九校戦の本戦をトップで折り返した一高の快進撃は止まらなかった。
新人戦の男女ロアー・アンド・ガンナーは共に優勝し、女子ロアガンの
男子シールド・ダウンは3位。女子シールド・ダウンは水波と理璃が出場し、そのエンジニアを達也と悠元が担当するという反則級のバックアップ付きだが、出番は殆どなく無事に優勝した。
男子ピラーズ・ブレイクは2位、女子ピラーズ・ブレイクは泉美の独壇場となった。泉美が喜びのあまり悠元に抱き着いていたが、こればかりは悠元も周囲の人間も止めるような行動はしなかった。
ただ、一高の活躍が目立った一方で四高の二人―――亜夜子と文弥の活躍も目立っていた。
新人戦3日目のミラージ・バットでは、亜夜子の得意とする『疑似瞬間移動』をダウングレードさせたものだが、それでも2位につけていた一高の後輩をみるみる引き離していく。
「……悠元お兄様、ひょっとしてこのことをご存じだったのですか?」
「偶然知った、という形になるかな。流石に魔法の詳細は泉美でも教えられないけど」
元治と穂波の結婚に際して再び出会った後、剛三の付き添いで四葉の部隊を鍛え上げるという上泉家の裏家業を手伝ったことがあり、その際に文弥や亜夜子と対戦することになった。
文弥の固有魔法『ダイレクト・ペイン』を直接返してしまう特性を持つ自身の固有魔法『
この時点で達也や深雪はおろか、四葉の関係者にすら言っていないことを教えられるわけがなかったため、適当に誤魔化したのは言うまでもない。
続く男子モノリス・コードでは、一高が琢磨を筆頭にして食らいついていっているが、四高との直接対決では文弥の『
この噂を流した理由は達也と深雪から話題を逸らさせる狙いがあったのだろう。この辺は「クリムゾン・プリンス」を2年連続で破ったことにより変に悪目立ちしている自分が言えた義理ではないだろうが。
ただ、当初の予定通りに点数を稼ぎ切ったため、新人戦の優勝は一高で確定した。これによって2位の三高との差は300点近くとなり、万が一スティープルチェースでしくじったとしてもミラージ・バットとモノリス・コードで安定した成績を出せれば総合優勝はほぼ確定となる。
悠元はというと、モノリス・コードに出場する3年生のCADを担当していた。達也の陰に隠れがちだが、昨年の新人戦スピード・シューティングに出場した雫と本戦ミラージ・バットに出場した深雪のサブエンジニアに加え、昨年の新人戦モノリス・コードで調整を担当した達也からの“お墨付き”もあって担当することになっていた。
「達也ほどではありませんが……何か違和感があれば、遠慮なく言ってください」
「いや、十分すぎるほどに馴染んでいる。寧ろしっかりと使い切れるかが不安だな」
「そんなことを言わないでくださいよ、会頭」
「分かってる。だが、この九校戦が終われば次はお前に任せることになる」
服部から副会頭選出の際にその辺の事情を全て聞かされており、特に異存は無かった。そもそもの話、生徒会長に悠元と深雪のどちらが立候補するのか、ということについて特に騒ぎが起きることは無いだろうと踏んだ。
仮に生徒会役員として残っていた場合、深雪は辞退して悠元に生徒会長への立候補を推した可能性が極めて高い……というのは深雪本人も言っていたことである。
「まあ、十文字先輩や会頭のように出来るかは保証できかねますが、まずは選挙に当選してからの話でしょう」
「いや、悠元……学年主席の君を蹴落とせる様な輩がいると思うのかい?」
「幹比古、それは言わないでほしい」
原作と異なり、幹比古の担当を美月が担っている。美月は精霊の活性度から幹比古のコンディションを視ることに長けており、それに見合った調整方法を行っている。その方法は『
「しかし、あの感じは初心なカップルだな。まあ、神楽坂と司波に至っては阿吽の呼吸を無意識でやっていると言うべきか」
「
なお、美月の後ろには佐那が色々と美月を諭して(この場合は「唆す」とも言えるかもしれないが)おり、それを聞いた美月と幹比古が頬を赤く染めるほどであった。
実を言うと、悠元は当初姫梨のエンジニアも担当する予定だった。だが、姫梨のミラージ・バットにおける成績と2種目が重なる事情を考慮した結果、姫梨の担当は別のエンジニアが見ている。
