魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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騒ぎを最小限の労力で収める手腕

 箱根、神楽坂家の本屋敷。その一角にある私室で一人端末と睨めっこしているのは、現当主である千姫その人である。『星見』や『九頭龍』からの情報の整理や当主としての仕事に加え、表の仕事である神坂グループの会長職として各分野に目を光らせている。

 すると、千姫の端末に連絡が入り、通話のボタンを押すとモニターに表示されたのは『九頭龍』の長―――八雲の姿であった。

 

『奥様、夜分遅くに失礼いたします』

「おや、このような形での連絡は珍しいですね、八雲さん。如何なさいましたか?」

『実は、奥様に許可を頂きたく思いまして』

 

 八雲は『九頭龍』の性質上、表向きになってはいないが超法規的な権限をいくつか保有している。その八雲が態々連絡をしてきた上に許可を願った。これには千姫が近くに置いていた扇子を広げて仰ぎ始めた。

 

「貴方が態々となりますと……『本山』へ問い合わせでしょうか? そうなると、九島家絡みですね?」

『お察しの通りでございます。達也君や深雪君からの追及は“P兵器”と躱せましたが、拙僧も独自に調べてみる必要が出てきまして』

 

 八雲が調べること自体に不満は一切ない。寧ろ、将来の危険を考慮して調べたいという意向は千姫としても歓迎すべきことである。なので、その許可については異存など無い、という意図を含めて千姫は声を発した。

 

「構いませんよ。今の叡山(えいざん)和尚(かしょう)は私の教え子でもありますので、彼も快く応じてくれるでしょう」

 

 陰陽道系の神楽坂家と宗教系統の絡みは神楽坂家が長年京都に本拠を置いていた頃からの付き合いであり、高僧の修行場ということで富士の山麓を訪れる際にその世話を担うことがある。上泉家と同様に数多の古式魔法を保有しており、千姫も高僧に対して教導を行うこともあるため、彼女の弟子は少なくないのだ。

 先代の“九重”を名乗っていた八雲の師匠も千姫の父親が一時期教えていたこともあり、八雲が『九頭龍』の長を務めているのはその縁もあったりする。

 

『助かります。来週末あたりに達也君を連れて行こうかと思っています……悠元君は動かないようですが』

「彼は学業に加えて部活連の副会頭―――今の服部君の後釜として最有力ですから、学業以外に意識を割けないのですよ。加えてドイツのこともありますから」

『少しばかり聞いておりますが、エルンスト・ローゼンのことですな。そちらは手を出さなくてよろしいので?』

 

 九校戦に出場するメンバーのことは千姫や八雲も既に把握しており、レオとエリカが本戦メンバーとして出場することとなっている。ここで問題となるのは、エルンスト・ローゼンがレオに気付いて早まった行動を起こさないかという懸念であったが……これについては千姫が八雲の疑問に答える形で言い放った。

 

「問題ありませんよ、八雲さん。レオ君を万が一誘拐するようなことがあれば、最悪お義兄様がドイツに直接飛びかねませんから……悠君とセリアさんなら、問題はないと思いますけど」

『国際問題になりそうな案件と言うのが何とも……』

「それに、悠君はバスティアン・ローゼンの遺産分割対象に含まれています。今のところは追加要求する予定などないそうですが、神楽坂家としては万が一襲撃が起きた際、ドイツ政府に対して抗議を入れることとします」

 

 千姫としては、ドイツ大使館に抗議したところでどうせ無視されるのが分かり切っていた。日本政府経由で一応ドイツ大使館宛てに抗議はしておくが、ドイツ政府に対してローゼン家―――魔法師の管理責任を問うつもりだ。

 

「なので、八雲さんは『パラサイドール』に集中してください。対処は……達也君は少なくとも深雪さん絡みで動くでしょうから、そのバックアップをお義兄様にお願いするつもりです」

『剛三殿をバックアップにですか』

「どうせ国防軍を唆す輩がいるのは分かり切っていますし、第101旅団は九校戦の補助を担当してもらいます。藤林少尉の関係で独立魔装大隊は動けないでしょうが……私個人のお願いならば佐伯少将や風間少佐も引き受けてくれるでしょう」

 

 千姫は、風間ひいては佐伯にも達也が動く際の“責任”を負ってもらうつもりでいた。

 独立魔装大隊がいくら十師族に頼らない魔法師部隊という目的があろうとも、「十師族に頼らない」ということと「十師族と対立する」のでは別次元の話になる。十師族が魔法師としての力を有する民間組織と言えども、国防軍の本来の目的である『国家を脅かすあらゆる外敵を退け、国家を守る』対象から排除してはならない、と千姫は考えている。

 

「達也君に対しては悠君に裁量を委ねていますから、彼が倒れない様に引き留めてくれると信じています……しかし、九島は些か深慮が足りませんね」

『九島の現当主は先代当主の力を羨んでおりますからな』

「せめて健が当主なら……我儘を言っていても始まりませんね。では、『追加調査』をお願いしますね、八雲さん」

『畏まりました、奥様』

 

