四葉本家。当主の私室にて考え事をしているのは四葉家現当主である
「よろしいのですか?」
「千姫さんからの
真夜が口にしたその対象―――神楽坂家を含めた四葉のスポンサーである方々の意向は奇しくも一致したからこそ、その決定に真夜が口を挟むことは無かった。ただ、この問題に達也を動かそうとすることに関してはあまり気乗りしなかった。
葉山もそれを薄々と感じてはいるものの、彼の指摘を待つことなく真夜がハーブティーを一口付けてから話し始める。
「それにしても、因縁は付き纏うものとはよくいったものですが」
「奥様……」
「大丈夫よ、葉山さん。達也だけでなく悠元君も無関係とは言えない以上、間違いなく動くことになります……私だけ座して待つことは許されないでしょう」
それは、周公瑾の裏にいるであろう人物―――ジード・ヘイグ。またの名を顧傑。32年前に起きた真夜の誘拐事件、四葉と剛三の復讐劇を逆恨みする人物。正直なところ、真夜からすれば理解不能という感想が根強かった。
「そもそも、復讐しようとした相手を滅ぼしてくれたことに感謝する謂れはあっても、恨まれるのは到底理解できないわね。葉山さんはどう思うかしら?」
「そうですな……確かに復讐に費やす労力が必要で無くなったと思えばプラスになるでしょうが、恨みという感情のやり場を向ける相手がいなくなったがために四葉家や上泉家を恨んでいるものと思われます」
「成程ね。そう言われると納得できる気もします」
真夜もかつては世界に対して復讐を考えていたことがあった。その考えを止めるきっかけとなったのは、間違いなく自分の身内とその親友の存在が大きい。この部分に関しては、自分が受けた被害を“経験”へ変換されてしまったことによる達観もあるのだろう。
なので、あっさりと復讐を思い止まった真夜からすれば、未だに復讐心を抱く顧傑の心情が理解できないのも無理はない、と葉山はその辺の心情も含めつつ諭したのだった。
「ただ、顧傑も哀れですね。全盛期の力を取り戻した剛三殿に、彼以上の力を有する悠元君。そして達也と深雪さんを相手にしなければなりませんから」
「加えるならば、上泉家の現当主である元継殿にその奥方、達也殿のご友人がたに三矢殿の三姉妹も世界屈指の魔法師。彼は自爆特攻でもする気なのやもしれません」
「本当にそんなことになったら、最早憐れむ気すら起きないわね」
真夜の知る達也の周囲の人間でも錚々たる陣容なのだ。これに加えて十文字家の長男や一条家の長男まで加われば、顧傑が逃げ切れる保障はほぼ皆無といっても過言ではないだろう。
「僭越ながら話を九校戦に戻しますが、佐伯閣下は御助力していただけるでしょうか?」
「大丈夫よ。止めることが出来ないのだから、結局は手を貸すしかない。悠元君ぐらいにしか止められないあの子をおろそかに扱う度胸が国防軍にあるとは到底思えないわ」
そんな度胸は今の私にだってないのだから……とは口に出さなかったが、その台詞を含んだような真夜の言葉が葉山の耳に確かに聞こえたような気がした。
◇ ◇ ◇
前日も特に変わったことが起きることなどなく、2096年度の九校戦が開幕した。今年は実施する競技種目だけでなく、各競技の運営要領も変更されている。
まず、アイス・ピラーズ・ブレイクとシールド・ダウンは9名(ペアは9組)を3つのグループリーグに分けて総当たり形式の予選を行い、各グループ1位が総当たり形式の決勝リーグで順位を決定するという方式となっている。アイス・ピラーズ・ブレイクの場合は出場人数が各校1名もしくは一組という制限が加わったため、予選の形式が変わったぐらいの感覚だろう。
ミラージ・バットは各校からの出場者が27名のため、組み分けが4名の三組と5名の三組に分けられる。完全抽選方式の為、同じ学校の選手が同じ組に入ることも想定される。あと、昨年では話題となった飛行魔法についてだが、回数制限こそないものの1回あたりの連続飛行時間が1分に制限された。つまり、1分以内に着地しなければならないという訳だ。
