魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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単純に出来ていたら苦労なんて負わない

 理璃からの情報提供もあって、生徒会や部活連ではそこまで大きな騒ぎとならずに済んだ訳だが、これが当初その競技に出れる予定の生徒となれば話は変わってしまう。九校戦に向けた練習自体は公式サイトでの発表を待ってから行う予定であったのが救いと、それに加えて追加された3つの種目に詳しい人間がいたのは不幸中の幸いとも言えよう。

 その負担が圧し掛かったのは悠元とセリア……奇しくも前世では兄妹であった二人であった。同じ一高の生徒に対するルールの資料作成のため、東京にある神楽坂家の別邸で作業を進めていた中、セリアが悠元に問いかけた。

 

「それで、お兄ちゃんは何でシールド・ダウンの細かいルールを知ってるの?」

「新陰流剣武術では似たような鍛錬をすることがあったからな」

 

 硬化系魔法の精度を上げる訓練の一環で、手に持ったもので対象を破壊する訓練を行っていたからだ。一例としては、泥だけで出来た球で金属の壁を貫通させるという物理法則的に無理な課題を出されたことがある。

 手に持っている盾で相手の持っている刃物を破壊することもあり、その訓練にはシールド・ダウンのルールの殆どが組み込まれている。あとは、異性間でどうしても手合わせする場合の配慮として行われている経緯がある。

 

「ロアー・アンド・ガンナーも細かいルールは読み込めたが、やっぱりスティープルチェースは高校生がやるべき代物じゃない」

「スターズでもやることすら躊躇うし、もう少し距離は据え置くものというのに……全長4キロはやりすぎだと思う」

 

 いくつかのルールに関しての疑問は既に運営委員会へ送信しており、その結果次第で今後の行動が決まることになる。悠元は一息吐いた上でセリアに話し始めた。

 

「セリア。今回の件は正直腹が立っている」

「……いや、そりゃ腹が立つと私も思うよ。だって、投げやりに近いもの」

 

 元々は九島家の企みに関して、烈は達也ありきの実験計画を立てていた。深雪が九校戦に出る以上、競技に伴うもの以外の危険を達也が看過できるとは思わないからこその軌道修正だが、ハッキリ言って気に食わない。

 しかも、今回の場合は悠元も抑止力として考えている可能性が高い。このことに関しての判断情報は彼の孫である光宣から齎された「最近の烈の様子」に関する相談で表面化した形だ。

 

「先日偵察をしたが、その時点では暴走に繋がる様相は見られないものの、絶対という保証なんてできない」

 

 九島烈はピクシーにパラサイトが憑りついているという事象は認識できている。だが、その詳しい経緯は彼ですら知らない。烈は何らかの忠誠術式がピクシーに働いていると推察してパラサイドールに制御術式を仕込んだのだろうが、ピクシーとパラサイドールの出発点は違えども決定的に異なる点がある。

 それは、ピクシーにはパラサイドールに存在しない“想念による自我”を有している点にあり、ピクシーの忠誠心も自我を写し取った対象であるほのか―――エレメントの一族が持ちうる依存体質が想念に含まれた結果だということ。

 

「『フリズスキャルヴ』の検索履歴から顧傑がパラサイドールのことを察したのは気付いた。近いうちに周公瑾が動くこととなるな」

「……彼を殺さないのは、何かあったりするの?」

「顧傑のこともあるが、もう一つは大亜連合の動きだ」

 

 対外的な強硬派はなにもこの国だけに限った話ではない。原作で達也を宇宙に追い出そうと画策したエドワード・クラークもそうだ(断言はできないが、何らかの形でUSNAの伝手を使って達也を殺そうと目論んだ可能性はある)が、大亜連合にも一定数の強硬派が存在する。だからこそ、原作だと西果新島(さいかしんとう)(現時点では建設中)での事件も起こった。

 尤も、現時点では『灼熱と極光のハロウィン』で使われた戦略級魔法による報復を恐れてか、大々的な軍事行動は起こしていない。これが顧傑による発破をかけられた場合はまた状況が変わってくるだろう。

