魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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要らぬ迷惑

 西暦2096年10月5日。生徒会・部活連・風紀委員会の新体制が発足して最初の一大イベントとなる論文コンペの準備が本格的に始まった。昨年は鈴音の論文テーマである重力制御魔法式熱核融合炉のように大掛かりな実験装置を必要とはしないが、魔法実演の側面から実験器具製作が急ピッチで行われている。

 メインの執筆者となる五十里のテーマ『投影型魔法陣(とうえいがたまほうじん)』に関わる準備は講堂で行われている。サブメンバーはあずさと三七上ケリーの二人だけであり、あずさ以外はそれなりの実戦力を持っている面々であっても昨年の横浜事変を鑑みて護衛と会場警備が付けられることとなる。

 

 例年の不文律ということで服部が魔法科高校九校の合同警備のリーダーを務め、現部活連会頭の悠元は自動的に会場警備に関する打ち合わせを生徒会や風紀委員会と行うことになる。

 その悠元は、風紀委員長である幹比古や生徒会役員である達也と講堂での作業を見ながら打ち合わせをしていた。

 

「―――では、今年も風紀委員以外から護衛の有志を募るんだな?」

「昨年のことが今年は起きないなんて保証はないからね。有志とは言っても、半分以上は部活連のメンバーに頼る形だけれど」

 

 昨年のトリガーとなった周公瑾は関東近辺にいない。だが、今年の論文コンペが京都開催という点を踏まえた場合、それを知った彼がちょっかいを掛けてくる可能性が高い。むしろ、論文コンペの会場で騒ぎを起こし、それに目を向けた隙に逃亡することも考えられる。

 

「会場警備に関してだが、部活連からは俺とレオ、エリカに佐那を現地の会場警備に回すつもりだ」

「え? コイツなら護衛が似合うんじゃない?」

「おい、人を肉の壁扱いすんじゃねえよ」

「痴話喧嘩はよそでやってくれ」

 

 悠元の言葉にエリカが「誰が痴話喧嘩よ!」と声を上げようとしたところをレオが宥めているわけだが、大体エリカが護衛という性分を素直に引き受けるとは思えないからこそ、レオを会場警備に回すという選択肢を取ったまでのこと。それは幹比古もすぐに理解したのか苦笑を浮かべていた。

 

「俺はてっきり、悠元が合同警備の指揮を取る者かと思ったのだがな」

「モノリス・コードの優勝校がコンペの警備指揮を執る不文律があったし、俺の今の名字は京都方面じゃ色々訳アリだからな。達也もその場に居合わせてたから分かるだろうが」

 

 古式魔法師は現代魔法師以上の歴史を抱えており、元十師族・現護人の身分である悠元もいまいち実感がわかないのは無理からぬことだ。ただ、その一端を今年の正月で受けた以上、嫌と言うほど理解しているつもりではあるが。

 

「へえー、コンペの警備はそういうことになってたのか」

「別に十文字先輩が十師族だから、という理由じゃなかったのね」

 

 その意味で、元々古式魔法師の家柄である佐那に入ってもらうのは向こうの国防軍や警察との印象を必要以上に悪化させない緩衝材のような意味合いも含まれている。

 

「それで、達也。護衛と警備のどちらに回ってくれるかな?」

「俺が関わることは決定事項か……警備で頼む」

「了解だよ。会場の周辺警備は悠元が責任者だから……任せてもいいかな?」

「元々そのつもりだからな」

 

 達也と悠元は周公瑾捕縛の件で京都方面に出向くこととなる。発表者の護衛よりは警備の方が動けると判断してのことだ。現在他校の警備責任者とオンライン会議で打ち合わせている服部からも昨年の遊撃による会場警備の実績を買われているため、悠元に断る理由などなかった。

 

「京都だから日帰りも可能だが、あの場所は古式魔法師の魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈する場所だからな。万全を期す形を取るなら、下見は泊りがけの方がいいだろう」

「魑魅魍魎って……ミキの側に立った悠元がそれを言う?」

「最初に言い出したのは母上だからな」

「僕の名前は幹比古だ……」

 

 厄介なのは、パラサイドールの件に託ける形で周公瑾が手引きした大陸の方術士が『伝統派』に合流していることだ。最悪の場合、今まで多用してこなかった分野の天神魔法を実戦で使うことも想定しなければならない。

 

