魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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些細な癇癪と三つ目の厄介事

 競技変更のショックから数日で選出メンバーの陣容がほぼ固まった。この辺は理璃からの情報提供が一番大きいだろうが。

 7月7日。土曜日のこの日、新代表による練習が始まっていた。3日後には1学期末考査が控えているこの状況で、というのもあるだろうが、選手としては新競技に慣れておきたいという思惑があるからだ。

 

 まずはシールド・ダウンのソロ同士での戦いということでエリカと由夢が戦うことになったわけだが……もともと高い自己加速能力を悠元の教えでさらに強化されたエリカ。対するは雷光の如き速力を天神魔法で付与することに長けている由夢。一体どうなったのかといえば、開始直後から盾同士の衝撃波しか見えないような有様へと化していた。

 これを見た服部が「これが高校生同士の試合なのか?」と呟いたのは、正しく誰もが抱くであろう感想だと思う。

 

「あー! もうちょっとで行けたのに!」

「いやー、あそこでギアを上げないとエリカっちに吹っ飛ばされてたよ」

 

 結果としては、由夢がエリカをリング外に弾き飛ばして試合終了。ただ、由夢からすれば“紙一重”のレベルだったようで、下手すれば負けていたというのは世辞抜きの感想である。なお、それを見ていた紗耶香と千倉が揃って冷や汗を流したのは言うまでもない。

 

 男子の方はと言うと、沢木・レオのペアと桐原・十三束ペアが対戦していた。レオはアイス・ピラーズ・ブレイクのペアに選出されているが、今日は女子の練習割り当てになっているために達也がお願いをした形である。

 

(レオが承諾していなければ悠元も考えたんだが……流石に深雪を不機嫌にさせるわけにもいかないからな)

 

 悠元の持つ『相転移装甲(フェイズシフト)』は硬化魔法系統において最上級クラスの防御力を有しており、シールド・ダウンでは無敵と化す。しかも、先日の理璃との戦闘で見せた『ミラーフォース』のことも考えると……勝ち目を見出すことが困難とも言えるだろう。

 なお、その悠元はここにおらず、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの練習のために一高専用の練習施設にいた。彼に頭を撫でられている深雪はというと、頬を軽く膨らませつつも紅く染めていた。

 

「……何なんですか、あの防御術式は」

「そりゃ、深雪なら『氷炎地獄(インフェルノ)』を使ってくるのが分かっていたから……そう拗ねないの」

「拗ねてません。納得がいかないだけです」

(それって拗ねてるってことよね?)

 

 二人の会話に対して、聞いていた花音が内心でツッコミを入れた。

 最初は深雪と花音・雫のペアで対戦したわけなのだが、ペアによる魔法展開領域の干渉という問題によって深雪が立て続けに5連勝もしていた。これでは深雪の練習にならないだろうと思っていたところで、ロアー・アンド・ガンナーの調整を終えて顔を見せた悠元に白羽の矢が立った。

 奇しくも昨年の新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝した二人。しかも、学校内では知らぬ人がいないと言われるまでの恋人同士。これには新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する泉美も見学しつつ興奮していた。

 

 深雪は昨年の悠元のパターンを思い出しつつ、『氷炎地獄(インフェルノ)』で悠元サイドの氷柱を一気に溶かす作戦を取った。一方の悠元は、『ミラーフォース』を氷柱を覆うような形で展開。氷柱と周囲の空気を隔離する障壁魔法を見た深雪は直ぐに圧縮空気を使う魔法へと切り替えるが、『ファランクス』以上の防御力を有する『ミラーフォース』の守りを突破できなかった。

 これでは『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』を使ったとしても勝ち目がないと思っていたところに、悠元が『天壌流星群(ミーティアライト・フォール)』で深雪サイドの氷柱を全て砕いた。

 悠元の完勝になったわけだが、この結果に対して深雪が拗ねるようにしつつ悠元に抱き着く形となった。そして、今に至るという訳だ。

 

「私はお兄様や悠元さんのように新しい魔法を生み出せません」

「いや、それが普通だからな……雫、どうにかならない?」

「こればかりは悠元の責任。ファイト」

「すっごい投げやり感満載だな、オイ」

 

