魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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スティープルチェース編
宿題と課題の板挟み


 西暦2096年6月、国際実業界に一つの訃報が流れた。

 市場規模こそ小さいものの、軍事上の理由からどの国家も無視できない魔法工学製品。その魔工メーカーの一角を担うローゼン・マギクラフトの前社長、バスティアン・ローゼンが息を引き取った。享年96歳。老衰死であった。

 

 この訃報が流れる数日前、悠元は剛三からの呼び出しを受けて群馬の上泉本家に出向いていた。千里が運んできた茶と茶菓子を頂きつつ、剛三からの言葉を待った。

 

「すまんな、悠元。九校戦の準備期間に入っている頃だとは思うが」

「いや、そこに関しては問題ないよ」

 

 昨年のエンジニア不足のことも鑑みて、その対策の一環というか魔法工学科に担当副教官(普通科高校で言うところの副担任)が配属されることとなったのだが、その人物は何と佳奈であった。

 彼女自身、魔法科高校時代に加重系マイナスコードの論文を発表し、既に一介の大学生というレベルを超えてしまっている。それに加えて、佳奈自身は魔工技師を志していることもあり、大学側が異例の“博士号”まで出そうとする始末。

 つまるところ、佳奈の大学における活動は専ら研究活動だけ―――研究生同然の扱いを受けていた。それではいい刺激にならない、と考えた佳奈は親を通して大学と折衝し、表向きは“教育実習生”として第一高校に出向くこととなった。

 早速、佳奈はジェニファーを説得して千秋とケント、美月にCAD調整のノウハウを叩き込み始めている(表向きは魔法工学の専門授業で、ジェニファーも佳奈の実力を知っているからこそ任せている)。それを受講する形で十三束や佐那、燈也だけでなく達也も時折参加しているらしい。

 

 そして、変わったことといえばもう一つ。

 理璃が彼女の親族である蘇我大将から暗号メールのようなものを受け取ったらしく、十文字家でも解析できなかったということで相談された。

 その内容を解読した結果、国防軍が九校戦の競技内容に干渉して、スピード・シューティングとバトル・ボード、クラウド・ボールを外し、ロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウン、そしてスティープルチェース・クロスカントリーが追加されたとのことだ。

 この情報はすぐさまあずさや五十里に伝えた上で、九校戦運営本部からの公式通達があるまでメンバーを仮組にすることで決着していた。

 

「悠元、以前ドイツに行ったことは覚えているな?」

「いや、忘れられるわけないでしょう。アポなしでバスティアン・ローゼンを訪れて、『ルーカス・ローゼンの名誉回復を要求する』だなんて威圧を掛けてたなんて」

 

 字面だとかなり穏便な書き方だろうが、実際には裏手から隠形を展開して忍び込み、バスティアンの私室に潜り込んだのだ。当然、向こうとしては剛三と悠元の姿に慌てふためいたのは言うまでもない。ローゼン・マギクラフトの前社長に会える、と聞いて剛三を止めなかった自分にも一定の責任はあるかもしれないが。

 

 他のローゼンの人間の手前、バスティアンは公言こそ避けたがルーカスの名誉回復については概ね同意した。その際、バスティアンはこう提案してきたのだ。

 

「―――剛三殿。息子の親友にこんなことを頼むのは忍びないが……もしもの時は、ローゼンをお願いしたい」

 

 つまるところ、バスティアンは今のローゼンの後継者たちが功を焦り、場合によってはルーカスやゲオルグの関係者に手を出すことを危惧していた。無論、タダでとは言わず……バスティアンは一筆を認めた。

 そこに書かれていたのは、バスティアンが亡くなった後の遺産に関すること。ローゼン家の資産全体の内、約3分の1を剛三に引き渡すというものだった。だが、剛三はその権利を悠元に押し付けた上でこう言い放った。

 

「わしが出る幕などないな。きっと、その役目は隣にいるわしの孫の役目よ」

(お前ら、自分でやれよ……)

 

 良く言えば当事者間での問題、悪く言えば祖父世代の後片付け。その役割を負う羽目となったことに、悠元は内心でバスティアンと剛三に対して辛辣な言葉を吐き捨てたのだった。

 

 閑話休題。

 

「……お年を考えれば、もう危ないと?」

「内密にバスティアンの遺産相続を担当している弁護士から連絡を貰った。もって数日が山だとな。ここで問題になるのは、お前に渡したバスティアン・ローゼンの遺産相続と……ルーカスの娘に対する相続権だな」

