今夜も達也は魔法の訓練をするために
「俺はてっきり、達也は深雪と水波のこともあるから留守にしてくれ、とか言いそうなものだったが」
「悠元の言い分も事実だからな。現代魔法師でしかない俺には間接的な縁になるが」
「間接的……間違っては無いか。どうやら、向こうの迎えも来たな」
二人が寺の敷地内に足を踏み入れると、八雲の弟子の案内で僧坊の一室に招かれた。この部屋は達也がスティープルチェースの一件で通された部屋のようで、その辺りの
「また何かの厄介事に巻き込まれているようだね」
「悠元から聞きましたが、お手間を取らせてしまいましたか?」
八雲の言葉で悠元が話していた式神の監視の件だとすぐに察し、達也は軽く頭を下げた。一方の八雲はと言うと、少し困ったような表情を見せていた。
「血の気の多い弟子が多くてね。悠元君が代わりに対処してくれたから穏便に済んだよ」
「まあ、この近辺の縄張りを野良とはいえ、古式魔法師にうろつかれるのは我慢ならないというプライドもあるでしょうが」
「それもあるかな。尤も、悠元君が使った喚起魔法で彼らにとってもいい薬になったようだ」
あの状況だと簡単な精神干渉系の魔法でも良かったわけだが、もしかしたら二人を通してこちらの動きを探る魔法を使っていることも考慮し、圧倒的な力を見せることで事の重大さを気付かせる目論見があった。
結局のところ、そのような魔法を使った形跡などなかったわけだが、目撃した側となった八雲の弟子たちにとっては自分たちの実力を知るいい機会になった、と八雲は呟いた。
「良い薬というのは大袈裟かと……なんだ、達也?」
「悠元、野良の魔法師と言ったか?」
「ああ。彼らの素性がてら『伝統派』の手掛かりを探っただけだが、彼らは『伝統派』に雇われたフリーの魔法師だった。九重先生のほうはどうでしたか?」
「悠元君が調べた以上の情報は出てこなかったね。にしても、流石は神楽坂家の次期当主だ。かの
達也のような現代魔法師からすれば古式魔法師も全て管理されていると思いがちだが、一定の実力やライセンス評価項目に満たない魔法因子保有者は少なくない。それこそ一つの能力に特化した魔法師(BS魔法師)がいる以上、魔法協会で管理できていない魔法師もいるのだ。
古式魔法師となれば、世俗を嫌って裏の仕事に携わる者も少なくない。『伝統派』もそういった歴史を抱えている魔法師の集団である。
「そういう有名税は要りませんよ。ただ、俺がいることで達也や深雪を古式魔法師とにらんで動いてくる可能性は高いですが」
「まあ、君らはある意味普通の現代魔法師とは言い難いからね」
現代魔法のみならず古式魔法にも造詣が深い悠元、普通の現代魔法が上手く使えない達也、そして悠元の婚約者である深雪。奇しくも全員神楽坂家の血筋を引いているため、強ち間違っていないことに悠元は苦笑を浮かべた。
「九重先生にお願いしたいのは、自分らだけでなく俺らの身辺や友人も狙われる可能性があるため、秘密裏の警護をお願いしたいのです」
「警護ねぇ……達也君が受けた何かしらの事案が大きく関係しているのかな?」
「詳しくは言えませんが、京都方面の仕事になるかと。師匠の手を煩わせずに済めばいいと思っています」
実際のところ、原作と異なり八雲は『九頭龍』の長であるため、千姫から四葉家が周公瑾の追跡をしていることは把握している。ただ、四葉家だけでなく魔法師社会には『九頭龍』の存在自体公然の秘密となっているため、八雲はそれを秘匿しつつも話を続ける。
「分かったよ。既に悠元君が関わっている以上、こちらとしても協力する口実は出来ているからね。悠元君のほうは三矢家もフォローすべきかな?」
