魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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弟子、空を飛ぶ

 翌日、帰ってきた達也らを出迎えることになったわけなのだが、深雪の表情が曇っているのに気付いた悠元が声を掛けた。すると、深雪は必要なことを言わずに悠元へ抱き着いたのだった。

 

「おかえり……って、深雪はどうしたんだ?」

「……悠元さん」

「えっと、その、悠元兄様」

 

 水波からの説明によると、P兵器もといパラサイドールのデータ提供を貢と亜夜子から受けたことで、自分の無力さに苛まれていた。この点は達也もフォローはしたのだが、それでも機嫌を直せずにいたらしい。

 それを聞いた上で、悠元は深雪の頭を撫でつつ諭した。

 

「とりあえず、玄関に立ったままは宜しくないから、荷物を置いて来るといい。話は後で必ず聞くからさ」

「……分かりました」

 

 深雪は名残惜しそうに悠元から離れると、荷物を持ったまま自室へと向かって行った。水波もそれに続く形となったのだが、達也が動こうとしなかったことに気付いた。

 

「どうした、達也? 二人に聞かれたくないことか?」

「いや……コーヒーを淹れていたのか?」

「気分転換に淹れようとしたら丁度帰ってきたってだけだよ」

 

 コーヒーの香ばしい匂いが玄関にまで漂ってきたので、それで気付いたのだろうが……もしかしたら、深雪の不機嫌の一端にもなっているのかもしれない。そう思うと内心で溜息が漏れそうだった。

 

「準備はしておくから、達也も荷物を置いて来るといい」

「そうだな。そうさせてもらうよ」

 

 達也らがリビングに揃ったところでコーヒーを差し出したのだが、深雪は悠元の腕にしがみつくような感じで身を寄せていた。こればかりは甘んじて受けつつも話を始めることとした。達也はデータカードを悠元に差し出した。

 

「まずは悠元、これを渡しておく」

「データカードか……これの内容は本家に?」

「コピーはしてあるから、この後送る」

 

 悠元はリビングに持ち込んでいた自分の折りたたみ型端末にデータカードを接続し、全てのデータをコピーした上でカードを達也に返した。所有権が達也にある上、もしもの時は簡単に『分解』できるという事情を踏まえての行動なので、達也から反論が出ることもなくカードを素直に受け取った。

 端末でデータに素早く目を通していく。前回の調査と比較した場合、新たに追加されたのは大亜連合から亡命した方術士のデータである。伊勢家からの報告を考えれば、間違いなく周公瑾によって手引きされた亡命者なのは間違いないだろう。

 

「国防軍の過激派が競技を変更し、それに乗じて九島家がパラサイドールの性能実験を目論み、さらに上乗せされる形で()()()の企みが加わった……面倒が重なるな」

「……悠元。どうしてパラサイドールの名称を知っているんだ?」

「達也らには黙っていたが、内密に伊勢家を動かして調査と監視をさせていた。後、黒羽家が動いたのは母上の指示によるものだ。何か聞いていたりする?」

「そういえば、叔父様は『追加調査』と仰っておりました」

 

 原作では、パラサイドールに至るまでの経緯をほぼ知ることなくその対処を達也に押し付けていた。だからこそ、達也はいつ動くか分からないパラサイドールに対して神経質になっていて、深雪に心配される事態になっていた。

 

「というか、“P兵器”というあからさまなネーミングからして想像が付くとは思ってたんだが……」

「流石にピクシーや俺と悠元の持つ守護霊(サーヴァント)の事例は例外中の例外だとは思っていたんだ。九島家は何時パラサイトを手に入れていたんだ?」

「パラサイト事件で幹比古が封印したものを持ち去ったとみられる。こればかりは俺も責任があるな」

「いや、悠元を責めるつもりはない。だが、納得がいった形だな」

 

 パラサイトの引き渡しは剛三が動く形となったが、九島家はそれを拒否した。その上でパラサイドールの開発を続けている……この事実が師族会議に漏れた場合、九島家は十師族から追い出されるというリスクを背負っていることに九島烈は気付いている筈なのだ。

 

