事前に八雲との約束を取り付けているため、護衛に関しては問題ない。それでも昨日起こった事実を早めに伝えるべきだと考えて悠元は雫に連絡した。
「すまないな、こんな夜中に」
『ううん、大丈夫。悠元が相手ならいくらでも時間を空けるよ』
「サラッと言うのな……雫にも関係するからしっかり聞いてほしい」
最初に雫を選んだのは、一人暮らしをしているほのかを北山家で預かってもらうことを鑑みた場合、事前に連絡した方がスムーズに進むと判断してのことだ。惚気混じりの言葉に若干呆れつつも悠元は気持ちを切り替えて話し始めた。
「今日の夕方だが、俺と深雪が古式魔法師に襲われた。先日話した達也の一件が絡んでいるわけだが、達也の近しい友人で非力の部類になるのはほのかと美月になる」
『襲われたって……二人に喧嘩を売る方が哀れだけど』
「そう言ってやるな。それで、事前に話していたことだが」
『そっちはもう両親に話してる。一応悠元絡みってことにしたけど……ゴメン』
雫の両親を納得させる意味で悠元の名前を出したことに雫が謝罪したが、悠元はその謝罪は必要ないと返しつつ言葉を続ける。
「問題ない。達也の一件で俺も関わることを決めてるからな。それで言い忘れていたことだが、魔法科高校ならばまだしも魔法大学の関係者にまで首を突っ込んでくる可能性がある」
『それって……悠元のお姉さんたち?』
「それと、十文字先輩や七草先輩、渡辺先輩を中心とした面々だな。その辺は明日理璃や泉美経由で伝えるつもりだ」
原作だと達也の近しい友人を狙って動いているわけだが、ここで引っ掛かったのは達也と結構仲の良い魔法科高校の卒業生を狙ってこなかったことだ。もし、周公瑾が原作通りに四葉を狙い撃ちにしようと目論んだ場合、割りと仲の良い真由美を狙わない理由がない。
この辺も含めて周公瑾と名倉が取引をしていたのだとすれば筋は通るが、今回はそのパターンが完全に消えている。なので、高校時代に達也と交友があった魔法大学生や防衛大学生が狙われない道理が無い。
下手に上泉家や神楽坂家を刺激して古式魔法師同士の内戦に持ち込んだ場合、周公瑾は逃亡の時間を稼げるリターンと引き換えに得るリスクが重く圧し掛かる。最悪の場合、スターズを動かして顧傑を殺すことも厭わないだろう。
周公瑾とて自分が負うべきリスクヘッジを十二分に把握しているからこそ、昨春以降はこちらを直接排除する方法を避け続けている。夕方の襲撃では、あくまでもこちらの動きを阻害するような動きに終始していた。
だからと言って、何もしないという選択肢を取らない周公瑾ではないはずだ。
「何事も無ければいいが、昨年の横浜の件もある。論文コンペが終わるまでの辛抱だが、それまでほのかを頼む」
『……本当は悠元の手伝いをしたいけど、ほのかをほっといたら大変だからね。悠元の頼みなら、精一杯頑張る。その代わり……埋め合わせはしてね』
「それは承知の上だよ」
通信を終えると、悠元は背凭れに身を預けるような形で深く座り込んだ。
周公瑾のことを考えるのも大変だが、それ以上にこれから向かうことになる行き先―――九島家とは個人的にも様々な因縁を抱えている相手。とりわけ元十師族となった悠元からすれば“面倒な相手”とも言えてしまう。
「……かったるいわ」
十師族であろうともなかろうとも付き纏ってくる魔法師としてのしがらみ。十師族には過ぎた力だと言われ、大人しく抜けたところで文句を言われる。結局は自分らにない力を持つ俺に文句をただ言いたいだけなのではないのか、と問答したくなった悠元であった。
そんなうだうだ言ってるぐらいなら、魔法の訓練を精力的にやっている四葉家現当主を見習え、と言い放ちたくなった。その理由が不純な要素を含んでいるのは流石の悠元でも苦笑を禁じえなかったが。
◇ ◇ ◇
放課後の部活連本部室では、悠元が副会頭である琢磨とエリカに今日は生駒の九島邸へ行かなければならない私用を理由に、早めに帰ることを伝えた。
「九島家……既に十師族ではない会頭がですか?」
「実は昨日の夕方、駅で深雪と帰っていた時に襲われた。特に怪我はないが、相手は古式魔法師だった。その辺も含めて九島邸に行くこととなる」
「……あっさり言いのけたというか、襲った相手は自殺願望でもあるの?」
「さあ? その辺の心情は俺ですら知らん」
悠元の実力を知っている琢磨とエリカだからこそ、襲った相手が不憫か自棄でも起こしたのかと言いたいような問いかけがエリカから出たことに、悠元は流石に相手の心まで推し量れないと返した。
「会頭と会長が古式魔法師に……俺たちも気を付けた方がいいのでしょうか?」
「今のところ、俺や達也の身辺や友人関係が狙われる可能性が高いが、既に護衛は頼んでいる。万が一の場合が起きた際、全校生徒への注意喚起も視野に入れるつもりだ。今月末の論文コンペのこともあるからな」
