魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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余所見をすると危険です

 レオが一人で演習林を訪れたのは、それこそ祖父譲りの生来の癖もあるわけだが、元継や剛三、更には軽運動部における悠元との鍛錬を通して気配の察知も伸びており、自分に対する目線を把握するのも容易かった。

 だが、下手に巻き込めないと判断してレオがホテルよりも遠く、一人きりになりやすい場所としてスティープルチェース・クロスカントリーで使用したコースがいいと判断した。四方約2キロも離れていれば、魔法で無関係の人間を巻き込むリスクも減るだろうという気遣いからくるものだろう。

 

「……こんなところでいいか。出て来いよ、付いてきてるのは分かってんだよ」

 

 レオの言葉で姿を見せたのは、戦闘用スーツに身を包んだ二人組。体格からすれば女性なのは間違いないが、生憎レオはフェミニストではないし、明らかに友好的ではない相手を殴ったところで咎められる謂れは無いと判断した。

 

「西城レオンハルト、私達と一緒に来てもらえませんか」

「……訳が分からねえな。その目的の推測は友人から聞いちゃいるが、俺は爺さんの遺伝子の4分の1しか受け継いでねえ。その意味でお前らの目的が達せるとは思えねえよ」

 

 彼らが欲しているのは第一型式(エアステ・アルト)で長く生きたゲオルグ・オストブルグの遺伝子。だが、孫であるレオは自然交配による隔世遺伝でゲオルグ譲りの魔法力を得ただけの存在。ゲオルグの4分の1しか継承していないレオにその役割は“重い”とまでは言わずとも、それを含みつつレオが言い放った。

 その言葉に、二人組の片割れが言い放つように言葉を発した。

 

「確かにそうでしょうが、貴方は一年前までそれ程の魔法師ではなかったとも調べが付いています。その源泉はどこにあるのかを知るためにも、貴方には破格の待遇を約束します」

「……俺にダチを売れと言っているのか?」

 

 レオがここまでの強さを得た背景には、悠元が大きく影響している。現代魔法を“欠陥魔法”と言いのけてしまうだけの並外れた実力を有する友人を売るにも等しい行為は、レオの中に怒りの炎を灯らせた。

 

「ほう、貴方の友人がですか……一体何方なのか興味がありますね」

 

 そう言ってヴァールブルク姉妹の片割れであるエマ・ヴァールブルクが指を鳴らすと、周囲には彼女たち以外に14人の戦闘用スーツを着た人物が揃っていた。これにはレオも内心で驚くが、目の前に映る光景は先日の南盾島での一件―――「わたつみシリーズ」を助けた時のことを思い起こさせた。

 

「エマ、少々気を逸らせすぎです……いくら4分の1とはいえ、ローゼン・マギクラフトの調整施設で作られた以上は、その権利をローゼン・マギクラフトが保有しているも同然なのです」

「競走馬みてえなことを言いやがって。俺に何をさせようっていうんだ? どうせエルンスト・ローゼンの言っていたことのような生易しい事じゃねえんだろう?」

 

 先日のエルンスト・ローゼンとの会談の際、彼からは教導官みたいな扱いを仄めかす様な言葉を述べられたが、パラサイト事件の際にパラサイトの“声”を聞いたことで、彼に秘められている“欲望”をそれとなく感じてしまった。

 別に断る以上は聞く必要もない事だが、レオの直感が時間を稼ぐべきだと判断した上での問いかけ。無論、レオを取り囲んでいるヴァールブルク姉妹たちがそのことに気付くわけもなく、リンダが笑みを零したような声を漏らしつつも、レオに対してハッキリと答えを返すように述べた。

 

「フフッ、過酷な事なんてありません。まあ、体力的にはきついかも知れませんが、貴方にとってはいいことですよ」

「まさか……」

「そのまさかですよ。貴方には卵子提供者の女性と自然交配してもらい、新たな調整体を生み出すための遺伝子を提供してもらうという訳です」

「要するに……」

「もういい。それ以上は言わなくとも分かったことだしな」

 

 これ以上聞くと余計なことまで聞きそうになったため、レオはエマの言葉を強引に断ち切るような形で言い放った。明らかにレオが戦闘の構えを取ったことは普通なら悪い印象を与えそうなものだが、ヴァールブルク姉妹からすればまたとない“好機”そのものともいえた。