 

 原作と異なり、エリカの母親であるアンナ・ローゼン=鹿取が生存している以上、彼女に関する相続権も生きたままの状態である。日本に駆け落ちしてきたルーカスのことをローゼン家では汚点だの背信者だの罵っているが、その片棒を担いでいるのは悠元の目の前にいる人物である。

 

 ただ、ローゼン家に剛三を非難する勇気は持ち得ていなかった。

 剛三は約50年前、ローゼン・マギクラフト本社が危うく反魔法主義のテロリストに襲撃されたところをたった一人で制圧し、人質にされていたバスティアンとルーカスを救出した。ローゼン家にとって剛三は恩人でもあり、英雄でもある。

 加えて、ドイツ政府と強いコネクションを有しているだけでなく、ルーカスの亡命に際してドイツ政府を宥めたのは剛三の口添えがあってこそであった。そのお陰で社交界でも肩身が狭い思いをすることなどなかった。

 

「アンナからは遺産相続権破棄の書類を受け取り、ローゼン・マギクラフト日本支社に送り付けた。ただ、お前の持っている相続権はこれから起こりうることを考えれば破棄できぬ」

「だろうね。下手をすればエリカも巻き込まれない保障がない……何で、こんな時に面倒事が二つ重なるのか」

 

 九校戦の国防軍対大亜連合強硬派による介入。そしてローゼン家絡みの一件。前者に関しては九島家の周辺の動きが慌ただしかったため、剛三の伝手を借りて式神を潜り込ませた。ただ、この情報に関してはまだ達也に伝えていない。

 

「先日の魔法師排斥運動が静まったから好機と見たのだろうけれど……大亜連合と終戦に持ち込んだところで、彼らが味方になってくれるかどうかは別問題だと思う」

 

 ただでさえ、大亜連合がある場所は旧共和国―――この国とはいくつもの因縁を抱えている間柄だ。あらゆる部分で影響を受けているが、根底にあるのは“民族としての矜持”を持つ以上、友好的な関係を築くのは難しいだろう。

 沖縄と横浜の戦闘がそれを物語っているだけに尚更だ。

 

「加えて、新ソ連のこともあるからのう。連中が手を組まない可能性もあるわけだしな」

「そういうこと。ベゾブラゾフは一旦モスクワに戻ってくれたが、例の列車型CADのこともある以上油断はできない……最悪、改良した『トゥマーン・ボンバ』をモスクワ上空に放つことも考えるつもりだ」

 

 戦略級魔法といえども、それ自体が完璧に完成されているわけではない。それの発動にはどうしてもCADの演算能力ありきの部分が大きい。悠元が言い放ったことに関しては、さしもの剛三でも苦笑を滲ませた。

 「敵の敵は味方」という論理が働くかは不明だが、大亜連合と新ソ連が手を組む可能性だって無きにしも非ずと考えて行動すべきだろう。新ソ連の思惑からすれば、日本と大亜連合が疲弊したところで漁夫の利を得るのが一番理想的な流れと見るべきかもしれない。

 

「USNAの件もそうだけど、欧米を主体としてプライドと偏見が人の形を成しているとしか思えない。爺さんもそういう経験はあったりするの?」

「あったの。世界群発戦争の折、儂や千姫に向けて罵詈雑言を飛ばす輩はおったが、軒並み早死にしおったよ」

 

 剛三曰く、そういう連中を無駄に煽てて戦場の最前線に向かわせたらしい。平然とあくどいことをやっていることには驚きを禁じ得なかった。

 それはともかく、現状においてレオがゲオルグ=オストブルグの孫だという事実はローゼン家に知られていない。原作だと昨年の新人戦モノリス・コードに出場したはずのレオの代わりとして自分が健在だったため、表舞台に出ることはなかったからだ。

 だが、ゲオルグが日本に亡命したという事実からすれば探りは入れているのかもしれない。

 

「…爺さんとしては、ローゼン家への対応をどう考えているのか参考程度に聞きたい」

「そうじゃの……実は、ルーカスから『実家が子や孫に手を出すようなら、せめてローゼン・マギクラフトを潰れさせない様に対処してくれ』と言われた」

 

 ルーカス自身はローゼンとの縁切りを考えていたが、父親であるバスティアンの一存で差し止められた。それは、別にローゼンの人間として彼の子孫を招く意図はなく、ルーカスの死を以てその不名誉を取り消すつもりだったとバスティアンの口から聞かされていた。だが、その機を逃してしまったためにルーカスのローゼン家における風評は未だに悪い、という訳だ。