 

「七草家と周公瑾を切り離したことで、腹心である名倉が死ぬ確率は大幅に減ったが……油断は出来んな」

「どうして?」

「ちょっと調べては見たんたが……名倉が個人的に関わっていた仕事の中に周公瑾との接触があったのを確認した」

 

 元々の流れでは、弘一が名倉を経由して周公瑾から情報を聞いて九島家の動きを把握していたわけだが、そもそも名倉が周公瑾と何らかの関わりを持っていなければ、周公瑾がその筋の交渉ルートを見出そうとは思わなかっただろう。他に伝手を持っている国防軍経由では、確実に四葉家の知ることとなるのは自明の理である。

 名倉―――元の名は『七倉(ななくら)』。彼は“数字落ち(エクストラ)”の一人で、国防陸軍において制服組のキャリアを持ちつつも『殺し屋』のような任務に就くことが多かった。具体的には、重大な罪を犯した軍人や軍人魔法師、不法に入国した犯罪者を人知れず暗殺する役割を担っていた、と自分の調査で判明した。

 彼が手に掛けた対象の中には大亜連合の関係者も含まれており、周公瑾とはその際に面識を持った可能性が極めて高いだろうと睨んでいる。

 

「……お兄ちゃんは、名倉さんが自身の因縁を断つために(いとま)を貰ってまで周公瑾と接触する可能性を考えているの?」

「有り得ない話じゃない、とは思ってる。七草弘一と約定は取り付けたが、彼が含まれるかは微妙なラインだ」

 

 物事は言いよう、とはよくできた言葉である。仮に積極的な接触を命じなくとも、名倉が偶然立ち寄った店で周公瑾から接触して情報提供をしてくる可能性がある。弘一に聞かれたところで、名倉ならば適当な名を出した上で誤魔化すかもしれない。

 名倉が掴んだ情報全てを弘一に開示しない時点で、とても雇用主とその腹心で成立し得るような関係性に見えない。もしかしたら、名倉は七草家に対して何らかの“因縁”を有しているのかもしれない。それこそ、春の一件で起きた七宝家の七草家に対する執念(厳密に言えば琢磨個人が真紀に吹き込まれただけなのだが)のような何かが。

 

(……この辺は爺さんや元継兄さんに相談してみるか。流石に母上を動かすのは地理的な意味で拙いことになる)

 

 神楽坂家は元々皇族の守護を担うという本分を果たすべく、京の都の北西部に存在していた本家を痕跡一つすら残すことなく箱根へと居を移した。古くは平安時代から影となりて国の護りを見守り続けてきており、数多の権力者を記し続け……時には表側の人間を唆して葬り去った。

 その彼らの本分は陰陽道系古式魔法の大家であり、京都を中心とした畿内一帯の魔法使いを統括してきた西の護人の役割を数世紀にわたって執り行った。江戸時代末期に神楽坂家が京都を去った後、西側の古式魔法の統括という後釜を巡って一時的に争いは起こったが、九州にあった護人の一角が治めたことで一旦秩序は回復した。

 

 だが、九州にあった護人の一角は滅びたのだ。その原因は……御家騒動に端を発した内紛。その結果、一族が二つに分かれて全滅した。この事実があったからこそ、残った護人である上泉家と神楽坂家は、御家騒動の動きに対して目を光らせている。

 実際のところ、自分が転生した後の様子を見た元が内密に剛三へ相談しており、上泉家行きの打診をしたのは元治との家督争いを避けるためだったと昨年の夏に判明した。尤も、自分から早々に家督継承の拒否を示したことで御家騒動の回避に成功しただけでなく、元治とも良好な関係を築くことが出来た。

 

 話を戻すが、神楽坂家は陰陽道の技術をより高めるためにあらゆる技術の修得をしており(この辺は上泉家と同じ気質を持つ)、その中には現代魔法も当然技術の一つとして取り込んでいる。

