一つの来訪が終わると、次の来訪が訪れる……というのは、物語なら想像できなくもない事だ。何が起きたのかといえば、雫の従兄である四高の
「お久しぶりですね、晴海さん」
「ああ。あの時の少年がまさか十師族の人間だったことも驚いたけど……実は、うちの後輩が司波達也君や悠元君に興味を持っているらしくてね」
黒羽家の姉弟との邂逅。本来なら深雪を介する形だが、雫は晴海と面識を持っている悠元ならばスムーズに話せると判断してのものだった。それについては問題ないし、現状は晴海と義理の従兄弟の関係にあるため、無視など出来るはずがなかった。
雫には深雪に達也への伝言を頼みつつ、先に黒羽姉弟との邂逅を済ませることにした。今年の春から細やかに流れていた噂―――黒羽は“四葉”の一族ではないか、という噂を補強する意味でも元とはいえ十師族の人間が対応しても問題はないだろう。
なので、自分からすれば初対面を装う必要はないと判断して声を発した。
「久しぶりだな、亜夜子に文弥。四高に入学していたこともそうだが、代表選手に選ばれていたとは驚きだよ」
「あ、はい! 悠元さんもお久しぶりです!」
「もう、文弥ったら……悠元さんもごめんなさい。態々押し掛けるような真似をしてしまって」
「懇親会なんだし、別に謝られることじゃないと思うが……っと、来たか達也」
そして、悠元を介する形で達也と深雪、亜夜子と文弥が邂逅する形とした。周囲から見れば、やはりあの噂は本当なのかと疑わざるを得ないだろう。父親の貢としてはあまり目立たせるのを好まないだろうが、却って堂々としていれば案外隠し通せることだってあるし、物は言いようなのだ。
「しかし、俺は一高の生徒であって直接の先輩ではないんだが」
「ですが、魔法師として先輩なのは間違いないと思っております。お二人のエンジニアとしての技術に感服いたしましたの」
昨年の場合は達也がメイン、悠元がサブという形で立ち回っていた。悠元の場合は代表選手としてアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場していたため、持ちまわり自体は達也と比べると少ない方だ。
実際のところ、二人が使っているCADに関しても達也の頼みで設計している。市販のものよりもかなり高スペックの代物であることに加え、達也から聞き及んだ二人の魔法特性に合わせたハードチューニングを施していることもあって、評価はかなり高い。
亜夜子の言葉はその辺に対する感謝を含んでのものだと察しつつ、社交辞令的な言葉を交わした。
「九校戦中は無理だが、その後なら構わないよ。悠元もそれでいいか?」
「それ以外にないでしょうに。二人とも、健闘を祈っているよ」
「はい、ありがとうございます」
二人と晴海が四高の集団に戻っていくのを見ていると、先程まで食事に夢中だったセリアが話しかけてきた。深雪ら一高生と愛梨ら三高生との会話をしているときは声を掛けられて愛想よくしていたが、自分の前だと態度を崩すのはどうかと思った。
「さっきのって、黒羽亜夜子と黒羽文弥だよね……あの歳であの胸は反則じゃないかな」
「お前はのっけから何を言ってるんだ……」
亜夜子は達也に恋慕している……という事実はセリアにも伝えていて、それを聞いたセリアの反応は「あー、何となくそうなんじゃないかなって思うよ」と返ってきたことからして、彼女が達也に尊敬以上の感情を抱いているのはほぼ間違いないだろう。
明らかにセクハラ紛いの発言を窘めつつ、セリアのほうを向いた。
「この後は来賓の挨拶になるが……まあ、セリアの知り合いは出てこないだろうな」
「いや、出てきたら大問題だからね?」
確かにその通りだろう。セリアが面識のある知り合いとなれば、在日
正直、今年の騒動を考えるならば誰かかしら挨拶に来てはいい筈だとは思っている。そんな中、来賓の一人であるエルンスト・ローゼンが壇上で挨拶をした際、こちら側に視線が向いたことに気付く。
