魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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役割の押し売り

 悠元は光宣の治療にあたってそれ以外の幾つかの条件を提示し、烈は大人しくそれを呑まざるを得なかった。

 正直な話、あれだけのことをされても九島家の事に関わるのは正気を疑う行為かも知れない。だが、水波に大きな変化が起きている以上、それが光宣にどういった変化を及ぼすかは不明だ。なので、次善策として光宣の治療を受ける形とした。

 光宣を九島家から切り離すのは、あくまでも将来の禍根を断つためのもの……そう言い切ってから応接室を出た悠元を待っていたのは、話題の当人―――烈の孫の一人で、九島真言(まこと)の末子である九島(くどう)光宣(みのる)その人。

 

「悠元さん、お久しぶりです! お祖父様と面談していると聞きまして」

「光宣も久しいな。あまり興奮しすぎると、また体調を崩すぞ」

「あ、そ、そうですね」

 

 剛三を介して九島烈や九島真言と面識を持った際、家族として紹介された一人に光宣がいた。正直な話、光宣の兄や姉らは明らかにこちらを値踏みするような振る舞いをしたのに対し、光宣は高圧的に出ることなく畏まった態度で接してきたので割と好感が持てた。

 悠元が問いかけると、光宣ではなく応接室から出てきた烈が答えを返した。

 

「それで、態々待っていたのは夕食のお誘いかな?」

「ああ、私がそうするように言い含めていてな。光宣の事情は悠元君もご存じだろう」

「成程……こちらとしては拒否する理由もありませんので」

「そうか……光宣、悠元君を子供用の食堂(親たちに連れてこられた未成年同士が親睦を深める場)に案内してあげなさい」

「はい、お祖父様」

 

 烈は光宣に悠元の案内を託すと、応接室の前から去っていった。それを見やってから光宣は悠元に軽く頭を下げた。

 

「申し訳ないです、悠元さん。お祖父様はあれだけの力を持ちうる悠元さんを下手に十師族から手放したくなかったようで」

「意図するところは分からんでもないから気にするな。大体、光宣に心労を掛けさせてる時点でボケ始めてきたんじゃないか?」

「……あはは」

 

 光宣は悠元の辛辣な言葉に反論したかったが、パラサイドールの件もあってかその線をどうしても疑わざるを得ず、強ち間違いでもないという結果にたどり着いてしまった。光宣はせめてもの意思表示として苦笑を滲ませたのだった。

 

「いや、九島閣下が長年かなり苦労されている御仁だというのは察しているし、単に疑問を述べただけだよ。気分を悪くしたのなら謝るが」

「いえ……この場合はお互い様と言うべきか、こちらが悠元さんに迷惑を掛けている側ですし」

「堂々巡りになりそうだから、この話題はここまでにしよう」

「そうですね」

 

 お互いに謝り続ける未来しか見えず、悠元の提案に対して光宣は素直に頷いた。そうして目的の場所に辿り着いて光宣がノックをすると、中から聞こえてくるのは響子の声。そしてドアを開いたところで光宣が硬直していた。

 

「(まあ、深雪を直に初見で見たらそうなるよな)光宣、そこに立ったままだと俺が入れないのだが」

「……あっ、す、すみません」

 

 硬直していたのは光宣だけでなく、深雪や水波も光宣を見て驚きを禁じ得なかった。達也は深雪以外にもここまで容姿の整った人間がいることに感心するような素振りを垣間見せていた。その光景を傍から見ていても楽しい訳だが、流石に夕食の時間ということもあって、悠元が口を開いて光宣の意識を強制的に戻させた。

 そして、光宣が四人の座っているテーブルに近付き、響子の隣の席に立ったところで自己紹介をした。

 

「はじめまして。九島家当主、九島真言が末子、九島光宣と言います。司波達也さん、司波深雪さん、桜井水波さん、お会いできて光栄です」

「はじめまして、司波達也です」

「妹の深雪です」

「桜井水波といいます。光宣さん、私達のことをご存じなのですね」

「ええ。皆さんのご活躍は九校戦で拝見しました。それと、僕は桜井さんと同学年ですので、年相応に接していただけると嬉しいです」

 

 原作では光宣に一目惚れして慌てふためく水波の姿があるわけだが、恋愛事情が変化しているためか、光宣に対しての印象は深雪の容姿に対してのものと似通っている反応となっていた。

 そのため、水波が光宣への呼び方は「光宣さん」という形となり、これには同い年である光宣も恐縮が過ぎると呟いたのだが、そこに悠元と達也のフォローが入ったため、光宣は渋々ながらその呼び方を認めたのだった。

