魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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二人の暴れん坊

 フラグというものはえてして自動的に形成されるものと手動的に形成されるものがある。俗にいう『死亡フラグ』は後者の側だろう。恋愛に無自覚な人間が恋愛フラグを立てる場合は自動的と言っていいのか解釈に困るが。

 コミューターによって満員電車というフラグはなくなったものの、駅から学校までの通学というイベントはまだ残っている。基本的に一本道なので、クラスメイトとも会う機会が増えることにもなる。

 だからといって、周りから注目されかねない行動はどうかと思う。何が起きたのかというと、一高の生徒会長である真由美が手を振りながら走ってくるのだ。それも、自分と達也の名前を呼んでだ。

 

「悠くーん、達也くーん!」

「……達也、随分親しくなったんだな」

「いや、一昨日が初対面のはずなんだがな。それを言うならお前の方が知己じゃないのか?」

「バレンタインのために実家の力を使うような人を好意的に見れるか? 俺は無理だぞ」

「あ、あはは……」

 

 小声で交わされる悠元と達也の会話を聞いて思わず苦笑を浮かべる深雪。確かに一歩間違えればストーカーや付きまといのレベルだ。そんな会話が交わされていることも気付かずに近づいてきた真由美は三人に声をかけた。

 

「二人ともおはよう。深雪さんもおはようございます」

「おはようございます、会長」

「おはようございます」

「おはようございます、七草会長」

 

 そうやって挨拶を交わすが、悠元の呼び方に不服だったのか真由美は悠元に詰め寄った。

 

「む、悠君ってばダメじゃないですか。名字で呼んではダメって言ったでしょう?」

「親しき仲にも礼儀ありじゃないですか。通学路なんですから、かえって目立ちますよ。ただでさえ、先輩と自分は目立つ立場なんですから」

 

 悠元は三矢家の人間で、真由美は七草家の人間。同じ十師族の二人がこんなところで親しげにしていたら要らぬ誤解を受ける。それを理解できない真由美ではなく、渋々納得した。

 

「今はそれで納得しましょうか……悠君に深雪さん、今日のお昼はどうするのかしら?」

「そう聞くということは、生徒会のお話ということですか?」

「あー、そういえば悠君はお姉さんから聞いていてもおかしくないでしょうね。ええ、その通りですよ。それで深雪さんにも声を掛けたいのですけど……」

 

 そこで深雪は達也に視線を向けた。

 事情はどうあれ達也は深雪のガーディアンだ。悠元は生徒会室に行き、深雪としても先程のことから生徒会室に行こうとする。結果として達也も行かざるを得ない状況になる。ここまでを理解したのか、達也は面倒そうな雰囲気を感じていたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 先程の真由美との邂逅もあってか、周りからの目線は自ずと多い。そうでなくとも、深雪という存在で男女問わず惹きつけている存在もあれば、その隣にいる達也に対しては敵意というよりも二科生に対する僻みの視線が多い。

 

「さっきのこともあるだろうが、目立つつもりが無くても逆に目立ってないか?」

「否定はできないな」

 

 この辺は深雪が主因となっているため、達也も若干諦め気味であった。ともあれ、正門を越えて正面玄関から校舎に入り、二科生である達也と別れて深雪と一緒に教室へと向かう。

 すると、深雪が嬉しそうな表情を見せていたことに首を傾げた。

 

「どうした、深雪。なんだか嬉しそうだな」

「いえ、昨日は憂鬱な表情をしながら『悠元さんと一緒に通えたら』なんて思ってたのが叶いましたから」

「ああ……成程ね」

 

 昨日は深雪一人だったのに、今日は深雪の隣に見知らぬ男子生徒が一人いて、仲良く歩いている光景は男子生徒からすれば羨望や妬みにも似たような感情を抱くのは仕方がないのだろう。

 文句があるのなら受け付けるが、それを受理するのはこちら次第である。

 

 1年A組の教室はある程度小規模のグループで構成されていた。深雪と別れて自分の端末を探し、見つけたところで雫とほのかに声を掛けられた。

 