「泊りがけねえ……間違いなんて起きるはずもないか」

「それはどういう意味かな、エリカ? 返答次第では“御神渡り”でもやらせるぞ」

「あんなの人間辞めてないとできないわよ!」

 

 悠元が口にした『御神渡り』は新陰流剣武術の師範教練の一環で行われるものであり、全面結氷した湖の氷を踏みぬくことなく足元の氷を膨張・収縮させることで本来自然現象によって起こる『御神渡り』を人工的に生み出すというもの。絶妙な力加減と緻密な魔法制御が求められるため、上段者の大半が躓く難所の一つだ。

 武術の訓練に足捌きが求められるのは言うまでもない話だが、力の掛かり方を相手に悟らせないための一環としてその訓練が行われており、この訓練をクリアした人間でないと剛三相手にまともに戦えない。

 

 なお、悠元は初回で制御を大幅に間違えて高さ2メートル超、全長20キロメートル以上の『御神渡り』を作ってしまい、それを見た剛三からは盛大に笑われたことがある。その訓練を幼馴染の誼で見に来ていたエリカも、これにはドン引きに近いような笑みを見せたほどだ。

 

「……軽運動部の制御訓練メニュー、もう少し重くするか。千刃流の免許皆伝者を薙ぎ倒せるところまで来てるし」

「あれ? あたしって和兄や次兄と遜色なくなってるの?」

「いや、お前のスピードに追い付ける人間がほぼいねえよ」

「確かに」

「あ、あはは……」

 

 朱に交われば赤くなる、という言葉があるわけだが、悠元という規格外の存在が身近にいることでエリカの自己評価自体も狂っているという事実にレオ、幹比古が揃って肯定するような言葉を発し、大人しくしていた美月が苦笑を零したのだった。

 ここで達也が何も言葉を発しなかったのは、下手に言ったところでブーメランになってしまうのを察したためであった。

 

「護衛には壬生先輩や桐原先輩、千代田先輩に千倉先輩もいるし、中条先輩には燈也が護衛に就くからな。そもそもの話、五十里先輩と三七上先輩も相応の実力者なわけだが」

 

 現代魔法の範疇で言えば逆に護衛なんていらないだろうが、古式魔法師まで出てくれば話は別だ。八雲もその辺を察してか弟子たちを密かに派遣してくれている。八雲としては「血気が逸らないことを祈るよ」と苦笑交じりに述べていたが、弟子は師匠に似るものと考えるのならば、その原因を作っているのは言うまでもない話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 公共交通機関が大人数一括輸送型から少人数個別輸送型にシフトしているのは何も電車だけではない。自宅と駅の間はコミューター=AIタクシーを利用するのが大都市圏では一般的である。自宅から駅に行くときは住民IDを使ってコミューターを呼び寄せ、その逆の場合は駅前のコミューター乗り場で空車を捕まえる。乗り場が無い街角の場合は公共交通ネットワークにアクセスして空車を呼び寄せる。

 いくら魔法があると言っても市街地での魔法使用制限はかなり厳しいため、達也らも普通に利用している。原作だと達也と深雪、水波が関わったシーンだが、今コミューター乗り場にいるのは悠元と深雪だけだった。

 

「達也が流石に強いとはいえ、一人で出歩かせるのは危険だからな」

「それには同感です」

 

 実際のところはと言うと、買い物がある水波の護衛ということで達也が同行している形だ。いっそのこと四人で固まって帰る案もあったわけだが、珍しく達也から提案してきた形となったため、断る理由もなかった。

 

「それに、明日は九島家に出向くからな。まあ、準備自体は既に済ませているが……抓らないで」

「悠元さんは器量が良すぎです」

「それに不満を持たれても困るんだが」

 

 すると、コミューターから30歳代ぐらいの男性が降りてきて、空車となったコミューターがゆっくりと二人が待つ乗り場へと移動してくる。だが、その時点でコミューターの中に仕掛けられた人造精霊の存在に悠元と深雪は気付き、素早く懐からCADを取り出す。

 コミューターの中で炸裂しようとする人造精霊の自爆を深雪が水属性の天神魔法―――精霊の動きを抑え込むことで精霊の自爆を封じる『水鏡清廉(すいきょうせいれん)』で相手の人造精霊を一つ抑え込んだ。

 だが、もう一つの人造精霊が自爆したことで悠元と深雪の周囲に高密度のサイオンが漂う。

 

「(魔法発動を察知させなくするつもりか……となれば、次にとる手は……)深雪」

「はい、悠元さん」

 

