魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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初夏の紅葉模様

 悠元が司波家の自室に戻り、私服に着替えたところで端末の着信音が鳴った。この着信音に設定した相手からの映像電話(ヴィジホン)の連絡は久しぶりだと思いつつ、レシーバーを耳につけて通話を繋げた。

 すると、表示された相手は悠元からすれば知己とも言える人物であり、燈也が目の敵にしている人物こと第三高校2年の吉祥寺(きちじょうじ)真紅郎(しんくろう)であった。彼の恰好を見るに高校の制服の上着を脱いでいる状態だった。

 

「久しぶりだな、カーディナル・ジョージ。直接の連絡は年末以来か」

『そうなるね。それと、態々そう呼ばなくてもジョージで構わないよ』

「一応礼儀みたいなものだが、わかったよジョージ。見たところ制服姿のようだが、そこまで急を要する用件だったか?」

『あー、実は今一条家にいてね。将輝は誤解を解くために傍を離れてるよ』

 

 真紅郎が言うには、将輝と今回の九校戦の競技変更について話し合っていたわけなのだが、当の将輝本人は想い人である深雪のことに思考が割かれ気味で、とても話し合いになっていなかった。

 そこに飲み物を持ってきた茜が将輝の言葉の一部を勘違いして受け取ってしまい(将輝と真紅郎がペアでダンスを踊るという風に勘違いしたらしい)、出て行った茜の誤解を解きに将輝が慌てて追いかけた次第だ。

 

「なあ、ジョージ。ふと思ったことなんだが」

『何だい、悠元?』

「俺の予測だと、将輝がそのままノックもせずに茜ちゃんの自室へ入る羽目になって、一発ビンタを貰うんじゃないかと思うんだが」

『……あり得なくもないね』

 

 突発的なことが起きると自重という言葉が飛んでいく将輝の行動原理は、悠元と真紅郎の双方が良く知っており悠元の推測は強ち間違っていない、と思ってしまった真紅郎だった。

 

「それは置いとくが、何か聞きたい事でも?」

『そうだね。そっちも九校戦の競技変更は聞いてると思うけど、悠元はどう思うか聞きたくてね』

「国防軍の介入があったのは間違いないだろうな。元々九校戦は国防軍の演習場の一部を借りて行う以上、何らかの干渉を行う分には簡単だろう」

 

 魔法に対する恐怖を和らげる目的も含んでいるからこそ、より実戦的な競技へ入れ替えられたことは二校のみならず、他の魔法科高校でも同様の印象を抱いていることは想像に難くない。元々富士演習場の一部の施設が九校戦に貸し出される形となるため、国防軍の介入自体は意外にも簡単である。

 

「とはいえ、日本魔法協会は今春の一件があるから、軍事的な競技は避けたいと考えるはずだ。ジョージ、将輝に言って一条家で調べてもらえるか?」

『……そこまでする必要があるのかい?』

「スティープルチェース・クロスカントリー。あれは正直に言って高校生でやっていい競技じゃないし、魔法の創意工夫という意味合いでは九校戦の意義に反している」

 

 そもそも、ロアー・アンド・ガンナーはともかくとして、シールド・ダウンはモノリス・コードをより限定した魔法戦闘競技でしかない。ある意味被っている競技を態々入れる意味合いが正直理解できない。この辺は昨年の本戦モノリス・コードに出ていた克人の姿が脳裏を過った結果でもあるが。

 スティープルチェース・クロスカントリーについては、演習林という場所の観点からしてモノリス・コード以上に視認性が悪く、魔法を魅せるという点に関して言えば最も適さない競技である。大体、そんな競技を入れるぐらいなら魔法の使用を前提としたアスレチックフィールド競技でも入れた方がまだ見栄えがあると思う。

 

 調べること自体はこちらでも出来るが、佐渡侵攻で当時指揮官をしていた酒井大佐は対大亜連合強硬派に属している。その意味で一条家の伝手を頼るのが一番手っ取り早いし、今回のことに関わっていなくとも同じ派閥の情報ぐらいは手に入れられるだろうと踏んだ。

 調査の結果については九校戦の懇親会で顔を合わせるため、そこで情報を交わすことで合意して通信を切った。

 

 なお、その後に真紅郎から届いたメールでは、左頬に紅葉を作っていた将輝の姿を見て、思わず笑ってしまったらしい。事情はこちらが話した通りの展開になったらしく、笑いを禁じえなかったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 魔法科高校の殆どを困惑と混乱の渦に巻き込んだ九校戦競技変更の通達から一夜明けた7月3日、火曜日の朝。旧茨城県土浦に置かれた国防陸軍第101旅団の司令室にて、旅団長である佐伯(さえき)広海(ひろみ)少将が、独立魔装大隊・大隊長である風間(かざま)玄信(はるのぶ)少佐を呼び出していた。