 昔ながらの触媒や呪符、杖などといった魔道具自体の研鑽も含めて、やっていること自体は「伝統派」に近い気質を持ちうるが、伊勢神宮や出雲大社、太宰府天満宮などの守護を担っていることもあってか、伝統的な古式魔法使いからは割と好意的、或いは尊敬に近い崇拝を抱かれている。

 奈良にある高鴨神社(たかがもじんじゃ)、京都にある八坂神社(やさかじんじゃ)は現在神楽坂の分家が管理をしているが、それでも神楽坂が畿内でかつての勢力を誇っていた時よりも古式魔法の対立構図は複雑怪奇の様相を呈している。

 この辺が古式魔法と現代魔法における対立構図の一端を担っているのは言うまでもないため、護人の現当主である千姫を畿内に行かせるのは要らぬ火種を生む可能性がある。それを言ったら次期当主である自分も人のことは言えないだろうが。

 

「こういう面倒事が結果として俺や達也にぶん投げられるわけだが……ドイツ絡みもあるから油断は出来ん」

「ドイツって……レオとエリカだっけ?」

「ああ。しかも、俺の爺さんだけじゃなくお前の祖父―――九島健も関わっている」

「にゃんですと?……噛んじゃった」

 

 変なところで言葉を噛んでしまったあたりはリーナとそっくりなのはさておき、ルーカスがドイツを出て一時的にアメリカに身を寄せることとなった際、既に日本を追い出されていた健がルーカスをシールズ家の養子として迎え入れたのだ。その原因はルーカスが一族の決めた婚約者を不服としたところにある。

 別にその婚約者の容姿が気に食わなかったわけではなく、婚約者の弱みに付け込んでの婚約という事実にルーカスが気付き、時期尚早であったゲオルグの脱走計画を早めたことも婚約の件が原因だ。

 日本への駆け落ちという件も、有能であったルーカスを連れ戻そうとしたローゼン家の追跡を逃れるためであり、当時付き合っていた女性―――エリカからすれば母方の祖母にあたる人物が健や千姫と個人的な誼を持っていたこともスムーズに事が進んだ理由であった。

 

「そういえば、お祖父ちゃんの持っている写真の中にエリカと同じ髪の色の男性がいたかな。多分それかも……で、そっちはどうするの? レオとエリカは九校戦の本戦メンバーでしょ?」

「パラサイドール関連は『神将会』で受け持つが、ローゼン関連は祖父世代の尻拭いということで俺とお前も関わるべきだろうな。面倒極まりないが」

「それは口にしないで、お兄ちゃん……十二分に察してるから」

 

 奇しくも四人の孫世代が同じ学校に通うという奇跡の所業とドイツ絡みの面倒事に対し、悠元とセリアは揃って深い溜息を吐いたのだった。なまじセリアからすれば九島家という自身の親族絡みもあるだけに尚更なのかもしれない。

 

「……セリアに話してはおくが、今回の一件に関してローゼン家からの請求はしない。既に貰っているも同然の権利があるからな」

「何を貰ったの?」

「バスティアン・ローゼンの遺産。全遺産の約3分の1という相続権を爺さんから押し付けられた」

「……普通に考えたら、交渉しに来るんじゃない?」

 

 それもそうなのだが、自分の場合は話がかなりややこしいことになっている。

 まず、バスティアン・ローゼンが存命の時点で出会った時は『長野佑都(ながのゆうと)』を名乗っていた時であり、将来のこと(悠元が三矢の姓を本格的に名乗ること)も考慮して相続上の名義は剛三の名になっている。

 ドイツ絡みの一件については既にローゼン家から問い合わせが来ているらしいが、剛三はその一切を無視している。理由を現当主である元継から聞いた限りでは、ルーカス・ローゼンの名誉回復が先決であり、それが成されなければ相続権交渉に応じる気はない……というのが剛三の言い分である。

 しかも、剛三はローゼン家の交渉人に対して「相続の受取人は儂の孫だ。知りたければ勝手に調べるといい」と言い放ってはいるが……パーソナルデータ上では上泉家と三矢家の繋がりを悟られないようになっている。紙媒体による戸籍での確認は取れるが、電子媒体に記載しないのは上泉家が護人の一角を担っているのが最大の理由である。