 悠元に呼びかけられた深雪が魔法を発動させたと同時に近くの噴水の水が大量に噴き上げられ、辺り一面を濃い霧が覆う。霧を含んだ大気だと『気流操作』の難易度が上がってしまうことを見越してのものか、別のコミューターから降りてきたと思しき人物の存在を悠元は聴覚のみで判断する。

 相手の古式魔法師が攻撃の姿勢を取ったところで辺り一面の霧が深雪の魔法によって一気に晴れ上がる。これに動揺する二人の古式魔法師に対し、悠元は直接的な攻撃手段であるクロスボウを持った魔法師に素早く迫ると、クロスボウを鋭い蹴りで宙高く舞い上がらせた。

 間髪入れずにけり上げた左足の軌道を相手の頭に引っ掛ける形で腰を回し、相手を容赦なく地面に強打させた。咄嗟に衝撃軽減の術式を使っているので、死に至るリスクはほぼない。

 

 先にコミューターから降りた古式魔法師は魔法を放つも、深雪の圧倒的な領域干渉で攻撃魔法を発動出来ない。これでは勝てないと踏んだ古式魔法師が逃亡を図ろうとしたところ、悠元が先回りしてその魔法師の進路上から突っ込んだ。

 

「はい、逃げないでくださいね」

「がはっ!?」

 

 すれ違い様にラリアット気味のタックルで相手を容赦なく気絶させた。魔法を使うのならば簡単だが、こんな市街地で躊躇いもなく魔法を使うとはどういう魂胆なのかと思いながら気絶させた魔法師の記憶を素早く読み取る。

 すると、周囲が安全だと判断したのか、深雪が駆け寄ってきた。

 

「悠元さん、大丈夫ですか?」

「怪我はないし、相手も気絶させただけだ。しかし、こんなものまで持ち出してくるとはな」

 

 悠元が手にしているのは、最初に気絶させた古式魔法師のクロスボウにセットされていた破魔矢であった。クロスボウを蹴り上げる前に強引に引き金を引かせ、射出した瞬間を掴んでからクロスボウを蹴り上げて魔法師を沈めたのだ。

 音速レベルの木刀を躱すことのできる動体視力を有する悠元からすれば、クロスボウから放たれる矢など豆鉄砲レベルの速さでしかない。ただ、破魔矢を持ち出したということからして、自分のみならず達也や深雪、それと水波も古式魔法師として見ている節がある。

 

「さて、警察は何時になったら来るのかが問題だな」

 

 細かい話は司波家ですると言い含め、トラブルを察知して駆けつけてくるであろう警察の事情聴取で取られる時間のことを思うと、溜息を禁じえなかった悠元であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 事情聴取自体は30分程度で終わった。街路カメラと想子波用センサーのデータもそうだが、ここで悠元の知名度が生きた形となった。神楽坂の名に加え、悠元が九校戦で将輝を破っている事実は様々な方面に大きな影響を与えており、事情聴取を担当した女性警察官は悠元のファンだった。

 その反動で深雪の機嫌が若干悪くなり、家に着くまではずっと悠元の腕から離れようとしなかったほどだった。先に帰っていた達也からはその辺の事情を深雪に残している『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で察していたためか、「お疲れ様だな」と労われてしまった。

 

「達也のほうは特に何もなかったのか?」

「そうだな。どうやら、先日の件でお前が対処したことも関係しているのかもしれない」

「……だろうな」

 

 達也の準備は深雪と水波の二人で行っているため、リビングには本来準備するはずの達也に加えて既に準備を終わらせている悠元の二人だけだった。

 

 確かに、先日司波家を偵察していた魔法師の対処をしたのは自分だが、気絶した後は九重寺の門人に任せており、彼らの尋問などは一切していない。それだけ『伝統派』が神楽坂の名を恐れているのだとすれば一定の説得力はあるわけだが。

 

「今後襲われない保障なんてないけどな……だが、今回の一件で達也だけでなく俺も明確な標的となったのは間違いない」

 

 周公瑾との関わりは昨春の『ブランシュ』による排除の監視をしていた時に察知した。達也に対しての敵意や害意を向けていなかったため、辛うじて達也の関心を引くことは無かった。なお、周公瑾に監視されていた事実は未だに秘匿したままだ。

 だが、その事実から鑑みれば標的にされる理由が成立し得る。

 すると、準備を終えた深雪と水波がリビングに姿を見せ、そのままティータイムと相成った。

 