モノリス・コードは昨年までの変則予選リーグ・決勝トーナメント方式から丸二日を掛けた総当たり形式のリーグ戦に変更された。なので、本戦モノリス・コードに出場する選手がスティープルチェース・クロスカントリーに出場する場合、かなりの負担を強いられる可能性が一番高い。
このため、悠元は事前に服部へ本戦モノリス・コードに出場する服部と3年の
スティープルチェース・クロスカントリーの主力である悠元と燈也、修司は本戦前半組なため、疲労回復の時間が取れるということ。そして、本戦の得点を稼ぎ切ってスティープルチェース・クロスカントリーの有無に関わらず総合優勝を狙いに行くという両方の魂胆を聞いて、服部も渋々ながら了承した。
1日目はアイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの男女予選とロアー・アンド・ガンナー・ペアが行われる。ロアー・アンド・ガンナーは各校一名(一組)が的の命中率によって調整したタイムによって競われる。
「出場する種目の時間が被っていたら、五十里先輩にご迷惑をお掛けするところでした」
「どうやらその心配は無くなったみたいだね」
達也は、アイス・ピラーズ・ブレイク・ペアで雫のCADを、ロアー・アンド・ガンナー・ペアで英美のCADを担当している。ペアならば四人纏めて調整を担当した方が手っ取り早いのだが、この辺は個々の選手による要望が大きい。
念のために悠元がサブエンジニアとして補佐に入っているが、作戦スタッフリーダー(昨年の新人戦統括役を担ったことから、作戦スタッフの満場一致で決まった)として本部テントからあまり動くことが出来ない。
それでも、男子アイス・ピラーズ・ブレイク・ペアとして出場する修司とレオのCAD調整を1時間で終わらせていた。元々練習から使っていた魔法から変更する必要もないため、大会用のCADに最終調整を施す程度で済んでいる。
「五十里先輩、千代田先輩から何か要望はありましたか?」
「いや、寧ろ『ありがとう』って感謝の言葉を伝えるように言われたよ。聞けば、花音に術式提供もしてくれたようだけど」
「千代田先輩なら使えると判断してのものですから」
予定されているピラーズ・ブレイク・ペアの予選リーグならば三高と当たらないため、防御面を担当するレオと雫が攻撃に回る必要などない。圧勝で勝ち上れるだろう。
ただ、決勝リーグでは『カーディナル・ジョージ』が策を弄するだろうが、修司の魔法は相手が防御術式や情報強化を使えば使うほど威力が増す代物で、加えてレオの新魔法もある。雫の場合は完成した『フォノン・ティアーズ』を隠し玉として忍ばせる予定の為、特に心配はしていない。
そもそも、ピラーズ・ブレイクとロアガン(選手たちはロアー・アンド・ガンナーを短縮してそう呼んでいる)に関して言えば、技術スタッフが本番中に出来ることは少ない。ペアなので技術スタッフが一人でもいればいい訳だが、達也としては昨年のことを考慮した場合、万が一のことは起きてほしくないという忸怩たる思いがあるのだろう。
「では、ロアガンのコースに行ってきます」
「ああ、気を付けてな」
「頑張ってね。司波君なら問題ないと思うけれどね……それで悠元君、リーダーとして作戦はどうするのかな?」
本部テントを出て行く達也を笑顔で見送った二人。すると、五十里が悠元のほうを見やりつつ話しかけてきた。
「まあ、事前の打ち合わせ通りで一先ず様子見ですね。今日のペアの結果を見た上で微調整は必要かもしれませんが、明日のピラーズ・ブレイクとロアガンのソロに関してはほぼ作戦通りでいいでしょう……本来は3年が音頭を取るべきだと思うのですが」
来年のことを見据えた動きと考えれば辻褄は合うだろうが……流石に技術スタッフを兼務している五十里に押し付けられる仕事ではないし、部活連会頭である服部も昨年の実績を鑑みれば精神的に強い悠元が担うべきだと推薦したため、已む無く引き受けた節がある。
