魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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不思議な奴の評価

 長野(ながの)佑都(ゆうと)、もとい三矢(みつや)悠元(ゆうと)。それが彼の名前だ。

 

 彼との出会いは3年前の沖縄旅行だった。当時深雪のガーディアンとして母から厳しく躾けられていた俺は彼とその兄―――恐らく三矢(みつや)元治(もとはる)―――と出会う。第一印象では打算的という感じには見えなかったが、兄の方は母に対してどこか怖れというところも垣間見せていたので、変に警戒する必要もないと感じた。

 那覇空港で別れた時、深雪が何処か名残惜しそうな表情をしていたのはよく覚えている。今にして思えば、深雪が自分から誰かに興味を持った存在は悠元が初めてだろう。

 

 二回目は黒羽貢の個人パーティーの時。俺はその時疑問に感じていなかったのだが、俺が文弥や亜夜子と接している光景に疑問を感じた深雪がそこに参加していた彼を見つけ、密かに相談していたらしい。

 あまり他人に対して深い接点を持たないよう過ごしてきた深雪が話していることに少し警戒してしまった。その彼は俺にも礼をして帰って行ったが、それは深雪の兄としてなのか、それとも深雪の護衛としてなのかは解らなかった。

 

 三回目は母上の提案でクルーザーに乗ろうとチャーターしたところ、その同乗員だった。同い年なのに計器類を的確に把握し、無線で流暢に英語を話し、更には見たことがない銃型CADで魔法を放った。

 その時悠元が魚雷に使ったのは加重・減速系魔法だと解ったが、それを口にはしなかった。魚雷を調べた後でそれを沈め、俺が[分解]で魚雷を無力化した。潜水艦については彼が“消滅”させていたが、その時は潜水艦や魚雷に意識が向いていて気が付かなかった。こればかりは俺の怠慢だろう。

 入学式の後で尋ねたら、あれは加重系と[分解]の複合術式で潜水艦を消し去ったらしい。俺以外にも[分解]の魔法を使えるのは驚いたが、他の誰にも言う気はない。下手すれば俺の使える魔法のことも明るみになってしまうから。

 

 四回目は恩納空軍基地でのこと。俺に敗北を喫したジョーから悠元の話を聞き、ここまで来ると打算的に深雪への接触を図っているのではと疑って彼に勝負を持ちかけた。四葉のガーディアンとして訓練を積んでいたことに過信はしていなかったが、同い年ぐらいの相手に負けないという自信はあった。

 悠元が魔法師という情報を持っていたことから、俺は[術式解体]を使う構えをとった。だが、彼が自分の目の前から消えたと同時に、手刀で気絶させられた。数分後に目を覚ました時には、その姿はなかった。真田中尉からは『本当は戦いたくなかったらしい』と言われた。それは俺との実力差云々ではなく、俺の傍にいた深雪が理由だった。

 

『佑都さんが悪いわけじゃありません。私から彼に話しかけているんです。兄さんはちゃんと反省してください』

 

 悠元が何を言っても聞くとは思えないからこそ、彼は深雪に誤解を解いてほしいとお願いしていた。

 そこまで言われて俺は自分のしたことを恥じた。悠元への必要以上の嫌疑は、ガーディアンとしての義務というよりも俺の中に残っている『深雪への強い情動』によるものだと改めて感じさせられたからだ。

 その後、真田中尉の話を聞いて興味がわいた研究室で真田中尉の話に夢中になっていた俺は、ふと深雪の姿を探すと彼女は誰かが座っているデスクの人と親しげに話していた。そんな様子を見るのは家族や穂波さんなどの親しい人ぐらいだっただけに、気になって近づいてみると……それは先ほど手合せした悠元だった。

 

 彼は深雪にクッキーの入った包みを手渡していて、俺は毒見のつもりでその袋からクッキーを手に取り、口にした。チョコチップクッキーだが、俺にとっては好みと言える甘さだった。この時、俺の悠元に対する印象は『深雪に心を開かせる不思議な奴』へと変わった。思えば、この時から俺も悠元に関して深雪と同じような存在だと思い始めたのかもしれない。

 

 別荘に帰ってからそのクッキーを食べた女性陣が揃って難しい表情やら『負けた……』という言葉が漏れていたが、男性の俺には理解できない世界だった。後日、別件で悠元にこのことを聞いても彼にも分からなかった。魔法を学んでいても分からないことはあるというのは不思議だと思う。

 

 そして、大亜連合軍が沖縄へ侵攻したあの日。

 

 悠元は深雪を守った。深雪が悲しむ姿を見たくはない……彼に対して俺は[再成]を使った。その際に自分も保有している自己修復術式のような反応が見られたが、そのことは心の奥にしまい込んだ。

