魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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何事もないという違和感

「お疲れ様、元継兄さんに達也」

「来ていたのか、悠元」

 

 八雲と話し終えた後、一応様子を見に来た悠元が目にしたのは地面に横たわる寺の門下生に加え、仰向けで大きく息をしている達也と腕で汗を拭う元継の姿であった。元継は悠元の姿を見て挨拶を交わした。それに答えつつ、悠元は達也に問いかけた。

 

「まあね。で……感想は?」

「はあっ……お前もそうだが、元継さんも異常だと思う。師匠以上だろうな」

「兄さんは爺さんの直弟子だからな」

 

 本来、ある程度の技巧が修得して初めて剛三の弟子となる。そのため、正規の方法で弟子となった元継と異なり、剛三が直に気に入ったということで教わっていた悠元の立ち位置は師範の御付きという形だった。習い始めたのが病み上がりから少し経った頃なので、いきなりハードワークは厳しいという周囲の声を反映してのものである。

 ただ、木刀を躱したことで剛三から課されることになる訓練ペースがおかしくなったのは言うまでもない。

 

「事実はそうだが、武術の資質は悠元がずば抜けていたからな。魔法の資質でも爺さんを越えちまっているが」

「だからって上泉の家を継ぐ気なんて毛頭なかったけど。だからこそ、元継兄さんが強くなることに手を貸したわけだし」

 

 上泉家に通い始めた時、元継に恋慕している千里の存在を知って、彼女に想子制御やら魔法力の訓練を吹き込んだ。その頃には侍郎の魔改造も済ませており、二人の変化を知った元継が悠元に魔法力の訓練を教わった形だ。

 その時点では、あくまでも達也に殺されない対策の一環として体術や剣術、魔法を極めることに集中していた。沖縄防衛戦後は魔法を重視して覚えるようになり、気が付けば上泉家に眠っている全ての魔法を会得するに至った。

 

「ま、結果としては元治の兄貴に三矢を継がせる道筋が出来たから、俺も異存はない。寧ろ頭が上がらなくなりそうだ」

「やめて。俺の胃がストレスでやられて血を吐きかねないから」

 

 いくら強くなろうが、行動理念に影響されない程度の前世の価値観自体は未だに残っている。目立っていることは承知の上だが、出来れば慎ましく生きたいという悠元の願いを込めた言葉に元継はクスッと笑みを零した。

 

「そういえば、悠元の恋人は達也君の妹だったな。達也君としては、うちの弟はどう思っている?」

「申し分ないぐらいかと。寧ろ、うちの妹が迷惑を掛けているようなものですよ。もう少し自重や慎みを覚えてほしいとは思います」

「……悠元。最近の女性は肉食系女子が多いのか?」

「俺が聞きたいよ、そんなこと……」

 

 昨晩、亜夜子とのやり取りで不機嫌となった深雪が悠元に抱き着いてきた。それも下着すら付けない状態で。結果として何が起きたのかは言うまでもないだろう。それでも学業に支障が出ないよう心掛けている。

 どうやら元継も似たような状況のようで、それを聞いた悠元の言葉はというと……どうしてこうなった、と内心で述べることしかできなかったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 今年は昨年のように『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』のような裏組織が出張っている可能性はないが、国防軍と九島家、周公瑾……そこに付け加えてローゼン・マギクラフト絡みという始末。

 エリカやレオから直接相談されてはいないが、悠元も当事者側の一人であり、ローゼン家の遺産相続にも首を突っ込んでいる立場だ。だからといって無条件で遺産相続を放棄するつもりなど毛頭もないが。

 

 今年の九校戦は8月3日に前夜祭パーティーが行われ、5日に開幕して15日に閉幕というスケジュールで行われる。本戦選手が男女各12名、新人戦男女各9名、技術スタッフ8名、作戦スタッフ4名の計54名。重複出場はないものの、結果的には人数が増えた形だ。

 昨年は技術スタッフ全員が作業者に乗り込んでいたが、今年は技術スタッフの内4名がバスでの移動となった。あずさ、五十里、達也、そして美月がその対象となり、どんな力が働いたのかは言うまでもないだろう。尚、美月をバスに乗せたのは佐那の差し金だったりもする。

 