 なお、泉美に関しては「流石悠元お兄様。これは『クリムゾン・プリンス』相手でも勝てますね」などと述べていた。自分が行動する度に彼女の中の自分に対する評価が天井知らずになっているのは……どうにかなってほしい、と願うことしかできないだろう。

 

「いやー、昨年の言葉通りになるとは思ってもみなかったけれどね」

「千代田先輩……そうだ、先輩。実は振動系の魔法で試作した奴があるのですが、試してみます?」

 

 そう言って悠元は近くに置いていた自分用の端末を操作し、その起動式を花音に見せた。花音だけでなく、深雪や雫、泉美もその起動式を見ることとなり、花音が思わず悠元に問いかけた。

 

「これ、うちの家の『地雷原(じらいげん)』のバリエーションってところ?」

「『地雷原』というよりは『共鳴破壊』と言うべき代物ですが、元々のベースは『地雷原』の系列に近いです。どうします?」

「まあ、本番まで試せるものは試しておきたいし、啓から悠元君の魔法に関して聞いてるから」

 

 そして、深雪と花音・雫の6戦目となる模擬戦が開始。流石に6回目となるとお互いの手の内というよりは心理戦の様相を呈した。結果だけ見れば深雪がまた勝利を収めた形ではあるが、その内容はペア側からすれば劇的に改善されていた。

 

「深雪先輩が残り2本まで追いつめられるなんて……」

「あんな小さな魔法展開領域で『地雷原』以上って凄いわね。雫の『フォノンティアーズ』も凄いし」

「悠元や達也さんでないと調整できませんが。でも……」

 

 花音と雫が見つめる先では、深雪が不機嫌を隠そうとせずに悠元へ抱き着いていた。似たような光景を昨年の九校戦で見ている雫としては羨ましくもあったが、ここは我慢することとした。

 

「悠元さん、私に新しい魔法をください」

「……分かった。あと、時間が空いたら一緒に買い物にでも行こうか」

「約束ですよ?」

 

 悠元から満足した答えを聞けたのか、深雪は抱き着くのをやめたが悠元の傍から離れずにいた。その光景を見て、花音は以前焚き付けた側として思わず笑みを零したのだった。すると、休憩ということで雫が悠元の隣に移動していた。

 

「ところで悠元、今年はどの魔法を使うの?」

「そうだな……正直なところ、迷ってる」

「迷っているのですか?」

 

 深雪が模擬戦の相手だったからこそ『ミラーフォース』と『天壌流星群(ミーティアライト・フォール)』を使用したわけだが、昨年の場合とは置かれた状況が異なる。特に今年はかつての十師族としての自分ではなく、護人としての自分の魔法を見せなければならないだろう。

 

「相手の度肝を抜かせるだけなら、それこそ『インビジブル・ブリット』が一番効果的だろうが、正直二番煎じになるだけだし……」

 

 そう零した理由は単純で、ロアー・アンド・ガンナーで『インビジブル・ブリット』をベースとした()()()()()を英美、燈也、そしてセリアに提供することで達也と合意したからだ。英美のものは散弾式のものだが、燈也とセリアに関しては本人たちの魔法資質に合わせたチューンを施している。なので、自分が『インビジブル・ブリット』を使う理由にならないのだ。

 

「それに、ピラーズ・ブレイクに出てくることが想定されるのは将輝だし……“アレ”にするかな」

 

 悠元はCADを操作して氷柱を瞬時に生成し、思いついた魔法を相手サイドが想定される氷柱間掛けて撃ち込むと、12本の氷柱のほぼ中央に出現した魔法式―――それが瞬く間に相手サイドを覆いつくす形で複写展開され、氷柱は瞬時に気化して膨大な量の水蒸気が空中に舞った。

 氷柱を試合開始前の状態にまで瞬時に戻してしまう現象もそうだが、相手サイド側の氷柱全てを同時に気化させた魔法。花音は開いた口がふさがらず、雫は興味津々といった感じを見せていて、深雪はまるで自分の事のように嬉しそうだった。

 なお、泉美に関しては同じような現象が起きていたので説明を省く。

 

