると、両手首のCADを起動させる。すると、悠元の白銀の想子がブレスレットに刻まれている紋様を浮かび上がらせる。そして、悠元はその場で飛び上がった。

 

(この状況で飛び上がっても、『ミリオン・エッジ』の餌食になるだけ―――え?)

 

 空中に逃げれば、それこそ『ミリオン・エッジ』の得意領域になる―――そう考えていた琢磨は自分の視界に映っていた光景を疑った。

 何と、飛び上がった悠元は腕を狙っていた紙片の帯を素手で殴り、足を狙っていた紙片の帯にぶつけたのだ。しかも、殴られた瞬間に紙片の帯のコントロールがキャンセルされ、ぶつけられた側の紙片の帯もコントロールを失って只の紙吹雪へと化した。

 そして、何事もなかったかのように悠元がその場に着地したのだ。彼の両手は直接『ミリオン・エッジ』を殴ったにも関わらず、一切傷を負っていない。

 

 一体何が起きたのかなど、殆どの人間は理解できないだろう。その中で、セリアは自身の能力―――転生特典で悠元がやったことを瞬時に理解した。

 

「あんな方法で『ミリオン・エッジ』を無効化するなんて、とんでもないことするね……」

「セリアは分かったの?」

「一応ね」

 

 悠元がやったことは、物理障壁と情報強化、そして高密度の想子(サイオン)障壁(ウォール)を紙片の帯に転写して、桁外れの事象干渉力で琢磨の『ミリオン・エッジ』のコントロールを奪い去って無効化した。十文字家の『ファランクス』の技術には三矢家の『多種類多重魔法制御』によるものも含まれているため、その気になれば三矢家の人間も『ファランクス』は使用できる。

 しかも、魔法式を転写する技術はベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』に使われている『チェイン・キャスト』の技術を悠元が改良したもの。魔法式を転写した物体を介する形で接触した別の対象にも魔法式を転写させ、座標の異なる物体に同じ魔法の効果を与える技術―――悠元はこれを『スキャニング・キャスト』と名付けた。

 『ミリオン・エッジ』をあっさりと無効化した悠元の姿に琢磨も驚きはしたが、気持ちを切り替えて表情を引き締めた。

 

(『ミリオン・エッジ』を叩き落としただと……いや、正面から攻めただけでは通用しないというだけだ!)

 

 それは、一昨日の模擬戦でも経験していたことだ。琢磨は再び「本」に右手を掛けようとした―――のではなく、手首のCADを操作して数発の『エア・ブリット』を放った。

 

(……足に想子の活性化。多分自己加速術式で側面か背後に回り、『ミリオン・エッジ』で攻撃を仕掛ける気だな)

 

 『エア・ブリット』を放った直後、琢磨は自己加速術式で右側面に回り込むのが彼から漏れ出ているサイオンで確認した。それならば……悠元は敢えて飛んでくる『エア・ブリット』に向かって突撃を掛ける。

 

「なっ!? 敢えて突っ込むだと!?」

 

 驚きを見せている桐原だが、この程度で驚かれては困る。

 悠元は身体能力強化術式―――肉体・想子体・精神体を想子で直結させ、人体のリミッターを意図的に解除することで人間離れした動きを可能とする魔法―――を掛けた上で、『エア・ブリット』に対して自らの武術の技を繰り出した。

 

「―――新陰流が武闘奥義、『青龍(せいりゅう)嵐脚(らんきゃく)』」

 

 悠元は何と、奥義の一つである『青龍嵐脚』―――高密度に圧縮したサイオンを脚部に収束させ、全ての事象を蹴り飛ばす技―――で『エア・ブリット』を全て蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた空気の塊は、まるで吸い込まれるかの如く琢磨に飛んでいく。

 

「なっ……があっ!?」

 

 琢磨の腹部に対して打撃を与える程度の衝撃が襲い掛かる。単発なら軽い打撲になる程度の威力だが、それが立て続けに重なれば意識を刈り取ってしまうレベルになる。床に転がされる形となった琢磨は悠元の姿を探した。