 ローゼン家に制裁はしても、ローゼン・マギクラフトで働く従業員や魔工技師を路頭に迷わせるようなことはしないでほしい……その願いを聞いた悠元はお茶を一口啜った上で呟く。

 

「ルーカス・ローゼンの孫娘のエリカ、ゲオルグ・オストブルグの孫であるレオ、そして上泉剛三(じいさん)の孫である悠元(じぶん)……世界は狭いな」

「その辺りは全くの偶然じゃがな」

 

 確かにそうなのだろうが、自分を転生させたあの女神はこの辺も織り込んで三矢家を改変したのかもしれない。全く以て、何故そうしたかなどは尋ねる気にもならなかった。だが、せめてルーカス・ローゼンの願いだけは叶えてやろうと思う。自分としてもローゼン・マギクラフトに潰れてもらっては困るし、そこで働く人々を困らせるつもりはないからだ。

 

「ローゼンの件だけなら元継兄さんを通せば済むだろうけど、それだけじゃないんだろ?」

「千姫が話しておるだろうが、先月の初めに九島家へ出向いた。まあ、伝統派の調査も含めてのついでじゃが」

 

 剛三はその際、烈と光宣の二人に出会った(厳密には、烈と会談した後に光宣の私室を見舞った)。剛三はパラサイト事件で内密に回収したパラサイトを引き渡す様に要求した。だが、烈はその要請を断ったのだ。お互いに先代当主という立場上、剛三自身の発言に対する拘束力はない。だが、護人の一族である上泉家の要請に対して拒否の姿勢を見せたのだ。

 

「儂の発言に拘束力がないのは仕方がないし、烈の頑固さは今に始まった事ではないからの。そもそも、引き渡しの要求はあくまでも“要請”でしかない。あやつめ……孫のことで何百回も後悔しとるぐらいならば、光宣の気持ちを汲み取ってやれと言いたいわ」

 

 烈がパラサイトに拘ったのは、恐らく『ピクシー』が切っ掛けなのだろう、と剛三は推測した。同じようなことが出来れば、光宣を戦場に送り出す様な事は避けられるであろうと……だが、剛三は渋い表情を見せていた。

 

「悠元なら分かっておるだろうが、パラサイトを完全制御する術は九島家に存在しておらん。『九』の連中はパラサイトの持つ性質―――(あやかし)の本質を経験しておらぬ」

「……まあ、理解はできる」

 

 『アリス』のことについては千姫経由で聞き及んでいる剛三だが、パラサイトを守護霊(サーヴァント)として契約・使役する術式は現代魔法にも古式魔法にも存在していない。それを唯一使いこなしている悠元の存在を知れば、旧第九研の連中はこぞって悠元を調べようと目論むだろう。それに繋がる危険性を考慮して、光宣の治療をしないように言い含めたのだ。

 上泉家や神楽坂家では、いずれ来る妖の再来を想定した討伐訓練を定期的に行っている。とは言っても、弱めの妖を生み出す触媒を使ってのもののため、先日のパラサイト事件のような事象など普通は起こりえない。

 

「連中は黙っているが、ガイノイドの研究を続けておる。それをパラサイトと融合させた兵器の開発……中世の一向宗でも躊躇う様なことを平気でやることは言語道断だが、それを九校戦でやる気なのだろうな……烈の阿呆め」

 

 少なくとも、その情報を顧傑は『フリズスキャルヴ』で掴み、彼の指示を受けた周公瑾が動くことになる。とはいえ、中華街全体を監視している状態にしているため、周個人に向ける警戒網をかなり薄くしている。

 そのお陰もあってか、周公瑾の警戒心を薄れさせることには一応成功している。

 

「俺の予測だと、響子さん経由で達也の耳に入ることは間違いないと睨んでる。外れてくれれば御の字だけれど」

「お主が言うと妙に信憑性が増すの。そうなると、風間の部隊……佐伯にとっては烈の影響力を追い出せるチャンスか。何も十師族を目くじらにする必要はないと思うがの」

 

 大体、この国にいる四人の戦略級魔法師全員が十師族と関わりを有している。この状態を良くないと思っていても、十師族抜きでどうやって国防を成すつもりなのかは疑問だ。自分も原作全ての流れを把握しているわけではないが、もしかすると戦略級魔法師を管理しようと画策しての動きなのかもしれない。

