魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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一方的な論理の押しつけ

 都内の高級ホテル―――実態は四葉家が経営している系列のホテル―――の一部屋にて、四高1年の黒羽(くろば)文弥(ふみや)はソファーに座りながらタブレット型端末と睨めっこしていた。

 画面には東京オフショアタワーの公式サイトが表示されており、その情報を頭の中へと叩き込むように見ていると、文弥の後ろから扉が開く音が聞こえ、姿を見せたのは文弥の双子の姉である黒羽(くろば)亜夜子(あやこ)であった。

 

(姉さんってば……)

 

 声には出さないものの、文弥は正直目のやり場に困る心境を少し抱いていた。というのも、髪はタオルを巻いて結っているが、真紅のキャミソールと紫のガウンを身に着けただけだ。流石に双子の姉なので異性として見ることは出来ないものの、亜夜子の今の姿を見てドギマギでもすれば、それをネタにして姉がからかうのは目に見えていたため、その気を逸らす様に問いかけた。

 

「任務は明日の夕方からだっけ」

「そうね、17時ごろから張っていれば問題はないんじゃないかしら……もしかして、周公瑾のことが気に掛かるの?」

「そりゃ、そうだよ……父さんですら手を焼くような相手なんだ。達也兄さんがいなかったら、今頃父さんは右腕を失ったままだったんだから」

 

 今回の襲撃計画を知ったのは文弥の功績だが、周公瑾の追跡ではなく東京オフショアタワーの工作員の身柄取り押さえを命じられたとき、やや不満げであった。亜夜子は話を聞いただけだったが、どこか納得がいかなかった様子の父親と弟の姿を見て、思わず首を傾げたほどだ。

 いくら文弥でも、父親である貢の実力はしっかりと把握している。その彼ですら手古摺る相手に自分が敵うとは思っていない。なので、周公瑾の追跡は貢がそのまま行うことに異存は無かった。

 

「文弥。私たちに与えられた今回の任務はテロ工作員の身柄取り押さえ、『進人類フロント』の本拠地と資金源を突き止めることよ。今回は達也さんも手伝ってくれるそうだから、せめて達也さんの負担を減らす様に私たちが頑張らないと」

「分かってるよ」

 

 亜夜子の達也に対する好意は文弥でも理解している。深雪が悠元に対する好意を抱き始めた頃から、お互いの想い人と結ばれるための相互努力として亜夜子は深雪と親密な関係を築いていた。

 加えて、四葉の裏家業絡みで悠元を知ることになった亜夜子は深雪の初恋と自分の初恋を成就させる意味でも悠元と仲良くなっていた。彼の固有魔法『万華鏡(カレイドスコープ)』と亜夜子の特異魔法『極致拡散(きょくちかくさん)』は周囲のサイオン平均分布を制御する意味で似通っており、亜夜子にとっては達也と同じぐらい悠元も尊敬に値する人物である。

 無論、達也に向ける感情と悠元に向ける感情は完全に別物であるが。

 

「ホントに? ホントのホント?」

「それぐらいは弁えてるよ……(姉さんってば、達也兄さんが関わると我儘になるんだから)」

 

 目線を合わせない様にタブレット型端末で顔を隠す様に呟いた文弥の言葉を聞き、亜夜子は思わずクスッと笑みを零したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

―――東京オフショアタワー。

 

 東京タワー、東京スカイツリーに続く都心のシンボルとして建造され、高層ビルなどの遮蔽物による通信障害を考慮した次世代型通信規格―――今まで建てられた二つのタワーの役目を受け継ぐこの国の象徴となるべく超高層建築物(ハイパービルディング)。地上360階、地下36階で構成されており、最上階のレストランであるスカイラウンジは標高約2000メートルに達する。

 

「悠元も招待状が来ていたなんて知らなかったよ」

「まあ、今の実家の絡みでな。深雪と水波はその付き添いだが」

 

 ドレス姿の雫とほのか、深雪に水波。そして悠元は『神将会』で身に着けているフォーマルなスーツ姿で出席している。正直、こういったお祝い事のパーティーは前世でも今世でもあまり好きではないが、今回はそうも言っていられない事情がある。

 

「達也さんは、今回出席していないんですね」

「仕方がないわよ、ほのか。今回はプレオープンのパーティーですもの。それこそ財界や著名人が集まるぐらいよ……今度、お兄様とデートできるように図らってあげるわね」

「い、いいよ深雪! そこまでしてもらわなくても!」

 