 悠元は琢磨を見下したりはしていない。ただ冷静に、「それで終わりか?」と言わんばかりの視線を向けていた。だが、琢磨にとってはそれが闘争心を駆り立てる結果となり、再び『ミリオン・エッジ』を発動させる。

 

「やれやれ……じゃあ、少しばかり本気で行くか」

 

 誰かに聞かせるわけでもなく、そう静かに呟いて両手首のCADを起動する。琢磨の『ミリオン・エッジ』が悠元に到達しようとしたその瞬間、紙片の帯がまるで見えないワームホールに消えていくが如く、約6万の刃の帯は綺麗に消え去った。

 

「なっ……!? 『ミリオン・エッジ』が、消えた……!?」 

 

 消えた、という表現は間違っていないが、厳密に述べるならば紙片の帯を()()()()()というのが一番妥当な表現だ。しかも、悠元が今使っている魔法は特殊過ぎて視覚的に認識できない特性を備えている。

 そんな魔法が存在するのかと思うが、電磁波には可視線と言われる限られた範囲の波長帯というものが存在しており、普通の人間の目ではその範囲のものしか見ることが出来ない。悠元はその性質を利用して、サイオン自体に電波の波長を情報として付与することで魔法をステルス化しているのだ。

 非魔法師からすれば『見えざる力』である魔法を体験する格好である琢磨に対し、悠元はホルスターに収められた銃形状CAD―――『ヴァルファーレ』と名付けたデバイスを抜き、前に掲げた。

 

「七宝家の切り札を見せてくれたお礼だ。強さを示すというのは、どういうものか見せてやる……これが俺の新たな魔法、『天壌流星群(ミーティアライト・フォール)』だ」

 

 悠元がそう呟いた直後、高密度の光―――光子と想子による光が入り混じって悠元の周囲を漂うように展開している。その光の中には精霊も含まれており、得手のある幹比古や天神魔法を習っている深雪と雫も反応した。

 

 大戦中に研究されていた戦略級魔法『ミーティアライト・フォール』。その本来の役目は地球に飛来する小惑星の飛来を避け、世界を守るための戦略級魔法であった。それが捻じ曲げられてあのような魔法に成り下がってしまったのだ。

 本来の理念を具現化するという意味も込めて、悠元は表沙汰になっていない戦略級魔法の名を自身の新たな魔法の名として名付けた。

 

 『天壌流星群(ミーティアライト・フォール)』―――四葉真夜の得意魔法である『流星群(ミーティア・ライン)』をベースとし、天神魔法の技巧を加えることで光を偏重させるのではなく光そのものを精霊で介することによって発光の事象改変を起こし、使用者のサイオンを通して『相転移装甲(フェイズシフト)』を用いることにより、散らばる光子を秩序化させてフィールドを形成する魔法。

 光を偏重させるプロセスが不要となったため、「夜」の代名詞で知られる『流星群(ミーティア・ライン)』の亜種魔法だとは殆どの人間が気付かないであろう。尤も、身内である達也には前以て話しているし、深雪に至っては驚きの表情からして気付いただろう。

 

 これを攻撃に使うことは可能だが、この魔法の殺傷力は余裕でAランクを超えかねないため、今回は防御魔法として使用した。そして、悠元は『ヴァルファーレ』を足元―――正確には、足元に散らばった最初の『ミリオン・エッジ』に使われた約8万の紙片に対して、魔法を撃ち込んだ。

 すると、魔法の効力を失った筈の紙片が宙に浮かび上がり、まるで鎖の如く琢磨の周囲を取り囲んだ。これはまるで『群体制御』のようだと察した琢磨は叫ぶように声を上げた。

 

「ば、馬鹿な!? 『群体制御』は第七研の―――」

「……俺の実家の本分は確かに第三研の『多種類多重魔法制御』だ。だが、俺は古式魔法も修めている身なのでな」

 