それは置いといて、明日は自分も選手として出場することになるため、作戦自体に変更点は無い。水上競技を得意とする七高がロアガンで走行スピードを重視するのも想定済み。ならば、走行タイムと命中率を完全に両立すれば総合優勝への道は一気に開けてくる。
「悠元君や達也君のようなメンタルの持ち主は高校生のレベルだと殆どいないからね。服部君もその辺を加味して推薦したんだと思うよ」
「分かってますよ……その辺は流石に自覚ぐらいしてますし」
流石に『ミラーフォース』は使ったとしても決勝リーグぐらいで、『
流石に昨年将輝との対戦で使った『
そうやって五十里と話していると、女子ロアー・アンド・ガンナー・ペアの第一走者である英美・国東ペアがスタートランプと共に勢いよく走りだした。
ボート部である国東に対し、無動力ボートの魔法操舵技術を卒業生である美嘉が直々に教えていた。加えて、同じ卒業生である佳奈と真由美が英美に射撃技術を徹底的に教え込んでいた。
推定時速120キロを超えるボートは、ほぼ速度を落とすことなく綺麗なコース取りを行い、英美は達也から提供された『散弾型インビジブル・ブリット』で出現した的を的確に破壊していく。走行タイム・的の命中率共に1位をマークし、女子ロアー・アンド・ガンナー・ペアで堂々の1位を記録した。
◇ ◇ ◇
森崎・鷹輔の男子ロアー・アンド・ガンナー・ペアは2位、アイス・ピラーズ・ブレイク・ペアは男子の修司・レオのペアと、女子の花音・雫のペアが1位で予選リーグを通過した。ほぼ上々の滑り出しといっても過言ではないだろう。一日目の反省会としては、特に言うことなどない中身だろう。
「明日はピラーズ・ブレイクとロアガンのソロか……神楽坂、大丈夫か?」
「ええ、選手たちも特に問題はないでしょう。無論、自分もですが」
明日は出場選手全員が2年生メンバー。しかも、全員が十師族関係者(深雪は未だに秘匿されているが)という陣容。過信はしていないが、下手なことをしない限りは問題ないと踏んでいる。服部も練習を見に行っている限りでは大丈夫だと分かってはいるが、それでも不安はどうしても付き纏ってしまう。
現在の得点は一高と七高が100点で同点一位、続いて三高が60点という結果。水上競技なので海の七高の異名は伊達ではないという証明だろう。尤も、今回の選出メンバーだけで言えば原作のような序盤の苦戦など起こり得ないわけだが。
「技術スタッフ全体のレベルアップもしているので、十二分にいい結果は残せるとみています……楽観視や世辞抜きでの言葉ですが」
「昨年もそうだけれど、悠元君って結構容赦ないよね」
「そうですか? 他校も相応の努力をしている以上、気が抜けないのは当たり前ですよ」
それは確かに、と服部も内心で納得していた。昨年は摩利の負傷で危うく3連覇を逃しかけたという前例がある以上、アクシデントが起きない保証など無い。その為に気が抜けないのは事実だろう。
「―――とまあ、そんな感じで今日の反省会は終わったというわけだ」
「流石に初日だからね」
悠元の部屋に深雪が泊まっていることは公然の秘密。なので、悠元の部屋は無論の事、達也の部屋も溜まり場にするのは憚られる形となった。だからといって、ロビーやカフェで長時間屯っているのは周囲から冷ややかな目で見られかねない。
なので、達也らが溜まり場に選んだのはCAD調整用の作業車の脇であった。
「しかし、九校戦なのにキャンプみたいな感じがするのは否めないな」
「他校の生徒からも注目を集めていたからね」
呟くように述べた修司の言葉に対し、由夢は率直な感想を述べていた。何せ、使っている椅子とテーブルはキャンプ用のものを使っており、頭上には
実を言うと、一高の技術スタッフが使っている作業車はキャブコンバージョンと呼ばれるキャンピングカーを流用したタイプだからだ。昨年の単なる小型ワゴンタイプと比べれば充実を飛び越えて贅沢ともいえるアップグレードぶりであり、他校の生徒は一高の作業車を見て目を丸くしていたほどだ。
この変容にはいくつかの要素が絡んでいる。