「ええ。三矢の使用人である矢車家もそれなりに古式魔法に得手はありますが、全てをフォローできているとは言い難いですし。まあ、上泉家は言わずとも動いてくれるでしょうが、その辺は元継兄さんにお伺いはしています」
結果的には、悠元の存在で上泉家と神楽坂家が動く口実となってしまったわけだ。『伝統派』の方々はご愁傷様と言えばいいだろう。それに、九重寺の門人にとっても格好の得物になるのは目に見えている。
「俺としては、師匠にあまり動かれるのも大変ですが」
「内戦の危険性を孕んでいることだろう? それを危惧するのなら、『伝統派』が悠元君に喧嘩を売った時点で既に賽は投げられたも同然だよ。だから、達也君は自分の仕事に専念するといい」
別に奈良・京都方面の古式魔法師全てを相手にする気など全く無い訳だが、勝手に警戒された上にちょっかいを出してきている時点でこちらの平穏を脅かす意図しか見えない。これで物理的な手段に訴えた場合、京都全体に結界魔法陣を打ち込んで本格的な“聖域”に仕立て上げることも辞さないつもりだ。
達也が古式魔法師の内戦を危惧したのは別の側面があり、元々『正統派』―――伝統な修行法を忠実に守り続ける表側の古式魔法師―――と『伝統派』―――旧第九研に協力して望んだ力を得ることが出来ず、『九』の各家と対立関係にある裏側の古式魔法師―――という構図が存在し、正統派からすれば「『伝統派』を粛正すべし」という声も少なからず存在する。
上泉家は元々武家から派生した陰陽道系古式魔法の大家であり、神楽坂家は皇族の守護を代々担ってきた陰陽道系の一族。力の求め方は『伝統派』に近いものの、失われた古式魔法の技術を守り続け、天神魔法に関しては伝統ある修行方法を忠実に守り続けている。
それに、正統派の中には二家で修行して大成するケースも少なくないため、古式魔法師では一応中立の立場にある『護人』の舵取り次第で正統派と『伝統派』のパワーバランスが大きく変わるほどだ。
「別に自分から喧嘩を売りに行くつもりはありませんが」
「それだけ悠元君の持つ『神楽坂』の名は古式魔法師の世界にとって畏怖と尊崇の意味が込められている、というわけだよ。それは、実際に現地へ行ってみればわかる話だよ」
「……分かりました。肝に銘じておきます」
釘を刺すつもりが逆に刺された気分を悠元は抱き、それを見た達也は悠元の抱える事情の深さを見て、四葉家における達也自身の事情が寧ろ可愛く見えてしまう、と錯覚してしまいそうになったほどだった。
◇ ◇ ◇
会談があった翌日の西暦2096年10月1日、第一高校新生徒会が発足した。メンバーは生徒会長:司波深雪、副会長:七草泉美・十文字理璃、書記:司波達也・桜井水波、会計:エクセリア=シールズ・光井ほのかの計7名という歴代の生徒会でも多い人数となる。
これには生徒のみならず普段は生徒会運営に口出しをしない職員室からも疑問が噴出したわけだが、過去の経験からくる部分に加えて次の生徒会役員構成を睨んでの人選だと言われれば、それ以上の異論を唱える者は出てこなかった。
そもそもの話、部活連ですら認められた人員の増員を生徒会だけが認められないのは筋が通らない。同じ全校生徒を対象にするだけでなく、場合によっては風紀委員の補助に入るとなれば役員一人当たりの仕事量はかなり膨大となる。それを少ない人数でこなしてきた歴代の生徒会長や部活連会頭が単純におかしかっただけなのだ。
そして、課外活動連合会―――新部活連メンバーの発足も行われた。
「この度、部活連会頭となった神楽坂悠元だ。歴代の会頭を務めた方々に恥じぬ振る舞いを心掛けていきたいと思うので、よろしくお願いする……何故黙る」