 流石に孫を戦場に送りたくないという祖父としての気持ちは理解できなくもないが、当の光宣本人は優れた魔法師として活躍したいという願望を抱いている。この気持ちのズレが捻じ曲がった結果、原作の光宣があのような行動に至ってしまった。

 それを剛三も気付いているからこそ、「孫ときちんと向き合え」と散々釘を刺している。言うなれば豆腐に剣山張りの釘が刺さっている形だな、と剛三が以前ぼやいていたのを耳にしたことからして、相当の回数に渡って言い放ったことは事実だろう。

 

「九島烈はかつて真夜さんと深夜さんの教師をしていたことからすれば、達也と深雪のことも当然気付いている筈だ。そして、今回の事態を俺と達也に対処させるつもりなのだろう……対処というよりは実験対象と言うべきなのかもしれんが」

「だから、男子のスティープルチェース・クロスカントリーの作戦は悠元と修司、燈也以外の面々を集める形にしたのか」

 

 パラサイトを直接対処できる三人が最先行し、残りの男子が集団でゴールを目指す。ただ、それだけではパラサイトを対処できたとしても競技としては面白くない、と踏んだ悠元は一つの悪だくみを考えていた。

 

「悠元、何か考えているのか?」

「パラサイドール対策は問題ないが、優勝争いしてくるであろう三高の連中をルールの範囲内で嵌められる方法を思いついたが……今は言わないでおく」

 

 別にバレるという可能性を考慮してのものではなく、あくまでも主眼はパラサイドール対策がメインなので、そのオマケみたいなものだ。

 スティープルチェース・クロスカントリーではモノリス・コード同様に相手選手への直接の妨害を禁じられている。だが、トラップを突破しようとした結果として相手選手への妨害になってしまった場合は禁止行為になっていない。流石にトラップそのものを相手選手目がけて飛ばすのは禁止になってしまうが。

 そこまで話した上で隣に寄り添っている深雪に声を掛けた。

 

「深雪。九校戦というか、将来も見据えた魔法を3つ提供する。ただ、その内の一つは威力調整しないと確実に戦略級魔法クラスの威力を出すから、かなり制限していることは了承してほしい」

「3つも……そのうちの一つは戦略級魔法ですか。私に扱えるのでしょうか?」

 

 深雪自身にあまり自覚は無いだろうが、原作のスペックと達也のことを考えれば、深雪も戦略級魔法を使えるだけの資質は持ち合わせている。そこに新陰流剣武術の体術や天神魔法、悠元の想子制御が加わったことで大型CADの制御なしで戦略級魔法クラスの行使を可能としている。

 流石に九校戦でそんな威力は必要としないため、かなり威力制限を掛けた状態で術式提供することになるわけだが。

 

「それに関しては、達也に確認している」

「俺としては、深雪にそこまでの魔法を持たせるのはどうかと思ったが……パラサイドールのことを考えれば、その対抗手段を持つ深雪を守るためには、深雪自身のレベルアップも必要だと感じた。師匠は内心で喜んでいそうだが……」

 

 その点は達也にも言い含めている。提供する術式は全て九校戦のみを想定したものではなく、この先の流れ―――特に周公瑾や顧傑との絡みを鑑みれば、いくつかの術式提供を前倒しで行うのが良いと判断した形だ。

 ガーディアンよりも強い護衛対象……深雪の実力が()()達也に迫りつつあるという事実に、八雲の面白そうな笑みが浮かんだらしく、達也の口からため息が漏れそうな雰囲気が出ていた。

 

「一つ目は『凍刃爛舞(シヴァレイド・エッジ)』。旧第七研の『群体制御』をベースに深雪が得意とする極度凍結系魔法を組み込んだ代物だ」

「……あの、それは大丈夫なのですか?」

「問題ない。最悪はこの間の七宝との模擬戦で『群体制御』のコツを掴んだ、とでも言えばいいし」

 

 ナノメートルレベルの紙吹雪状の薄い氷を超音速で飛ばす魔法。言うなれば七宝家の『ミリオン・エッジ』を更に実戦仕様へと仕上げた代物だ。この魔法の最大の利点は形成する氷の形状を自在に変化させられるので、細い針や球体、遊びで金平糖の形状にも変化できるように起動式を組み上げている。普通なら温度を上げることで氷柱を破壊するというアイス・ピラーズ・ブレイクのセオリーを根本から打ち破るための一手とも言える。