厳密に言えば、エリカとレオの二人にだ。視線に気付いたレオは首を傾げていたが、エリカは僅かに表情を曇らせていた。このあたりは原作になかった展開だからこそ、悠元は若干申し訳なさそうな表情を見せていた。
そして、こちらの予想通りと言うべきか……九島烈は来賓の挨拶に欠席したのであった。
◇ ◇ ◇
懇親会が終わった後、動きやすい服装―――とは言っても、トレーニングウェアにCADは携帯した上での恰好に着替えた。図らずも同室となった深雪には将輝と情報交換をしてくると言い含め、部屋を後にした。
待ち合わせの場所としたのは、ホテルの正面玄関前辺り。将輝は三高の制服のままで悠元を待っていた。
「神楽坂。その恰好は走りに行くのか?」
「ま、そんなところかな。場所を変えようか」
「ああ」
流石に色々と目立ってしまうのは承知していたため、人影の少ないベンチに移動したところで目的である調査結果について聞き出すこととした。
「それで将輝、ジョージ経由で頼んでいた件についてはどうだった?」
「……ここまできな臭いとは思わなかった。今回の競技変更には大亜連合強硬派が噛んでいるとのことだ」
楽観視したくなるのは分からなくもない。だが、明らかに軍事色の強い競技を持ち込んだ時点で対外強硬派が絡んでいるのは想像に難くない話だ。将輝は一条家の長男であっても次期当主という明確な立場にいるわけではないため、そういった裏事情には疎いのだろう。
「大亜連合強硬派か……確か、酒井大佐あたりが有名だったが」
「その酒井大佐が中心となって、俺たち魔法科高生が大学を経由せずに直接軍に志願することを望んでいるらしい」
「……いや、現実味がなさすぎるだろ」
この国の教育システム上、私立の中学や魔法教育の塾を除けば義務教育の範疇で魔法に関する教育は行われていない。ましてや、師族会議や百家をはじめとした魔法師の一族を除けば、魔法科高校の生徒は魔法教育に関して初等教育のレベルでしかないのだ。
それをいきなり軍に引き抜けというのは、明らかに魔法科高生のレベルを過信しすぎているとしか思えない。ただ徒に将来の有望な魔法師を使い潰すだけでしかないと思う。将来を見据えたやり方の一環だとしても、彼らは九校戦に込められた意味を理解していないに等しい。
九島烈は魔法師が単なる兵器となることは容認せずとも、魔法師が軍人になることは否定していない。故に即戦力を欲した酒井大佐との意見の衝突は起こらない。軍事色の強い競技を容認したのも、魔法科高校の生徒に闘争本能と破壊衝動への解放を刷り込もうとしているのだろう。
「しかし、良く調べられたな。将輝の父親絡みの伝手か?」
「あ、ああ……酒井大佐は親父の昔の知り合いなんだ」
沖縄防衛戦に関する報告書は開示されているものの、新ソ連の佐渡侵攻に関する報告書は一部(一条家が主体となって新ソ連の部隊を撃退したこと)を除けば極秘文書扱いになっている。燈也が未だにバレていないのはこの部分の秘匿が大きく影響しているからだ。
「け、けれど、一条家が関与してるわけじゃないからな!」
「落ち着けよ、将輝。俺がいつ一条家の関与を疑った? 調査を頼んだのだって、酒井大佐が当時佐渡方面の最高指揮官をしていたと他の軍人魔法師から聞いたことがあったから、もしかしたらという可能性も込めて頼んだだけだ」
「あ……す、すまない」
そもそも、新ソ連への逆侵攻に関して酒井大佐と将輝の父親である
その対立の遠因に沖縄防衛戦で使われた“2発の戦略級魔法”―――達也の『
「出発する前日に親父と話したが、『反乱などと言うバカげたことを考えているとは思えないが』とは零していたが、可能性があるというだけで確定ではない……調べられたのはこれぐらいだった」
「いや、十分すぎるよ。まあ、このこととピラーズ・ブレイクソロでの対決は別物だがな」
「……当たり前だ。今度こそ、お前を倒して司波さんを振り向かせて見せる」
そう言って立ち去っていく将輝。言い方がまるで悪者からお姫様を助け出す勇者のような言い分にも聞こえてしまう。達也が魔王だとする(昨年の論文コンペ準備の際、RPGのキャラに例えた話が出たことから)なら、自分は……魔王を強化する黒幕ポジションになってしまうのだろうか、と思ったところでその思考を掻き消す様に頭を振った。