 

 第一型式(エアステ・アルト)の云わば“改良型”と位置付けられているレオ。第三型式(ドリッテ・アルト)で優秀な個体とされているヴァールブルク姉妹からすれば、己の力を示す好機とも言えるだろう。

 

「ご不満ですか? なら、最初は彼女にしましょうか。千葉エリカでしたら、きっとお眼鏡に適うと―――」

「もう喋んな! 『ドラグーン・ブレス』!!」

 

 レオがエリカの名を出されたことによる怒りで繰り出した『ドラグーン・ブレス』。リンダとエマが反射的に硬化魔法で防御を試みるが、彼女らが有している完全思考操作型CADの処理速度すら上回ったレオの魔法は二人を吹き飛ばした。

 だが、この程度の魔法ならば……とリンダとエマは直ぐに体制を整えてレオと相対した。

 

「貴方のそのCAD……なぜ我々のCADよりも処理速度が速いのですか?」

「教える気はねえよ。こいつをくれたダチとの約束もあるしな」

「……リンダ、彼女らも使って取り押さえましょう」

「そうね、それが―――」

 

 リンダとエマの使用している完全思考操作型CADすら上回ったレオの持つリストバンド型の漆黒のCAD。その技術を持ち帰るだけでもローゼン・マギクラフトにとっては利益となる。エマの言葉にリンダは頷き、他の包囲している14体に指示を出そうとしたその時、更なる乱入者が姿を見せた。

 

「―――人様の国で何我が物顔のように暴れてるんだか。てめえらの脳みそは、ひき肉か蒸かし芋でも詰まってんのか?」

「悠元、気持ちは分かるけど……レオ、無事?」

「見りゃ分かるだろう。って、済まねえ」

「……レオが謝罪したのは意外だね、エリカ」

「それ、あたしの台詞だから」

 

 レオの背中を守るように姿を見せたのは、悠元とセリア、そしてエリカの姿であった。悠元とセリアの言葉に対してツッコミを入れつつ、レオに声を掛けていた。その姿にヴァールブルク姉妹が睨むような雰囲気を見せていた。

 そんなことを意に介する気すら見せず、懐から『オーディン』を抜いて構えた。

 

「千葉エリカ、エクセリア・シールズ、それに神楽坂悠元……何故です?」

「その質問は野暮だと思うがな……レオを平気で誘拐しようと目論んだお前らが正論を語れると? お前らこそ『恥を知れ』だ」

 

 大体、ゲオルグ・オストブルグの件を建前にしたところで確実に政府レベルが動き出す羽目になる。現にエルンスト・ローゼンの監視役として公安が動いていた以上、日本政府としても事態の把握ぐらいはしているだろう。表沙汰にしていないのはドイツ政府との関係が拗れるのも強く影響しているが。

 いくら世界で有数の魔工メーカーが国外で誘拐沙汰を起こしただけでも国際問題レベルなのに、プレゼン用と偽って戦闘用スーツを密輸入したことも問題なのだ。この国と同盟関係にない新ソ連や大亜連合でも厄介なのに、同盟国であるUSNAもそうだし、イギリスも面倒極まりない。ここに加えてドイツまで入ってきたとなれば……別に人種で一括りにしたくはないが、かつての白人主義が根強く残っているのかもしれないと思いたくなる。

 

「レオにエリカ、あの二人は任せる。俺とセリアで残り14人を抑える」

「……正気ですか? 我々を誰だと思っているのですか?」

「我が国の魔法師―――俺の友人を拉致しようとしたテロリスト集団」

 

 厳密に言ってしまえばスパイみたいなものだが、国防軍の混乱に乗じてこのようなことをしでかした以上は犯罪者の括りに入る。なので、国力を落とそうと目論むテロリストでも別に問題はないと思ったまでのことだ。

 悠元のハッキリとした物言いに対し、エリカとセリアは揃って吹き出し、レオに至っては二人を見て若干呆れ顔であった。

 この物言いに対し、リンダとエマはプライドを逆撫でされた形となり、叫ぶように指示を飛ばす。

 

「いけ! 身の程も弁えぬ愚か者どもに我らの優秀さを見せつけてやれ!!」

 

