魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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あけましておめでとうございます。
不定期更新は変わりませんが、今年もよろしくお願いします。


カートレースにF1レベルを持ち込む暴挙

 お茶会もお開きになり、悠元は周囲に人がいないことを確認した上で、通信機で連絡を取る。数回のコール音の後、連絡が繋がったのを確認した悠元は声を発した。

 

「―――夜分遅くに失礼します、小野先生」

『神楽坂君!? ……また面倒事なの?』

「それを小野先生が仰いますか? 公安の絡みでエルンスト・ローゼンをマークしている貴女が」

『!? ……何で知っているの、と聞いても教えてはくれないのでしょうね』

 

 この辺は原作知識にも係ってくる話だが、公安がエルンスト・ローゼンやレオの身辺調査をしていることは把握しているし、バスティアン・ローゼンの遺産問題もある程度は把握している。ただ一点……悠元がバスティアン・ローゼンの遺産相続対象になっている点だけは公安でも把握しきれていないことを悠元は知っている。

 

「『神将会』絡み、そして爺さん絡みだと言っておきます。……どうやら、相手はレオを誘拐してでも事を進める気のようですね」

『その通りよ。新型の調整体が16体と製品化すらされていない最新の魔法装備まで持ち出してくるみたい』

「16体……」

 

 確か、記憶だとファールブルグ姉妹の2体だけだったはずだが、遥から聞いた数はその8倍。加えてローゼン・マギクラフトでは製品化すらされていない最新の魔法装備付き。明らかにレオ一人で相手に出来るのか不安に思えてくる。

 この場合、レオが……というよりも相手の話になる。何せ、パラサイト事件ではカーボンコートを着込んだパラサイト(相手をしたのがパラサイトに憑りつかれたミア)相手に善戦し、魔法力も一科生のレベルにまで上がっている。

 間違いなく全盛期のゲオルグすら超えている、という剛三の評価をそのまま鵜呑みにするならば、レオが不覚を取る確率は低いだろう。だが、油断は禁物だ。加えて、ここは国防軍の敷地内である以上、公安の人間である遥が表に出るのは拙い。

 

「……小野先生、貴女も含めて公安は一切手を出さないでください」

『まさか、神楽坂君が動くと言うの?』

「爺さんがローゼンの一件に関わっている以上……いえ、バスティアン・ローゼンの遺産関連で俺も関係している以上、関与しない理由はないですから」

『え、え?』

 

 遥は困惑を隠せないが、現時点で言える事実はこれぐらいだろう。悠元はいくつかのことを遥かに言い含めてから通信を切った。そして、その場で一つ息を吐いた。

 

「パラサイドールが最低16体にドイツから新型調整体が16体……魔法装備を全部分捕ってでもしないと割に合わんわ」

 

 相手から何かしら言われるかもしれないが、レオは既にこの国の魔法師なのだ。それを向こうの勝手な都合で連れ去ろうというのならば、それに見合ったペナルティを支払ってもらうだけの話だ。あまり遅いと深雪が心配して連絡してきそうなため、悠元は足早に自分の部屋へと戻ったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 8月6日、大会2日目の未明。

 この時期の夜明けは早いが、時間は真っ暗な空に青みが混ざり始めた頃。深雪は脇で愛しい恋人である悠元の寝顔を見つめていた。

 自分の兄もそうだが、彼も眠りに関してはかなり深い。ただ、起きると決めた時間には必ず目を覚まして行動を開始する。殺意のみならず、敵意や害意といった類を感じた際には即座に起きる。例え悪意が無くても、一定以上の距離に近付けば目を覚ます。

 そうしない時は、彼がそう決めて眠りに就いていない時ぐらいでしかなく、目を覚ます距離はその時々でまちまちだ。尤も、最近は一緒に眠っている影響からか、深雪が相手ならば至近距離であっても眠っていることが多い。

 

(……昨年は、私が押し掛けて一緒に眠っていましたっけ)

 

 深雪は知りたかった。

 昨年の場合は、まだ深雪が恋愛感情を自覚する前後辺りであり、婚約者となってからは一緒にいる時間を大切にしようと心掛けてきた。

 だが、大体の場合は自分から押し掛けることが大半で、そのことを悠元は一切断ったりしない。流石に公的な場での振る舞いに関して忠告されたりはしたが、それは深雪が淑女としての振る舞いを忘れてほしくないという気遣いだと理解はしている。

 できれば甘えてほしいと思う反面、今まで甘えさせるということを知らなかった深雪からすれば、それは未知の領域とも言えた。

 

(私は、本当に悠元さんにどこまで許されているのだろう……)

 