 

「俺の場合、俺自身の戦略級魔法は今のところ母上と爺さんが管理しているが……政府や国防軍に戦略級魔法の解除キーを預ける気なんてない。文民統制(シビリアン・コントロール)は理解しているけど」

「悠元はいくつもの戦略級魔法を抱えておるからの。寧ろ政府や軍で制御する方が危ないと儂も思うほどだ」

 

 この世界に存在する『十二使徒』の戦略級魔法に加え、達也の『質量爆散(マテリアル・バースト)』まで使用可能としている桁外れの演算能力と想子保有量は、剛三と言えども舌を巻くほどであった。悠元が正式に神楽坂家を継いだ折に、現在千姫と剛三が持つ戦略級魔法の解除許可を悠元に返すつもりらしい。

 本来は、核兵器に代わる抑止力としての役割を持つのが戦略級魔法に与えられた役割だった。だが、その力を侵略の道具として用いる輩がいるのも事実。

 

「九校戦で直接的に関わる部分は対処する。だが、それ以外の折衝は……爺さんにお願いしてもいいか?」

「……儂が国防軍を抑える方向で行くと言うのか?」

「俺が全部関わる気になんてなれないからな」

 

 自分は全知全能の神ではない。そのことを誰よりも理解しているからこそ、出来る範囲内でのことは対処するが、それ以外の部分については適任者に任せるのが筋だと判断した。それに、千姫から話を聞いている限りでは『元老院』もパラサイトを用いた兵器に対して憂慮の姿勢を見せた、とのことだ。

 

「九校戦のこともある。自分も選手として出ることになるから」

「それもそうだったな。しかし、一条の息子も体面をずいぶんと気にするものよな」

「……自分のことを言うようでいい気はしないが、ヘタレだからな」

 

 剛三が将輝の話題を持ち出したのは、恐らく九校戦という単語を聞いたからだろう。

 十師族の一角である一条家の長男が魔法師社会では無名に等しい司波家の長女に恋をしている、という風聞は大きな波紋を呼ぶことになる。深雪に告白した時点で三矢の家を離れることがほぼ確定していた自分とは置かれている状況が違うのは理解するが、ある意味達也が抑止力として働いたせいなのかもしれない。

 

「そもそも、深雪ちゃんの初恋の相手が悠元である以上、出来レースみたいなものじゃがのう」

「その絡みで吉祥寺(ジョージ)から将輝の宣戦布告を受け取ったこともあったかな。尤も、『天照(アマテラス)』で『爆裂(ばくれつ)』を定義破綻させてフルボッコにしたけれど」

「加えてモノリス・コードの過剰攻撃(オーバーアタック)も考えれば……悠元、深雪ちゃんは真夜や深夜に似て独占欲が強いぞ」

「それはもう味わってるから」

 

 深雪が自分の婚約者となってからは、恋人関係だけでなく一種の主従関係のようなものも発生している。二人きりの時だとそれが顕著に出ており、この前の深雪の誕生日に値の張るスカーフをプレゼントしたところ、それを見た深雪から「これを巻けば、私は悠元さんの所有物(モノ)だと示せるのですね」と言われた際は言葉を完全に失ったほどだ。

 念のために達也へ問い合わせたところ、深雪の依存度合いは結構強いらしいということが判明した。「多分、ほのかの方がまだ御淑やかなんじゃないか」と言い切っていたことに、どう返していいか本気で悩んでしまった。

 罷り間違って首輪なんて贈りでもしたら、躊躇いなく身に着けそうだと思ったほどだ。それを察した達也が自分の肩に手を置きつつ、「すまない」と謝られてしまったのは言うまでもない。

 




 スティープルチェース編(原作だとSSも含みます)における原作との変化点についてですが

・エリカの母親が生存(現在上泉家で使用人として暮らしているため、相続関係は剛三を通す形になっています)
・レオの存在が現状でエルンストに知られていない(九校戦に出場していないため)
・剛三の口添えのため、ローゼン家がルーカスの亡命以外に不利益を被っていない(この辺はルーカスからのお願いがあったという感じです)
・国防軍による九校戦介入を理璃経由で知ったため、メンバー選定が暫定措置になっていること
・エンジニア関連も大幅にブーストが掛かる(エンジニア経験が豊富な佳奈が第一高校に教育実習生として来ているため)

 にしても、春の魔法師排斥報道を受けての国防軍強硬派による九校戦介入とか正気を疑いかねないレベルという。
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