 八雲が達也を連れて行くのは問題ないが、達也一人で全てを調べるのは難しいだろう。パラサイドール関連のことは悠元が既に調査しているが、その後の伊勢家からの報告で周公瑾が九島家を訪れたことが判明した。顧傑が『フリズスキャルヴ』でパラサイドールの情報を掴み、それを暴走させるための手駒を周公瑾に送り込ませる魂胆なのは言うまでもない。

 八雲や達也とは別口の調査部隊を動かすべく千姫は八雲との連絡を終えると、すぐさま別の相手に対して連絡を取り始めたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 7月8日、日曜日。達也がFLTのCAD開発第三課に出かけて行った。その目的は完全思考操作型CADに向けてのテストが大詰めとなっているため、『シルバー』である達也が出向いている。一方、『トーラス』である悠元は司波家の自室でレシーバーを付けつつワークステーションのキーボードを叩いており、モニターにはFLTから送られてくるCADのテストデータが表示されている。

 単一の無系統魔法の起動式を出力するというシンプルな機構であり、ハード面での精査はほぼ済んでいると言ってもいい。残るは無系統魔法の起動式によるハードウェアの最終調整を残すばかりであるが、悠元は表向きFLTの社員ではないために司波家でリモートワークをすることが多い。

 

(大方順調だな。想子消費も発動速度も問題は無し、と)

 

 完全思考操作型CADはローゼン・マギクラフトが世界初(悠元の『ワルキューレ』と『オーディン』を除けば)だが、専用の端末を携帯するには大型なため、その点で不便な部分があった。

 一方、FLTが発表しようとしている代物は専用のペアリングソフトをインストールする手間はあるものの、最近5年間で販売されているCADの約9割以上をカバーリングすることに成功している。

 

(しかし、原作で完全思考操作型CADに取り組むのは分かっていたが、まさか昨年のことを持ち出されるとはな……)

 

 それは、昨年の九校戦で真由美に頼まれて急拵えで組み上げたスピード・シューティング用の小銃型CADのことだ。あれは真由美の『魔弾の射手』だけに特化させたアーキテクチャやハード面の改造を施しており、使用後は『分解』で消し去っている。だが、達也は完全思考操作型CADの設計にあたり、そのCADの設計図を見せてほしいと要求してきたのだ。なので、記憶から『情報編纂(メモリーライズ)』でその設計図だけコピーして渡している。元々自分の手が入ったハードウェアから流用しているため、若干遠回りにはなるが魔法の発動速度自体に大きなロスが生じることはほぼないに等しい。これに関して「流石主任ですな」と牛山から言われたことにはキチンと反論しておいた。

 達也はそれでいて『バリオン・ランス』のためのアタッチメントまで開発していて、更には「ESCAPES計画」の核となる『恒星炉』のこともある。完全思考操作型CADが完成すればまずは一段落できると考えつつ、悠元は作業を進めていくのであった。

 

 昼食を済ませた後、深雪と約束をしていた買い物へ行くこととなった。

 というのも、最終テストで想定されていたバグなどは一切発生せずに無事完成したため、その時間が丸々空いた格好となったからである。悠元がリビングに降りてくると、ソファーで不機嫌となっている深雪に対して悠元は軽く息を吐いた。

 九校戦の準備が始まってからというものの、深雪は生徒会役員として、悠元は部活連副会頭として忙しなく動いている。とりわけ悠元は全競技の作戦指示や選手とエンジニアの擦り合わせ、更には自身も新人戦のエンジニアとして参加するためにミーティングをしたりするため、帰りが遅くなることが多く、深雪が先に眠っていることが多かった。一応公的な場では積極的なスキンシップを取らないようにしている(歯止めが利かなくなることを危惧してのもの)ため、多少なりとも深雪のストレスが蓄積された結果なのは言うまでもない。

 

「深雪、午後から買い物に行くか? どのみち約束していたことだし……まあ、無理にとは」

「行きます! 今すぐ着替えてきますね!」

 

 少々気が早すぎるのでは……と、リビングを早足で去っていく深雪とすれ違う形で帰ってきた達也は、深雪のいつになく明るい表情を疑問に思いつつ悠元に問いかけた。

 

「ただいま……悠元、深雪に何があったんだ? いつになく明るかったが」

「最近構ってくれなかったから不機嫌だったようでな。午後から買い物に行くことになった」

「そうか。水波はどうする?」

 

 達也の判断としては、深雪の隣に悠元がいるのならばガーディアンである自分がいなくても問題はないし、仮に自分が付いていったら『兄同伴のデート』という風に見られかねないと判断して、付いていこうとは考えていなかった。