「技術スタッフが忙しいのは知ってるけど、何で3Hを連れて行くのかな?」

 

 そう零したのは香澄である。九校戦の技術スタッフの忙しさは香澄自身も把握しており、今回の技術スタッフの中に1年の女子生徒が含まれていて、香澄とクラスが同じということもあって理解していた。

 確かに必要な人員を増やすよりは手ごろで確実なのも理解している。それでも香澄の目からすれば『不思議』に思えてしまうのだろう。そんな様子の香澄に対し、泉美が窘めるように声を掛けた。

 

「香澄ちゃん。深雪先輩も仰っていたではありませんか」

「いや、別に文句とかじゃないんだけどさ……何かモヤモヤするんだよね」

 

 香澄は達也からロアー・アンド・ガンナーの手解きやアドバイスを貰っていた。いつもは家の事情などで一歩引いた扱いを受けてきた香澄からすれば新鮮なことで、悠元以外にそういうふうな扱いを受けたことから、妙な気持ちを抱いていた。

 その気持ちを見透かしたかのような言葉が、香澄の背後から聞こえてきた。

 

「香澄、ピクシーに嫉妬してるの?」

「いや、そんなわけじゃ……って、北山先輩!? す、すみません!」

「? 別に謝らなくてもいいのに。もうみんな乗ってるから、急いだほうがいいよ」

 

 雫の言葉に対してつい反射的にタメ口を使ったことに対する謝罪を聞き、雫は咎めることなく二人にバスへ乗り込むように告げた。香澄と泉美は周囲の人影がいないことに気付いて雫に頭を下げた後、バスに乗り込んでいく。

 それを見ていた雫は一言呟いた。

 

「ま、分からなくもないよね。私も分かってないし」

 

 雫は悠元やほのかからピクシーの詳細を聞いたが、USNAへの留学中に起きたことなので現実味が感じられなかった。だが、悠元を通して霊子に対する感受性を磨いたことで、ピクシーに憑りついたパラサイトの存在だけでなく、それに焼き付いたのがほのかの達也に対する想念だとすぐに理解した。

 そんな雫の呟きは誰にも聞かれることなく、彼女も二人を追うような形でバスに乗り込んだのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 道中のトラブルは無論の事、バスの中に不穏な空気が流れることもなく無事に到着した。部屋へ設備を運び入れる作業も滞りなく完了した。ここまで何事もないというのが少々不気味な感じだが、これが本来の九校戦の流れなのだろうと思うと、妙な安心感を覚えていた。

 

「何を微笑んでいるんだ、深雪?」

「だって、昨年は借り物みたいな恰好でしたから」

「そうさせたのは深雪だろうに……」

 

 前夜祭のパーティーが開かれ、達也の制服姿に深雪が微笑んでいる。昨年はある意味“借りた”格好だからこそ、ちゃんとした評価をされての晴れ姿に微笑んでいるのだろう。水波からしたら「何を言っているのだろう」と思われそうなものだが。

 

「でも、本当によくお似合いですよ!」

「私もそう思う」

「確かに。どこか借りた装いって感じだったのは覚えてるよ」

「そーだねー」

 

 ほのかや雫だけでなく、スバルや英美も同意していた。そして、原作ではこの場にいなかった女子からも同意の声が飛んできた。

 

「ホント、ホント。昨年の達也君はどことなくぎこちなかったからね」

「……今更だが、昨年のあの格好は様になってたと思うぞ、エリカ」

「それを今言う? まあ、達也君らしいけどね」

 

 エリカは昨年、家の手伝いという形で九校戦の給仕スタッフをしていた。それが今年は一科生になった上で代表選手に抜擢されたのだ。当然、千葉家当主としては鼻が高いのだろうが、当のエリカからすれば今までロクに父親面すらしてこなかった輩に褒められたくもない、と思っているのは確かだろう。

 

「それで、悠元はアイツやミキを出汁にして逃げてきたって感じ?」

「そんな甲斐性はない。というか、むしろ向こうから気を使われた感じだ」

 

 悠元も最初は先輩の男子から絡まれるのを覚悟していたわけだが、桐原から「お前はとっとと彼女のところに行ってやれ」と背中を押される形で達也らと一緒にいた。

 その最たる原因というのが悠元の隣にいる深雪なのだろう、とそこにいる面々の誰もが言わずとも気付いていることなので、余計なことを言わない様に気を使った形だ。なお、深雪の機嫌がすこぶる良いというのは述べるまでもない事だが。