「よし、ぶっつけ本番だったが問題はないか」

「……ねえ、悠元君。魔法式を複写展開する魔法技術って聞いたことがないんだけど?」

「さっきの魔法―――『天澪環海(ゼロ・オーシャン・ブラスト)』のことですか?」

 

 原作だと『トゥマーン・ボンバ』の基幹技術である『チェイン・キャスト』を一条家の秘術である『爆裂』と組み合わせたのが、将輝が使うことになる戦略級魔法『海爆(オーシャン・ブラスト)』。

 

 だが、元が『爆裂』である以上は液体が存在する場所でないと強力な力を発揮することが出来ないし、『チェイン・キャスト』自体もかなり粗がある。何せ、ベゾブラゾフが大型コンピューターという補助を受けないと十全の力を発揮できない制約を抱えている時点で、悠元からすれば“欠陥技術”と述べる他ない。

 そこで、悠元が琢磨との模擬戦で使用した『スキャニング・キャスト』のデータを基に、より実戦的に仕上げた新型『チェイン・キャスト』を開発。悠元はこの技術に『リンケージ・キャスト』という名を与えた。

 

 『チェイン・キャスト』は魔法式に魔法式を構築する機能が組み込まれており、魔法式の複製は発動対象であるエイドス上で行われる。一つの魔法式を起点として投射座標と発動時点を変化させながら自動複製し連鎖的に展開される技術だが、これでは最初の魔法式を破られた際に大きな隙を生むこととなる。

 

 『リンケージ・キャスト』は魔法式自体に複写展開する機構を持たせるのではなく、魔法式の周囲に展開する環状(かんじょう)魔法式(まほうしき)が接続している大本の魔法式の演算に必要な変数を自動的に入力し、魔法の発動速度を制御することで連鎖発動や同時発動が使用者の任意で変更可能とした。環状魔法式に『スキャニング・キャスト』をベースとした複写展開機構を持たせることで、大本の魔法式に対する演算処理を大幅に減らすことに成功した形だ。

 さらに、使用者が指定した座標に投射される魔法式に対し、それを破壊するための手段は存在しないに等しい。この部分に用いられている技術は天神魔法の『水遁流転(すいとんるてん)』で、出現する一つ目の魔法式はあくまでも発動照準座標を固定するための“マーカー”でしかない。

 加えて、一つ目の魔法式から一気に展開した際、隠蔽の意味も含めて複数展開された魔法式の中に大本の魔法式が紛れ込んでしまうためだ。一つ目の魔法式が出てから広範囲に展開する速度は約100億分の1秒―――それを認識できるとなれば、もはや人間業でなくなる始末だ。

 尤も、現行水準におけるCADの処理精度を鑑みた場合、この技術を使えるのは悠元だけしかいないという代物なのは言うまでもない。

 

 そして、『リンケージ・キャスト』と組み合わせた魔法は一条家の『爆裂』を更に改良した相転移昇華魔法『昇環(しょうかん)』―――固体状の物質に多方面からの振動波を起こし、振動波の合成によって生じる急激な加熱で直接気体へと変換する魔法。この魔法は固体だけでなく液体にも使用が可能で、だからこそ分類上は「相転移昇華魔法」としている。

 『爆裂』のように液体を必須としないため、名称は敢えて『天澪環海(ゼロ・オーシャン・ブラスト)』と名付けた。なお、今のは仮組なのでそれ程の威力を出さない様に変数を設定したが、その気になれば新ソ連の全領土の地下にある永久凍土を一瞬にして気化させることが出来る。

 つまるところ、この魔法も戦略級魔法ではあるが、今のところは最大威力で使う予定などない。国外の連中がこちらの排除を考えて行動してくるようならば、それに対して使うことも念頭に入れるつもりではある。

 

「さっきの魔法に使われている魔法技術自体は以前から考えてはいたものです。ただ、要求される演算規模が大きいため、現状は自分にしか使えません」

「……お姉さんの規格外さはあたしも味わっていたけど、悠元君も大概よね」

「誉め言葉と受け取っておきますよ。千代田先輩に雫、二人の練習はどうします? 何でしたら自分がコーチングをしますが」

「じゃあ、お願いしてもいい?」

 