 その上で水波に尋ねると、水波は『家事がありますので……』と丁寧に断っていた。悠元への好意を見え隠れさせていることは気付いているし、悠元自身も水波の好意に気付いている。悠元曰く「自分の気持ちは伝えたけど、それを聞いた水波ちゃんが気絶しちゃってな」ということで、水波自身の気持ちの整理だけという状態になっていた。

 実際のところ、水波からすれば悠元に対して一般的な恋人以上のスキンシップをしている自分の主人こと深雪のこともあり、自分の気持ちを明かしていいのかという心の葛藤が生まれていた。前の主人である深夜からも「いざとなったら誘惑して悠元君に抱かれなさい」という突拍子もない言葉を聞いて、顔を真っ赤にして倒れた経験がある。

 恋愛に関しては純粋かつ初心な水波の様子に、達也はこれが普通の恋愛感情なのだろうな……と考えたのだった。

 

 今回は渋谷副都心に最近できたばかりのファッションビルでの買い物となった。色々着飾っている深雪に対し、元の容姿がいいせいもあって何を着ても似合ってしまうので、月並みの感想しか言えないのはお決まりみたいなものだが。

 このビルは共同の商売をしているという形を取っているためにテナントごとの仕切りがない。なので、パーティードレス売り場のすぐ隣が下着売り場というフロア区切りが存在してしまう。とはいえ、今回は深雪の買い物に付き合うと割り切って行動していたわけだが……カジュアル服の試着室が丁度空いておらず、深雪の要望を見た店員が欲目を使ったのか、同じフロアの試着室に案内したのだ。

 

(……これって、本来達也が経験するはずのものだったイベントだよな)

 

 その空いていた試着室というのが、水着売り場の試着室であった。流石にこんな場所で男性が一人立っているのは要らぬ誤解を招くと思い、深雪に試着が終わったら連絡をするように言い含めた。深雪もこちらの事情を瞬時に把握して納得してくれたので、売り場を出て通路に出ようとしたところで学校の後輩である“二人”と出くわした。

 

「あれ、悠元兄!? ここ、水着売り場なんだけど……って、結構な荷物だね」

「悠元お兄様! もしかして、深雪先輩もいらっしゃるんですか!?」

 

 七草香澄と泉美の姉妹。香澄は悠元の手に持っている荷物の多さとそれを平気で持っている悠元の力強さに感心し、泉美は目をキラキラと輝かせていた。

 ちなみにだが、悠元と深雪の噂もとい恋人同士(厳密には婚約者だが)ということは真由美から聞かされてはいたが、泉美はその事実を受け入れた上で悠元に相変わらず好意を抱いている。彼女曰く「お兄様は私一人で御するなど畏れ多い存在です。寧ろ、女性が複数いてもおかしくないぐらいです」とのことらしく、これには聞いていた香澄も呆れるような表情を浮かべたらしい。

 その理由を聞かされた悠元も呆れるぐらいで、深雪に至っては冷や汗を流しつつ苦笑を浮かべていた。

 

「香澄に泉美。って、二人がここにいるということは……」

「ちょっと、何を騒いで―――」

 

 そう、この二人が護衛も連れずに歩いているとなれば、当然いるであろう存在―――試着室の一角のカーテンが開いて水着姿の真由美が二人を注意しようとした。だが、そこに悠元の姿があったことで顔を真っ赤にしていたのだ。どう取り繕っても言い訳にしかならないと判断して、悠元はこうハッキリと述べた。

 

「七草先輩。非常にお似合いですが、速やかに試着室の中へ。私以外の男性が見てしまうかもしれませんので」

「は、え、ええ……分かったわ……っー!!」

「流石悠元兄、お姉ちゃんの扱いを心得ているね」

「ええ。あれこそお兄様が成せる業ですわね」

 

 悠元の力強い言葉に言われるがままカーテンを閉めた真由美。その直後、明らかに声量を殺してはいるが、声にもならない叫びが真由美のいる試着室から漏れ出ていた。そして、香澄と泉美からは賞賛にも等しいような言葉が投げかけられたのであった。

 確かに真由美の水着姿は魅力的なのはいうまでもないし、小柄ながらスタイルがいい。それは客観的な事実でなくとも間違いはない。ただ、自分の場合は婚約者のこともあるため、真由美に対してそこまで好意的に見れない。無論原作知識のことも含まれていたりはするだろうが、一番の理由は彼女の実家関連が大きいのだろう。

 現当主である弘一と真由美が別の人間だということはきちんと認識しているし、だからこそ泉美との婚約も条件付きで復活を認めた経緯がある。この辺は理屈というよりも感情論によるものなのだろうと思う。

 




 七草家に周公瑾との関わりを断ち切らせたため、その辺りのシーンは全部カットしました。それでも烈が何かしらの動きをしていることぐらい掴んでいることでしょうが。その代わりとして神楽坂家のシーンを差し替える形で入れました。
 そして、原作主人公の代わりにイベントを受ける羽目になった本作主人公の図。
 
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