 この二人の付き合いは大越(だいえつ)戦争―――大亜連合がベトナムへの侵攻を目論んだ戦いで、結局はUSNAと新ソ連の介入で失敗に終わった―――の頃にまで遡り、当時ゲリラ戦に参加することとなった風間を支援したのが情報参謀を務めていた佐伯であった。

 その後、4年前の沖縄防衛戦を切っ掛けとして佐伯のプランを採用する形で第101旅団が設立されて初代司令官に任命されると、尉官として冷遇されていた風間を呼び寄せて少佐に昇格させ、独立魔装大隊の大隊長に任命した。

 交流の時間こそ短いものの、二人は互いに本音で語り合える間柄となった。独立魔装大隊は新たな魔法装備や魔法戦術の実験部隊的な側面を持ち、第101旅団は十師族に頼らない魔法戦力の確立を目的とし、風間はその要である。

 内容は無論の事、国防軍としても無関係ではない九校戦のことだ。

 

「風間少佐、今年の全国魔法科高校親善魔法競技大会―――九校戦の競技内容が変更になった話は御存知ですか?」

「昨日の時点で既に把握しております」

 

 何せ、風間としては部下である大黒(おおぐろ)竜也(りゅうや)特尉―――達也に加えて、第101旅団の特務参謀を務めている上条(かみじょう)達三(たつみ)特尉―――悠元が間違いなく九校戦に参加するだろうとみている。

 流石に達也のほうは選手として出ることはないかもしれないが、彼の妹が出る以上はエンジニア及びそのバックアップを担うことになる。

 

 風間としては、戦闘にあまり関係のない魔法競技に疎いと思っていた佐伯が興味を示していたのが意外であったが、そのことは口に出さずに佐伯の言葉を待った。すると、佐伯がボタンを押して壁から椅子が出て風間の背後に移動した。長話になると踏んでのもののため、風間はそれに従う形で椅子を展開して腰を下ろした。

 

「それで少佐、変更された競技をどう思われましたか?」

「紛れもなく、軍事訓練のメニューでしかないかと」

「……言い切ってしまうのもどうかと思いますが、私も概ね同意見です」

 

 急な競技変更自体、昨年秋の横浜事変を鑑みて魔法師の有用性を再認識した国防軍が干渉したと見るのが自然な流れである、と佐伯や風間は一致した認識を抱いていた。

 

「魔法協会は国防軍のこの要請に対し、形ばかりの抵抗しかしませんでした」

「“あの方”は抵抗されなかったのですか?」

「九島閣下は反対されませんでした」

 

 風間としては、スティープルチェース・クロスカントリーの内容から見るに反対しそうな九島烈が黙認―――半ば容認の姿勢を取ったことに疑問を感じたが、佐伯の言葉で意識を戻す形となった。

 

「少佐、国防陸軍総司令部より我が旅団に対し、今回の九校戦に協力するようにとの要請が下りました」

「命令ではなく要請ですか」

 

 問題としてはそこではなく、いくら前年度の九校戦で警備に当たっていた(プラス達也の監視役を担っていた)とはいえ、真っ先に第101旅団へ話を持ってきた意図を考えなければならない。そこに付け加える形で佐伯が述べた。

 

「しかも、蘇我大将閣下直々のお達しです。私としては断る理由はありませんが……どう見ますか?」

「彼が親族を危ぶんでのもの、と解釈は出来るかもしれませんが……それだけではないように思えます」

「私もそう考えています」

 

 いくら陸軍の総司令官である蘇我大将とはいえ、身内を護衛させたいがために態々第101旅団を選んだという訳ではない。魔法競技大会という性質上、魔法に精通している部隊を有している大隊が協力するのは道理として、これは恐らく魔法協会と佐伯の双方に対しての釘差し……悪く言えば嫌がらせみたいなものだ。

 

「春の一件もあって、魔法協会が国防軍に対して発言力を強めていることが軍上層部も気に入らないようですね」

「ようやくでありますか」

 

 表面上は佐伯の愚痴にも聞こえる台詞だが、風間はそれが「軍上層部も十師族に依存する危険性を感じ始めた」という風にも受け取れる。その証拠に、佐伯が満足げな表情を風間に対して向けていた。

 ただ、戦略級魔法に関しては十師族の関係者に頼らざるを得ない、という現実は変わっていないが。

 