 変わっている部分と言えば、光宣の友人事情もあるわけだが。

 

「見たところ、悠元は光宣君とかなりの付き合いのようだが」

「初対面は3年前だがな。九島家の現当主の子でまともに話せそうだと思ったのが光宣ぐらいだし」

「悠元さん……それだと、僕の年の離れた兄や姉らがまともじゃないように聞こえてしまいますが」

 

 その当時は十師族・三矢家の人間であることを一切明かさず、剛三の親族という体で長野佑都の名を名乗っていた。その中で出会った光宣に対して、悠元は自分の出自を密かに明かした上で頻繁に連絡を取っていた。

 光宣ほどではないにせよ、悠元も二人の兄とは割と年が離れているため、転生した当初はどう接したものか悩んだことがある。姉らや千里の口添えもあったりするが、三男として長男と次男の道筋を整えることで上手く関係を築けた。

 光宣に同様のことを起こしてもらって九島家の兄弟姉妹間の仲が良くなるかは不透明だが。

 

「響子さんは立ち会ってるから知ってるだろうが、その時は三矢の姓を名乗ってなかったのもあるけど、爺さんの親族にも拘らず、感じられた視線はこちらを明らかに見下してきたんだぞ。そんな人間と積極的に仲良くするなんて願い下げだ」

「……藤林さん、本当ですか?」

「残念ながら事実よ。悠元君が光宣君と話した後、お祖父様から直接言われたもの」

「深雪、取り敢えず落ち着け」

 

 明らかに怒りの表情が魔法として漏れかけている深雪を抑えつつ、悠元は続きを述べた。

 

「その意味だと、光宣はあっさりフレンドリーに接してくれたからな」

「あはは……僕は事前にお祖父様から話を聞いて“凄い人物”だと想像はしていたのですが、実際に接してみて、むしろ想像を遥かに飛び越えていました。その時点でも悠元さんの力は十師族の当主クラスに比肩していると言わんばかりの魔法力を感じたほどです」

 

 魔法力、気配や存在の隠蔽といった技術は沖縄防衛戦後から本格的に取り組み、光宣と出会った時はその途中段階であった。なので、悠元が内包している想子保有量が桁外れていると察してしまったらしい。

 

「中々学校に行けない僕としては、悠元さんの存在は貴重な友人であり、偉大な目標です。一種の憧れとも言いましょうか」

「目標に憧れねえ……現に達也や深雪からも目標にされているけど。自分自身、そんな凄いものとは思っていないんだが」

「いや、俺の体術の先生ですら半分白旗を上げる様な実力を持つ悠元が言えた義理ではないぞ」

「そうですね」

 

 光宣の言葉に否定気味な言葉を発するが、そこに対して発せられた達也と深雪の言葉に悠元は何も言えず、助けを求めようと水波や響子に目線を向けるが、水波は苦笑を浮かべて目線を逸らしてしまい、響子もこれには笑みを浮かべていた。光宣はこれがツボに入ったようで、口元を隠してはいるが笑いが漏れてしまっていた。

 八雲から避けられているのは神楽坂家絡みのこともあるわけだが、剛三の功罪が最も影響していると思っている。彼と本気で戦ったことはないが、負けない算段はある。尤も、本気を出そうとしたところで八雲が白旗を上げそうなところまで既定路線なのだろうが。

 

「そういえば、今日はこの後どうされるのですか? 泊まっていかれるんですか?」

「いや、近くに宿を取っている。というか、達也らはともかくとして今の俺が泊まっちゃ九島家に迷惑が掛かりかねない」

「あっ……すみません、我儘を言ってしまって」

 

 烈との会談に臨んでいる時点で迷惑云々など今更だが、必要以上に親密な雰囲気を作るのは『伝統派』に変な印象を与えかねない。彼らがどこまで情報収集などをしているのかにもよるが、先日の司波家での出来事を考えれば九島家に式神を飛ばしているのは明白だろう。

 悠元の言葉に光宣はシュンとしおらしい表情を見せており、これを見た達也は「とても九島烈の孫とは思えないな」と小声で漏らすほどだった。それを見た響子がフォローを入れる形で光宣に話しかけた。

 

「それだったら、明日は達也君たちに奈良を案内してあげたら?」

「ええ、是非。悠元さんもそれならいいですよね?」

「それは助かるよ。俺はともかく、達也たちはこっち方面の土地勘が無いだろうからな」

 