 野暮かもしれないが、その一言が無ければもう少しマシだったのではないか、と悠元は内心で独り言ちた。

 それはともかく、レオとエリカは各々リンダとエマに接敵し、残る14体のヴァールブルク姉妹―――固有名称はあるらしいが、敵なので覚えるのが面倒と判断して見ていない―――が一斉に襲い掛かり、悠元とセリアは短く言葉を交わす。

 

「早く済ませないと、女王様が怒るからね」

「……後で爺さんにツケを払わせてやる」

 

 硬化魔法を纏って飛んでくる拳を徐に掴み、悠元は全力で腹部を蹴り飛ばす。弾かれるように飛んでいく一人目は数本の木を薙ぎ倒し、十数本目の幹に衝突してぐったりとした表情で意識が落ちた。

 これに怯んだ他の姉妹に対し、セリアはチャンスとばかりに十数個の金属球を取り出した。

 

「これは護身用だけれど……『ダンシング・スター』!」

 

 本来はダガータイプのCADを使うのだが、今回は護身用という形で直径がビー玉程度の大きさを持つ合金製の鉄球を魔法で操作し、一度に三人の兵士を薙ぎ倒す。間髪入れずに悠元が魔法を発動させる。

 

「ぶっ飛べ―――『エアライド・バースト』」

 

 悠元の放った三矢家の秘術『エアライド・バースト』によって、六人を一度に吹き飛ばして気絶させた。

 本来ならばセリアの『ムスペルスヘイム』で一気に片付けてもいいが、下手すると大火災になってしまうために、今回は出来る限り対人戦闘を意識した魔法選択となっている。残るは四人となった相手に対し、悠元は『オーディン』を構えた。

 

「さて、ちょっと変わった空の旅にご招待してやろう。行き先固定―――『無敵砲弾(インビンシブル・カノン)』、発動」

 

 悠元の放った『無敵砲弾(インビンシブル・カノン)』で残る四人だけでなく、先に倒した10人も含めて夜空へ旅立っていった。別に相手を大気圏外に飛ばしてはいないので安心してほしい。まあ、行き先は“ドイツの大統領官邸の庭”に設定はしたが、その先の問題はドイツ国内の問題なので関与する気などない。

 ここまでにかかった時間はジャスト1分……これにはレオやエリカの二人と対峙しているリンダとエマが信じられないような表情を見せた。その結果、武術訓練をみっちり受けているレオとエリカに隙を見せる形となった。

 

「……あっ」

「あちゃあ……」

 

 レオの全力の『ドラグーン・ブレス』、エリカの『泰山衝(たいざんしょう)』をまともに受ける形となり、エマは数十メートルにわたって吹き飛ばされ、リンダに至っては地面に減り込む形で埋まっていた。これには悠元とセリアが揃って憐れむような表情を見せていた。

 

「……ねえ、レオ」

「何だ?」

「今日はレオの部屋に泊まらせなさい。修司と由夢には話してあるし、寝かせないから覚悟してよね?」

「……勘弁してくれ」

 

 エリカはレオとヴァールブルク姉妹のやり取りについて聞いていない。なので、レオを追跡する際に悠元からその辺の事情を聞いていた。そして、ここでも似たようなことがあったのでは……という彼女なりの勘が働き、レオの部屋へ押しかける大胆発言をした。これにはレオも流石に言い返すことは出来ず、せめて穏便に済ませてほしいと懇願するように呟いたのだった。

 

「悠元にセリア……って、いねえし」

「さ、レオ。とっとと立ちなさい。まずは祝賀会なんだから」

「……あのよ、ダンスを断ったことにまだ怒ってるのか?」

 

 レオは最初、目立つのが嫌だと言ってエリカの申し出をやんわりと断った。エリカもエルンスト・ローゼンのことが念頭にあったので、それについては納得していた。けれども、恋人としてはレオに男らしくあってほしいと思っている。流石に幼馴染のようなジゴロは勘弁願いたいとも思っているが。

 

「べっつに? 全然怒ってないんだから……手ぐらい握らせなさいよね」

「へいへい、分かったよエリカ。……どうした?」

「急に名前呼ぶとか反則よ」

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 これまで周囲が男性ばかりの環境で育ってきてはいたものの、可愛い妹みたいな扱いをされてきたエリカからすれば、千葉という色眼鏡で見てこないレオにいつしか惚れてしまっていた。レオから名前で呼ばれたことに本気で頬を赤らめているエリカに対し、レオは疲れたような表情を見せたのだった。