「おはよう、悠元」

「おはようございます、悠元さん」

「おはよう、二人とも」

 

 挨拶を交わしつつ、悠元は自分の席に座って自分のIDカードを端末にセットした。すると、ほのかはホッとしたような表情を悠元に向けていた。

 

「それにしてもよかったです。知り合いが隣の席だったので安心しました」

「まあ、名字もひらがな読みだと一文字しか変わらないからな」

「二人ともいいよね。私は席が遠くなるし」

 

 光井(みつい)三矢(みつや)なので、自ずと席は近くなる。その一方で雫は少ししょんぼりしていた。こればかりは成績分配の五十音順にした学校側の方針なのでどうしようもないだろう。そう思いながら悠元は立ち上がったモニターに目を通しつつキーボードを叩き始める。

 

「まあ、こればかりは学校側の事情があるし、どうにも言えないと思うけどな」

 

 キーボードの練習は魔法訓練の合間にやっていた。これはCAD調整の練習も兼ねてだ。それを見た美嘉が『悠元より絶対上手くなってやる!』と本気を出した結果、九校戦で選手とエンジニアの二束草鞋をするだけの技量を手に入れていた。佳奈からは『グッジョブ』と褒められて抱きしめられた……何かと賑やかなうちの家系である。

 それはともかく、カリキュラムの確認と履修登録を速やかに行って他に必要な情報がないか探っていると、二人が感心するように悠元のキーボード捌きを見ていた。そして、二人だけではなくそのすぐ後ろの席からも声を掛けられたので、悠元は手を止めて振り向いた。そこにいたのは可愛らしい容姿の男子生徒だった。女装が似合いそうな……というのはやめておこうと思う。

 

「へぇー、アシストを使わずにキーボードだけってすごいね」

「ん? ああ、慣れたらこっちが早いからな」

「って、ゴメンゴメン。僕は六塚(むつづか)燈也(とうや)。僕のことは燈也でいいよ。得意な魔法は振動・加速系の射撃魔法になるかな」

「三矢悠元だ。俺のことも悠元でいい。得意なのは振動系全般になる。しかし、六塚家なら東北の五高が近いんじゃないのか?」

 

 まさかの十師族ということに驚いた。いや、あれだけの原作介入をしたらどんなことが起きても不思議じゃないと思っている。その意味で燈也の存在は意外なものだった。というか、十師族なのに目立ってないのも不思議としか言いようがなかった。容姿からしても目立っていそうなものなのに。

 

「実は姉さん―――現当主に一高への入学を勧められてね。理由を尋ねたら『あなたの志望を考えれば、一高の方がいいでしょう』と言ってくれたんだ。流石に目立つと思ったんだけど、この学校ではそこまで気にならなかったよ」

「うーん……それって、会長や十文字会頭の存在?」

「いや、『三矢家』―――君のお姉さんの影響が残ってるみたいで」

 

 うん、知ってた。

 三矢の名を持つ人間が入れ替わりで来たんだ。そりゃあ噂はそっちの方向に行くよな。

 そして、二人の会話に加わる形で雫とほのかも自己紹介して会話をする。というか、一年生で十師族関係者が“4人”は異常だと思う。自分が言うなって? ……これぐらいは言わせてください。お願いだから。その間にも燈也の後ろの席から視線が飛んでくるが、無視した。誰かって? 五十音の席順で考えれば解るだろうが、森崎のことだ。無論、その視線は燈也にも向けられている……本人は苦笑ものだ。

 履修登録も終えたのでモニターを収納した。すると、話題はその姉となった。

 

「ねえ、悠元。僕は会ったことがないんだけど、先代の生徒会長とは聞いたことがあるんだ。どんな人なの?」

「人当たりが良くて、気に入れば二科生でも親しげに接する姉かな。九校戦だと新人戦も含めれば女子バトル・ボード二連覇に女子クラウド・ボール三連覇、それで三年の時は女子アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝している」

