現場を見に行った達也らにとっては結果的に無駄足となった夜。とあるドラマ映画の刑事の名台詞にある通り、事件は現場で起こっている。だが、事件は現場から遠い場所で準備されていることが多い。
国防陸軍の最高司令官である蘇我大将は、都内の会員制クラブに足を運んでいた。彼は一人の護衛と一人の秘書官、たった二人の護衛を連れてくるというお忍びぶりであるが、その理由はこれから会うことになる人物にあった。
個室に入った蘇我らを出迎えたのは、神楽坂家の筆頭執事である
「お忙しい中、ようこそお越しくださいました、閣下」
「いえ、こちらこそお招きいただいたことに感謝いたします」
そして、その背後には神楽坂家現当主、神楽坂千姫が控えていた。彼女に対して蘇我は深々と頭を下げた。国防陸軍の総司令官である蘇我はその職務に就くにあたり、護人―――神楽坂家の詳細について聞き及んでいる。
国防軍関連は本来なら上泉家の領分だが、現当主である元継と先代当主である剛三は別件の為に手が回らない。なので、義兄である剛三の頼みで千姫が直接出向く形となった。
「先日は第101旅団関連で手を回していただき、ここに出向けなかった上泉家当主に代わりお礼を申し上げます」
「いえ……ただ、対大亜連合強硬派が九校戦の趣旨を捻じ曲げるような行為を許してしまい、力不足を感じております」
「閣下は陸軍を束ねる立場故、定期的なガス抜きが必要だということぐらい承知しております。これは我が義兄である剛三殿もご承知のことです」
九校戦は単に魔法科高校同士のレベルアップや競争本能を向上させるためだけではなく、非魔法師の魔法に対する偏見を少しでも無くすためにスポーツ要素を取り入れた形として実施されている。
昨年の横浜事変があったとはいえ、強硬派のやり方はあまりにも稚拙であると蘇我は謝罪の言葉を口にした。だが、千姫はそれを一々咎めることはしないと敢えて口に出した。
「それで神楽坂殿。此度はどのようなご用件でしょうか?」
「実は、その強硬派を唆した人物がいるようですので、閣下のお耳に入れてほしいと思い、此度の席を設けさせていただきました」
千姫は悠元から、対大亜連合強硬派がどうしてこのタイミングで九校戦に口出しをしたのか、という疑問を聞かされていた。
横浜事変の後はUSNA東海岸での人間主義者による反魔法主義の運動を受けて鎮静化していた部分に加え、大亜連合との休戦を巡っての暗闘もあったのだろうが、それならば態々九校戦を利用せずとも既存の魔法競技リーグにUSNAから倣う形で取り入れた方が早い筈なのだ。これに関しては千姫も同意見だった。
それに、いくら春の魔法師排斥運動が沈静化したとはいえ、非魔法師の魔法に対する偏見は根強いのも事実である。この情勢を国防軍の軍人である彼らが読めないはずなどないのだ。
とりわけ、スティープルチェース・クロスカントリーを高校生の競技で取り入れるという無茶をしている。対立しているとはいえ将来の国防を担うであろう貴重な人材を使い潰す様な競技の採用を酒井大佐が許容したことも疑問に残るのだ。
となれば、残る可能性は一つ―――国防軍に関与できる第三者が対大亜連合強硬派に九校戦の競技変更をさせるように唆したということ。この国と大亜連合が争って疲弊することを望む者たち。その可能性を千姫は蘇我に話し始めた。
「横浜の
「何と……その名は大亜連合からの亡命ブローカーとして度々耳にします。とはいっても、私を含めた上層部のごく一部に限られますが」
横浜事変では
千姫は笑みを零しつつも、懐からデータカードを取り出してテーブルの上を滑らせるように蘇我へ差し出した。
「その証拠といたしまして、こちらのデータを差し上げます。可能であればオフラインの端末で閲覧するようお願いいたします」
「成程、軍方面の傍受も長けている相手という訳ですか。情報提供とご忠告に感謝いたします」
流石に直接エシェロンⅢやフリズスキャルヴ、それを利用している顧傑のことは口に出せなかったが、国防軍側にも傍受の危険性を今一度認識してもらう意味でオフラインでの閲覧を推奨した。
蘇我としては、相手が世界群発戦争の英雄の一角であるだけでなく、今の国防軍の危うさを真正面から投げかけられたようなものだ。これには流石の蘇我でも反論できる材料はないに等しいだろう。
「神楽坂殿、態々ここまでしていただけるということは、私どもに何か見返りをお求めなのでしょうか?」
「今すぐに、とは申しませんが……大将閣下には、今上陛下の『おことば』に込められた意味を余すところなく国防軍全体に広めていただきたいのです。無論、私からも防衛大臣へ直接働き掛けを致します」
「ふむ……その真意はお聞かせいただけるのでしょうか?」
この国家を守る立場である以上は
春に発表された内容―――その真意も蘇我は薄々と勘付いていた。何せ、身内には十文字家の養女となった少女の存在もあり、蘇我も彼女を実の娘のように可愛がっている。魔法師に関わることとなれば、軍人としても尚更である。