「私はこの打診を受諾しますが、少佐の大隊には待機を命じます」

「―――了解しました。別命があるまでは待機いたしますが、質問しても宜しいでしょうか?」

「ええ、構いません」

「では……待機の明確な理由をお尋ねしたいのですが、お答えいただけますか? 流石に隊員たちの士気にも関わる話でありますので」

 

 最初は出動命令かと身構えていたのだが、佐伯は独立魔装大隊に待機を命じた。そのことに異を唱える気はないが、せめて理由を明確にしないことには、自分はともかくとして大隊の構成員の士気にも関わると判断した。

 その風間の問いに、佐伯は少し考える素振りを見せてから話し始めた。

 

「先程の話の続きになりますが、九島閣下は反対するどころか積極的な姿勢を見せたようです。特にスティープルチェース・クロスカントリーに強い関心を見せたようで、代表参加方式から全員参加方式への変更とコース設定を長く広くと要望したとのことです」

「意外の念を禁じ得ません」

 

 烈は元々、若い魔法師が軍事の犠牲になってほしくない、という本音を風間は知っている。一方、スティープルチェース・クロスカントリーはコースが長ければ長くなるほど完走率がかなり下がるだけでなく、魔法師としての人生を失うリスクも高くなる。

 烈の心変わりを疑いたくなるような行動だが、長い事魔法師社会に影響を与えてきたかの人物がそんな急に変わるとは、風間には思えなかった。

 

「では、九島閣下の行動には裏があるとお考えなのですね? そして……藤林少尉も無関係ではないと」

「あの方がそう簡単に宗旨替えを起こすはずがないと思っております。そして、少佐にとっては良くない知らせかもしれませんが、藤林家も九島家に同調する形で何かをしようとしております。少佐は藤林少尉の動向に注意を怠らないでください」

「了解しました」

 

 決して響子の人格を疑っているわけではない。だが、彼女の実家が関わっている以上、風間の部隊が待機を命じられるのは当然の流れであった。それに関して異を唱えることは一切なかった。

 

 司令室を出た後、風間の思考は副官である女性士官の事よりも二人の特尉―――悠元と達也のことに注意を向けていた。彼らは特務士官である上、とりわけ悠元は軍人魔法師としての戦闘禁止を条件とした特務士官である。

 彼らが舞台となる九校戦に出る可能性が高い以上、このことを伝えておかなくていいのだろうか、と考えた。佐伯が「大黒特尉」や「上条特尉」の話を持ち出さなかったところを見るに、彼らに明かすべきではないのだろう。

 

(だが……達也はともかくとして、悠元は動いているのかもしれない)

 

 悠元は、第101旅団特務参謀という立場だけでなく神楽坂家次期当主という立場にあり、昨年の春に情報部―――十山家(国防軍上では“遠山”という名字で登録されている)からの要請もあって佐伯の命令権で悠元に出動命令を下した一件が未だに尾を引いている。

 加えて、パラサイト事件ではその先鋒として悠元が参加しており、彼の一存で独立魔装大隊への協力を取りやめた経緯があることを風間は悠元から聞き及んだ。その理由は響子経由で九島烈にパラサイトの存在を知られたくない、というものだった(彼がパラサイト事件の時、関東にいた事実は風間でも知らなかった)。

 

(まさか、九島閣下は先日のパラサイト事件で何かを得て、九校戦でそれを試そうとされているのか?)

 

 その九島烈が積極的に九校戦の新種目へ干渉した……そこまで考えた上で、風間の中には一つの嫌な予感が過っていた。それは、パラサイト事件に関係した何かなのではないか、という最悪の可能性に触れるものだ。

 だが、現状では可能性という域を出ず、風間の部隊は響子のこともあって待機を命じられている。風間は彼らに連絡する義理自体はないものの、そういったところでの積み重ねで信頼関係を失うのは避けたかった。

 それだけでなく、悠元と達也が最悪の可能性に対処する場合、引き起こされるであろう大惨事(カタストロフィ)を想像するのであれば、彼らに連絡を入れないことの方が拙い……と、そう考えざるを得なかった。

 

(仮にそうだったとするならば、悠元と達也は間違いなく対処に動くこととなる。九島閣下もそれを想定して動かれているとするなら……いや、それ以上は自分の及ぶ範疇ではないな)

 

 風間が考えたこと―――烈の行動の対処にあの二人を保険として使うこと自体は理に適った行動とも言えるが、達也はまだしも悠元は快く思わないであろう。昨年夏の師族会議に関わる話は悠元から聞き及んでいるが、その時の印象が残っているとすれば九島家の行く末が心配になり、自身の部下である響子の実家もその影響を受けることになるだろう。

 だが、自身が関われるのはあくまでも国防軍の範疇に携わる部分だけ……そのことを風間は再確認するように思案した。

 


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