結果として、夕食の席では安堵の雰囲気が漂っていた。そんな中、服部は本人の気質故なのか、悠元に確認の意味も込めて訊ねた。
「神楽坂、本当に感謝しているが……だが、いいのか?」
「明日の事でしたら、事前に打ち合わせした通りで進めます」
原作よりも一高の面々が強化されている以上、下手なリスクを背負う必要がない。只でさえスティープルチェース・クロスカントリー自体が大の大人でも躊躇ってしまう様な軍事訓練であるため、危機管理を優先しても問題はないと踏んだ。
問題があるとすれば、『プラスワン』の要素が既にドイツ方面で出ていることからしてパラサイドール方面にも影響が出ていないとは考えづらい。一応ピクシーがパラサイドールの波長を感じ取ってはいるが、明日はピクシーへの被害を抑える意味で彼女の能力をなるべく使わせない様にしておいた。なお、ピクシー関連の情報は達也経由で聞き及んでいる。
いくら原作よりも強化された達也でも不覚を取らない保障がないため、万が一の保険と言うべきか……上泉家先代当主である剛三が作業車の護衛に入ることとなった。その理由として、剛三自身がピクシーの見極めをしたいというのが一つ。加えて、ここが国防陸軍の基地内であるため、余計な詮索を入れない為の護りということらしい。
◇ ◇ ◇
スティープルチェース・クロスカントリーを明日に控えた夜遅く。珍しい相手からのメールに少し驚きつつ、その人物は深雪とも知己であるために説得は割と手早く済んだ。そして、呼ばれた場所というのはホテルの屋上であった。
「やあ、悠元君。いや、この場合は“若殿”と呼称すべきかな?」
「……八雲先生がそう呼ぶということは、大方『元老院』も絡んでいるのですね?」
「半分は正解だね。彼らは妖魔をこの国から追い出したいようだけれど」
「彼らは分かって言ってるんですか? とうとう頭のネジが逝かれましたか?」
悠元がそう述べた理由は至って単純で、今の段階でそれをやってしまえば、「フリズスキャルヴ」でその情報を掴んだ顧傑が独自のパイプを使って「日本が妖魔を生み出し、世界に解き放った」などという謂れのないデマを広めてくる恐れがある。
そんなリスクを負うぐらいならば消滅させる手段を取るが、千姫から頼まれた案件は“再封印”もしくは“ガイノイドからの離脱不能状態”であるということ。場合によっては、「アリス」との“
八雲も悠元の言いたいことが理解できたようで、頭を掻くような仕草を見せた。
「その点については千姫殿が一喝して事を収めたそうだよ。それで本題だが、明日の女子スティープルチェース・クロスカントリーはまだしも、男子のほうに達也君は投入できない」
「いえ、そうしてもらった方がありがたいです。達也には深雪のストッパーとしていてもらわないと困りますので」
相手は以前のようにパラサイトと人間を融合させた存在ではない。素体が機械であるからこそ、人間では躊躇ってしまう様な動きを平気で繰り出してくる可能性がある。そんな相手に達也が無傷で完勝できるとは思わない。肉体的なダメージをゼロに抑えられたとしても、消費したサイオンの充填が間に合うとは思えなかったからだ。
「達也君と藤林君、それと風間君との話し合いに立ち会ってね。風間君は古式魔法の使い手として旅団長にその危険性を伝えなかったそうだが……どう思うかな?」
「佐伯少将が古式魔法に疎いこともそうですし、古式魔法ならではの理由もあるでしょうが……詳しくは分かりませんが、少佐は何か知っているのではないかと思います」
パラサイドール関連の情報を集め始めた際、陸軍兵器開発部絡みのコネを使って情報を引き出したところ、国防陸軍から少なくない額が予備費の用途不明金として消えていた。名目上は“見込み預金利息の不足金”として処理されていたが、そのルートを洗い出した結果……旧第九研に流れていたことまで判明した。
この情報を流す先次第では面倒事になりかねないため、八雲には予め話してある。ただ、この情報は千姫でも与り知らぬことであり、現状は悠元と八雲の二人しか知らない事実である。
このことを風間が知っているかどうかはともかくとして、八雲の問いかけに対して都合の悪いことを隠す必要性が一体どこにあったのかと思う。仮にも部下である響子や達也の前で醜態は晒したくない、というプライドが働いていたとしても、答えないこと自体が却って不利になると考えなかったのだろうか。
