魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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気が付いたら過ぎた親切心

 大会2日目も一高は順調に進めていく。

 ピラーズ・ブレイクの男子ソロ予選。ここは視聴率のことを勘案してなのか、将輝と悠元は別リーグに分けられた。悠元の予選の相手は四高と七高で、特に警戒する相手はいない。昨年と同じく硬化魔法のマルチキャストで完璧に防御し、相手の防御の上から『天壌流星群(ミーティアライト・フォール)』で貫通攻撃を行って完勝した。文句なしの予選1位で決勝リーグにコマを進める。

 ピラーズ・ブレイクの女子ソロ予選は深雪が『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』で2戦とも完勝。こちらも予選を1位で通過して決勝リーグへ進出した。予め渡していた残り二つの魔法は決勝リーグで使うつもりのようだ。

 

 ロアー・アンド・ガンナーの女子ソロは第一走者となったセリアが常識外れの成績を出したことで、他校の走者にも少なからず動揺を与えた結果、2位以下が乱戦模様となった。それでも三高が2位、七高が3位となった。

 そして、男子のロアガンのソロで一番ショックを受けていた人物は……他でもない三高の吉祥寺真紅郎であった。

 

「吉祥寺、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないか」

「そうよ。2位でも立派だと思うわ」

 

 一高がここまで本戦ロアガンの3種で1位を取って200点。七高が140点で、三高が100点と他の二校を大きく引き離している。出だしで躓いたわけではなく、水上競技に強い七高を抑えて一高がトップに立っていることよりも、真紅郎が落ち込んでいる理由は、勝ちを拾った形となったことだった。

 

「まさか、一高と七高がほぼ同じ結果に至っていた……しかも、僕の『インビジブル・ブリット』に多彩のアレンジを加えてくるなんて」

 

 これは悠元と達也が考えた策の一つであった。真紅郎の『インビジブル・ブリット』に多彩のアレンジを加えることで、適正競技であるロアガンを1位独占する。

 奇しくも男子の第一走者となった燈也が驚異的なボートスピードと精密射撃でトップの成績を叩き出し、第二走者以降に動揺を与えた。この影響で七高は必死に追いつこうと射撃に振った結果スピードが落ちる形となり、三高の代表であった真紅郎が精密射撃の差で辛うじて2位になった。

 結果論ではあるが、真紅郎が2位となったのは奇しくも燈也のお陰ということに悔しがっていた。これには流石の将輝もどう言葉を掛けていいか分からずにいた。

 

 燈也には昨年亜実が使用していた『水中遊泳(アクア・ドルフィン)』を用い、『拡散型インビジブル・ブリット』で的を全て命中させていた。真夏という環境で熱を持つことになる的を捕捉するなど、熱量操作を得意分野とする燈也からすれば目を瞑っても出来る所業であった。

 

 今日も夜のお茶会があるわけだが、今日を含めて達也は忙しくなっていた。明日はシールド・ダウンの男子ペアに出場する桐原と、ピラーズ・ブレイクの女子ペア決勝リーグに出場する雫。明後日はピラーズ・ブレイクの女子ソロに出る深雪、シールド・ダウンの男子ソロに出場する沢木が達也の受け持っている部分だ。

 ただ、燈也が技術スタッフの手伝いとしてシールド・ダウンの女子ペアの紗耶香やエリカと女子ソロの由夢、ピラーズ・ブレイクの男子ペアのレオを担当することになっているため、そこまでの負担になっていない。

 

 パラサイドールも気にならないわけではないが、ただでさえ働きづめの状態で精神を使っていればいくら達也でも疲労が溜まる、と悠元に諭された。深雪のことも考えれば、万が一に備えて万全なコンディションを整えつつ、今は技術スタッフとしての仕事をしっかりとこなすことに集中していた。

 

(……正直なところ、俺からすれば悠元がしっかり休むべきだとは思うのだがな)

 

 達也も悠元の行動全てを把握しているわけではないが、作戦スタッフリーダーとしての調整役に加え、選手の取り成しや技術スタッフの手伝い、更には選手としてのコンディション調整。加えてパラサイドール関連だけでなく、別の事にも気を配っている。

 これだけ挙げると、達也以上の忙しさとなっていることに加えて深雪の面倒も見ている以上、彼が九校戦中に倒れても不思議ではないだろう。幸い、昼間については緊急事態が起こらない限り本部テントか自分の部屋で仮眠を取っていることが多いため、競技に支障が出ないことは確かだろう。

 

 その悠元はというと、ホテルの一室にいた。今日のお茶会に出向こうとしたところ、内線の電話が掛かってきた。フロントからは相手の名前を聞いたが、どうにも聞き覚えのない名前と部屋番号を聞かされた。