 天神魔法であれば、それこそ数多の精霊を制御下に置かなければならない。その意味で『七』の家が得意とする『群体制御』を自ずと学んでいた形となったわけだ。そもそも、現代魔法が体系化する前から古式魔法は存在しており、各々の魔法技能師開発研究所で研究されていた内容は、古式魔法にも通ずる部分が多い。

 

 現代魔法をメインとしている師族二十八家からすれば、古式魔法関連の知識が多少疎くても仕方がない事だろう。だが、三矢家は古式魔法の家柄である矢車家と親交が深いため、悠元も古式魔法の基礎知識を早い段階で学んでいた。そして上泉家や神楽坂家で古式魔法を修得し、現代魔法と古式魔法の複合術式を確立した。

 

「『ミリオン・エッジ』とは異なるが……こういう使い方も出来るということを見せてやる―――これで終い(チェック・メイト)だ」

 

 悠元が左手に持った『ヴァルファーレ』の引き金を引くと、鎖状の紙片の帯が強烈な光を放つ。ほんの一瞬ではあったが、その光が収まると琢磨は意識を失って倒れ込んだ。そして、悠元は展開していた紙片の鎖を部屋の片隅に纏めた。何が起きたのかと困惑していたが、服部は我に返って、試合終了の声を発した。

 

「―――そこまで! 勝者、神楽坂!」

 

 服部の言葉で桐原と十三束が琢磨に近寄るが、特に外傷は見受けられなかった。その確認を聞いて、服部も悠元がルールを遵守して琢磨を倒したのだと理解した。琢磨が演習室の壁に移動されていく様子を悠元が見つめていると、悠元の上着を持った深雪が近寄ってきた。

 

「お疲れ様です、悠元さん」

「ありがとう、深雪。上着もわざわざ持ってきてくれて助かる」

「いえ、お気遣いなく」

 

 『ヴァルファーレ』をホルスターに仕舞い、上着を着て身なりを整える。すると、理璃が近寄ってきた。何かと思ったのだが、理璃は頭を深く下げた。

 

「その、ありがとうございました」

「理璃ちゃん……いや、前にも言ったと思うが、別に責任を強く感じなくてもいい。十文字先輩と同じようにしろ、だなんて言えるわけでもないからな。きっと先輩からも同じことを言われたんじゃないか?」

「……はい。それは分かっているのですが……」

 

 理璃は十師族の一人となって日が浅い。だが、責任感の強さは克人に通ずるものを有している。だからこそ、香澄と琢磨の諍いを止められなかった自分を責めてしまうのだろう。

 言葉でどうこう言っても、納得するのは難しいかもしれない。だから、この場は自分が立つべきなのだろう。

 

「だったら、元十師族ではあるが昨年度の新入生総代として、今年度の新入生総代―――理璃ちゃんに模擬戦を申し込む。受けてくれるか?」

「はい! ルールは従来の模擬戦でお願いします!」

「……成程、だから2時間も取るように言ったわけか、神楽坂」

「ええ、その通りです。会頭」

 

 原作では十三束と達也の戦い。だが、今回の場合は同じ新入生総代にして十師族直系の人間の戦い。服部は悠元の意図を理解したようで、溜息を吐いた上で達也に視線を向けた。

 

「司波。七宝はこちらで受け持つから、この場の審判を任せたいが……大丈夫か?」

「ええ、構いません」

 

 先日のことを考えれば達也がこの上なく適任であり、達也も自分の得意分野を理解しているからこそ、その申し出を引き受けた。深雪も悠元から離れて見守る形となった。

 桐原が七宝を担ぎ、服部と十三束が第三演習室から出て行くのを見送ると、二人は数メートルの距離を置いて向かい合う。

 

 神楽坂悠元と十文字理璃……奇しくも南盾島の関係者である二人が、ここに相対する。

 




 オリジナルの魔法技術も出していますが、これも無理がないと判断して出しています。主人公の持っているブレスレット型CADは以前レオに渡したCADの改良版です。
 魔法を弾いて相手に返すのは一種のロマンなので展開がこうなりました。


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