「悠元のお姉さん、それでいて新人戦のエンジニアもやってたよね」

 

 三矢美嘉。三矢家三女で、一高では先代の生徒会長を務めていた。選手・エンジニアの両面で一高の二連覇に貢献。三年の時に種目をバトル・ボードからアイス・ピラーズ・ブレイクに変更したのは、彼女の前に生徒会長をやっていた次女の決勝最速記録更新を狙ったものであると知っているのは身内だけである。

 

「雫、知ってるの?」

「うん、何回かうちのパーティーで出会ったことがある。悠元は詳しいことを教えてくれなかったけど」

「それは勘弁してほしいかな。どうしても隠さなきゃいけない事情があったわけだし」

 

 そこまで聞けば優秀であるというだけで終わるのだが、彼女のやったことはとんでもないことだらけだった。新入生総代となったのはいいが、生徒会入りを辞退して風紀委員になる。新入生勧誘期間中に彼女は魔法・非魔法の区別なく騒乱行為を平等に鎮圧した。

 更には二科生に対する差別用語―――雑草(ウィード)を使って二科生とのトラブルを起こした一科生を誰一人の例外なく鉄拳制裁した。相手が先輩だろうと男女関係なくだ。

 これには一年から生徒会役員だった佳奈も頭を抱えたが、咎めることはしなかった。生徒の幼稚性を放置する学校側の態度に呆れていたのは彼女も同じだったからだ。

 

 それを受けてその年の生徒総会で一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の通称を禁止用語として明文化。表向きは言えなくなったが、それでも優越に浸りたい奴は陰ながらその単語を使うのをやめなかった。

 

「そのお姉さんのせいで悠元が要らぬ苦労を背負っているわけだね」

「……勘弁してくれ」

 

 2年生になると、佳奈から指名される形で生徒会長に立候補。その代表演説の一言目は『文句があるのならかかってきなさい。いつでも相手してあげるから』と完全な喧嘩腰だった。その場で佳奈から制裁を食らったために少しはまともな演説となり、信任を受けて生徒会長に就任した。

 暴れん坊みたいな印象もあるが、一科生の女子と二科生全体からはすこぶる評価が高かったらしく、個人的な友人だと二科生の方が多いぐらいだった。成績自体も問題はなく三年間通して学年総合一位、そして九校戦で優秀な実績も残している。その意味で教師だけでなく教頭や校長ですら手におえない代物だったというのは間違いないだろう。

 

 その原因を作ってしまったのは他でもない悠元の存在あってこそ。だからこそ、遥から聞いた時は本気で頭を抱えたのであった。

 なお、本人は現在魔法大学の一年生を満喫している。彼氏はまだいないとのこと。

 

「あとはそうだな……新陰流の印可を受けている。具体的には師範代相当といってもいいかな」

 

 新陰流剣武術は剣術四奥義、体術四奥義を合わせて“八葉”と呼称し、ここに忍術を加えた九つの習得段階で見極める。現時点では元継が総師範補佐(皆伝・次期総師範筆頭)、詩鶴は師範(皆伝)、佳奈が師範代で美嘉が師範代相当(印可)となる。悠元の場合は剛三から直々に皆伝―――師範相当と認められたが、とりわけ新陰流の師範をしたいわけではない。その辺は剛三も理解しているので、高校卒業までは師範代という形にしてもらっている。

 ちなみに、八葉という呼称は剛三が総師範になってから取り決めたらしい。その理由もなんとなく察せるが、何も言わない方がいいだろうと思って聞こうとはしなかった。

 ここでA組の担当教官が教室に入って来たので、会話を止めて各々自分の席に座った。

 

 オリエンテーションの2日目が始まるわけなのだが、ここで教官の百舌谷が悠元に対して声を掛けたのだ。恐らくは入学式と昨日の2日間を休んだため、そのフォローをしようとしたのだろう。

 確かに新入生総代が家の都合で欠席すること自体珍しい事なので、これから一緒に学ぶクラスメイトに対して自己紹介するのは吝かではない。

 

