魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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不気味すぎる信任率

 電話を終え、喉の渇きを覚えた悠元と達也がリビングに向かうと、二人を待ち構えるような形ではないにせよ、出来立ての紅茶を準備していた。何もお願いしていないのだが、こういった気配りの速さは流石達也の妹だけはある。

 

「お兄様に悠元さん。喉が渇いていると思いまして、飲み物を用意しました」

「……出来る妹だな、達也」

「誉め言葉と思っておく」

 

 温度は熱すぎたり温すぎたりすることはなく、用意されたアイスミルクティーでのどを潤す。達也は一人掛けのソファーで、悠元と深雪が二人掛けのソファーに座る。司波家では悠元と深雪が隣り合って座るのが当たり前となっており、これには特に反論や異論を唱える気もなかった。

 尤も、一番異論を唱えそうな達也が深雪の説得に屈したのが最大の理由だが。

 

「どなたかと連絡を取っていたのですか?」

「響子さんだよ。周公瑾の逃亡先が京都である以上、九島家の協力は不可欠だろうからな」

 

 神楽坂家経由で連絡を取ることも考えたが、『伝統派』に必要以上の警戒をされないためにも達也と響子の繋がりを使わせてもらう形とした。

 

「そう言われるということは、独立魔装大隊絡みではないのですね?」

「正解だよ、深雪。一応念には念を入れてプライベートナンバーでの音声通信に止めている」

「成程……ちなみにですが、どちらが藤林さんのプライベートナンバーをご存じなのですか?」

「俺は知ってるよ。独立魔装大隊の検閲を通すと拙い部分の依頼関係で連絡を取る必要があったから」

 

 とりわけ『サード・アイ』や『サード・アイ・エクリプス』はその最たるもので、それを含めた魔法技術関連の依頼で響子と直接連絡を取る必要があったため、その為にプライベートナンバーを交換していると深雪に説明した。

 それを聞いた深雪の反応はと言うと、少しご機嫌斜めと言った感じであった。

 

「そうですか……私よりも先に藤林さんが……」

 

 好きな人のプライベートナンバーを最初に知ることが出来なかったというヤキモチ。ここからどうなったのかと言えば、誠心誠意の話し合いで何とか翌日の朝には元通りになった。なお、朝起きた際に深雪から「悠元さんはズルいです。そうやって愛されたら、全て許しそうになってしまいます」と赤く染まった頬を布団で隠すような素振りをしながら言われた。

 誤解の無い様に言っておくが、先に手を出したのは深雪であり、悠元はそれを受け入れた側であるということを述べておく。達也や水波も理解しているからこそ、必要以上の追及が飛んでくることは無かった。

 

 月曜に連絡を取ってから4日後、メールでの一報の後にヴィジホンで響子と電話することとなった。今回は響子からの連絡なので『五芒星(ペンタゴン)』を用いてはいないが、通常回線に三重のダミーをかぶせることで逆探知することも織り込み済みのようだ。

 達也は若干興味を見せたが、流石に自分が十全に再現できない分野に首を突っ込む気もなく、話の続きを促すような視線を響子に向けた。

 

『達也君に悠元君、祖父は面談に応じるそうよ。日時は10月6日の18時で、場所は奈良県生駒市の九島家本邸』

「大丈夫です」

 

 達也はそこまで忙しくないため、予定に関しては割と余裕がある。それと秘密裏に進めている『ESCAPES計画』も計画スケジュールがほぼ固まったため、原作よりも余裕を持った対応が出来るというわけだ。

 

『達也君、覚悟しておきなさい。既に悠元君が踏み入れている領域―――日本魔法界に蔓延る十重(とえ)二十重(はたえ)のしがらみ。その真っ只中に飛び込むことになる』

「―――覚悟の上です」

『結構。当日は私も立ち会うから』

「お願いします」

 

 今回は深雪や水波も無関係とは言えない部分もあるが、それ以上に先日の連絡を取った件を鑑みてのものだった。響子との連絡を終えたところで深雪が心配そうな表情を向けていた。

 

「お兄様、本当に宜しいのですか?」

「京都・奈良方面の土地勘はその方面に詳しい人間がいい。それに、九島烈は恐らく俺の素性や魔法のことを知っている」

「推定でなく確定に近いだろうがな。彼は一時期真夜さんや深夜さんの魔法の先生をしていたからな。その縁でうちの爺さんや四葉の先々代当主である四葉元造ともかかわりを持っていたようだし」