 

「表面上、三矢家と母方の実家の繋がりは断たれている形だ。その当時は四葉絡みのこともあったからな……なので、俺に行き着くとするなら、それこそ『フリズスキャルヴ』で調べないと無理だろう」

「エルンストからしたら、完全に八方手塞がりってことね。レオとエリカの件を片付けようとしたらお兄ちゃんが出てくるような形になるわけだし」

 

 正直言って、危機感を抱くのは勝手だがレオやエリカを誘拐するとなれば話は別だ。ただ、自分が動くとなれば深雪も動くだろう。その一方、達也がどういった行動を起こすかはまだ分からないといったところだ。

 周公瑾をどこまで追いつめるかの判断は千姫に丸投げしたため、後はなるようにしかならないだろう。

 

「そんな大金なんて正直要らんが……事が済んだ後でレオとエリカに“ご祝儀”代わりで半分ぐらい譲渡するつもりだ」

「バスティアン・ローゼンの遺産の総額は知らないけど、軽く見積もっても兆単位のご祝儀なんて普通じゃないと思うな。で、残り半分はどうするの?」

「『恒星炉』とサブシステムである太陽光発電の建設費に全部突っ込む。用途に関して何かしら言われたわけじゃないからな」

 

 太陽光発電と悠元は述べたが、厳密には宇宙空間に太陽光発電システムを組むという計画。これは前世の空想上にあったシステムを疑似的に再現しようとする試みである。ただ、『恒星炉』もそうだが、既存のエネルギー供給システムを壊すつもりはなく、寧ろ積極的に活用する方策の一環として太陽光発電システムの抜本的な改良をするつもりであった。

 余力を“無駄”として切り捨てる考え方ではなく、ただでさえ災害の多い日本の事情を鑑みれば、エネルギー供給能力は十二分に確保しても問題はない。発電能力に余力を持たせることで設備の寿命を延ばす―――その一つが定率制御(フラットドライブ)フィルターを発電機や配管に実装する装置の開発だ。

 装置自体は一応完成しており、その実験稼働ということで神楽坂家が所有する太陽光発電システムで試験を行っているが、余分な熱が外部へ漏れなくなったことでほぼ100パーセントの熱交換を実現した。あとは発電機の摩擦などによるロス部分まで減らせれば、太陽光発電のエネルギー効率は極めて高い水準までもっていけることになる。

 

 宇宙空間であれば大気による太陽光の減衰をほぼ気にすることが無くなる。基本的なメンテナンスなどの問題も魔法による方法で解決できると踏んだ。

 ただ、この設備に関しては世界に対して教える気にもならない。その理由は、この技術が世界に広まれば何らかの形でそのエネルギーを享受できない地域が発生してしまうことに加え、安定した供給を行うためには赤道直下から南北プラス30度に発電受信機を置かなければならない。

 そうなると、東南アジアやSSA(南アメリカ共和国連邦)はまだいいとしても、世界群発戦争によるエネルギー資源の奪い合いによって無政府状態であるアフリカがまた戦火に晒される危険性がある。

 下手をすれば第四次世界大戦にもなりうる可能性を秘めているため、このことは前世の身内であるセリアにも話せないと判断した形であった。

 




 ルーカス・ローゼン辺りのことは原作から変更しています。理由としては、彼がゲオルグ・オストブルグを逃がしたことでローゼンの後継者から外されたのに、ローゼン家が態々婚約者を用意するのか? という疑問からくるものです。
 若くして有能だと言われたルーカスを飼い殺しにするための婚約という線も考えましたが、護衛として連れて行ったゲオルグを日本に亡命させた時点でローゼン家から勘当されてもおかしくない筈なんですよね。それこそ『カーディナル・ジョージ』みたいな功績を上げていれば話は別ですが(奇しくも真紅郎も同じ年ぐらいの時に基本コードを発見している)。
 その功績と引き換えにルーカスの責任を追及しなかったのなら話は通りそうですが、そういった記述もなかったため、このような展開にしました。

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