 ご機嫌な深雪はほのかをからかうように述べ、ほのかは顔を真っ赤にして深雪に詰め寄っていた。原作だとライバル関係みたいな二人だが、深雪の恋愛感情の矛先が変わったことで良い友人関係を築いていた。

 

「水波、大丈夫か?」

「あ、はい。正直なところ、このようなドレスまで仕立てていただいて……」

 

 いくらガーディアンとはいえ、深雪に釣り合う様な格好をするべきという千姫と深夜の共謀により、かなり値の張るオーダーメイドのドレスを仕立てられていた。そのデザイナーは神楽坂家お抱えで、世界的に著名な人物だったことは驚きという他ないが。

 参考程度に値段を聞いたところ、軽く見積もっても7桁という値段に水波が恐縮したのはここだけの話。

 

「悠元さんも大変ですね。さっきまで色んな人に声を掛けられていましたし」

「九校戦の有名税もあるだろうけれどな……悪いけど、少し席を外すよ」

 

 すると、悠元の視界に見覚えのある人物が目に映り、四人に断りを入れてその場を離れた。深雪もついていきそうな表情を浮かべていたが、その人物―――四葉家の筆頭執事である葉山(はやま)忠教(ただのり)と深雪が公の場で接触するのは拙いと視線で語り掛け、深雪も渋々納得した。

 悠元が近付くと葉山も悠元の姿に気付き、軽く会釈をした。

 

「これは悠元殿。見るに深雪様もおられるようですが……このパーティーに招待されたのですかな?」

「ええ。彼女をここに連れてくるのは今の段階で好ましくないと思いまして……葉山さんは、真夜さんの御意向を汲んでこちらに?」

「そのようなものと認識していただければ幸いです。達也殿から詳細は聞き及んでいることでしょうが、もしもの場合の対処をお願いせねばならなくなるかと思われます」

 

 高層建築物を倒壊させる場合、一番簡単なのは土台を爆破してしまうこと。もしくは安定材料となっている柱の電力供給を止め、自然災害の力によって傾かせること。後者については宝くじが当たるぐらいの豪運がないと無理だし、前者の場合は少なくない魔法師が犠牲となりかねない。

 

「何も起こらない方が一番望ましいですが……心に留めておきます。深雪のことは必ず守りますのでご心配なく」

「とても頼もしいお言葉を聞けて何よりです。それでは、私はこれにて」

 

 その場を去っていく葉山の姿を見つめつつ、悠元は少し考え込んだ後、深雪たちの元へと戻った。簡単に「知己と会っていた」とは返しておいたが、葉山のことを知っている深雪と水波は後で事情を聞こうとしている様子に悠元は内心で溜息を吐いた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 本来ならば、深雪のガーディアンである達也がパーティーに同席するのが筋だろうが、達也の『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』のリソースを割いている以上は問題ないし、深雪の傍に悠元がいる以上は自分の出る幕もない。ほのかのことも聞いてはいるが、雫がいる以上は何とかなるだろうと判断していた。

 尤も、最大の理由は「目立ちたくない」という達也のある意味我儘のような言葉に集約され、それを聞いた深雪が思わず笑みを零したほどだった。

 電力供給ケーブルに繋がる採掘抗への入り口。その近くの茂みに隠れているライディングスーツ姿の達也は『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で近付いてくる電力会社の作業服を身に纏っている二名の男性を視界に捕らえた。

 

(―――『進人類フロント』の構成員か。恐らく、電力遮断を目論んでの行動だろうが)

「達也兄さん、彼らは?」

 

 その達也の横には女装している文弥の姿があった。

 先日の九校戦で一躍有名になってしまったからこそ、その必要性は文弥自身も理解しているが納得はしていなかった。元々母親譲りの顔立ちのせいもあってか、達也のように男らしくありたいと思っている……実に男の子らしい理由の話はさておき、文弥の問いかけに達也が小声で出来る限り短く答えた。

 

「間違いなく『進人類フロント』の構成員だろう……背後にも二人いるようだな。どうやら、こちらの存在には気付いているようだ」

「―――なら、私の出番ですね」

 

 すると、僅かに揺らいだ風と共に亜夜子が姿を見せた。亜夜子の『疑似瞬間移動』に対して達也は感心するように見ていて、文弥は思わず大声が出そうになって慌てて自分の手で口を塞いで事なきを得た。

 