「勇者も魔王も、黒幕も神様も俺の柄じゃないわ……精々主人公の悪友ポジションが落としどころだろうに」
そう零した悠元は、ベンチに掛けていた上着を羽織ると闇の中へと姿を消していく。
◇ ◇ ◇
スティープルチェース・クロスカントリーの舞台となる演習林コースの警備はかなり厳重であった。各種センサーに加えてCADを装備した魔法師の警備員が不審者がいないかどうかを見張っている。
この厳しさは昨年の『
ただ、センサーや警備員は悠元の姿を視認できないし、感知も出来ない。念のために天神魔法『
(コースを見る限り、トラップは既に仕掛けられているようだが……パラサイドールの姿は無いか。流石にこの時点で配置する理由もないわけだし)
ある意味“虎の子”であるパラサイドールを極力感知されずに配置するとなれば、それこそスティープルチェース・クロスカントリーの前日に配置するのが一番理に適っている。千姫からは破壊や消滅をさせずに封印を優先してほしいという注文があり、下手に失格となるよりはマシと判断した。
すると、僅かな揺らぎを感じた方向に向かって歩くと、木の陰から一人の人物―――八雲が姿を見せた。周りに人影がいないとも限らないため、声は小さく抑えてではあるが。
「おや、さすがは悠元君だね。僕の腕も錆びついてきたかな?」
「今のはわざとでしょう? ……パラサイドールの陰はありませんね」
「まあ、この地形ならどこに配置しても大差ないだろうからね……どうやら、センサー外に人影が三人いるようだ」
八雲の言葉を聞いて悠元は『
「この分だと、彼らも探りに来たと考えるのが妥当かな?」
「でしょうね」
八雲の提案染みた言葉に悠元も同意してセンサー外へ抜け、その三人の背後から近づいた。なお、正面から登場しなかったのは八雲の悪戯心からくるものであった。八雲は姿を忍ばせたまま近寄ろうとしなかったので、悠元は諦めたように声を掛けた。
「達也、文弥に亜夜子ちゃん。これ以上の立ち入りは正直お勧めしないよ?」
「悠元さん……!?」
「悠元、お前も来ていたのか……というか、師匠みたいな登場をしないでくれ」
悠元の登場に、文弥や亜夜子は無論の事、達也ですらも驚いていた。それはともかく、悠元は今大事なことを彼らに伝えるように呟いた。
「それは許してくれ。代わりと言っては何だが、あの中の様子を探ってきたから」
「何か分かったのか?」
「分かったことといえば、コースの中には通常の障碍物が配置されただけの状態だということと、パラサイドールをあの中のどこに配置しても条件は大差ないということぐらいだよ」
悠元から齎された偵察報告に、文弥はセンサーすら騙し切った悠元の隠形に興味を持っており、亜夜子に関しては元とはいえ同じ十師族の人間に自分の得意分野で上回られたことに黙っていた。
これを察したのか、悠元は亜夜子の頭をポンポンッと軽く触れる程度に叩いた。
「亜夜子ちゃんもそうしょげないの。俺の場合は上泉家の秘術も学んでいたからこそできた芸当だよ」
「あ……全く、敵いませんね。だからこそ深雪姉様も“墜ちた”のでしょうし」
「墜ちたって……ともかく、スティープルチェースまで事態が動くことはないだろう。それに、どう転んだとて俺たちが背負える責任の話じゃない」
対処することになろうとも、その後の責任は大人達の暗闘によって齎される。それに、あの九島烈が関わっている以上、何が何でもパラサイドールの性能実験を成功させたいはずだ。そうなると、事前の排除は到底難しいだろう。
それに、悠元も今回に関しては九校戦のこともあって事前の排除を禁じられているため、対処できるのは競技中だけという縛りがある。その理由は“現行犯”で取り押さえたいという目論みがあるのだろう。
「……そうだな。それに、早く帰らないと深雪が心配するからな」
「そういうこと。あまりこっちに気を配り過ぎると、深雪が俺らを凍らせてでも止めに入るだろうな」
「冗談で済まなくなるから止めてくれ」
