魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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偶には直球のタイトルでもいいかなと思った次第。


烈との会談

 元々十師族には、お互いの家を親しく行き来する習慣はない。この辺は師族会議における規則が絡んでいるのもあるわけだが、年頃の男女が縁を求めて、ぐらいの程度にはあったりする。

 達也と深雪は四葉の血縁者ということを秘匿しているために交流は無いが、悠元は剛三に連れまわされる形で当主クラスと面識を持っている。なので、必然的に生駒山東山麓にある九島家本邸への道案内をすることとなった。自動運転のコミューターを使えば早々道に迷うことなどない訳だが。

 到着時間は約束した時間の5分前―――17時55分。呼び鈴を鳴らすと、出迎えたのは使用人ではなく一足先に来ていた響子であった。

 

「いらっしゃい、達也君と深雪さんに水波ちゃん。それに悠元君もよく来てくれたわね」

「すみません、態々付き合わせてしまって」

「いいのよ。さ、入ってちょうだい」

 

 響子の案内で敷地内へ踏み入れるわけだが、門から屋敷の正面玄関まで高さ2メートルを超す生垣の壁による迷路が形成されている。初めて来たときは流石に驚いて、剛三もその様子を見て笑い声を上げていた。水波は左右をキョロキョロ見回しており、深雪は視線こそ動かさなかったものの、この光景には心を動かされてるようだ。

 

「水波ちゃんを見てると、悠元君が剛三さんを伴って初めて来たときを思い出すわね」

「もう3年前になりますか……その時は響子さんじゃなく九島閣下が『仮装行列(パレード)』で使用人を装って接触してきたときは流石に驚きましたよ」

 

 剛三と響子の仲介という形で九島家を訪れた際、烈から妙な熱烈的な歓迎を受けた記憶は今でも忘れない。九島家本邸の造りに目を奪われたところで間髪入れずの形で歓迎を受けたのだ。

 

「その光景は私も見てたけど、悠元君が一目でお祖父様を看破したのは凄かったわ。私も事情を聞いていなければ騙されていたもの」

「……流石だな、悠元」

「人智の埒外による理不尽を受け続けたら、嫌でも察してしまえるようになっただけだ」

 

 USNAでアンジー・シリウスを返り討ちにして大統領を関節技で気絶、南アメリカでゲリラの襲撃を受けて撃退したら新国家から勲章を贈られ、アフリカでは古代の王の霊に遭遇するわ、欧州では魔法使いの権力闘争に巻き込まれそうになったので刺客を全員病院送り、新ソ連では本気で命を狙われたので現国家元首の書記長を殴り倒し、クレムリン宮殿が半壊する羽目になった。

 そんな非常識な経験を積み重ねた結果、九島烈の魔法をあっさり見破るぐらいに成長した。ただ、その代わりに失ったものは計り知れないが。

 

「一度目にしているから真新しさはありませんが、ここの迷路は相変わらずですね」

「それは仕方がないもの。当時の政府の決定事項で九島家が担うこととなった役割が大きいから」

「大阪の監視ですね」

 

 「張り合いがないわねえ」とぼやきたくなる響子の心情はともかく、旧第九研の最高作と謳われた九島家がここに居を構えているのは、大都市圏における国外勢力の魔法師工作員対策の一環が根強い。それならば大阪と奈良の県境に位置する生駒山の西山麓に拠点を持つのが効率的だが、九島家が国外勢力と結びつくことを恐れた政治家の意図によるものだ。

 魔法と政治に関わる話題は迷路が途切れる形で終わることとなり、それ以上掘り下げられることはなかった。

 

「お祖父様、達也さんがお見えです」

「久しぶりだな、司波達也君。それと……神楽坂君も同行していたとは」

 

 九島烈は既に応接室で待っていた。とは言っても、時間は約束した時間の1分前であるため、遅刻でもなければ早すぎるということもない。ただ、烈は悠元の姿を見て驚いていた。これには悠元が響子に視線を向けると、彼女もバツが悪そうな笑みを零していた。

 どうやら響子も神楽坂家と九島家の確執を聞いているようで、変な憶測を広めないように配慮した結果なのだろうと内心で納得して一息吐いた。

 