 深雪は勘付いているのだろうが、この魔法は七草家の『魔弾の射手』から大幅に改造した代物である。今は三矢の家の人間ではないし、いくらでも言いようはあるためにこちらの知った事ではない。

 

「二つ目はより実戦的に仕上げた『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』。多分雫から俺が上泉家でやってたことを聞いてると思うが、敵のフィールド内に高温フィールドと低温フィールドを織り交ぜることで対象物に急激な温度変化を起こさせて破壊する。無論、昨年のような使い方で防御することも可能だよ」

「確か、1メートル間隔で64面の『インフェルノ』を展開していたことですか……凄すぎますよ、悠元さん」

「これでも独自で想子制御の鍛錬法を編み出して、沖縄の反省から魔法の練習に力を入れてた結果だから」

 

 腕越しに感じる深雪の感触に内心でドキッとしつつも、魔法の説明を続けていく。

 

「最後の魔法が『氷結六花(ダイアモンド・ダスト)』……これが先程言った戦略級魔法クラスの威力を叩き出すことができる超広範囲領域の分子凍結魔法になる。『零点銀世界(ゼロ・ニブルヘイム)』も威力制限を取っ払えば戦略級魔法になってしまうわけだが」

 

 この魔法なのだが、恋愛感情が分からずにいた悠元が感情の復元やら凍結やらを色々試行錯誤していた際に偶然生まれてしまった“とんでもない魔法”の一つ。

 説明では分子凍結魔法という分類にしているが、深雪の持つ『コキュートス』とリンクすることで超広範囲に精神凍結を起こさせることが可能である。ただ、心優しい深雪がそこまでやると心を痛めてしまうため、達也と相談した上で威力制限を付けた状態で対物戦闘を前提とした使用法に止めた。

 そして、この魔法は……奇しくもベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を止めることが出来る対抗魔法の性質も持ち合わせている。

 

「パラサイドールがどう動くかなんて分からんが……サイキック相手は達也でも手古摺る可能性がある以上、油断は出来んな。場合によっては天刃霊装を使ってでも止めろ。一応許可は取り付けているし、スティープルチェースだったのが不幸中の幸いだな」

 

 こんな競技を捻じ込む時点で国防軍の強硬派は九校戦の本質を理解していない。国を守るという意味で実戦レベルの魔法師の存在は貴重、という事実は理解できなくもないが、魔法に対する恐怖を和らげる側面を持ち合わせている九校戦に実戦的な競技を持ち込む時点で、彼らは魔法師を将来の戦力としてしか見ていないと思われる。

 

「それ以外でパラサイドールが動く可能性はあるのか?」

「昨年、独立魔装大隊や千葉家で対処してもらった『ジェネレーター』と違って、パラサイトは完全にコントロールできる代物じゃない。ピクシーや守護霊(サーヴァント)という例外はあるがな」

 

 達也から実際に視たパラサイドールの術式の内容を聞いた上で、下手に動かせばパラサイドールが暴走して九校戦の継続が不能になるという危険性については触れたが、そこについては対策もしていると悠元は述べた。

 

「そういえば、昨年うちの姉さんたちが使った“魔法科教育研修”の名目で七草先輩と十文字先輩が来るらしい。あと、五十嵐先輩と平河先輩もだったか」

「4連覇が掛かっている以上、先輩方が来てくれるのは助かるが……どうした、深雪?」

「いえ、お兄様もおモテになりますね」

「……」

 

 目の前で悠元に甘えている深雪の言葉に、達也は二の句が告げずにいた。昨年の夏までは深雪を諭す立場だった筈なのに、いつしか妹から恋愛の指南を受ける羽目となったことについて、達也は人間としての成長を一気に追い越されたような気分を感じたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也らが旧第九研の調査から帰ってきた翌週の日曜日。九重寺の庫裏の縁側で一人出された茶菓子や緑茶に舌鼓を打っていると、この寺の住職である八雲が塀を飛び越える形で顔をだした。