「別に風間少佐がパラサイドールに関わっているとは思いませんし、少佐からも頼まれましたからね……その上司に関しては分かりませんが」
「おや、悠元君は佐伯少将に対して何か確執を抱いているのかな?」
「……昨年春の防衛大の入学式の際、本来ならば技術士官としてしか強要できない権限を用いたのは佐伯少将ですから。報告書では風間少佐が招集したという体になっていましたが」
別に好き好んで対立したいなどとは思わない。だが、原作における達也に対する扱いは一種の“
尤も、似たような立場に置かれている自分もそんな心境になりつつある一人なのだが。
「別に彼女も共犯とは言えないかもしれませんが……ただ、九島烈に対しての意識は根強いでしょうね。独立魔装大隊の存在意義を含めれば分からなくもないですが。そんなことはともかく、男子のスティープルチェースについては了解しました」
「にしては、かなり用意周到に達也君の装備を整えてきていたね。この事態を読んでいたりするのかな?」
「そこまで万能じゃありませんよ、俺は」
未来をある程度読めているのは、それこそこの世界が原作に近い流れを辿っているからに他ならない。顧傑や周公瑾を今すぐ倒さないのも、その流れを途切れさせないために態とそうしている。
今までの事象から考えても、確かに自分の介入による改変は起こっているが、大枠での結果が殆ど変わっていない。だが、この先に待っている展開を考えた場合、“彼”を早い段階で救う方法を考えなければならない。
ましてや、自分が知る限りにおいてその大筋に関わっている水波の状態が大幅に書き換わっている。もし、世界の修正点が何らかの作用を齎すとすれば、水波の身体と魔法力の改変は一つの試金石とも言える。
「情報隠蔽と裏工作の件については黙っておくということで決着をつけているけど……ローゼン家絡みのほうは何とかなりそうかい?」
「レオに話は聞きましたが……意外にも直球勝負なのは驚きましたね」
レオは最初、話したがろうとしなかった。自分が起こしたいざこざ―――エルンスト・ローゼンがエリカをまるで道具のような扱いをするような発言に対し、怒ったことだ。その際、エルンストが咄嗟に張った障壁を破壊せしめた。
ただ、エルンストの体に触れるすんででレオが我に返り、寸止めの形となったので傷害事にはギリギリならなかった。普通なら障害未遂だが、エルンストのほうから不問にした以上は周囲からも強く言えなかったようだ。
事情はエリカがレオを問い詰め、そこから聞き出した内容を聞いただけに過ぎない。ただ、その一件以降は警備が厳しくなるという結果となり、エルンストも下手に動くことが出来ずにいた。
「仕掛けるとするならば、スティープルチェース・クロスカントリーの後。国防軍としても、色々痕跡を残されるのは拙いと警備を態と緩めるでしょう……行く先々で内ゲバばかりというのは頭が痛くなりそうな話です」
その情報を基に、レオの口から事情を説明させた。レオは躊躇っていたが、こちらからバスティアン・ローゼンの遺産相続権を保有している事実を伝えると共に、悠元の祖父である剛三がゲオルグ・オストブルグとルーカス・ローゼンの亡命に関わっているため、無関係ではないという事実も告げた。
レオだけでなく立ち会っていたエリカも驚いていたが、ローゼン家が無理矢理連れていく危険性に触れるとエリカはその可能性に同意した。なお、エリカが飲み物を買いに行くと出て行った際、レオからエルンストが「エリカを好きにしても良い」という文言を言われてカチンときたらしいという情報を得た。
恋人同士なのだから、しっかりとその辺を伝えるべきだ……とは一応言っておいた。
「九島烈の弟―――セリアの祖父も関わっている話なので、セリアにも手伝ってもらえるようにお願いはしました」
「……ローゼンは哀れだね。何せ、この世界の戦略級魔法師二人を相手にするのだから」
「俺もセリアも国家非公認の戦略級魔法師ですけれどね」
ここだけの話だが、剛三の仲介でドイツの国家元首や『十三使徒』の一角であるカーラ・シュミットと面会している。なので、個人的にはコネを有していたりする。だが、あまり表立って行動するのは宜しくないため、剛三に任せている。