 

 悠元は達也以上に裏の事情を把握している。原作知識による部分もあるが、母方の実家である上泉家に通った結果として四葉家の事情もそれとなく知ったのだ。

 今の時点で深雪がそのことを気にする必要などなく、深雪を守る立場である達也や深雪の婚約者である悠元が意識を向ける領分。

 

「昨年の九校戦で九島烈が精神干渉系魔法を使ったお遊びをしていただろ? あれは俺の実力だけでなく達也と深雪の実力も測るためのものだったかもしれん」

「成程。それに、深雪は母上や叔母上の面影が強いから、察するのはそう難しくないな」

 

 別に九島烈と進んで敵対するつもりはないのだが、向こうがこちらを散々利用したり色々吹っ掛けてきたのは事実だ。それが結果として彼の孫の心労を蓄積させているという結果に繋がっている。

 

「それに、九島烈は達也だけでなく俺も戦略級魔法師であることを把握しているだろう。国家にとって最重要とも言える存在のパーソナルデータをかつて『世界最巧』とも謳われた元国防軍人が理解していないはずなどないからな」

「……俺以上に因縁が深そうだが、大丈夫なのか?」

「達也に心配されるとは思ってもみなかったが、問題はない。最悪は彼の孫や響子さん経由で説得することも考慮に入れておく」

 

 達也からすれば、先日の九校戦でパラサイドールのデータ取りに利用された一件だけだが、悠元はそれ以上の因縁を抱えてしまっている。言っておくが、剛三を通して初めて出会った時のことはまだしも、それ以降のことは自分をまるで“人ならざる者”にでも触れるかのような扱いを受けていたことには遺憾の意を示したい。

 加えて、神楽坂家と九島家の因縁にも関わってしまった以上、少なくとも九島烈個人は味方に引き入れておきたい。いくつか考えられるリスクはあるだろうが、九校戦の一件で身を引きつつある彼の魔法師社会や国防軍に対する影響力は未だ健在。そうする最大の理由は、既に増長の傾向が見られる佐伯少将を抑え込むための切り札として彼を利用するためだ。

 

 その為に、この先の展開そのものを書き換える必要がある。原作知識が通用しなくなるリスクはあるが、今までの展開からして“修正力”にバラつきはあれど、最終的な結果は原作から大きく逸脱はしていない。

 水波が本筋に関わるのはまだ先の話。そして、彼の孫がこの先に起こる出来事で大きな変化を起こした場合、恐らく九島家は多かれ少なかれ家内の騒動に繋がるかもしれない。なので、九島烈という存在は生かしてこそ意味を成す。

 尤も、生存している烈の弟を日本に帰化させるという手段も考慮に入れてはいるが、あくまでも最終手段としてのカードになるのは明白であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 9月29日、土曜日。今年は生徒総会も生徒会長選挙、そして今年度から実施された部活連会頭選挙も波乱などなく無事に終わった。

 選挙の形式も昨年のような無効票を防止するため、使い捨ての近距離無線カードが採用されている。このカードには非接触型ICチップリーダーが組み込まれており、生徒手帳代わりとなるIDカードを重ねることで有効化され、受信側の端末でボタンの有効回数などを容易にコントロールできるため、複数回のボタンを押す行為も防止できる。

 カード自体は北山家の傘下企業による試供品の無償提供だが、FLTからの技術供与もあってよりセキュリティー面で強化された仕様に仕上がっている。

 

 大人の事情はさておき、新方式の電子投票による即日開票の結果、悠元と深雪は信任率100パーセントによって各々部活連会頭と生徒会長に就任することとなった。それを見た悠元が「逆に何かの陰謀かと思いたくなってくるな」とぼやいたのを聞いた生徒会役員の面々が苦笑を浮かべていたのは言うまでもなかった。

 

「それでは、悠元の部活連会頭と深雪の生徒会長就任を祝って、乾杯!」

 

 エリカの音頭でソフトドリンクのグラスが高く掲げられる。アイネブリーゼに集まったのは身内と友人と後輩で、具体的には達也、美月、エリカ、レオ、幹比古、ほのか、雫、燈也、姫梨、セリア、佐那、修司、由夢、香澄、泉美、水波、理璃、ケントだ。祝われる側となる悠元と深雪を含めれば20人というちょっとした団体様レベルとなっている。