 不意に深雪は寒気を覚えた。真夏とはいえ、富士演習場の地形的に夜間は冷える気候で、着ているのは真夏用の寝間着。体が冷えてもおかしくはない。

 だが、ここで深雪の思考はおかしい方向に傾き始めた。深雪は徐に悠元の額に手を当てたのだ。一昨晩にあのような抱き着きをしたせいで起きた時の深雪は顔を真っ赤にして俯くほどだった。そして、昨晩から今朝にかけては別のベッドで眠っていたのだが、悠元が気になって何度も起きてしまい、寝不足気味の深雪の思考が理性を融かしていく。

 

(悠元さんは……冷たい)

 

 別に悠元の体調が悪い訳ではなく、無駄な代謝を抑えるために基礎体温をコントロールしているだけなのだが、理性の箍が外れかけている深雪からすれば「温めないと」という思考が最優先となっていた。

 深雪は布団をめくり、その中へと潜り込む。そして、肌を温めようと布団の中で寝間着を脱ぐと、そのまま悠元を抱きしめたのだった。彼の身体から感じる温もりに心地よさを感じて、深雪は自分でも気が付かない内に夢の世界へと旅立った。

 

 規則正しい深雪の寝息が聞こえ始めたところで、悠元は目を覚ました。

 実を言うと、深雪が覗き込んでいるときから意識はあり、目を閉じていても『天神の眼(オシリス・サイト)』が無意識的に深雪の存在を認識しており、磨かれた気配察知能力でも深雪を察知していた。

 正直なところ、ここが九校戦の宿泊ホテルでなかったら、そのまま起きて深雪に欲情していたかもしれない。それでも何とか踏みとどまれたのは、今日が自分と深雪の出場する種目であることに加え、婚約の事実は四葉家の次期当主が決まるまで公表できないという問題がある。

 それに、深雪は恋人である前に大切な友人の一人でもあるため、下手に無茶はさせられない。仮に彼女自身が望んだとしても、自分の中でそれを許せなくなる。

 

(……朝までまだ時間はあるから、ゆっくりおやすみ)

 

 幸いにしてひと眠りするぐらいの時間はあるので、競技に支障が出ることは無いだろう。悠元は深雪の手を避けると、彼女の頭を撫でてからゆっくりと立ち上がり、早朝の空気を吸いに部屋を出たのであった。

 

 なお、日が昇ったころに深雪は目を覚ましたのだが、いつになく恥ずかしそうな表情で悠元を見つめていた。冷えた体を温めてくれようとしたことは深雪なりの親切だと思って頭を撫でると、深雪はすっかり機嫌を取り戻していた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 大会2日目はピラーズ・ブレイク・ソロ予選とロアガンのソロが行われる。北アメリカ合衆国(USNA)の首都ワシントンにある大統領官邸(ホワイトハウス)。約14時間の時差があるため、競技開始予定の時刻は丁度夕食の時間となる。

 スターズ総隊長ことアンジー・シリウス少佐もといリーナは、先月の時点でセリアから今年の九校戦に出場することを聞かされ、最初はセリアに連絡を取って問い詰めた。セリアは既にスターズを脱退しているが、彼女から機密が漏れる可能性は極めて低い。この部分については大統領が確約している。

 

「その、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「はは……リーナの懸念も理解はするが、今回は身辺警護を態々お願いしているだけだよ」

 

 USNA国内における反魔法主義者の魔法師排斥運動は鳴りを潜めたが、未だに反魔法主義の魔法結社は根強く残っており、政府の野党のみならず与党の一部にも根が残っている状態。なので、大統領は自らの権限で『アンジー・シリウス少佐』に身辺警護を依頼した。

 これには孫娘とのスキンシップを取りたいという思いもあるが、一番の理由はスターズ内部に存在する組織内の軋轢を一時的にでも和らげる狙いがある。

 大統領執務室の大型モニターには九校戦の放送が流されており、リーナもアンジー・シリウスとして身に着ける仮面や『仮装行列(パレード)』をしない状態でその場にいる。そして、二人の世話役としてシルヴィア・マーキュリー大尉(リーナのフォロー役に伴う形で准尉から昇進した)が大統領にコーヒーを、リーナに紅茶を差し出した。

 

「閣下にリーナ、どうぞ」

「おお、世話をかけてすまないねマーキュリー大尉。リーナは最近も暴れていると聞いているが」

「ええ。この間は訓練用の的が全壊しまして」

「うぐ……セ、セリアよりはマシだから!」

 

 元々、暴走しがちなリーナのストッパーを魔法の側面でも抑えていたセリアの力。シルヴィアはこの立場になることで、改めてリーナの規格外さとセリアの苦労を目の当たりにした。いくら必要経費とはいえ、限度というものは存在する。そのことを理解してほしいという思いを込めたシルヴィアの報告に対し、リーナは頬を赤らめつつ反論した。

 