「直接お会いするのは九校戦後以来ですね、閣下。今回は達也の協力者ということで同行しています」

「そうか……本来であれば、君らの前に顔を出せた義理ではないのだが、君らから会いたいと申し出てくれた。再会が叶ってうれしく思う」

 

 スティープルチェースのパラサイドールに関する件の後始末は千姫と剛三、元継に全て投げているため、その結果を了承したも同然の立場である悠元はその件で烈をこれ以上問い質すつもりもなかった。

 達也に関しても似たような感じだが、それだけのことを起こした当事者側となれば罪の意識に苛まれても致し方ないのだろう。烈はその意識を思い起こしつつ謝罪の言葉を口にした。

 

「自己満足かもしれないが、謝罪させてほしい。パラサイドールの件は私も考えと覚悟があってやった事。敗者となってしまった以上は言い訳をするつもりなどないが、君らの手を煩わせて君らに苦痛を与えたことは、本当に済まないと思っている」

 

 烈は、パラサイドールの性能実験を対象とするならば高校生世代でトップの実力を有する達也と悠元なら確実に対処してくれるを見込んでのもの。達也も悠元も無人魔法兵器の開発そのものを否定するつもりはない。ただ、その方法を急ぎ過ぎたのは否定できないだろう。

 

「―――閣下、顔をお上げください。何を最善と考えるかは人ぞれぞれです。無人魔法兵器を開発すべきというお考えを否定するつもりはありません」

「そうか……先日、達也君と同じぐらいの歳の少年にも同じことを言われてしまったよ」

 

 それを述べた相手が間違いなく悠元であることを悠元以外の面々の視線が悠元に突き刺さる。これでは話が先に進まないと悠元は烈に視線を送り、烈もその視線に含まれた意図を察して話を続けた。

 

「響子から話は伺っている。周公瑾の捕縛。これは真夜……四葉殿より下された任務だね?」

「そうです」

 

 この部屋の中にいる人間は全員達也と深雪が四葉家との関係を持っていることを知っている。元々烈が達也と深雪の素性を知っていると踏んでいるからこそ、達也は烈の言葉に対して一切否定することなく肯定した。深雪は表情にこそ出さなかったものの、内心で動揺しているような素振りが一瞬垣間見えた。

 

「四葉殿が誰の依頼で動いているのか、それは知っているのかね?」

「概ね理解しております。だからこそ、悠元が同行しているわけですから」

 

 今年の正月に東道青波と面談しているからこそ、というのもあるが、悠元が四葉のスポンサーである神楽坂家の次期当主と当主代行を兼ねている以上、達也もある程度の事情は察していた。烈もその辺を察しつつも言葉を選ぶように話を続けた。

 

「そうか、君は『あのお方ら』も知っているのか……失礼した。十師族は定められたルールに縛られている。十師族は師族会議を通さずに共謀・協調してはならないという決まりがある」

「はい」

 

 何とも空々しい規則だ、と悠元は内心で吐き捨てた。共謀と協調という方をしているものの、表沙汰にしていない関係なんて少なくない。第一、今春の反魔法主義の報道を焚き付けた七草家を目の前にいる人物は黙認している。賛成はしていないにせよ、その動きを黙認した時点で事情に関わっているも同じだ。それだって広義的に見れば共謀や協調の類と見られてしまう。

 それならば沖縄防衛戦後の三矢家と四葉家の関わりはどうなるのかという嫌疑が掛けられるわけだが、この部分は上泉家が仲介という形でお互いの秘密を守るという手打ちにしただけで、自分がFLTに関わることになった件についても向こうの善意による提案を受けただけに過ぎず、四葉家へ魔法技術の提供はその時点でしていない。

 

「そのルールの手前、九島家は四葉家の協力依頼を受けることは出来ない。なので、この件は九島烈個人として司波達也君の協力依頼を受けようと思う」

「ありがとうございます」

 

 何はともあれ、烈の協力を取り付けられたことは僥倖だろう。悠元が必要以上に喋らなかったのは、これが司波達也と九島烈の会談の席であり、ただでさえ九島家と因縁を抱えている神楽坂家の人間が態々口を挟むことではない、と判断してのことだ。

 だが、事には何事もイレギュラーというものが存在するかのように、烈が口を開いた。

 

「神楽坂君、少し時間を貰えないか?」

「……それは、達也たちに聞かせたくない話と解釈しても宜しいですか?」

 