 

「まっ、順当な結果でしょうね」

「双方共に信任率100パーセントだしね」

「当然です! 悠元お兄様と深雪先輩にしか部活連会頭と生徒会長は務まりません!」

 

 エリカの言葉に続く形で、誰も不信任票を投じなかったことで逆に不審がった悠元の気持ちを代弁するように幹比古が呟いた後、エキサイトする泉美の姿に香澄は下手に関与しないように大人しくドリンクをちびちびと飲んでいた。

 

「悠元の気持ちも分からなくはないが……あの『クリムゾン・プリンス』を2年連続で完封しているからこその結果だろうな」

「言いたいことは分かるが、昨年は俺が二科生の教室に出入りしたり名字が変わっただけで因縁を吹っかけてきた奴がいたのに、そいつらが自ら進んで信任ボタンを押したのが逆に怖いわ」

「……それは言えてるかもね」

 

 その場面を雫やほのか、燈也は見ていたからこそ、修司の言葉に対する悠元の言い分も納得できると雫は短めに呟いた。ともあれ、結果は結果なのでそれは受け入れるしかないわけだが。

 

「公式の挨拶は学校になるが、お手柔らかにお願いするよ、深雪」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、悠元さん」

「おー、早速惚気てへぼっしゅ!?」

「誰が惚気だ……」

 

 悠元と深雪のやり取りを見たセリアの茶化しに対し、悠元は『圧力波(マッハ・パンチ)』を応用した軽めのデコピンでセリアの額に空気の塊を直撃させる。食らった側のセリアは若干涙目で睨んでくるが、悠元はその視線を受け流しつつグラスを手に取った。

 

「それで深雪、役員は決めてるのか?」

「ええ。理璃ちゃんと泉美ちゃんにお願いしようと思っているわ」

「きゃあむぐっ!?」

「理璃、フォローありがとう」

「気にしないで、香澄。こんな風になるのは目に見えてたから」

 

 深雪の指名で泉美が思わず声を上げようとしたところで香澄と理璃がまるで息の合ったコンビプレイで泉美の口を手で塞いだ。これには苦笑を見せつつも、深雪は達也と水波に視線を向けた。

 

「お兄様と水波ちゃんには書記をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それは構わない。水波はどうだ?」

「は、はい」

 

 生徒会役員の人選は司波家で事前に打ち合わせており、達也が副会長となる案もあったのだが、達也と水波を同じ役職に置くことで動きやすくする意図も含まれている。深雪は達也を“書記長”にする案もあった訳だが、これは下手な諍いを生むことになるために却下させた。

 

「会計はほのかとセリアにお願いしようと思うのだけれど」

「う、うん。深雪の指名なら引き受けるよ」

「私は問題ないわよ」

 

 これで、生徒会役員の人選は完了したことになるわけだが、もう一つの人選である部活連の幹部人事は予め声を掛けており、既に了承は得ている。そのことについて深雪が尋ねてきた。

 

「そういえば、悠元さんのほうは既に決めていらっしゃるのでしょうか?」

「幹部人事は事前に声掛けをしたり、服部会頭が選抜しているよ。現2年だとエリカ、レオ、燈也、佐那がメンバー入りすることになる。副会頭は七宝とエリカに頼むつもりだが」

 

 これに反応したのは春の一件に関わっている面々で、特に深雪と泉美が心配そうな表情を向けていた。その反応も仕方が無いと思いつつ、悠元は続きの言葉を口にした。

 

「……その反応が出ることは分かっていた。まあ、春の一件で俺だけじゃなく彼の父親からもキツイ説教を受けているわけだし、問題は無いと思っている。万が一の場合は模擬戦で叩き伏せるが」

「叩き伏せるどころか潰れそうな気がするんだけど」

 

 今年の春に起きた琢磨の一件は、彼の父親である七宝拓巳によってキツイ説教を受けることで決着させた。琢磨も事態の深刻さを痛感したのか、その翌日には悠元に謝罪した。その際、悠元は「強くなるのは構わんが、誰かを犠牲にしないと示せない強さはただの暴力だ」と言い放った。

 七草家に対して必要以上の敵対心を抱く様子は見られなくなったため、次期会頭を睨んだ副会頭の人選は琢磨に任せることとした。また真紀が唆すようならば、今度は真紀の父親も巻き込んで後悔させてやるだけだ。

 