まず、昨年の作業スタッフの居住性改善を要求したのは他でもない深雪であった。加えて、昨年サブエンジニアとして参加していた悠元も各自でCAD調整が出来る選手の環境を整えたいという思惑があった。
更に、春休みの一件で桁外れの報酬を受け取る羽目になった達也が深雪の暴挙を取り成すために雫へ相談し、北山家も絡んで一高へ“寄贈”という形でキャンピングカーをベースとした作業車を購入することとなった。
最初は深雪の敬愛する兄が狭苦しい環境で作業することが許せなかった訳だが、そこに加えて悠元と達也の事情も相まってそんな暴挙があっさりと実現してしまったという訳だ。
「コーヒーをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
この作業車に関する給仕は全てピクシーが取り仕切っている。元々オートメーションは3Hの役目でもあるし、そこに加えてほのかの想念を写し取ったパラサイトが憑りついている結果、本職のメイドと遜色ない給仕ぶりを発揮していた。なお、メイドの在り方をセリアがこっそり教え込んでいたというのもあるわけだが。
これには深雪と水波がやや不満げではあった。自分の領分を取られた気分なのだろうが、あくまでも九校戦中は仕方がないだろう……と思いつつ、ピクシーが淹れてくれたコーヒーを一口啜る。
「あっ、どうも」
そして、ピクシーからコーヒーを受け取ったのはケントである。彼は自ら達也の助手に立候補して、その立場を実力で勝ち取っていた。なお、作業スタッフである燈也と佐那、それと美月に加えて幹比古はこの場にいなかった。その代わり、セリアと修司、由夢がこの場にいるわけだが。
「エリカっちは何か用事があるとか言ってたね」
そう零したのは由夢だった。今回はエリカと由夢が同室なので、由夢がここに来ようとした際に誘ったところ、エリカは用事があると言って断ったのだ。その表情から見て面倒事だと由夢は察したが、それ以上のことは聞かないように努めた。
ここにいるのは基本的に達也と深雪が直接、間接的に声を掛けたメンバーだけ―――達也、深雪、悠元、ほのか、雫、修司、由夢、セリア、水波、ケントの10人。そして、人数には数えられないがピクシーが給仕をしている。
「レオは来るといっていたが……」
そう述べたのはレオと同室の修司であった。なお、由夢も深雪のことを聞いてレオに懇願しようとしたところ、修司が拳骨を食らわせて断ったことはここだけの話である。
「あの、西城先輩ならここに来る途中でお見掛けしましたよ。確か、ローゼン日本支社長のエルンスト・ローゼンでした」
ここで情報提供してきたのは達也の正面に座っているケントであった。彼は夕方まで作業をしており、ティータイムの前に一度自室でシャワーを浴びてから戻る途中に遭遇した、と述べた。
「西城先輩、迷惑そうな表情を浮かべていたような気がしました」
「俺が何だって?」
噂をすれば……というタイミングで現れたレオ。別にケントが陰口を叩くために声を発したわけではないわけだが、この場合は間が悪かっただろう。なので、修司が助け舟を出した。
「おう、レオ。お前が遅かったからな。何でもエルンスト・ローゼンに声を掛けられていたらしいと聞いたが」
「あ、ああ……まあな」
まるで、そのことについて触れてほしくなさそうな雰囲気を見せたレオ。いつもならばそこまで深刻そうな印象を見せない彼がエルンスト・ローゼンと出会ったことで何かしらあった、と勘の鋭い連中は即座に見抜いていた。
すると、セリアが悠元に近付いて小声で尋ねた。
(お兄ちゃん、今日男子のピラーズ・ブレイクを見てたんだけれど、偶然エルンスト・ローゼンがどこかに電話してるのを見たんだよ。唇の動きからして、レオを“引き込む”とか、“最悪は誘拐”とか物騒なことを言ってたと思う)
男子ピラーズ・ブレイク・ペアでは、レオに渡した領域型反射防御魔法『
達也も物々しい雰囲気を払拭するため、レオに席を勧めた。悠元もこの場ではレオへの追及をしないと決め、お茶会を楽しむこととしたのだった。
今年最後の投稿です。
来年も不定期更新ではありますが、良いお年を。