「そういえば、悠元は『伝統派』のことを知っているのか?」

「元十師族とはいえ、古式魔法の家と付き合いは長いからな。爺さんや母上から聞いた話もあるが」

 

 正統な修行方法を忠実に守り続けている『正統派』の古式魔法師からすれば、『伝統派』という言い方よりも『異端派』や『外法派』がしっくり来てしまう。それは、古い魔法を伝える者が抱えている―――いや、今の時代における非魔法師の魔法に対する恐怖の根幹を理解しているからこそのしがらみが大きく影響している。

 

「元々魔法という存在はどう取り繕っても一つの『力』だ。古き魔法を伝承している者たちは異端者扱いされることを嫌っていたが、それ以上に権力者が魔法の存在を公にすることを嫌った。証拠を残さない方法の干渉は権力闘争の武器になりかねないからな」

「呪殺か。古代王朝時代からの伝統だな。歴史書では通説とされているものだが、事実である裏付けはあるのか?」

「上泉家や神楽坂家の歴史書にはその裏付けとなる記録がたくさん残されている。それに、現代魔法の範疇とは言えその暗殺を成した人物が達也や深雪の祖父にいるだろう」

 

 四葉元造の『死神の刃(グリム・リーパー)』はその典型的な例で、その魔法の詳細を剛三から教わった。その情報を基に転生特典が勝手に働いてデメリットを完全に排除した『死神の刃(グリム・リーパー)』が完成したのは言うまでもないが。

 

「そうなのですか?」

「俺も爺さんから聞いた話だが、四葉の先々代当主が得意としていたのは精神干渉系魔法『死神の刃(グリム・リーパー)』―――自身が認識した相手に『死』のイメージを植え付け、問答無用で死に至らしめる魔法だ」

「俺は噂程度に先代当主から聞いていたが、そこまでの魔法とはな」

 

 四葉の復讐劇に最も関わっていた人物なだけに、達也や深雪、水波はその詳細を知らされていなかったようだ。かく言う自分も沖縄防衛戦後に剛三から四葉の復讐劇の詳細を知った形なので、三人がそこまで知らなくとも無理は無いだろう。

 

「話を戻すが、『伝統派』は複数の拠点を持つ魔法結社の連合体とも言える。旧第九研に協力しておきながら、最終的に十師族への報復を目的の一つとしているわけだが」

 

 彼らは力を求めて現代魔法の研究に手を貸したが、結果的には受け入れられなかった。それが古式魔法師としてのプライドを逆撫でされた形となり、自分たちの力を誇示するために報復を目的の一つとしている。

 ただ、彼らの拠点の殆どが元々いた正統派の拠点近くにあるようで、元居た場所への執着が捨てきれなかったのが見て取れる。頑なに正統の修行を重んじる古式魔法師からすれば、そんな彼らを“半端者”と感じて排除しようと叫ぶ者が出てきても何らおかしくはない。

 

「それで夕方に襲撃されたことに関してだが、破魔矢まで持ち出していた以上は俺と深雪を古式魔法師として認識していた可能性が高い。俺はもとより深雪も天神魔法を学んでいるから、その意味で古式魔法師という認識も間違ってはいないが」

 

 だが、悠元と深雪はお互いに十師族の血縁の為、元々現代魔法師の側面が強い。そうなると、一つの可能性が浮上してくる。

 それは、四葉家と黒羽家の関係性は周公瑾も認識していたが、黒羽家と達也らの関係性は知らないままという点にある。

 

「悠元が言いたいのは、四葉と文弥や亜夜子の関係性を周公瑾が掴んでいても、文弥や亜夜子と俺たちの関係が不明瞭のままという点か」

「ああ。なので、俺らは黒羽の依頼を受けた古式魔法師という体で監視してくる可能性が高い。幹比古には予め美月の護衛を頼んだし、元継兄さん経由で実家の三矢家にも注意喚起はした」

 

 正直なところ、詩奈の護衛を務めることになる侍郎はその実力をメキメキと伸ばしており、上泉家では女性の門下生に可愛がられているらしい。その様子を見て詩奈がヤキモチを焼いている場面があり、元継や千里が宥めているとのこと。剛三がその役目を積極的に買おうとしたところ、詩奈に投げ飛ばされたらしい。

 あの祖父がセクハラ紛いのことをするはずなど金輪際無いので、それだけ詩奈の嫉妬深さが強かったのだろう。ご愁傷様という他ない。

 




 

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