昨年の横浜での一件を経験している人間からすれば、今年は起きないという保証など出来ない。今年入学したばかりの琢磨がその辺の実感を持てないのは無理からぬことだろう。「分かりました」と言って先に出て行った琢磨を見送った後、エリカは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「どうした、エリカ」
「いや、ね……悠元の前でやけに素直になり過ぎて、逆に気味が悪いのよ。あれだけ達也君に噛みついていた七宝と同一人物なのかって思っちゃって」
「それは言わないでくれ……俺も思ったけどさ」
流石にそうさせてしまった当事者が言うのはどうかと思うが、それでもここまでの変わりようはエリカでなくとも訝しむのは無理からぬことだろう。琢磨の父親―――七宝家当主からの説教があったと思しき翌日、深々と頭を下げて謝罪した琢磨に思わず懐疑の目を向けてしまったほどだ。
自分としてはそこまでの確執が無いので、謝罪は素直に受け取ることとした。その上で達也にも謝罪するように言い含めており、その後で達也からも琢磨からの謝罪があったことを明かした。いくら師補十八家の一角とはいえ、魔法科高校で必要以上に家の権威を揮うなど以ての外なのだから。
なお、琢磨本人は七草姉妹との模擬戦の時にほのかに気遣われたことで何かしらの気があるようだが、当のほのか本人は達也に恋している。他人の恋愛事に関して必要以上の干渉を避けているのは前世での恋愛経験が尾を引いているせいなのかもしれないが。
「コンペ会場の下見は多分コンペの前週末になるから、レオにもしっかり準備してくれと伝えてくれ」
「って、あたしから言うの? ……まあ、いいけどね」
悠元ならばレオへの連絡は簡単にできるが、敢えてエリカに頼んだことは彼女自身も少し不満げだったが、自分の恋人と連絡を取れる口実に出来ると考えたのか、頬を薄らと赤く染めながら若干投げやり気味の口調で答えたのだった。
余談だが、論文コンペの護衛に関しては特に変更していない。魔法大学の生徒が狙われる可能性に関しては昨晩に雫との連絡を終えた後、メールで元と佳奈、美嘉にその旨を伝えている。その返信の中で美嘉から『悠元を狙うって火種の中に核爆弾でも突っ込む気?』という文言には遺憾の意を表したい。
◇ ◇ ◇
現状で打てる対策を打った悠元らは生駒の九島家へと向かった。奈良まではリニア列車で、そこからは
「お兄様、アイスクリームを頂きませんか」
「そうだな」
男女四人一組で向かい合わせに座ることとなるわけだが、そこで問題となったのは席であった。てっきり深雪が強権で悠元の隣を確保してくるものかと思いきや、意外な手段を取ってきたのだ。
「水波、大丈夫か?」
「あ、は、はい……」
そう、窓側に座る悠元の隣の席が水波となり、悠元と正面で向かい合う形で深雪が窓側の席にいて、達也は深雪の隣に座っている。ガーディアン的な発想で考えれば極めて効率的な護衛体制だが、悠元はこっそり深雪に尋ねた。
『どうして水波を後押ししたんだ?』
『水波ちゃんも遅かれ早かれなので、いっそのこと巻き込みました』
『……』
確かに、今の自分の母親である千姫が水波のことを深夜から聞いていてもおかしくはない。言っておくが、水波に対して今のところは一切手を出していないし、こちらの気持ちを伝えたが水波からの明確な答えはまだ貰っていない。
深雪と雫、姫梨の場合は親の決めた許婚の関連で関係を持ち、同じく許婚絡みで手を出してしまった相手に関してはちゃんとフォローしていくつもりだ。尤も、婚約者関連の最終結果がどうなるか分かったものではないが。
その深雪はというと、車内販売で買ったアイスクリームを食べつつ笑みを浮かべていた。これには隣に座っている達也も苦笑を滲ませていた。
「大変だな……」
「この程度、大変という内にも入らないけどな」
これから待っていること―――九島烈との会談に比べれば、恋愛事なんてまだかわいい方だと内心で無理矢理納得しつつ、悠元は持ち込んでいた折りたたみ型端末を開いて作業を始めた。すると、ここで達也が話しかけてきた。
「悠元、相談があるんだが」
「珍しいな。別に司波家でも構わないのに」
「家にいるとどうしても考え込んでしまうからな」
達也の言い分を解釈すると、最近の達也は『分解』が通用しない対人戦闘を見据えた新魔法を開発しており、基本的に思考と時間をその為に費やしている。普通の現代魔法を使うだけで四苦八苦してしまうのは間違いないが、それを補って余りある特異魔法と知識を持つ達也からの相談事は久々だった。
「詳しいことは無論家で話すが、俺が新魔法を開発しているのは知ってるだろう?」