 悠元の問いかけに烈は僅かばかり表情を険しくさせていた。これは『当たり』だと悠元は判断して達也ら―――響子に視線を向けつつ告げた。

 

「響子さん、達也たちの案内をお願いできますか? どうやら、閣下は自分との直接の対談を望まれているようですので」

「……分かったわ」

 

 達也はともかくとして深雪は不安そうだったが、別に何かしらの因縁を吹っかけられるわけではないから安心してほしい、と言い含めると深雪も渋々納得して部屋を出て行った。

 応接室の中が悠元と烈の二人きりとなったところで悠元はCADを使わずに遮音フィールドを張った上でソファーに再び座った。全盛期から劣るとはいえ、かつて『トリック・スター』と呼ばれた烈は悠元の魔法にすぐに気付いた。

 

「……今のは、遮音フィールドか。いやはや、剛三も大概と思っていたが、君も現代魔法師としての範疇をとうに超えているようだな」

「誉め言葉と受け取っておきます。それで、どのような用件ですか? 予め言っておきますが、十師族に戻れなんて世迷言を言うようなら、ここでの会談の内容は母上と爺さんに伝えます」

 

 その可能性は無いに等しいが、何せ昨夏の臨時師族会議の発起人が悠元の目の前にいる人物。既に三矢家の家督継承関連に道筋がついている以上、残る問題は佳奈と美嘉の結婚相手ぐらいだ。女性の当主という可能性とするならば佳奈と美嘉にもその資格はあるわけだが、その二人も大学進学を期に元へ家督継承権の放棄を申し出ている。

 悠元の警告も含めた言葉に対し、烈はその考えなど無いと断った上で話を続ける。

 

「いや、同年代トップクラスの一条の御曹司と十文字の長男殿を破った以上、その実力は証明されている。私が今更口を出せることでもないと理解しているよ。光宣にも叱責されたからな……私が気にかけているのは、他でもない光宣のことだ」

 

 九島家現当主の末子にして、九島家に存在する全ての魔法を会得した天才魔法師。まるで一流の美術品に染色したような出で立ち―――彼が調整体魔法師という事実は彼との邂逅の際に『天神の眼(オシリス・サイト)』で確認している。

 

「光宣は確かに優れた魔法師です。場合によっては、戦場に立つことも余儀なくされる……閣下がパラサイドールの製造に踏み切ったのは、光宣を戦地に赴かせたくなかったから、ですか?」

「ああ、それもある。……神楽坂悠元君。今まで君に対してやってきたことを許してほしいとは言わない。だが、光宣は無関係だ。かつて光宣以上に病弱だった君が健常者と変わらぬ様相へと変化させた方法―――それを光宣に施してやって欲しい」

 

 日本魔法界の長老たる存在だからこそ、いくら元が箝口令を敷いていても知る術は数多に存在する。転生する前の記憶では直接面識がなくとも、元から多少は相談されていた可能性がある。

 しかし、病弱だった肉体の変容を引き起こしたのは今の自分の精神が彼の肉体に転生・定着したからこそだ。その過程だけで言えばパラサイトの憑依プロセスに似通っているため、転生した当初に元がパラサイトの可能性を疑っても無理はないのだろう。

 この世界に転生している人間は自分以外だとセリアが該当するわけだが、彼女の場合は赤子の状態からのスタートだったらしく、それほど疑われることなどなかった。それ以外に存在していてもおかしくはないが、それを一々探すのも面倒である。

 

「私が知る限りでは、深夜と五輪家の令嬢、それと十文字家当主が現代の医学で治せなかった症状から改善されているように見受けられた。そして、彼らに関わっている人間で最も可能性があるのは君だと結論付けた」

 

 悠元の固有魔法の一つである『領域強化(リインフォース)』は、現代医学はおろか現代魔法、ひいては物理法則の処理限界を超えている。魔法師としての能力を阻害しているマイナス要因の状態を強制的にプラス要因へと反転強化してしまうため、それに直接関係する部分まで強化されてしまう。

 深夜の治療を行った際にアンチエイジング現象が起こったのは、大脳の状態を可能な限り元に戻すという過程でその大脳の処理能力に耐えうる肉体が必要だと魔法が判断し、その結果として見た目が若返ってしまったということだ。