「いや、それは酷すぎない? 寧ろ笑顔が怖いわよ」
「いっそのこと笑えよ」
別に威圧感とか出しているわけではなく、悠元が気配の抑揚を止めているだけで大半のメンバーが何も言えずに緊張している面持ちを見せていた。辛うじて反応できるエリカの言葉に、悠元は若干引き攣った笑みを見せていた。
「別に十文字先輩のように威厳があるわけでもなく、服部先輩のようなプライドの高さなんてないが……巡回メンバーは以前話した通りだし、今回は顔合わせだけだからな。まあ、月末に京都で行われる論文コンペの警備メンバーには割り当てることもあるので、ビシバシしごくのは決定事項だが」
別に脅しめいた言い方すらしていないのに、一言述べるだけで委縮している始末。これには流石の悠元も怒りたくなってきた。1年生はまだしも、同級生にまでそういう態度を取られるのは癪に障る。なので、論文コンペの警備メンバーの鍛錬は厳しめに行くつもりだ。
それでも、人間卒業レベルである剛三との鍛錬レベルに持っていくことは金輪際無いに等しいが。
「なあ、鷹輔。俺が何か悪い事でもしたか?」
「いや、その、現生徒会長を止められるのは司波かお前しかいないからさ。皆は機嫌を損ねたくないんだよ」
「……」
辛うじて出てきた鷹輔の言葉に他のメンバーも頷いたりしており、お前らは人を深雪のストッパー扱いするな、と声に出して言いたかったが……なまじ事実の側面もあるために言い返せなかったのだった。
解散後、悠元はそのまま生徒会室に足を運んだ。悠元の生徒会室の出入りに関するID登録自体は抹消されていないが、それでも別の組織である以上は礼儀正しくノック(この場合はチャイムと言うべきか)すると、ロックが解除されたので中に入った。
「失礼する」
「悠元さん。態々ノックをしなくても歓迎しますのに」
「分かっちゃいるが、流石に初回からいきなりノックもなしに入るのは拙いだろう……コホン。この度部活連会頭となった神楽坂悠元だ。宜しくお願いするよ、司波生徒会長」
「はい、神楽坂会頭も就任おめでとうございます。……やっぱり、名前呼びがしっくり来てしまいます」
高校入学から司波家で居候しているせいか、名字呼びではなく名前呼びの弊害が出てきた形となった。それは深雪も同じだったようで、苦笑を零していた。すると、部屋の隅で達也と話していた幹比古が悠元と深雪に近付いてきた。
「何はともあれ、お互いに頑張っていこう……っと、幹比古が風紀委員長か。宜しくな」
「うん、悠元も宜しく」
花音の後となる風紀委員長は幹比古と雫の一騎打ちだったが、面倒くさいオーラを全開にした雫の無言の圧力に屈した形だ。尚、風紀委員の部活連推薦枠に入っていた3年生が引退して一人空く形となったため、個人的にやる気が見られた由夢が風紀委員となり、教職員推薦枠からは修司が風紀委員となった。
雫と修司、由夢が結託したとなれば、幹比古の委員長選出はある意味納得できるものでもあった。その雫はと言うと、ほのかやセリアとガールズトークで盛り上がっているわけだが。
「幹比古、この後時間は取れるか?」
「あ、うん。活動記録の作成が終わればいいけれど」
「なら、手伝うよ。生徒会にいた時に風紀委員の仕事も一部やっていたし」
データベースなどの改良で生徒会の仕事が手持無沙汰となることが多く、その際に摩利や花音の頼みで風紀委員会の活動記録を作成することが多かった。尚、本人たちに言ってもどうせ聞かないと判断して修次や五十里に相談している。
「……悠元って、どういう役職だったの?」
「部活連幹部兼生徒会役員補助兼風紀委員長補佐、みたいな感じだな」
「今更ながら、悠元さんにかかる負担が大きすぎましたね……大体先輩方のせいですが」