深雪の魔法の威力は達也だけでなく亜夜子や文弥も味わったことがあるようで、二人もブルッと若干身を震わせるような仕草を見せた。九校戦のこともあるため、悠元が先導する形でホテルへと戻った。
なお、八雲のことについては上手く誤魔化せたようで、達也からも追及されることは無かった。
◇ ◇ ◇
言ったことがある意味フラグ回収される……とは思っていても、現実にはそう簡単に行くはずもない。
何が起きたのかといえば、部屋に戻った悠元は眠っていると思しき深雪の姿を見て安心しきったのか、ひと汗を流そうとシャワーを浴びつつ考え事をしていた時だった。
(原作では達也の行動論理を鑑みて16体のパラサイドールを女子のスティープルチェースのみに投入していた。だが、自分がいる以上は少なくとも分散する可能性が高い)
いや、今までの『プラスワン』の前例からしてあれからパラサイドールが増えないという保証もない。もしかすれば、こちらが知らない『超能力』を有するパラサイドールが出てきたとしても不思議ではない。最悪、双方に16体ずつ―――最低でも32体のパラサイドールがいても不思議ではないと結論付けた。
(文弥や亜夜子ちゃんも含めて、達也にスティープルチェースまで動くのは抑えるように言い含められた)
選手である文弥や亜夜子はともかくとして、作戦スタッフも兼務している技術スタッフの達也に掛かる労力はかなり半端ないことになる。これは選手兼作戦・技術スタッフとなっている悠元以上の負担だという事実も認識しての忠告だった。
事実、昨年の新人戦メンバーを統括する立場だった悠元もメンバー間の雰囲気を何とか崩壊させないようにするので苦心した覚えがあり、それと同等以上の労力を背負っている達也が無理に九島家や国防軍の案件に関わる余裕など本来は無い筈なのだ。
だが、それを知ってか知らずか……パラサイドールの案件に関わらせようと目論む者たちのことを悠元は許す気にもならなかった。
(魔法師を単なる兵器にしたくはない……その気概だけは買ってやりたいが……ん?)
すると、ここで悠元は浴室の外―――脱衣所に気配を感じていた。このホテルは基本的にオートロックなので、この部屋に入れるのは悠元と深雪、それとマスターキーをもっているあずさだけしかいない。
だが、現状であずさがこの部屋を訪れる理由は無いに等しい。となると……悠元が気配を本格的に探る前に、脱衣所への扉が開き……髪を結ってバスタオルを巻いた姿の深雪が少し恥ずかしそうにしながら浴室に入ってきた。
これには、さすがの悠元も反射的にタオルを腰に巻いたので、下半身を見られるという事態は何とか避けられた。
「なにしてんのですか、深雪さんや」
「その……一緒に入りませんか?」
ホテルの個室とはいえ、浴槽はちゃんと備え付けられている。というか、ビジネスホテルでよくある様な浴室とトイレが一体になっているタイプではなく、ちゃんと別々になっている仕様である。
聞けば、舞い上がってそのまま眠ったまでは良かったのだが、興奮で逆に汗を掻いてしまったのでひと汗流そうとしたところに悠元がいたということらしい。ひとまず、お互い背中合わせで入浴することで納得させた。
「……ま、いいけどね。流石に競技もあるから下手なスキンシップは出来ないけど」
「触ってくれないのですか?」
「少しは我慢してください」
軽い話し合いの結果、寝るときに抱き着くぐらいは許容するということで決着した。原作だと兄妹ということで歯止めが掛かっていた分、その対象が自分に向いたことで箍が外れた形なのだろう。
翌朝、目が覚めると深雪の胸に顔を押し付けられるような形で抱き着かれていたのは……自分のせいではないと思う。多分。
優等生がまさかのアニメ化というのは驚きました。1クールなら入学編だけかもしれませんが、1期アニメを補完する形なら九校戦編までといったところでしょうかね。
一条家へ調査を頼んだので、将輝とのシーンを前倒しにしています。普通ならあり得ない3部屋間の入れ替えは燈也が気を使った結果(彼も婚約者がいるので、深雪に気を遣った)でもあります。