「まあな。どうせ達也のことだから、俺が牛山主任から相談を受けているのは知ってるんだろ?」
「ああ。流石にハード面で悠元以上の技術者を探すのは難しいからな」
達也が今悩んでいるのは、『分解』で取り出した
「……達也は、あくまでFAE理論に拘ると考えていいんだな?」
「ああ。お前のやっている方法を真似ると骨が折れそうだからな」
「じゃあ、万が一今年の論文コンペに出せと言われたら備えてたこれを見せるか」
悠元が端末を操作して、併せて持ってきていたタブレット型端末にデータをコピーした上で達也に手渡した。それを達也と隣の席にいる深雪が見やると、二人とも驚きに包まれていた。これには水波が首を傾げて悠元に尋ねた。
「悠元兄様、お二人に一体何を見せたのですか?」
「FAE理論研究の最新版。あれでもまだまだ未完成だけどな」
FAE(フリー・アフター・エグゼキューション)理論の基本理論は『魔法によって改変された事象は本来この世界にない筈の事象であるが故に、事象改変の直後は物理法則の束縛が緩く、正常な物理法則が働くまでのごく短いタイムラグにおいては、通常の事象改変よりも遥かに少ない干渉力で魔法を行使できる』というもの。
日米共同研究されてはいたものの、大した成果が出ずに打ち切られた訳だが、USNAではその理論を追求した結果として『ブリオネイク』が完成した。悠元は独自にPFE(サイオン・フリー・エグゼキューション)理論を組み立てて魔法に使用しているが、陸軍兵器開発部の解析担当を片手間にこなしつつFAE理論を研究していた。
その理由は、FAE理論を魔法技術として確立することで道筋が見える“魔法の重ね掛け”のハードルを下げる意味合いがある。
現状、魔法の重ね掛けは事象改変に伴う魔法式同士の事象干渉力が加算して、結果的に実現不可能とされている。この最大の理由は現代魔法の成立過程―――核兵器抑止が大きく関わっている。
複数の魔法で一つの対象物に重ね掛けできるとなれば、核反応を抑制する魔法と相反する魔法を用いることで意図的に核反応を暴走させることも可能になってしまう。そのため、旧合衆国の研究者たちは魔法式の中に魔法干渉が出来ないようなプログラムを組み込んだ。
だが、その時点で曖昧にしか解析できていなかった魔法は、同じ人間が発動しても重ね掛けが出来ない“欠陥品”になってしまった。当時は核兵器抑止という最大の命題を解決することに夢中で、戦後に魔法を技術として取り入れる際にそのハードルが重く圧し掛かることとなった。
話を戻すが、現代魔法の事象改変プロセス自体も古式魔法に比べるとかなり限定的であり、実はそこがFAE理論を用いるにあたって最大の障壁となっていた。元々物理法則の改変という範疇に収めていたが故にそれが足枷となっているのだ。
そこで、現代魔法で用いられることのない魔法技術を流用してFAE理論のタイムラグを1ミリ秒以下から1秒に伸ばすことに成功した。約1000倍以上の進歩と言えば聞こえはいいだろうが、それでもまだ1秒という結果には納得できていないが。
使われた魔法技術は現代魔法の発展の過程で打ち切られてしまった数多くの魔法技術研究の中の一つで、サイオンによる疑似結界によって物理法則の復元力を緩和する研究が存在した。現在は遮音フィールドという振動の物理法則遮断という限定的なものに止められており、しかもフィールド内に使用者がいないと発動できない制約がある。
悠元は神楽坂本家の結界魔法を読み取ったことで得た知識を基に、現代魔法で打ち切られてしまった結界術式研究を独自に進めて完成させた。この技術には
「……悠元兄様は、一体どこを目指していらっしゃるのですか?」
「それを言われるとな……強いて言うなら、この国の技術立国化かな」
現状でも秀でた技術力を有しているが、そこに魔法の民生利用が可能になれば一気に世界屈指の技術立国へと伸し上がるだろう。付随する問題は出てくるだろうが、それはその時に対処する腹積もりだ。
すると、タブレットに載っている論文を見終えた達也が悠元に視線を向けていた。
「お前のその発想が末恐ろしいな。流石は『トーラス』と言うべきか」
「よせやい。その部分は『シルバー』に触発された部分もあるのだから」
結果として、その論文を用いれば達也が懸念としている課題もクリアできるということで、そのデータ自体は後で渡すことも決めた。なお、深雪からキラキラとした眼差しを向けられたのは言うまでもない。
久々に琢磨を出しましたが、単に父親からの説教では逆に反発していたでしょう。そこに加えて主人公の置かれている状況をある程度把握したことで、琢磨も身の程を漸く弁えた形です。
無理のないように魔法技術の仕組みを考えていますが、場合によっては修正します。