その元凶は大体泉美の姉のせいなのだが、ここで彼女の身内を貶す理由もないためにそのことは心の中に仕舞っておくこととした。
生徒会室横の直通階段で風紀委員会室に入り、手早く活動記録の作成―――そのためのテンプレートは既にあるため、巡回記録などで気になる点を書く程度のもの―――を済ませたところで幹比古が切り出した。
「それで悠元、話って?」
「ああ。実は昨日の話だが、古式魔法師からちょっかいを受けてな」
「……ねえ、悠元。その魔法師たちは悠元を舐め切ってるのかな?」
「さあ? 九校戦の知名度はあるにしても、今年に関してだと使った古式魔法は天神魔法ぐらいだし」
悠元のことを昔からよく知る幹比古からすれば、悠元が古式魔法の大家である神楽坂家に血縁と実力で選ばれた事実を把握している。だが、事情を知らない古式魔法師からすれば、永らく表舞台に姿を見せていなかった神楽坂の名を耳にしたことで、その実力を試そうと躍起になる人間が一定数いるのも事実である。
「で、そいつらは『伝統派』に雇われたフリーの古式魔法師だった。彼らの処置は知り合いの忍術使い―――九重八雲先生にお願いしてる」
「『伝統派』……悠元が態々首を突っ込むように思えないし、大方達也絡みなのかい?」
「まあ、概ねその考えで合ってる。達也に協力の立場を取っているのは事実だが」
幹比古は将来的に東道家へ養子と入る以上、裏側の事情だけでなく『元老院』にも触れることとなる。そして、幹比古も達也や深雪が四葉の人間であることを知っているため、今回の一件も四葉家絡みだとすぐに察していた。
「今年の論文コンペは奇しくも『伝統派』の一派がいる京都。おまけに、達也が受けた仕事が『伝統派』に関与せざるを得ない相手と言えば察しが付くか?」
「……成程ね。実は達也に改造された式神の起動式のことを教えたんだけど、事はそう簡単じゃなさそうだね。コンペの警備もしっかり考えるべきか」
「そうだな。会場警備や護衛の総指揮は服部前会頭に任せて、俺は現地警備に回るけど」
幸いにして、部活連会頭の悠元と風紀委員長の幹比古でお互いに連携が取りやすく、生徒会長の深雪とも知り合い(悠元からすればそのレベルではないが)なので、護衛や警備に関してはスムーズに決められると踏んでいる。
「彼らの標的が俺らだけに限定してくれればいいんだが、俺や達也の身内に加えて友人関係にまで狙いをつけてくる可能性がある。一応打つべき手は打っているが……俺らの中で非力の部類になるのが美月とほのかだ。ほのかは雫にフォローを頼んでいるが、美月に関しては幹比古に頼みたい」
「え、えっ!? ぼ、僕がかい!?」
「別にそう手間がかかることでもないだろう。二人の家の
幹比古のほうはもとより美月の家がある場所を知っていたのは、彼女が伊勢家の養女となる手続きの際、千姫に同行したことでその辺の事情も知ったからだ。それに、悠元の元実家である三矢家の本屋敷が厚木市にあるため、奇しくも三人の家が電車の幹線上に沿った形となっている。
ただ、悠元の場合は司波家に居候している関係で神奈川方面を利用するのはかなり減っているため、幹比古に頼むのが一番理に適っているという訳だ。
「……断る理由もなさそうだね。というか、柴田さんを危ない目に遭わせるわけにはいかない以上、僕が腹を括れば済む話か。分かったよ、悠元」
なお、こういった距離的な理由だけでなく、一線を越えているのに初心な反応を見せることが多い幹比古と美月の仲を進展させたいという佐那の思惑が含まれているのはここだけの話だ。
追憶編のアニメ化まで決まった中、更新ペースを上げたいもののリアル仕事が多忙で週1更新が現状の限界という。