「何を言っているのですか、リーナ。確かに被害額だけで言えばセリアに軍配が上がりますが、セリアがああいった行動を取ったのは、全てリーナやセリア自身を守るためだったかと」

「……ううっ」

 

 セリアの場合、自身やリーナに対して色目や欲目を抱いている連中を見つけてはビルで押しつぶそうとしたり、若しくは『レーヴァテイン』の実験材料に使おうとしたり……果ては『ブリオネイク』の調整実験で標的にしたりと事欠かない。

 リーナと違うのは、その行き過ぎた対処の結果として他のスターズの女性隊員から割と好感を持たれている、という点にある。そう言った曰く付きの輩は他の女性隊員からも不評を買ってはいるが、権力の関係で逆らえずにいた。そういう連中を懲らしめたセリアに対し、年下でありながらも勇敢な女性兵士として結構評価は高めである。

 

「って、そろそろセリアの言っていた競技……ロアー・アンド・ガンナーと言ってたわね」

「(逃げましたね……)ええ。この競技は確か、我が国の海兵隊が行っていた上陸訓練をベースにしたものと聞いています」

「……セリアなら、圧勝するのではないのかね?」

 

 大統領の懸念は尤もである。スターズにおける上陸訓練は、海兵隊のものよりもかなり厳しい条件を課されることが多い。それすらも軽くパスしてしまったことがあるセリアからすれば、本当にお遊びのレベルになってしまうだろう。

 この懸念はシルヴィアやリーナも同意見であった。

 

 スタート位置には流線形の無動力ボートに乗ったウェットスーツ姿のセリアが銃形状のCADを手にしていた。このCADを設計したのは悠元であるが、その事実を知る人間はUSNAの関係者にはいなかった。

 スタートランプが次々と灯り、全て点灯した瞬間にセリアは魔法を発動させ、無動力ボートは勢いよく走りだした。その初速を見た瞬間、リーナが目を見開いた。

 

「……え? 今、いつスタートしたの?」

「すみません、リーナ。私にも見えませんでした」

 

 モニターに映る限りでは、セリアがまるで消えたように姿を消したのだ。コース自体はバトル・ボードのものをある程度流用しているため、本来想定される平均速度は時速約60キロメートル程度。だが、今見た感じではその倍以上の速度を叩き出している。そうこうしている間にセリアが1周目を走り切り、そのスピードを維持したまま2周目に突入する。

 

 2周目から出現するロアガンの的に対し、セリアは用意していたCADを構えて引き金を引く。こういったタイプのCADには照準補助装置が組み込まれているが、あらゆる事象を認識することが出来るセリアからすれば、補助装置自体“気休め”でしかない。

 更に、達也から提供された『散弾型インビジブル・ブリット』に悠元が手を加え、『ブリオネイク』の制御術式を更に小型化することでセリア専用の術式である『電磁拡散弾(ライトニング・ショットガン)』で的を破壊していた。

 その魔法を見た瞬間、リーナは盛大に頭を抱えていた。威力こそ違えど、コンセプト自体は『ブリオネイク』を模した魔法なのは間違いなかったからだ。

 

「リーナ? どうかしたのですか?」

「……セリアが使ったあの魔法、コンセプト自体は『ブリオネイク』と同一のものかと」

 

 リーナの戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』はセリアも使用できる。だからこそ、リーナの魔法を制御したり『リバース・ヘビィ・メタル・バースト』という対抗魔法も使うことが出来る。セリア自身は戦略級魔法を使う気などないが、威力こそ違えど『ブリオネイク』を更に改良したと知れば、セリアをUSNAに引き戻させる可能性が出てくる。

 

「リーナだからこそ分かったという訳か……国防長官には私から言い含めておく。そもそも、引き戻して彼女だけでなく健の機嫌まで損ねたら、いくら私でも庇い切れないだろう」

「それは僭越ながら、私も同意見です」

「閣下にリーナ、二人してですか……」

 

 大統領とリーナの一致した意見に対し、シルヴィアは呆れたというよりも納得せざるを得なかった、という心境だった。

 シルヴィアが戦略級魔法師捜索の件でリーナのサポート役に任命された際、セリアに関することも聞き及んでいる。功績だけでなくやらかした部分も含めてのものだが、後半部分に関してはセリア自身やリーナが明らかに不利益を被る場合にしか動いていないため、魔法の訓練で頻繁に物を壊してしまうリーナとは違ってまだ親切に応対できると踏んでいた。

 

 圧倒的な走破タイムと的を全て破壊するパーフェクトの命中率。セリアの麗しい容姿も相まって、観客は白銀の天使に見とれていた。尤も、彼女からすればそんな評価など別に望んでもない……と、モニターに映る様子を見ながら、リーナはそう内心で呟いたのだった。

 


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