 互いに悪い印象からスタートしたこの関係……恋人繋ぎをしている二人の手はしっかりと握られていたのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 あの場から先に離れていた悠元は、セリアに達也らへの連絡を任せると一人エルンスト・ローゼンが宿泊している部屋に出向いた。滅多にやらない全力の隠形で部屋の中にあっさりと入ってソファーに座ったところで隠形を解除すると、エルンスト・ローゼンは驚愕しており、護衛のボディーガードは悠元に対して追い出そうとするが、エルンストはそれを制した。

 

「……いつの間にこの部屋へ。それが君の魔法という訳かな、神楽坂悠元君」

「その解釈はどうぞご自由に。さて、私がここに来た理由ですが……レオを誘拐しようとしたことは既に掴んでるんだよ、エルンスト・ローゼン。ちなみにだが、誘拐しようとした連中は全員ドイツに『送り飛ばした』。魔法装備に関しても接収させて頂いたよ」

「君は、ローゼン・マギクラフトに喧嘩を売るつもりか?」

 

 エルンストは睨むような素振りを見せたが、悠元は本気の想子制御で一瞬にしてこの部屋を高濃度のサイオンで満たし、護衛を瞬く間に気絶させた。エルンストに対しては若干緩めになるように放ったため、激しい呼吸をするような状態で済んでいた。

 

「元々喧嘩を売ったのはそっちだろう。大体、うちの爺さんが頑張ってローゼン・マギクラフトが不利にならないよう便宜を図っておいて、この掌返しは目に余る行為だ」

「……今、何と言った?」

「ハッキリ言ってやるよ、エルンスト・ローゼン。俺の母方の祖父は上泉剛三―――ゲオルグ・オストブルグとルーカス・ローゼンをこの国に亡命させた張本人で、俺はその孫だ。それに、二人の各々の孫であるレオとエリカは俺の友人だ」

 

 エルンストは愕然としているが、三矢家と上泉家の繋がりをある程度把握できていたとしても、スポンサーとその提供先という関係以上を見出すのは電子情報だけならば難しいだろう。正直な話、剛三のことを次第に知っていった側としても、エルンストのように驚いたのは言うまでもないが。

 ここで悠元個人を責めれば、確実に剛三まで動くことになる。しかも、運の悪いことに剛三がこのホテルに宿泊しているオマケつきだ。前夜祭の時に挨拶はしなかったが、ちゃっかりVIP席で観戦はしていた。

 

「要求は二つ。レオとエリカに対して金輪際関わるな。そして……バスティアン・ローゼンの遺産相続権の速やかな履行を要求する」

「一つ目はまだしも、二つ目はどういうことだ?」

「俺の爺さんがバスティアン・ローゼンから渡された全遺産の約3分の1―――その相続権を引き継いだのが俺だからだ。当時、その場にはバスティアン・ローゼンもいて、遺産管理人にも話は伝わっている。ちなみに、引き渡し先は爺さん宛で頼む」

 

 つまるところ、ルーカス・ローゼンの名誉回復を履行しなければ遺産相続の交渉すらしない剛三の要求を呑まざるを得ず、更には剛三と千姫経由でドイツ政府にも今回の顛末は伝えており、ローゼン・マギクラフトはドイツ政府の要求を全て呑まざるを得ない立場に置かれる。

 なお、ルーカス・ローゼンの要望でローゼン・マギクラフトで働く従業員やその家族の権利保障はしっかりと根回しをしている。

 言いたいことも言い終えたので、そのまま立ち上がって去ろうとしたところでエルンストが尋ねてきた。

 

「君は……一体何者だね?」

「この国を護る一族―――護人が一角を担う神楽坂家次期当主兼当主代行。それが俺の肩書だ」

 

 敢えて仰々しく言ったが、実際のところはレオやエリカを助けるため―――友人を助けるための方便のようになってしまったのは否定しない。何はともあれ、これで一区切りは出来た形となったことに内心で息を吐きたくなった心境であった。

 




 若干駆け足気味になっていますが、スティープルチェース編はもう少しだけ続くんじゃ。少しばかり戦闘シーンの描写を入れましたが、チート級の実力だと何をしても時短にしかならないですね。自分で言ってて今更ですが。

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