 その時から、俺にとっても悠元の存在は冷め切った自分の心に何かを感じさせるほどの人間だったと言えるかもしれない。

 彼が国防軍の特務士官だったこともその時に知った。ならば国防軍の基地にいても不思議ではなかった。俺は結果がどうあれ深雪に手を掛けたという理由で参戦を希望した。その中には悠元に対する恩義も含んでいたのだろうと思う。

 

(凄いな……)

 

 彼は右手に握った刀剣一体型CADで数十人の兵士を瞬く間に斬り伏せ、斬られた兵士は超高温の炎に包まれて骨一つすら残らない。

 左手に持っていた銃型CADで複数構造同時展開型の防御魔法を射線上に飛ばして、生き残っている兵士を水平線の彼方へと吹き飛ばす。あれは今思えば十文字家の固有魔法である[ファランクス]の攻撃派生型だろうと推測する。

 海上に姿を見せた艦隊を見て、悠元は真田中尉に例のライフルを打診。それはあの時悠元が真田中尉に渡したケースであり、[サード・アイ・ゼロ]と名付けられたライフル型ブースターである。これを雛型に俺が使うことになる[サード・アイ]が設計されるが、それは今置いておく。

 それを用いて俺は実戦で初めて質量分解魔法[質量爆散(マテリアル・バースト)]を使用。その間の防御や魔法による津波を見事に対処しきった上で、彼は増援である敵の艦隊を戦略級魔法―――彼による呼称は光波振動系収束分解魔法[天鏡雲散(ミラー・ディスパージョン)]で艦隊などいなかったかのごとく消し去った。

 

『佑都さんのことは私が面倒を見ておきます。貴方達は先に東京へ帰りなさい。暫くは伊豆の別荘にいるといいでしょう』

 

 母上と穂波さんは目を覚まさない彼の看病ということで残ることになり、俺と深雪は一足先に本土へと帰った。そして、言いつけ通り伊豆の別荘で残りの夏休みを過ごすことになった。

 その際、『奥様』ではなく『母上』と呼ぶように言われてしまった。その時はこの変化に何があったのかなど解らなかったが、大人しく頷いた。深雪に話したらとても喜んでいたので、これで良かったのだと思うことにした。

 

 今回の一件で深雪は俺のことに対する敬愛も含めて『お兄様』と呼ぶようになった。それに加えて深雪は悠元に対して想いを募らせるようになった。

 恋ということに関して情動の感覚は鈍い自分だが、知識として深雪がどういう状態になっているかは読み取れる。そこから深雪に問いかけたが、「わ、私はそこまででは……ない、ですよ?」と頬を赤らめて途切れ途切れに返している時点で説得力が皆無だった。

 

 加えて母上経由で送られてくる彼からの贈り物に喜んでいて、妹が悠元に対して作るバレンタインチョコも洗練が重ねられている始末。ここまで見ると悠元に対して義理チョコを贈っているだなんて見えないと誰だって思う。俺もそう思う。

 それでも深雪は『命を救ってくれた人であり、お兄様と同じぐらい大切な人です』と言い張っているが、単に自分が悠元を好いているなどと認めたくないだけではないだろうか。

 それを見た母上は深い溜息を吐いていた。普通の恋愛をしたことがない母上からしてもどう教えていいのか解らないのだろう。

 

 自分も同意見だと述べると、母上は俺を見ながらもう一つ溜息を吐いた……何故だろうか。

 

『御曹司、実はうちにとんでもねえハードウェア設計のプロがいましてね。偶にしか会わねえんですが、若大将って呼んでるんです』

 

 それからCADのことでFLT社に親のコネで入り込むようになって、ハードウェアにおいて超一級品の設計ができると牛山主任から聞いた俺は『上条洸人』という名で在宅勤務している人間から依頼されて来たプログラムに対応するハードウェアの設計図を見た。その瞬間、それが[サード・アイ・ゼロ]の設計思想を受け継いだ上で小型化した超高性能のCADであることに気付き、洸人が悠元ではないかと疑ってメールを送ったところ、本人は肯定した。

 彼の提案で[トーラス・シルバー]として活動するようになり、俺の使用しているCADも彼のハードウェア設計能力あってこそである。ただ、彼の非凡さは表に出せないものであり、俺も深雪には話せなかった。口止めの代わりとして俺もシルバー・ホーンのカスタマイズを全面的に依頼している。

 悠元なら俺の使える[分解]も[再成]も知っているため、その専用ストレージ開発もお願いできるというわけだ。真田中尉曰く『悠元君の組んだ起動式は難解すぎて僕でも解読できない』らしく、彼に聞けば『感覚で組めるから論理的に説明できない』らしい。俺からしたら、悠元は埒外の天才だと思う。

 

 そんな彼が本当は十師族の一人―――それも『三矢家』の人間だった。

 一高では悠元の兄や姉達(主に次女と三女)が成したことのせいで三矢家は『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』などと噂されていた。その意味で俺も無駄に警戒していたのだろう。