 水波の場合は寿命に関わる遺伝情報を書き換えたことによる肉体の再構成が働いた形となるわけだが、スタイルの変化に関しては対象者の意思が反映する部分もある。穂波を治療した際にその部分が変化しなかったところを見るに、そう結論付ける他なかった。

 

「……そのことを他の人間は?」

「九島家に限って言えば、現当主である息子はおろか、今の話は家族のみならず側近や使用人であっても漏らしていない。私の知己にも一切話していないのは断言しよう。ただ、弘一君は勘付いている可能性が高いかもしれない」

 

 昨年の九校戦で試しとはいえ殺意を向けられたこと、そして今年の九校戦で自分と達也をパラサイドールの実験対象として利用したこと。その2つのことを棚上げにするとしても、光宣をただ治すだけでは意味がない。

 九島家を中心とした御家騒動が起こる危険性を秘めており、加えて九島家の現当主が縁戚であるリーナやセリアを利用しないとも限らない。そして、七草家の存在は正直悠元も悩みの種であった。

 

「七草家のことは一先ず置いておきますが……仮にそう出来たとして、閣下はこちらの提示する対価を過不足なく支払っていただくことになります。その“覚悟”はおありですか?」

 

 ここに来る前、悠元は事前に剛三と千姫に光宣に関わる危険性を早急に取り除くことを相談し、二人もこれに関しては了解した。残るは……光宣本人の意思を確認する必要があるわけだが、その為には烈にも協力してもらう必要があると感じていた。

 今まで治療してきた人々の中で対価を要求しなかった相手はいない。剛三を治した対価は彼が隠していた手紙を四葉の姉妹に届けること、深夜と穂波を治した対価は然るべき時まで悠元の身分を明かさないこと、五輪澪や十文字和樹を治した対価は治療を施した人物の完全な秘匿。

 こちらとしても慈善事業で魔法を使用していない。ただでさえ人智を越えた魔法なだけに、相応の対価と秘匿は覚悟してもらわねばならない。烈もそれを理解していたためか、座ったままだが深く頭を下げた。

 

「分かった―――君の望む対価を全て吞もう。それで、私は君に何を支払えばよいのかね?」

「治療した人物の秘匿は無論ですが……光宣に九島家から離れていただきます。閣下にはその説得のお手伝いをしてもらうことが一つ目の条件です」

「なっ……」

 

 光宣が望むのは、優れた魔法師としての人生を歩むこと。それが叶うのならば、別に九島という家に拘る必要などないと思う。自分の場合は突出した力で元治の家督継承を危ぶませないために早い段階で家督と家業の継承を拒否した。それが結果として十師族というしがらみから離れたが、特に困ることなど起きていない。

 

「彼は九島家現当主の子世代で一番の実力者。その優れた力を危ぶんで彼の兄や姉らが早まった行動に出かねないのを防ぐためです。御家騒動に費やす労力は閣下が一番ご存知の筈だと思われますが?」

「……君は、私と私の弟のことをどこまで知っているのだ?」

 

 只でさえこの先が面倒な出来事のオンパレードなのに、師族二十八家の一角を担う九島家が御家騒動でぐらついては困るのだ。ならば、病弱の状態を改善することで生じる問題を早急に取り除くのが一番手っ取り早いと判断した。引き取り先としてはいくつか候補を考えているが、最悪は光宣の転校も視野に入れるべきだろう。

 

「母上が親切丁寧に教えてくれました。その絡みにはなりますが、一高にいるエクセリア・シールズおよびUSNAにいるアンジェリーナ・シールズの二人に関して、九島家は金輪際関わらないでください―――これが二つ目の条件です」

 

 光宣を失うことで現当主が焦ってセリアを何らかの形で引き込むことは想定しており、達也の婚約者募集でリーナが遅かれ早かれ来日することを考えた場合、縁戚である九島家が首を突っ込む可能性が高い。だが、剛三と千姫は絶対にそれを許さないだろう。その意味を込めての二つ目の条件を提示したのだった。

 




 色々悩みましたが、光宣を九島家から離脱させることで本来の歴史とは異なるルートを辿る形です。とはいえ、これによるバタフライエフェクトは生じますが、それはネタバレになるので現段階では何とも言えないのはご了承ください。

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