「この国は周辺国からすれば小国です。いくら魔法の力があるとはいえ、国民全体から見れば少数派の魔法師社会を非魔法師が『平和の敵』と見做すことも考えられるでしょう。そうなれば、我々は周りから見れば手頃な“餌”になりかねません」
「大亜連合、新ソ連……
「それと、国際魔法協会の本部があるイギリスもです。いくら連邦制が崩壊したとはいえ、オーストラリアの魔法師はイギリスの色を強く受けておりますので」
現代魔法を軍事力にしようとした発端は旧アメリカ合衆国―――そこから全世界に魔法の技術が伝わり、全面的な熱核兵器戦争は回避できた。だが、その代償として非魔法師からすれば“見えざる力”である魔法の力を悪用して犯罪に走る者も出始め、それが結果的に魔法への恐怖として根付いてしまった。
非魔法師による人の業が、結果的に非魔法師を苦しめる結果となった。国を守る力として生み出した結果、その力を手にしたことで恐れが生じた。これは魔法のみならず、古今東西におけるあらゆる技術革新で起こり得ていたことの繰り返しである。
千姫はその現実を知っているからこそ、神坂グループに関しては非魔法師を積極的に採用し、魔法技術関連では実戦レベルに満たない魔法師を積極的に囲い込んでいる。
現代魔法の発展によって失われた古の魔法技術を復活させ続けている次期当主の存在は、現時点で実戦レベルに満たない魔法師に対する希望にもなりうるであろう。その一端を国防軍も享受しているわけだが、戦略級魔法に関してのトリガーは決して渡さないと決めている。
「……まるで、第二次大戦時の我が国に対する警戒心の様相ですな。分かりました。陸軍のみならず、空軍や海軍にも通ずる話である様ですので、直ちに防衛大臣へ具申いたします」
「助かります。そのついでではありますが、国防軍に対するイメージ改善の一手を打ちたく、蘇我大将にお願いしたいことがございます」
千姫は、徒に戦火を齎す者の存在を決して許さない。次期当主である悠元もその点に関しては非常に似通っており、九校戦での試合を見て彼を神楽坂家に引き込もうと決心した。別にこの国が世界のリーダーへのし上がりたいわけではなく、友好的な関係を作れる相手がいるのならば、それに越したことはない。
千姫と蘇我の会談は、結果的に4時間にも及ぶ熱の入ったものとなった。
◇ ◇ ◇
熱の入ったもの、という点ではこちらも負けてはいないだろう。
全国魔法科高校親善魔法競技大会―――九校戦の開幕が翌日に迫っている中、ホテルの中庭にてレオがトレーニングに励んでいた。余計な邪魔が入らない様に人除けの結界を悠元が展開している訳だが、先程までランニングでコンディションを整えていた幹比古が偶然その場所を見つけて遭遇した。
使っている結界術式自体が精霊魔法の人除けで使うものと似通っていたことに加え、幹比古自身がレベルアップしていた影響もあってすぐに分かった次第だ。
「悠元、って……お邪魔したかな?」
「幹比古か。人除けの結界を張ってたんだが……俺も腕が鈍ったかな?」
「いや、僕は偶然感覚で理解しただけだよ。それで……あれは、座標感覚を掴む訓練かい?」
悠元と幹比古の眼前では、レオから数メートル離れた場所―――等間隔で地面に突き立てられた約1メートル程度の細長い12本の鉄製の棒―――に向かって得意魔法である『
距離の感覚を掴むのは、この部分は完全に距離感を把握するということ。基本的に近接戦闘や自身を起点とした魔法が得意なレオにとって苦手分野とも言える。
「鉄棒にCADとちょっとした代物を取り付けててな。その実験も兼ねてるのさ」
「どんなものなんだい?」
「
「……悠元は世界を引っ繰り返すつもりかい?」
サイオンの発生過程やその回復に関する人体のシステムはいくら達也の『
その睡眠に生じる脳の波長を疑似的に発生させて周囲からサイオンを取り込む装置と単一の魔法式をインストールしたCADを鉄棒に取り付け、疑似的に氷柱型の想子構造体を再現している。
「出力の関係上、単一の魔法にしか使えない代物だよ。防犯用に
「……下手をすれば、非魔法師でも魔法が使えるってことだから?」
「それもある」
第三研における研究テーマの『多種類多重魔法制御』には、一人の魔法師が複数の魔法を行使するプロセスの段階で大きく分けて二種類の方法が取られた。
一つは三矢家が得意とする方法―――『ナインローダー』や『ライトニング・オーダー』などにおいて、一人の魔法師が自身の魔法演算領域を分割・並列処理することで複数の魔法を行使する方法。
もう一つは、本人以外の複数の魔法師が魔法を行使するように“同調”する方法。この方法の場合、自身の魔法演算領域に掛ける負担は少なく済むという利点が生じるが、れっきとした精神干渉系魔法―――有機物干渉魔法の類に属するため、研究が途中で打ち切られた。
ここで第三研に関する話を持ち出したのは至って簡単な理由で、想子発生器の変換プロセスに用いているのは中止された同調の研究結果から生み出したものであるからだ。悠元自身、第三研に通っている際にその研究の存在を知り、内密にそのデータを閲覧した。