 まあ、レオと幹比古も一応彼女持ちだが、ある意味奥手なので公ではあまり見ないことが多い。

 

 ここで会場の周囲を見渡すと、同じ学校だけでなく他校の女子から好意的な視線を向けられている男子がいた。向こうもこちらに気付いたようで、三高の女子を引き連れるような形で歩いてきた人物、一条(いちじょう)将輝(まさき)が隣に吉祥寺(きちじょうじ)真紅郎(しんくろう)を連れる形で近寄ってきた。

 悠元も達也の隣に立つ形で立っていたわけなのだが、将輝が最初に挨拶した相手は―――深雪であった。

 

「お久しぶりです、司波さん」

「―――ええ。お久しぶりです、一条さん」

 

 緊張で笑みが強張っている将輝と愛想笑いを浮かべている深雪。無論、将輝が深雪に対して好意を抱いていることは当然知っている。悠元もこれには流石にムッと来たが、表情に出すことなく真紅郎に話しかけた。

 

「直接会うのは昨年の論文コンペ以来だな、ジョージ」

「そうなるね、悠元。司波達也君もお久しぶりです」

「ああ。にしても、悠元と吉祥寺は知り合いなのか?」

「ええ、まあ。僕の恥ずかしい記憶でもありますが……」

 

 それが悠元と将輝の初対面の時に関わる話だということは事前に悠元から聞いていたため、そのことに関して深く掘り下げるのは失礼だろうと判断して達也はそれ以上の追及を避けた。そして、どう話を続けようか迷っている将輝に対して悠元から話しかけた。

 

「そういえば、横浜では大活躍だったみたいだな将輝。『クリムゾン・プリンス』の面目躍如といったところか」

「神楽坂……それは止めてくれないか?」

「事実を言ったまでだよ」

 

 それは確かに、と真紅郎だけでなく達也や深雪も納得していた。仰々しいのが嫌いという将輝の性格を知っているからこその発言に、将輝は諦めたように息を一つ吐いた上で悠元と達也に視線を向けた。

 

「ところで、神楽坂に司波……っと、この呼び方で構わないか?」

「無論だ。それで一条、何か聞きたい事でも?」

「今年の九校戦、何か変じゃないか?」

 

 将輝が声のトーンを低めて問いかけたことは、周りに聞かれたくない事情も含んでのものだと察しつつ、達也が口火を切るような形で答えを返した。

 

「変だ、と言われるとどうにも要領を得ないな。競技変更についてか?」

 

 達也は今回の九校戦の背景を知っているが、それを口に出すことは出来ない。ましてや、国防軍だけならまだしも九島家に加えて別方面のこともある。ただ、達也はローゼン家絡みの案件に関して何も関与していない。

 

「いや、競技変更はまだ理解できる範疇だ」

「九校戦の運営要領も、競技変更を含んでのものだということは分かりますし、昨今の事情を考えれば当然の流れかもしれません」

 

 ここで気になったのは、春に起きていた魔法師排斥運動―――厳密に言えば、昨年末あたりからUSNA東海岸で発生していた人間主義者による活動を考慮していないことにある。

 目立った動きがあったのは横浜、名古屋、九州……更に情報を集めたところ、北海道や沖縄、大阪を含めた全国の主要都市にその兆候があったことだ。そのどれもが『ブランシュ』や『エガリテ』の拠点跡地を用いたものだという事実を知り、その情報を千姫や剛三に伝えている。

 師族会議を通さなかったのは、顧傑に余計な情報を与えないためでもあった。そのため、将輝が知らなくとも無理はない筈だが、春の臨時師族会議で魔法師排斥運動に関する議題を挙げている以上、剛毅から少なからず聞いている筈なのだ。

 

「春のことを考えると些か性急過ぎる気がすると俺は思う……ま、そんなことはいいとして、二人の目から見て一番おかしいと思うのはスティープルチェース・クロスカントリーだろう?」