「それと、1年メンバーにケントも入ってもらうこととなった。燈也や佐那もそうだが、部活連のメンバーにも技術系統に詳しい人選は欲しかったからな……姉らがやってきたことに対する追い撃ちのようなものだが」

 

 単純に実力ありきで選ぶのもありだが、昨年の九校戦で達也のエンジニア入りに難色を示したのが現3年のメンバーだった。現代魔法師である以上、そのツールであるCADに詳しい魔法工学系の生徒を部活連のメンバーに組み込むのは、九校戦でのエンジニアの重要性を忘れさせないための対策の一環である。

 

「僕がどこまで出来るのかは分かりませんけど、頑張ります」

「別に実戦力で選抜したわけじゃないから、変に肩の力を入れないでくれ」

 

 一部の騒いだ面子もいたが、店の雰囲気を尊重してかパーティは和やかな雰囲気で終わった。明日は土曜日ということで、店を出たのは日没前だった。アイネブリーゼで注文したのは軽食に属するものだが、結構な量を食べたので今日の夕食は取らないこととした。

 キッチンで深雪と水波の諍い(誰がお茶汲みをするのかというレベルのものだが)もあったが、一足先にシャワーを浴びた悠元はそのまま自室に引っ込んだ。悠元は神将会専用のレシーバーを耳につけると、端末を起動する。

 モニターの分割されたウィンドウには他の神将会のメンバーである元継、姫梨、修司、由夢、雫が映っていた。すると、悠元の近くに深雪がいないことを疑問に思ったのか、悠元に尋ねた。

 

『おや、悠元。今日は司波家にいないのか?』

「いや、今深雪は……入っていいぞ」

「失礼します。皆さん、遅れてすみません」

『ま、事情は察せるから気にしてないけどね』

 

 深雪が悠元の部屋に静かに入り、悠元の隣に立った。流石に立たせたままというのは忍びないため、部屋にあった簡易版の椅子を用意して深雪を座らせた。

 悠元がこの時間に神将会のメンバーを集めた理由。それは、先日達也が受けた周公瑾の捕縛に関する案件が深く関係している。神楽坂家同様、神将会も古式魔法に連なる面々が多いため、『伝統派』との対立は扱い次第で内戦に発展する可能性も秘めている。

 

『さて、悠元。今回の招集は急を要するのか?』

「ある意味でそうとも言える。達也が四葉家絡みで周公瑾捕縛の依頼を受けた。伊勢家から連絡が行っていると思うが、周公瑾は京都三千院で小競り合いを起こした後、消息を晦ましている」

『京都……また厄介なところに逃げ込んだが、奈良に比べればまだマシか』

 

 『伝統派』にも派閥が存在し、過激派が多い奈良方面と穏健・融和派の京都方面に分かれている。そもそも、古式魔法と現代魔法ではある意味毛色が違うのに、自分らが望んだ結果を手に入れられるという美味しい話がそうそう出てくるはずなどない。

 

『となると、匿っているのは『伝統派』がメインってことになるね……悠元は動くの?』

「母上からの頼みもあったから、俺個人としては動く。だが、『神将会』自体は動かせない」

『どうして?』

「周公瑾には黒幕がいる。うちの爺さんが自ら討つと公言している人物―――名は顧傑(グ・ジー)、別の名はジード・ヘイグ。四葉が滅ぼした崑崙方院を追われた生き残りで、復讐の機会を奪った四葉家を復讐の対象にしている」

 

 普通ならば四葉家に肩入れした剛三も復讐の対象に含まれているのだろう。だが、調べた限りでは顧傑が剛三を敵視していないのは、剛三がその復讐劇で魔法行使に支障が出るほどの後遺症が治っていないと判断してのものだった。

 何せ、剛三の場合は魔法抜きでも武術で大抵のことを成してしまうため、世界旅行で暴れた情報も武術によるものだと推察しているような節が見られた。漫画やアニメのような所業を武術だけで成しているというのは間違っていないが、だからといって全盛期と遜色ない魔法が使えるという最悪の可能性を考えない辺り、顧傑も老いたという証なのかもしれない。

 




 普通に考えたら深雪はまだしも主人公が信任率100パーセントは考えづらいでしょうが、そうなった理由は彼の表立った実績に他なりません。実戦経験のある『クリムゾン・プリンス』を2年連続で負かした実績は“奇跡”なんて言えないでしょうから。

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