「お、驚かさないでよ……」

「ふふっ……えいっ! ご・め・ん・な・さ・い」

「ちょ、離れてよ姉さんっ……!」

 

 亜夜子の耳元で囁くような声と吐息で思わずくすぐったさを覚えてしまう文弥だったが、流石に双子の姉に欲情するような倫理観は持ち合わせてはおらず、引き離す様に亜夜子から離れた。

 

「ごめん、ごめん……って、達也さんもごめんなさい」

「それは構わないが、手早く片付けるべきだろう」

「そうだね。姉さん、僕を後方に。達也兄さんは建物の中にいる連中をお願いします」

 

 手早く役割分担を決め、文弥がナックルダスター型CADを装着する。

 

「それじゃ、行くわよ」

 

 亜夜子が達也から予め渡されていたFLT製の思考操作型CADを用いて手首に身に着けたCADを操作し、『疑似瞬間移動』で文弥を後方に飛ばす。文弥は間髪入れずに『ダイレクト・ペイン』で工作員を素早く気絶させた。

 後方から聞こえてくる悲鳴に目をくれることもなく、達也は建物の中にいる工作員を『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で捉えると、『分解』で四肢の付け根を穿って痛覚による意識のシャットダウンで黙らせた。その痕跡は『再成』で治したのは言うまでもない。

 

「流石、お仕事が早いですね」

「文弥ほどではないがな。……敵影は無いな。彼らの拘束と回収は任せてもいいか?」

「はい。ありがとうございます、達也さん。このお礼は必ずしますので」

「……お手柔らかに頼む」

 

 ほのかとリーナもそうだが、亜夜子が達也に向けている好意のことは深雪からの説教のこともあって理解していた。先に挙げた二人に追随しているスタイルの良さからして冗談で済むようなことにはならないと思いつつ、達也は亜夜子の感謝の言葉にそう返すしかできなかったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

(魔法の発動兆候……達也に文弥、亜夜子ちゃんもいるか)

 

 悠元は達也らの姿を『天神の眼(オシリス・サイト)』と『万華鏡(カレイドスコープ)』で視認していた。工作員は既に拘束されており、手際の良さは一級品と呼べるだろう。どうやら、達也は他に周辺の敵意が無いかを探っているのが感じ取れた。

 すると、深雪が思念による会話で悠元に問いかけてきた。

 

(悠元さん、先程の魔法はお兄様たちですか?)

(ああ。『進人類フロント』という名称は聞いたことがあると思うが、その連中を取り押さえたらしい……だが、油断はしない方がいい)

 

 『進人類フロント』の構成員には“数字落ち(エクストラ)”が含まれている。その詳細を入念に調べたところ、(みさき)(ひろし)―――恐らくは「三」の数字(ナンバー)を冠していた三咲(みさき)家の人間の可能性が高いだろう。

 原作だと「一」の一花家(現在の市原家)、それと「七」の七倉家(名倉家)の二つまでは把握していた。元三矢の人間であるため、第三研で数字を剥奪された三咲家と三宅(みやけ)家のことは知識として知っているわけだが、ここで関わってくるとは思いもしなかった。

 

 ここで気になるのは、三矢の家を出た自分が他の魔法師からどういった印象を抱かれているのか、という疑問だ。

 神楽坂家の詳細を知っているのは魔法師社会でも一握りであり、神楽坂家の由来を知っている古式魔法の界隈ならばまだしも、十師族や師補十八家、百家の一部を除く現代魔法の界隈となると“数字落ち”の憂き目に遭った……と解釈できなくもない。

 現に、夏休み後に魔法科高校の同級生からそういう風に軽く見られることがあったので、その認識が他の魔法師にも波及している可能性は十二分にあるという訳だ。

 

(もしかして、彼らはこのタワーを狙っているのですか?)

(今回のパーティーにVIPクラスとも言うべき存在はいるが……背負うリスクが大きすぎると思う。彼らだってそのことは分かっているなんだがな)

 

 このパーティーには雫の家族も参加していて、その意味では彼らも救助対象となるだろう。そうやって深雪と話している念話はフロアの照明が落ちて非常電源に切り替わったことで現実のものとなった。

 

「停電ですか?」

「いや、原因はあれだな」

 

 悠元が見上げた先にはこのタワーを支えている筈のシャフトへの電力供給が停止したことの表示がモニターに出ており、招待客は何事かと慌てていた。だが、悠元は通信端末を取り出して素早く操作をしていた。

 