「ああ、その通りだ。競技名が付いているのがおかしいぐらいで、全長4キロは現役部隊でも滅多にやらない大規模演習を想定したメニューだ。神楽坂なら分かるだろう?」

「まあな」

「しかも魔法師とはいえ高校生の、それも疲労が残る九校戦の最終日に行うなんてリスクが高すぎます」

 

 悠元が元三矢の人間だからこそ軍人魔法師との関わりが深いことは将輝も知っているし、それを踏まえた上での台詞に悠元も頷いた。

 二人は表の情報だけでここまで辿り着いているのは間違いない。それに加えて真紅郎経由で一条家に今回の競技変更に関する調査を頼んだから、という事情からくる影響も多少は含んでいるのだろう。

 

「そういえば、一条家に頼んだ調査は無事に終わったのか?」

「あ、ああ……後で時間を貰えるか? 流石にこの場で話せるものじゃないからな」

「分かった」

 

 一通りの話を終えて将輝が立ち去ろうとしたとき、何かを思い出したように悠元へ振り向いた。その目つきが真剣なものだということは直ぐに気が付いたので、大方宣戦布告でもしたいのだろうと読んだ。

 

「神楽坂。今年は負けない」

「言ってくれるじゃないか、()()。昨年の二の舞にしてやるから覚悟しておけ」

 

 将輝は言葉を詰まらせたが、これ以上は墓穴を掘りかねないと判断してその場を去っていく。これには真紅郎も苦笑を浮かべつつ去っていった。

 すると、入れ替わるような形で挨拶してきたのは三高2年の一色(いっしき)愛梨(あいり)であった。それに付いてきた形で同じ2年の十七夜(かのう)(しおり)四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)も顔を見せに来た。

 

「お久しぶりですね、悠元さん」

「愛梨に(しおり)沓子(とうこ)も。さっきまで深雪らと話していたが、いいのか?」

「話は済んだから。十師族でなくなったのは驚きだったけど」

 

 確かに、十師族から古式魔法の大家に名字が変わるというのは、普通ならば考えられないことなのかもしれない。栞も元々の家が『数字(ナンバー)』を剥奪されたために十七夜家へ養子として引き取られた経緯があり、その辺を思い浮かべたのだろう。

 

「ま、俺の場合は自発的に家を出た形だからな。細かい事情は話せないが」

「なるほどの。とはいえ、お主が相手となると『プリンス』が惨めに思えて来るの」

 

 沓子は神楽坂家次期当主の婚約者序列第四位に位置しており、悠元の本当の実力を理解している一人。だからこそ、悠元と将輝の結果は見ずとも理解できてしまっていた。とはいえ、周囲の目もあるため、声のトーンは低めにしていた。

 

「ま、直接対決するわけでもないけど、健闘は祈っておくよ。こちらも4連覇が掛かっている手前、素直に応援は出来ないが」

「……ええ、それだけでも十分です」

 

 愛梨らも軽くお辞儀をして去っていったわけなのだが、悠元は背中を抓っている人物に対して声を掛けた。その人物とは言うまでもなく深雪のことである。

 

「深雪さん、痛いです」

「悠元さんは罪作りなジゴロです……」

「それは分かる」

「雫さんもですか……」

 

 なお、部屋割りは達也と五十里、深雪と花音、そして悠元と燈也の組み合わせになっていた。だが、花音と深雪が示し合わせた結果、五十里と花音、悠元と深雪が同室になってしまったのだ。達也と同室になった燈也はというと、達也の溜息を吐きたそうな表情を見て粗方の事情を察した。

 表向きは婚前の男女が同室なのはどうか……という悠元と達也の疑問は、見事なまでに粉砕されたのは言うまでもなかった。

 




 何事もないのが普通なはずなのに、昨年のことがあると拍子抜けになってしまうという違和感。あんなトラブルが毎年起きていたらそれはそれで大問題のレベルですが。

 というか、原作だとダブルセブン編で起きていた魔法師排斥運動の影響を全く鑑みてないような節が見られるんですよね。東京だと全国系列のメディアはあるでしょうし、ネット関連のニュースを彼らが目にしていない筈もなし。
 となると、メディア関連を完全に抑えるので問題はないと何らかの連絡を受けていないと話が通らなくなるんですよね。
 一体どこの家の仕業なのやら……(白々しさ満載)

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