 罠の可能性もあるだろうが、この時期に態々接触してくる相手は相当限定される。そして、指定された部屋の向こうに感じる気配からその人物を察しつつノックをすると、待ち構えていたようにその人物がドアを開けた。

 誰かが見ている可能性もあるため、悠元が素早く中に入ってドアが閉められたところでその人物―――私服姿の風間(かざま)玄信(はるのぶ)少佐に声を掛けた。

 

「―――風間少佐、私服なので非番なのかどうかは敢えてお尋ねしませんが、どういうつもりです?」

「……その様子だと、今回の九校戦に関して当然気付いているというわけか」

 

 沖縄防衛戦での大亜連合侵攻に関する情報提供から考えれば、悠元が今回の事態を把握できない道理はない。それは当然理解しているからこそ、風間の言葉は感心にも近いような印象を受けた。

 だが、悠元からすれば憤りしかなかった。いくら相手がパラサイト関連とはいえ、その対処を同じ国防軍ではなく自分と達也が負わなければならないということにだ。自分らが国家非公認の戦略級魔法師かつ国防軍の特務士官とはいえ、国防軍の尻拭いをする義理は無い。

 これに対する回答を風間は持ち合わせていなかった。

 

 ともあれ、このまま立ち話も拙いため、備え付けのソファーに向かい合う形で座った。

 九校戦の事情は粗方承知だと考えているため、そこに至った経緯について悠元は触れた。

 

「パラサイト事件で独立魔装大隊に一切関わらせなかったのは藤林少尉経由で九島烈に勘付かせないためでしたが、七草弘一が古式魔法に詳しい九島家に協力を要請したことで関東に来ていました」

「それに関してはこちらでも把握している。ただ、パラサイト事件の顛末はこちらも詳しく知らされていない」

「……パラサイトの大半は封印して神楽坂家で管理していますが、その処理の際に九島家がパラサイトを持ち去り、今回の九校戦に持ち込みました。兵器の名称は『パラサイドール』―――ガイノイドにパラサイトを組み込んだものです」

 

 風間の反応を見るに、いくら身内に九島家と繋がりを持っている人間がいるとはいえ、そこまでの情報を得ていない。或いは情報の真偽を響子が探っており、上官である風間にまで届いていないという可能性。

 

「率直に聞きます。この際、第101旅団や独立魔装大隊の動き如何は問いませんが、風間少佐は俺に何を望んでいらっしゃるのですか?」

 

 悠元自身、今までの風間の発言に嘘や誇張は含まれていないと感じていた。それは風間個人としての思いであり、軍人としての行動規律に従わなければならない状況となっても、彼個人との繋がりを切るつもりなどなかった。

 風間がこのホテルにいるのは恐らく響子の監視を睨んでのものであり、第101旅団や独立魔装大隊としてパラサイドールの排除は出来ない。下手すれば国防軍同士、国防軍と十師族の対立となり、今までの協力関係にヒビを入れかねない。

 そうなると、国防軍の装備を使うのは明らかに拙い。万が一達也が動くための装備は作業車に誤魔化して積み込んではあるし、達也にもその辺の事情は説明した。深雪の危険を排除するためと言われると、こちらとしても止め切れる自信がなかったからだ。

 

「……恥を承知で頼みたい。国防軍の暴走を止めるべく、悠元の力を貸してほしい」

 

 風間は座りつつも深く頭を下げた。この状況に対して風間は動くことが出来ない……それは重々承知している。響子経由で達也にある程度の話が伝わっているのは、達也に対する戦略級魔法師としての監視行動から把握しているものと思われる。

 

「それは、国防軍の軍人としてのお願いですか? それとも、風間玄信個人としてのお願いですか?」

「後者と捉えてほしい。自分自身、十師族に対して良くない感情を持っていることは悠元も知っているだろうが、国の護りを疎かにしたいという欲など持ち合わせていない」

 

 彼が大越戦争でのゲリラ行為を起こしたり、その後の出世に対して何も文句を言わずに軍人としての職務を全うしている以上、彼にとって出世欲よりも軍人として……一人の国民としてこの国を守りたい気質は信じても良いと思っている。

 風間の十師族嫌いは知っているが、彼とて公私の分別ぐらいは持ち合わせている。でなければ、自分や達也を独立魔装大隊の特務士官として受け入れることはなかっただろう。

 

「……分かりました。今回の件については神楽坂家と上泉家、それと四葉家が既に動いています。それと、九重先生も今回は看過できないということで協力してくれています」

「師匠もか……」

 