そこには、現代魔法で聞いたことのない器官が別の名称を用いて記載されていた。その名称―――「
「これの開発経緯自体、迂闊に明るみに出せないからな。母上には予め伝えたが、まさか完成するとは思えなかった代物だし」
「それを完成させただけでも驚きしかないんだけど……」
そもそもの話、現代魔法の発動プロセスにおいて起動式を読み込んだ際、精神の意識領域から無意識領域に存在する魔法演算領域への経路が原作だと記述が存在しないのだ。
魔法演算領域への送信処理を起動式の側でフォローしていたとしても、魔法を発動させるためのロスはどうしても存在する。間違って大脳の意識領域に流れ込めば、脳が処理能力に耐えきれずに自壊してしまう可能性が高い。だが、現代魔法や古式魔法の使い手にはそういった様相が見られない。
『ゲート』―――意識領域の最下層と無意識領域の最上層の狭間に存在するもので、構築された魔法式はここから
それは、仮に『ゲート』を通過した直後の魔法式を破壊する精神干渉系魔法『ゲートキーパー』を使用した場合、起動式を読み込んで魔法を構築することすらできなくなる可能性がある、という問題だ。
その魔法を原作で食らったジャスミン・ジャクソンは魔法の構築を認識していたが、魔法の発動に失敗した。そうなると、起動式を読み込んだ想子信号は『ゲート』と異なる経路で魔法演算領域へ送り込まれている、ということになる。
魔法式と起動式を異なるものだと位置付けることは出来るが、その二つは構築前後という違いがあっても想子で構成された情報体であることに変わりない。特定の魔法式を無効化する『
ならば、魔法演算領域とは別の魔法師にしか存在しない“何か”が起動式の想子信号を精神の意識領域から無意識領域に送り込んでいるのだとすれば辻褄は合う。転生してから保有想子量や魔法力を向上させるために色々と実験を繰り返し、『
周囲の想子を取り込んで自身の想子へ変換する機能と魔法を展開する際に想子を放出する。更には人体を保護するエイドス・スキンを常時発動するための役割も備えた器官―――それがこの世界の『リンカーコア』と呼ばれる代物。これを核として各々の武器を事象・具現化する技術が『
「元々、あの装置の用途は魔法の可視化を目的としたものだからな。とは言っても、より立体的なホログラムの投射装置とか、かなり限定的な用途に絞り込むつもりだ」
「つまるところ、安全を目的とした魔法装置ってことかな?」
「そういうこと」
そして、これは自分以外誰も知らない秘密なのだが……現代魔法や古式魔法には意図的に『ゲート』を経由してイデアに魔法を投射する記述が使われている。この方法だと『ゲート』が封じられた際に魔法が使えなくなるだけでなく、物理法則改変に伴う消費想子量が多くなる事実も発覚。
常にイデアに対して露出させなければならない『ゲート』―――言うなれば、自らの精神を常時オープンの状態にしているに等しい行為。そうならない様に人体をエイドス・スキンで保護する機構も元来備わっているが、精神のセキュリティが甘い状態で魔法を運用するなど「愚の骨頂」と言わずして何と呼べばいいだろう。
自分が使用している魔法、改造・調整した魔法については『リンカーコア』を経由してイデアへ投射する記述を巧妙に隠蔽した上で書き換えている。自分が手を加えた魔法の大半がかなりの威力を誇っているのと反比例して想子消費が格段に減っているのは、『ゲート』を一切経由しない現代魔法であるからだ。
「空港とかの発着陸で指向性を持たせたサイオンによるレーザー誘導が可能になれば、天候状況に左右されない自動着陸システムも夢じゃなくなる。尤も、何が起きるか分からない以上は人の手を借りることは必要だろうがな」
魔法はあくまでも“技術”であり、“技巧”でもある。それを軍事転用できない様にプロテクトは予め組み込み、完全にブラックボックス化させる。それでも転用を目論む輩が出てきた場合は、自らの手で消し去った上で社会的な完全抹殺を図る。
魔法を魔法師のみならず非魔法師もその恩恵を受けることのできるものにしていくことで、魔法の有無に関わらず人類の共存を図る―――それが、俺の目指している未来の一つなのだから。
新たに独自解釈の魔法関連設定を出しました。
『ゲート』自体にエイドス・スキンを展開するだけの能力を有しているかの記述がないことと、天刃霊装の理由付けの為、それと原作のダブルセブン編から本格的に出てきた十三束に関する記述で出てきた「核」という単語を鑑みた場合、これが一番しっくりくる理由でした。
そもそも、エイドス・スキンで守られているとはいえ『ゲート』は自分の精神を開けっ放しにした状態で生活しているということに。だからこそ『ゲートキーパー』が通用するわけですが。
『マテリアル・コア』という案も考えましたが、意識領域と無意識領域を繋ぐという意味でそのまま使うことにしました。