そうして迎えたスティープルチェース・クロスカントリーの本番当日。午前は女子、午後は男子が走ることになっているが、未だ予断を許さない事態なのは間違いないだろう……別に一高の総合優勝が危うくなるというわけではなく、主にパラサイドール関連なのは間違いないが。
(流石に言えることでもないからな……位置は……なんだこれは?)
周りに気付かれないよう、天幕の奥に移動して(他の面々には午後に向けて少し仮眠を取ると言い含めている)『
その情報を解析した結果、原理的にはパラサイドールに近いものの、それを強化した代物だと判明した。ここで悠元の持っている通信端末の着信音が鳴ったので手に取ると、聞こえてきたのは達也の声であった。
『悠元、今は大丈夫か?』
「ああ。態々連絡をくれたということは、何か気になることでも?」
達也は先程までCAD調整で働き詰めであり、その疲れを理由として天幕から離れていた。なので、間もなく女子の部が始まるにもかかわらず、彼がいないことを訝しむ者はいなかった。悠元が先程検知した代物は現状動く気配を見せていないが、油断はできない。
『“彼女”が何かを感じとったようだが、そこまで手を出せる余裕がないだろう』
「ふむ……念のため、先生に頼んでおくよ」
『そうしてくれると助かる』
通信を傍受されている可能性もあるため、手短に会話を交わすと通信が切れた。そして、悠元は八雲にコース外の兵器をそれとなく見ておくようにメールを送ったと同時に、モニターに映っているスティープルチェース・クロスカントリーの女子選手が一斉にスタートした。それは即ち、『ストライク・スーツ』を纏った達也が演習林内に突入したことを意味する。
悠元はモニターを見つつ、『
(達也が演習林内に入っても動く気配は無し……というか、パラサイドールの数を減らすスピードが段違いだな)
ピクシーのフォローもあるわけだが、予め渡しておいた武装やストレージ、もしもの時の天刃霊装を含めれば、達也がしくじる可能性は低いだろう。向こうがピクシーの存在に気付いて私兵を差し向けたとしても、ピクシーのいる作業車には剛三がいる。その辺は達也にも言い含めている話なので、問題はないと思う。
◇ ◇ ◇
選手のほうはというと、トラップ以外は殆ど人の手が入っていない演習林であるため、ほぼ一直線……とはなっていなかった。一高の集団から数人ほど突出しているのが見て取れた。その面々はというと、深雪、由夢、エリカ、姫梨の四人である。なお、雫は花音やほのかが無茶をしない様にとフォロー役を買って出ていた。
「っと、みんな、そこの沼に足を踏み入れないで! ロープのトラップが仕掛けられてるかも!」
「サンキュー、エリカっち。経験があるの?」
「家の道場で対トラップ訓練はしてたし、悠元の伝手で新陰流剣武術の訓練も受けてたからね。気絶させてくるトラップがないだけまだマシよ」
「それはエグイですね……」
四人も前方から
疲れている以上はゆっくり休んでほしい、という願いが最も強い理由である。そんな深雪の心情に気付いたのか、エリカが声を掛ける。
「……深雪、達也君なら大丈夫よ。達也くんだと負けるというビジョンが見えないもの」
「……ふふ、そうですね」
その言葉に深雪は気持ちを切り替えて、そのままゴールを目指す。途中で機能が停止したガイノイドを発見するが、演習か何かの残骸だとそのままスルーしたのだった。
達也が16体のパラサイドールの対処に掛かった時間は僅か5分ジャスト。達也自身の技量が上がっていたこともそうだが、対処したパラサイドールの中には『プライム・フォー』と呼ばれる連携行動型のパラサイドールが含まれていなかった。
女子のスティープルチェースは四人の示し合わせにより、深雪が1位、姫梨が2位、由夢が3位、エリカが4位という結果となった。
◇ ◇ ◇