「三矢君。今日が初登校になりますので、軽く自己紹介をお願いします」

「分かりました」

 

 その場で立ち上がると、周りのクラスメイトがざわついた。先程深雪と一緒に登校してきた男子生徒が十師族の直系だという事実に対してのものだろうが、わざとらしく咳払いをした上で自己紹介をした。

 

「今年度の新入生総代、三矢悠元です。入試の結果をゴールではなくスタートと改めて気を引き締めていきたいと考えています。あと、自分は卒業生である姉らと同様に二科生を下に見ることはしません」

 

 自分の言葉に対して睨むような表情を向けている男子生徒もいたりする。森崎も無論その一人に数えられる。

 そこまでエリート意識があるのならば上を目指す努力をしたほうがいいと思うのだが、自分よりも下の実力の人間がいると目が向いてしまうのは人間としての性なのだろう。

 

「別にこの意見を押し付けるつもりはありません。ですが、優れた魔法師というものは何も実力だけで決まるものではないと思っています。何はともあれ、よろしくお願いします」

 

 単純に戦略級魔法というものがあれば、それに偏った見方をされてしまうのは仕方がないと思う。だが、単に魔法の力を示し続けていたのでは、いつか限界が来てしまう。四葉家はその中でも異質な例外だろう。

 それはともかく、魔法を本格的に学ぶのは魔法科高校に入ってからが大半であるにも拘らず、入試の成績によるクラス分けでエリートぶる理由が良く分からない。

 森崎が威張っていた理由は分からなくもないが、それ以外が二科生を卑下する理由なんて大体は惨めすぎる理由が殆どだ。周りが動揺するのを尻目にしつつ、そのまま自分の席に座った。

 

 百舌谷から今日の授業見学について説明があり、魔法実技の教科の見学は教官がついて説明してくれるとのことだ。周りの反応を見る限り、昨日と同様の流れなのだろうと推察した。

 

 どうしようか考えたが、工房見学はどこかのタイミングですればいいと思い、教官の案内についていく形にしようと席を立ったところで、深雪が近寄ってきた。

 

「悠元さん、今日はどうするのですか?」

「昨日は見学できていないから、大人しく教官に付いて行こうと思ってる。深雪はどうするんだ?」

 

 お互いに名前で呼び合っているが、これを見てどう思おうが勝手にしてほしい、と思う。ただ、現時点で自分が深雪に対して恋愛感情はない……というか、分からない。

 

「折角ですからご一緒しようと思いまして。昼休みのこともありますので」

「……まあ、理に適ってるな。ほのかと燈也はどうする?」

「じゃあ、ご一緒します」

「僕も折角ですから」

 

 流石に二人だけだと要らぬやっかみを買いそうなので、燈也とほのかを誘った。すると、深雪に遅れる形で雫もやってきた。

 

「悠元、私もいいかな?」

「別に構わないが、昼は生徒会室に呼ばれてるから、今日は一緒に食べれない。そこは勘弁してほしい」

「ん、分かった」

 

 気が付けば自分を含めて五人の集団行動となっており、どう声を掛けようか悩んでいる人間もいれば、羨望の表情を浮かべて視線を向けてくる生徒もいる。

 これには密かに溜息を吐いた悠元であった。

 

 今日は魔法工学と魔法幾何学の授業見学、午後からは昨日と異なる魔法実技演習を見る予定となっている。悠元は流石に昨日のことを知らないため、そのあたりを燈也が説明してくれた。

 

「昨日は基礎魔法学と応用魔法学の見学があったんですよ。その時、深雪が立派な回答をしまして……それで森崎が調子に乗ったようで」

「? 深雪と森崎に直接の面識なんて無いだろうに、何でそうなったんだ?」

「大きい声では言えませんが……先生からの質問で森崎が失敗しまして」

 