 

「いやー、すまないね悠元君。弟子への指示をしていたら遅れたよ」

「いえ……上段者の気配も感じますが、達也への総掛かりですか?」

「正解。それに、今日は君のお兄さんにも手伝ってもらっているよ」

「元継兄さんですか。達也相手に大人げないような気もしますが」

 

 時間としては早朝。今日は達也が体術の鍛錬で訪れる日になっているわけだが、今日は鍛錬で汗を流していた元継にも声を掛けて達也の相手をさせる形にした、と八雲は説明した。

 次期総師範筆頭候補かつ上泉家現当主である元継だと、悠元も正直全力を出さないと命の危険を感じるほどにヤバいと思うほどの実力を有している。尤も、現総師範である剛三と比べると些か劣ってしまうが。

 ともあれ、八雲から先週のことについての調査結果を受けることとなった。

 

「悠元君も達也君から聞いていると思うけど、九島家に招かれた大亜連合の亡命者はどれも人形を使役する術―――パラサイドールに対する工作を目論んだ輩の仕業だね」

「それの手引きをしていたのが周公瑾……その黒幕はこちらの情報を知る術が存在する、と見るべきでしょうね。黒羽家でも苦労したほどの情報隠蔽をあっさりと抜くのですから」

 

 顧傑が『七賢人』―――フリズスキャルヴのオペレーターの一人である以上、九島家がいくら隠そうとも電子情報のオンラインシステムネットワークに存在する以上は隠し通せない。それはともかくとして、今大事なのはパラサイドールに関することだ。

 

「その絡みで『本山』に出向いて、その道の専門家に聞いてみたよ。護法童子の使役術ぐらいは悠元君も知っているだろうし、君もその発展形を使っているから詳しくは言わないけれどね」

 

 『アリス』とは制御術式と契約術式の二重の繋がりによって極めて高い制御を成し得ている。加えて、『アリス』自身の持つ悠元に対する自発的な忠誠心が制御の精度に大きく影響している。

 密教における人形の使役術は、制御だけでなく術者が規定した以外の行動を取った際の拘束、更には封印まで含めて一つの使役術として形を成している。パラサイドールに使われた術式も安全装置が組み込まれていないと兵器としては“落第もの”だろう。

 

「以前ピクシーから聞いた際、パラサイトは憑りついた人物の想念に影響を受ける、と言っていました。達也から聞いた限りでは、確認できたパラサイドールが16体……彼らはパラサイトを培養することに成功している可能性があるかと」

「……それが万が一、世の中に知れると拙いだろうね」

 

 密教の使役術でも精々独立した霊子情報体を用いるのが限界だが、『九』の数字を冠する家は古式魔法使いの技術をただ只管に吸い出して己の力としてきた。そのせいで『伝統派』との争いの火種まで抱えてしまっている始末。

 その辺りでパラサイトを制御できると踏んだのだろうが、世界各地で様々な呼び名を持っているパラサイトを完全に制御できたという事例は未だかつて存在していない。というか、下手すれば大昔に何らかの要因で出てきたパラサイトが誰かに憑りついて生存している可能性もなくはない。

 流石にそこまで掘り起こす気にはならないし、彼らが自発的に害を為さないと決めているのならば、無闇に首を突っ込む気にもならない。「触らぬ神に祟りなし」である。

 

「まあ、それはいいとして……お弟子さんが宙に舞ってますけど、いいのですか?」

「深雪君に触発されて、達也君も強くなろうと奮起しているみたいだね」

「評価するところはそこですか」

 

 自分の弟子が空中を舞うような格好で吹き飛ばされていることよりも、深雪が新陰流剣武術を学び始めた影響で達也も鍛錬により一層力を入れるような形となり、八雲が達也の成長を師として喜んでいることに対して悠元はジト目を八雲に対して向けたのだった。

 




 今回は、主人公と深雪が付き合っている関係でオリジナルシーンを入れました。次辺りから九校戦に入ります。

 アニメ12話を改めて見たのですが、キャスト欄のところで数字落ちと見られる人物の名字が“岬”……マジですか(戦闘シーンを考えると軽く吐血しそうな感じ)

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