昼食を挟んで、午後―――スティープルチェース・クロスカントリーの男子の部が行われる。モノリス・コードで出場した選手がエントリーしていない一高に対し、余裕なのかと見られていたのは言うまでもないが、あくまでも魔法技能の喪失や安全面を配慮しての事なので、一々目くじらを立てる必要などなかった。
女子の部が始まる前に見つけた強化型パラサイドールだが、八雲の連絡では昼食中にコース後半部へ配置されたと連絡を受けている。最先行組として走ることになる燈也と修司、レオにその事実を伝えた。
「……幸いなのは、スティープルチェースのコースの視界がかなり限定されることですね。『
「問題は再封印だが……悠元、いけるのか?」
「そこについては抜かりない。なので、作戦通り最先行するプランに変更はない」
パラサイドールがいる雰囲気を感じ取っているのは、身近にいる人間だと自身を除いてこの三人だけであった。ただ、レオからは一つ疑問が挙がった。
「悠元、本当に俺は三人の後をついていくだけでいいのか?」
「単純な技量を比較すれば、申し訳ないけどレオが一番下になる。なので、そこは我慢してほしい」
「ま、その辺は自分でも理解しちまってるからな。異存はねえよ」
そして、男子の部がスタートした。当初の予定通り最先行する四人。道中にある邪魔なトラップや枝、網などは破壊していくわけだが、悠元は時折木を切っては空中に放り投げていた。方向からするに、三高が走る予定のコースということを察した燈也が冷や汗を流した。
「あの、そんなことしてルール違反にならないんですか?」
「直接攻撃してるわけじゃないし、木を切って飛ばしてはならない、というルールは存在しないからな。それに、間引きをしとけば強い森に成長するわけだし」
「自然のトラップを生み出すという行為なんて誰もやろうとはしないだろうがな」
事前に運営に問い合わせており、相手選手への直接攻撃に該当する行為でなければ問題はないと回答を貰っている。選手が空中に飛ぶのは反則行為だが、それ以外のものが空中に飛ぶことはルールの範疇にない。予め設置しているトラップを破壊する可能性もあるわけだが、こればかりは自分の責任ではないために無視することとした。
気が付けばコース半分を過ぎたあたりで、燈也がパラサイドールの接近に気付いて声を掛けてきた。
「悠元、近付いてきます」
「みたいだな……速攻で片を付けるぞ」
「だな」
燈也は感じる気配目がけて『
「マジでやることがねえな」
「いや、普通はこんな競技じゃないからな……妨害要素の魔法師の代わりといえば聞こえはいいが」
悠元はレオにそう返しつつも銃形状CADを構え、『
この術式―――『
なお、提供された側の言葉としては「ここまでされると僕の立つ瀬がなくなりそうだよ」と述べており、この術式については『伝統派』への漏洩を防ぐ意味で八雲だけが知る形となった。
達也の場合は『
なので、相手がこちらを認識して近づく限りは『超能力』といえども万能ではない。この部分はパラサイト事件での領域を超えていない予測だったが、想定の範囲内に収まったのは僥倖といえるだろう。
「さて、これで24体……まだ増えてないか?」
「減る気配がありませんね」
「マジでどうなってるんだ?」
修司、燈也、そしてレオの呟きを聞いてコース外にまで索敵範囲を広げると、その数に驚愕した。何と……残り36体。倍プッシュが可愛く見えるレベルである。幸い、まだ稼働のシグナルは検知されていないため、今なら対処は可能。
向こうがそれらのパラサイドールを稼働させる前の一手として、悠元がCADをその方角に向ける。
「―――永遠に眠ってろ」
悠元はパラサイドールに組み込まれた封印術式を『
流石に殺しはしないが、一時的な昏睡状態に陥るなら痕跡が残らない方がいい。残留するオゾンは『分解』で無害化することで解決している。
「……もう疲れるわ、色々と。俺らは体の良い
「何か、一気に駆け抜けすぎてて忘れてましたね。トラップ関連は修司とレオに任せてましたし」
「レオ、ご苦労さん」
「お、おう……大したことはしてないんだが」