 教官が尋ねたのは放出系魔法の性質であり、普通ならば中学(主に中学生が通う魔法関連の塾)までで習う内容ではない。恐らくだが、森崎は百家の人間として深雪にアピールしたかったのだろう。その代わりを立派に務めた深雪に対して「俺の敵を取ってくれた」などと調子に乗った結果、二科生に対して席を譲るように威圧したり、放課後の一件に繋がった形だ。

 

「ええー……ちゃんと分かってないなら、そこは控えるべきだろうに」

「ですよね。僕もそう思いますよ」

 

 自分の身の丈に合った実力を身に着けていて自信満々ならば文句はないが、気になる異性に振り向いてほしくて、挙句の果てに家柄まで意識した結果ずっこけた……これを滑稽と言わずして何と呼ぶのだろう。

 燈也と話していて気が付くと、深雪や雫、ほのかが視線を向けていた。

 

「何の内緒話?」

「なに、昨日の授業見学のことについてな。声量を上げると要らぬ中傷を受ける奴がいるから」

「ええっと……森中君、でしたっけ?」

「ほのか……森崎君よ」

(ロクに覚えられてねえな、森崎……)

 

 昨日のことが大きく尾を引いているのは間違いないだろう。ほのかからすれば、達也のことを認めない森崎に対して良くない感情を抱いてもおかしくはないが、少しはクラスメイトの名前を覚える努力をしてほしい……とは思う。

 気が付くと教官が指定した場所に到着した。同じように見学を希望する生徒もいるが、声を掛けようか戸惑う生徒がかなりいる。

 

「声を掛けるのはマナー違反でもないのに、何で躊躇うかな。いや、原因は分かってるけどさ」

「そうですね……僕の存在もあるかと思いますけど」

 

 十師族の直系二人(正確には四人だが)という対象が同学年にいる以上、どう声を掛けようか悩むのも無理はないだろう。別に声を掛けること自体を咎める気は更々ないのだが。そんなことを考えていると教官が来たので、教官の案内で魔法工学の授業を見学する。

 

 魔法工学は魔法の学問分野の一つで、CADなどの魔法工学機器等に関する学問である。入試の点数だが、魔法工学は文句なしの満点を取っている。実家でCADを自ら弄ったり、CADの調整を自分一人でこなしているため、他の人間より魔法工学の知識はあると思っている。

 ただ、魔法科高校の魔法工学は高等教育の性質上、自分のやっていることと比べてレベルがかなり落ちてしまうのは仕方がない。国防陸軍で兵器開発なんてやってると最高レベルの魔法工学機器に触れる機会が多いため、それと比較すること自体失礼だと思う。

 午前の見学自体、特にトラブルが起きることもなく進んでいくのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 上泉家の本家はかつて箕輪(みのわ)城が存在していた場所にある。かつての剣豪上泉信綱が仕えた長野家所縁の地に広大な敷地を持つ一族の長―――上泉剛三は天井近くに掛けられた一枚の写真を見上げていた。そこに映るのは五人の人物であり、中央に映るのは四葉元造。その両端にいるのは九島烈と剛三で、元造の前にいる二人の少女は元造の子―――深夜と真夜であった。

 

「のう、元造よ。お主の言っていた通りだったよ。あの戦いの後、深夜も真夜も儂も過去で止まってしまった……多分、烈や弘一もじゃろうな」

 

 剛三は元造から深夜と真夜に手紙を託されていた。最初、死まで止まる様子のない元造を剛三は止めようとした。娘を親無しにしていいのかと。だが、剛三は止め切れずに自棄を起こして大漢の連中を相手に無双した。その結果魔法演算領域を損傷する結果となり、つい先日まで魔法を長時間使うことができなかった。

 そして、その手紙を彼女達に渡すことも忘れるように、額縁の裏に仕舞い込んだ……自分が止め切れなかったことは罪であり、まだ少女であった彼女達は生き残った自分を恨むだろうと。だが、その選択は最悪の道を進もうとしていたことに剛三は気づいていなかった。

 

「気付いた時には遅かった……もう、どうにもならんとな……だが、やりおったよ。儂の孫がな」

 