(……管理者コードでアクセス、全シャフトの非常用稼働を開始。同時に管理センターと電源管理室からの稼働状態を改竄……元々地震や津波による電源喪失状態を想定しての非常用システムが生きるとはな)

 

 悠元が独自に設計したジャイロドライブシャフトは、仮に地下を通る電力ケーブルでの供給が止まってもシャフトの両端にある超高電圧対応次世代型蓄電池で非常時の稼働制御を行っており、最長で72時間の無電力供給に耐えられるように設計されている。

 悠元は設計者の権限としてシステムに残していた管理者コードを使い、シャフトの非常用システムを稼働させた。この非常用システムは地下1階の管理センターと地下34階の電源管理室が機能不全となった際に特殊コードで稼働させるシステムなため、管理センターと電源管理室でも制御が出来ない様になっている。この発想は前世で知った大地震による発電所の電源喪失状態から考え付いたものだが、こんな形で活用する羽目になるとは思いもしなかった。

 

 そんな風に思っていたところで、モニターの一つが切り替わってガスマスクを身に着けた集団が映っていた。正直な感想として、その恰好を見れば「私たちはテロリストです」と吹聴しているようにしか見えないのは自分だけなのだろうか。

 

『我々は魔法師の権利回復を目指す団体「進人類フロント」です。我々は皆さんに危害を加えるつもりはありません。ただ今日、ここで起きることの証人になって欲しいだけです』

「つもりはない、か……管理センターが占拠されたのは事実だろうな」

「そんな……」

 

 しかも、彼らは“証人”と言っているが、場合によってはこのフロアにいる人間が“人質”という言い方も出来なくはない。

 

『このビルでは、魔法師が地下深くで“奴隷労働”を強いられています』

「奴隷……ねえ」

『しかも、地下35階で災害発生時に逃げることも許されない仕事。もしもの時は生き埋めになれと言っているも同然です! 魔法師の権利回復を目指す者として、文明社会に生きる者として、このような前時代的人柱を許容することなど出来ません!』

 

 ここで働く魔法師の報酬は一般的な魔法師よりも高く、下手すれば軍人魔法師にも匹敵する。しかも、タワーで働く魔法師は日本魔法協会による“斡旋”や“紹介”によるものであり、強制された事例は何一つとして存在していない。

 そして、このタワーは災害発生時に隔壁が作動してシェルターとなり、魔法師の待機所となっている地下35階は頑丈な素材による耐震・耐高水圧設計で生き埋めとなるような状況は避けられるように設計されている。

 

『抗議の証として、このタワーを1時間後に爆破します。そこにいる皆さんは速やかに避難してください。―――但し、我々の妨害をすれば即刻このタワーを爆破します。大勢の犠牲を出すのは我々も本意ではありません。皆さんが賢明な判断のもと、歴史の証人になることを望みます』

 

 『進人類フロント』による声明を聞き、倒れ込む客もいる中、雫とほのかは心配そうな表情を向けてきた。向けられた側の悠元はというと、表情には出さないものの憤っていた。これが同じ「三」の人間が言うべき台詞なのかと……。

 

「―――どいつもこいつも余計な仕事ばかり増やしやがって。尻拭いをする立場にでもなってみろってんだ」

 

 彼らは理解していない。東京オフショアタワーの設計には上泉家系列と神楽坂家系列の企業が関わっているのだ。つまるところ、このタワーを襲撃しようとした時点で『進人類フロント』の行く先が決定した形だ。

 更に、その構成員の中に第三研の数字落ち(エクストラ)がいたことで、後始末も兼ねる形で三矢家も動くことが決定してしまった。元三矢の人間としても、神楽坂家の人間としても……悠元が動く理由が出来てしまった形となったのだ。

 パラサイドールで九島と国防軍にドイツ関連と面倒事を片付けたところで今度は元実家絡みの案件という有様に、悠元から思わず漏れ出た台詞に対して周囲の人間は苦笑を滲ませていたのだった。

 




 ブランシュ「魔法師が魔法で高額の報酬を得ていることが許せない」
 進人類フロント「魔法師が奴隷労働されていることが許せない」

 ……方向性が極端になると、言っていることが完全なエゴイズムという有様。
 というか、東京オフショアタワーほどの超高層建築物のパーティーなら本来は七草家辺りが出張ってもおかしくないはずなのですが、アニメだと翌日が第一高校の入学式ということもあって遠慮したという理由はあるかもしれません。

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