道中、修司がトラップを焼き切ったり、レオが持ち前の硬化魔法で飛んでくるペイント弾を受け流したり、燈也は燈也でロープを強引に引き千切っていた。人は見かけによらない筆頭だと思わざるを得なかった。
結果として男子スティープルチェース・クロスカントリーは悠元が1位、燈也が2位、修司が3位で、レオは4位となった。この辺はお互いの話し合いによるもので、特にレオが「できればエリカと同着にしてくれ。下手に順位を上げると文句が出てきそうだからな」との言葉が原因であった。
◇ ◇ ◇
無事に総合優勝を勝ち取った一高の面々は後夜祭パーティーで盛り上がっていた。無論、エンジニアとして奮闘していた達也もその注目の一人としてパーティーに参加している。
そんな中、あまり喧騒が好きでなかった悠元は庭で休んでいた。ダンスの時間は色々と大変であったが、この後は一高貸切の祝賀会がある。それまではゆっくり休んでいようかと思っていたところで、少し珍しい来訪者が姿を見せた。
「お、エリカにセリアか……誰か探してるのか?」
「まあね。レオの奴を見なかった? アイツ、ホテルを抜け出したっぽいのよ……って、セリアに聞いたんだけど」
「丁度玄関を出て行くのは見えたんだけど、祝賀会があるからすぐ戻ってくるようにとは言ったんだよね」
原作とは異なり、レオは一高の代表選手として出場している以上は祝賀会を欠席することが出来ない。セリアの言葉を聞いてエリカが動いた形だろうが……彼女が焦りを見せている理由はそれだけではなかった。
「実はね、アイツのところにエルンスト・ローゼンが接触していたのよ。良くは見えなかったけど、何かを渡していたのも見えた気がした……で、何処にいるか分かる?」
「連絡を取れば一発だろうが……通信妨害されてるようだな」
エリカの言葉を聞きつつ、通信端末でレオへの通信を試みるが、通信が届かない場所にいるというメッセージが届くだけ。こうなると手段は選んでられないと思い、『
「―――いた。スティープルチェース・クロスカントリーのコースエリアの丁度中心辺りだな」
「……国防軍の連中は何やってるのよ。てか、アイツもアイツよ! こんな夜中にノコノコ出歩くなんて……何よ、セリア?」
「いやー、エリカも存外レオにぞっこんなんだなって」
「はあっ!? な、何で、アイツ……いいから、とっとと追いかけるわよ!」
セリアの追及めいた言葉に反論しようとしたところで何かを思い出して顔を赤らめつつ、それを見られまいと思って駆け出すエリカを見つつ、悠元とセリアもエリカの後を追いかける。明らかに警備員の数が殆どいない上、本来稼働している筈のセンサー類が全て切られている。こうなると、エルンスト・ローゼンの意向を受けた国防軍の責任もあるだろう、と悠元は溜息を吐きたい気分だった。
「にしてもお兄ちゃん、多分エリカはやっちゃっただろうぺしゅっ!?」
「人の恋路に茶々を入れるんじゃないの。レオが連れ去られない内に追いつくぞ」
「ほいほーい」
エリカが自己加速術式を起動したのを認識すると、悠元とセリアも自己加速術式でエリカの後を追う。
正直なところ、パラサイドールもそうだが国外勢力の連中はいい加減『身の程を弁える』ということを覚えてほしいと思わざるを得なかった。
色々考えた結果、某3分クッキングよりも手軽な展開になりました。プライム・フォーは犠牲となったのだ。時短の犠牲にな……。パラサイドール事件の顛末は別の話で語ります。要はネタ稼ぎとも言いますが。
ここら辺の展開を簡潔にしたのは、そもそも対パラサイト戦闘の経験者である四人だとまともな戦闘なんてないに等しいでしょうし、『超能力』の概念も知識として心得ている形ですから、そうなりました。
今後の展開を再確認する意味で原作小説を読み返していますが、この世界の人々の倫理観ってどうなってるのでしょうか(特に師族会議編)テロリストの意見が罷り通れば、それこそ法秩序そのものが崩壊してしまう可能性が高いんですよね。