 この後、花音と雫の魔法の息を合わせるために悠元がそのコーチングを担当することになったのだが、それを見た深雪と泉美にもコーチングを頼まれ、二つ返事で引き受ける形となった。

 結果的には達也の負担を軽くすることにもなるし、自分の魔法練習にもなると判断してこれ以上の疑問を抱くのは止めた悠元であった。ただ、悠元が放った『天澪環海(ゼロ・オーシャン・ブラスト)』を見た達也からは質問が飛んできたのは言うまでもない。

 

「魔法式で魔法式を複製とはな……可能ではあるだろうが、負担が大きくないか?」

「さっき思いついてからの仮組でしかないからな。精査が必要なのは理解してるよ……尤も、その技術の大本は『ハロウィン』の一件で知ったからこそだけれど」

 

 悠元がベゾブラゾフと対決(直接顔を合わせたわけではないが)したことと、彼の戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を悠元の戦略級魔法『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』で圧倒したことは達也も横浜事変の後で聞いており、先程の魔法はその魔法に使われている技術であると達也は察した。

 本来なら大型のCADによる演算が必要であると達也も推察はしたが、その必要を省いてしまった悠元の規格外さは、この世界にいる国家公認戦略級魔法師『十三使徒(厳密には十二使徒)』すら超えている……と推察するほかなかった。

 

「それと……深雪がまた我儘を言ったみたいだな」

「別にいいさ。自分にも責任があるのは事実だし、深雪が昨年の決勝で使った『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』は急拵えの代物だったのは否めない」

 

 昨年も深雪からのお願いを受けたが、当時は新人戦統括役だった忙しさもあって、渡していた魔法―――『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』の威力を『氷炎地獄(インフェルノ)』から極度に離れない程度で設定していた。それに、深雪が最も得意とする振動減速系:極度凍結魔法を軸とした魔法のアイデアはいくつか浮かんでおり、そのいくつかを深雪に提供するつもりでいた。

 なので、深雪からのお願いは『渡りに船』程度のお願いでしかなかったという訳だ。

 

「俺の目から見ても完成度が高かった起動式だというのに、それを急拵えなどと言えるのはお前ぐらいだろうな」

「事実なのは確かだからな」

 

 こちらとしても、九校戦自体の準備は早めに済ませるつもりでいた。その理由は九校戦に起こりうる二つの事項を早急に片付けるためでもある。そして、九校戦後にとある建造物の完成記念パーティーが開かれ、そこに関する動きも関係している。

 

 その建造物の名称は東京オフショアタワー。東京タワーや東京スカイツリーが担ってきた広域情報発信に加え、新世代の電波規格に対応すべく東京湾に建造された高さ2000メートルクラスという超高層建築物(ハイパービルディング)。地上360階と地下36階からなり、現行における最先端の耐震技術を採用することにより、既存の建造物を遥かに超える高層建築を可能とした代物。

 耐震技術についてはFLTから提供したジャイロドライブシャフトや油圧式ダンパーなどが採用され、特にシャフト部分の設計は悠元が前世での科学技術の記憶をベースに組み上げている。

 更に、魔法師優遇を掲げる過激派集団がそのタワーに潜入してテロを目論もうとする情報(現時点では噂レベルでしかない)が入り込んでおり、原作では存在しない大きな『プラスワン』の要素に、悠元は内心で溜息を吐いたのであった。

 




 『リンケージ・キャスト』については、バレなきゃ『チェイン・キャストを盗んだ』だなんて言われませんし、大幅に改造して別物になっていることに気付いたところで、声を上げれば『トゥマーン・ボンバ』の秘密をばらすことになりかねないというジレンマ。しかも、主人公に対して一度魔法を撃ち込もうとして返り討ちに遭っています。ここで利口になるかは不明ですが。
 最大威力なら戦略級魔法と化す『天澪環海』は『爆裂』の欠点である固体に対する干渉を可能とした完全上位互換版です。とは言っても、対人戦に使うなら『雲散霧消』の方が断然早いです。

 何かしらの要素を入れるべく、来訪者編アニメでの要素を取り入れることにしました。建築関連なら上泉家が関われる目算が立つと言うのも理由ですが。

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