 風間に対し、スティープルチェース・クロスカントリーが近くなれば響子が接触してくると思われるが、今回は一切の装備提供は要らないと釘を刺した。どう対処するのかという風間の疑問に対し、悠元はこう答えた。

 

「昔の言葉で『目には目を、歯には歯を』というものがありますが……なら、パラサイトには相応の装備で挑みます。達也には自分が陸軍兵器開発部にいた時に試作した『ストライク・スーツ』と『バハムート』、それとパラサイト事件の後に渡した新装備で対処してもらいます」

「達也が動く……いや、その可能性は極めて高いな」

 

 『ストライク・スーツ』―――あらゆる極限状態に対応し、スーツ内部に仕込まれた仮想起動式展開領域によってCADから発せられる起動式を吸収して装着者の精神領域に送り込むだけでなく、想子を一時的に蓄積・解放させる機構を搭載することで疑似的な『接触型術式解体(グラム・デモリッション)』を再現することに成功した。

 ただ、このスーツは保有想子量が潤沢でないと使えないピーキーな代物の為、当時は自分以外だと達也か深雪ぐらいにしか使えない代物であり、兵器開発部で放棄されていたものを三矢家でこっそり接収して完成させた。

 

 現状スティープルチェース・クロスカントリーでパラサイドールをどのように配置するかは不明だが、深雪の身に危険が迫れば達也は間違いなく動くであろう。彼には守護霊(サーヴァント)の魔法結晶を内蔵したCADを持たせているので、いざとなれば『交差する機械仕掛けの運命(クロス・エクセリオン)』を使うのも問題はないと言い含めている。

 

 万が一男子のスティープルチェースに出てきた場合、最悪は『陽光疾走(サンライズ・オーバードライブ)』か『霊魂雲散(スピリット・ディスパージョン)』で対処することも念頭に入れている。流石に九島烈がコース前半にパラサイドールを配置するように言い含める可能性はないと思いたいが、油断は禁物だろう。

 

「……本当ならば、国防軍絡みのことは身内で対処できるようになってほしいです。それでは、失礼します」

 

 それは、偽らざる本心からくる言葉であった。

 

 悠元は部屋を出た後、深く一息吐いた。本来なら響子が達也を動かすことになるのだろうが……そもそも九島烈からすれば、身内に被害が及ばなければ問題ないとでも考えているのだろうか。

 いや、原作における七草弘一の考え方からすれば、九島烈がそう考えたとしてもおかしくはないのだろう。ただ、九島家を危うくさせる行為は光宣の苛立ちを加速させるだけだと気が付くべきだと思う。

 

(ここでもし、光宣が健全な状態に回復すれば……それはそれで問題が山積しているわけだが)

 

 光宣には兄や姉がおり、奇しくも悠元と似たような環境に置かれている。ただ、自分が記憶している限りにおいて、パラサイト化した光宣に対して手助けをするような形となったのは事実だろう。その背景には『九島家が十師族から降格した』という七草家の身代わりとなった受け入れがたい事実もあるわけだが。

 もし、光宣を回復させてこちらに不利益を被らなかったとしても、今度は現当主の実子による次期当主の争いが加速しかねない。間違いなく光宣が選ばれることになれば、長男は九島家に居場所がなくなり、下手すれば殺傷事は免れないだろう。

 その懸念を抱いていたからこそ、似たような環境にあった自分は今の父親である元と向き合った際、転生者であることを明かした上に三矢の家督継承を拒否した。

 

「……無駄に親切心過ぎるのも問題なのかもしれんがな」

 

 国内の問題だけならまだしも、国外の問題まで山積している……そこまで気を遣っていることに、今更ながらそんな自分を皮肉るように呟きつつ、悠元は自分の部屋に戻ったのだった。

 




 今回は短めですが、大会3日目に被る形となるのでキリの良いところで切りました。

 実を言うと、そろそろ考えなければならない項目が一つあります。それは、今回の本文中に出てきている光宣の事です。自分としては光宣を救ってあげるルートを考えていますが、そうなると誰かかしらを暴れさせなければならないという『必要悪』が別に必要となります。
 そもそも、四葉にテコ入れをしたおかげで七草の嫌がらせもあっさり受け流せるレベルとなってしまったことが大きく影響するので、師族会議編の流れも大分変わりそうです。
 
 というか、魔法師が軍人になることを強要しないと言っておいて、戦略級魔法師の管理を勧めるという動きは分からなくもないですが、それを言ったら真っ先に挙げるべき対象はベゾブラゾフとマクロードという現実。
 主人公と達也の場合は、戦略級魔法の使用について政府と軍が自衛のためということで責任を受け持っているため何ら問題はありません。俗に言うコラテラル・ダメージ。

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