 だが、彼は変わっていなかった。十師族だからという理由で威張ることもなく、俺に手を差し出した。友人になりたいという彼の言葉を受け取り、俺も手を出して握手を交わす。

 その後、うちの妹が彼に対して突撃するといわんばかりの勢いで彼に抱き付いたことは驚いた。ただ、これでも深雪からすれば恋愛ではなく敬愛からくるスキンシップなのだろう。やっていることは恋愛感情に近いが、そのことは一々ツッコまずに置いておこうと思った。

 

 そういえば、沖縄防衛戦の後、俺たちの後で帰ってきた母上が心なしか若返っていたような気がした。彼に聞いたら『治療はしたけど若返りなんて原因が分からないよ……』と言っていたので追求はやめた……彼も母上に苦労しているのだな、と思ってしまったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 司波家に生活の拠点を移しての初めての朝。

 悠元は近くにあった端末で時間を確認して溜息を吐く。時間は朝5時―――いつもの時間に目を覚ましてしまう自分を恨みつつ、意識をハッキリとさせるためにシャワーを浴びてリビングに来たところで深雪がキッチンに立っていた。調理台の整頓具合を見る限りでは朝食の準備を終えた感じだろう。深雪は悠元の姿に気付いてあいさつを交わす。

 

「おはようございます、悠元さん」

「おはよう、深雪。もう制服を着てるけど、まだ学校には早くないか?」

 

 学校の始業時間は8時丁度。司波家から学校までは30分程度なので、そこから逆算しても1時間以上は余裕がある計算だ。すると、深雪が掛けていたエプロンを外した上でこう述べた。

 

「今日はお兄様の鍛錬に私も顔を出そうと思いまして。それに、悠元さんのこともありましたので」

「俺の?」

「はい。入学初日の時に兄が鍛錬をしに行っていたのですが、その際に九重先生から『その佑都君は僕も会ってみたいね。深雪君の入学報告はその時でもするといい』と仰ったものですから」

 

 九重(ここのえ)八雲(やくも)。叡山の末寺と謳う九重寺(きゅうちょうじ)和尚(かしょう)で、九の数字を冠することから九島(くどう)家との関係もある人間。れっきとした“忍び”―――古式魔法に属する忍術(にんじゅつ)使いである。世俗を捨てた坊主なのに『手を出さなければセーフ』と言い張り、剛三爺さん曰く『煩悩を捨てきれていない生臭坊主でエロ坊主』という評価だった。

 酷い言われようだが、実力があることも確かだ。何せ、上泉家に伝わる忍術と同系統の使い手であることも聞き及んでいる。

 すると、トレーニング着姿の達也も起きてきた。挨拶を交わしたところで深雪が二人にコップを差し出し、それを飲み干す。律儀に礼をしてからコップを返す。その一連の呼吸を深雪に支配されたような感覚だった。

 

「さて、俺は行ってくるんだが、悠元もどうだ?」

「折角だからお言葉に甘えるよ。その九重さんから俺のこともってさっき深雪から聞いたけど」

「お兄様、なので私もご一緒します」

 

 深雪はそう言って朝食の入ったバスケットを持ち上げた。随分準備が早いんだな、と達也はそう思いつつ深雪の制服姿に少し不安を覚えた。それも見越したうえで深雪が呟く。

 

「私ではもうお兄様の鍛錬についていけませんから。今日は先生に入学のご報告をするだけですので」

 

 流石に制服姿の彼女が鍛錬に参加することはないが、それを見た時の『彼』の反応に対してだ。すると、達也は悠元に視線を向けた。

 

「そうか。まあ、深雪が俺と同じ鍛錬をする必要もないんだが、そういうことなら師匠も喜ぶだろうな。流石に他人の前で箍を外すようなことはしないと思うが……もしもの時は頼む」

「安心しろ。爺さんから『エロ坊主が本性を見せたら遠慮なくお見舞いしてやれ。儂が許可する』と言われている」

 

 達也に対して、抑止力としての役目は果たすという悠元の言葉に二人は思わず苦笑を零したのであった。

 

 その九重寺へは徒歩……という表現は妥当ではない。三人は魔法を使って時速60キロほどのスピードで移動している。

 深雪はローラーブレードで重力加速度低減・移動ベクトルの操作の術式を使用しての移動。

 達也は加速系統―――キックによる加速力増大と移動系統―――上方への跳躍抑制を用いて走る。

 そして悠元の場合は残留想子が残らないほどの最小出力で移動ベクトル制御・重力制御・慣性速度制御の複合術式を発動して走る移動方法。魔法に対する発動時間は二人に比べて短いが、それを体術の技能で補完している形だ。

 

 一歩ごとに術式を起動しなければならない達也、一瞬も術式のコントロールを手放せない深雪、達也よりも短時間・小出力かつ複合した術式の発動をしなければならない悠元。

 各々自らに課した訓練をしつつ、一路九重寺を目指すのであった。

 


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