 その手紙を見つけたのは悠元であった。沖縄に出発する前日、額縁の微妙な重心のズレに気付いて裏蓋を開けたところ、二通の手紙が出てきた。それを追及されたとき、剛三は過去を穿り返された怒りから悠元に向かって木刀を振り下ろした。明らかに精彩を欠いた剛三に、悠元は木刀を片手でいなすと、剛三の袖をつかんで強引に一本背負いを決めた。

 あっさりと投げられて呆然とする剛三に悠元はこう言い放った。

 

『生きているうちに届けてください。俺に言えるのはそれだけです。もし届けなかったら……俺は爺さんを一生軽蔑します』

 

 そう言いながら悠元は魔法で剛三の魔法演算領域を修復した。そんな魔法など聞いたこともなかったが、剛三は喜びのあまりはしゃいだ。それを詩鶴が木刀を振るうという一歩間違えれば虐待にもなりかねないような一撃によって剛三は腰を痛め、これには悠元も呆れていた。

 腰を回復させようかと悠元は提案したが、詩鶴の『悠元に木刀を振るった罰として大人しくさせたい』という提案を呑み、それ以上はしなかった。

 

 沖縄防衛戦の翌日、腰の調子も戻った剛三は知己の仲介という形で、都内の高級料亭で真夜との会談に臨んでいた。

 

「久しぶりだな、真夜。本当に母親そっくりになったな」

「剛三殿も久しいですわ。それで、今日はどのようなご用件で?」

「まあ、まずは一献傾けようではないか」

 

 剛三からすれば真夜の存在は娘同然ともいえた。ひとしきり語らったのち、剛三は真夜に本題となる手紙を差し出した。

 

「これは……」

「お前と深夜の父―――元造から託された手紙だ。大漢での復讐戦の直前に託されたが……すまない、真夜。儂は、元造を止められなかった」

「剛三殿?」

「あやつが父親として娘の幸せを奪ったことに怒り狂っただけなら止められた。だがな、元造はお前と深夜がこれから苦しむことになる未来を少しでも良くするため……お前たちを狙おうなどという考えなど二度と持たせぬために踏み切った」

 

 元造は真夜が女性としての幸せを失ったこと、深夜がそのために真夜を「生かすために殺す」ことも想像していた。だからこそ、彼女たちに近い剛三に遺言ともいうべき手紙を託した。真夜の女性としての幸せを奪った“過去”とこれから起こりうる“未来”のために、元造は命を燃やし尽くした。

 

「儂も自棄になって戦った。だが、生き残ってしまった……そうなれば、儂はお主等を含めて四葉から責められてもおかしくはない立場よ。その手紙を封印して、残りの人生を新陰流に費やすことで終えようとした」

「……」

「そう思っていたんじゃがな……孫に見つけられて説教されてしまった。『託されたなら生きているうちに届けろ』と。いやはや、全く情けない大人だ」

 

 真夜としては、剛三がそこまで弱気に話す様子など初めて見る光景だった。父からは『アイツは暴れ馬だな』と常々言われて育ってきたため、そういう面を見るだなんて思ってもいなかったからだ。

 

「真夜よ、生きているのならまだ話せる。相手が死んでしまったら、もう言葉を掛けてやることもできぬ。当たり前のことだが、儂らのような存在だと忘れそうになってしまうの……儂は届けた。如何するかはお前が決めるとよい」

 

 そう言って剛三は立ち上がり、部屋を後にした。真夜の手には、若干色褪せた手紙が確かに握られていたのであった。そこで、頬に何かの感触を感じ取った真夜が手で拭うと、それは自身が流した涙であったことに驚きを見せた。

 

「ふふっ……涙なんて、何時ぶりに流したかしら……ありがとうございます、剛三さん」

 

 その感謝の言葉を向ける相手は既にこの場からいなくなっているが、それでも口にせずにはいられなかった……そう思いつつ、その手紙を自身の懐に仕舞い込んだのだった。

 


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