 剛三に全国行脚紛いに付き合わされたことは以前にも話したが、そこには現代魔法のみならず古式魔法使いの武道家や忍術使いといった新陰流剣武術に縁のある人物と顔を合わせる機会があり、『正統派』の類に属する宗教家とも面識を持っている。とりわけ京都や奈良は有名な寺社が集中していることから覚える数も半端ではない。

 その過程で修験道の門下生や忍術使いとやり合う羽目になり、しかも全く自重しない転生特典のせいでその上位互換版まで修得してしまった。正直な話、こんな経験を思春期真っ只中の中学生の段階でしてしまったことが異常だと思う。

 

「よろしいのですか?」

「それにね、光宣君は『伝統派』の潜伏していそうな場所についても詳しいわよ」

「ええ、学校を休みがちな分、お祖父様の仕事については詳しい自信があります。達也さんのお仕事は『伝統派』の術者を探すことですか?」

「……大体そうだな」

「でしたら、お役に立てると思います」

 

 光宣とほぼ歳の変わらない達也がそういった仕事をしていることには疑問を持たず、確信めいた口調で問いかけたのはそれだけの頭脳を持っているという証左。そして烈の仕事に詳しいということは、九島家―――烈の役に立ちたいという彼なりの頑張りの結果なのだろう。

 本当の目的は『伝統派』に匿われた周公瑾の捕縛だが、周公瑾に繋がるラインに『伝統派』がいる以上、達也の受け答えもあながち間違いではない。

 

「伝統派の拠点が集中しているのは、かつて神楽坂家が本拠を置いていた京都ですが、奈良にも拠点のいくつかがあります。明日はそちらをご案内します」

「えっ、『伝統派』の拠点ってそれだけあるのですか?」

 

 水波がそう疑問を呈してもおかしくはないだろう。普通ならば一つの魔法結社に指で数える程度の拠点があるぐらいがちょうどよく、本来ならば京都・奈良だけで数多くの拠点を抱える必要性などない。

 

「伝統派は一つの魔法結社だけど、単一の組織じゃなくて十を超える古式魔法師集団の連合体なの。だから、それぞれの集団ごとに本拠地と呼ばれる場所が存在するわけ」

「なるほど……」

 

 いくら旧第九研への復讐を目的にしているとはいえ、実態を明かせば『伝統派』で修めている古式魔法の種類がかなり多岐に渡ってしまう。加えて、古式魔法師特有の秘密主義を加味すれば、各々の流派・宗派がそれぞれ本拠地を持つのはおかしくないというわけだ。

 

「ご厚意に甘えよう。光宣君、よろしく頼む」

 

 烈に個人的な協力を取り付けてはいるものの、あの黒羽貢に手傷を負わせた周公瑾と彼を匿う組織を相手にする。それが並の魔法師を相手にするよりも苦労するのは目に見えている。だが、達也がそう決定した以上は口を挟むべきではないと判断した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日、悠元らは早々にホテルをチェックアウトして、再び九島邸を訪れていた。『伝統派』との諍いを一応想定してのものなのか、深雪と水波はパンツルック姿で整えていた。朝7時という早い時間ではあるが、光宣は眠気も疲れも一切感じさせない顔で四人を待っていた。

 

「みなさん、おはようございます。朝食はお済みですか?」

「おはよう、光宣君」

「大丈夫です、済ませてまいりました」

 

 光宣の連絡先を悠元が知っているため、朝食に関しては各々で済ませてから合流する方向で話を固めていたので、光宣に要らぬ心配をかける必要は無かった。やり取りをしていた時に光宣が悲しげな文面を垣間見せていたが、光宣や烈、響子以外に今回の件を知らせるような真似などするつもりは無かった。とはいえ、出入りしている以上は九島家現当主の耳に入ってしまうことは避けられないが。

 

「では、こちらへどうぞ。車を用意してあります」

 

 案内された先に停まっていたのはリムジンであった。これには一応四葉の係累である達也も内心で驚いていた。深雪と水波に至っては驚きが表情に出てしまっていた。嫌でも目立ってしまうため、嫌がらせと邪推してしまうのも無理はない。

 悠元の場合は三矢家や神楽坂家で時折利用することはあるものの、それこそ要人との会談の際に格式が必要とした場合しか乗ったことが無い。剛三と一緒に行動していた時は基本的に公共交通機関か徒歩(自己加速術式を併用したもの)なので、贅沢をするという感覚が抜けきらない。この部分は前世の庶民感覚が残っているせいかもしれないが。

 

 後部座席には四人しか乗れないということで、最初は悠元が助手席に座ろうとしたが、達也に押し切られたというか、深雪の熱烈な要望で悠元が後部座席に乗ることとなった。達也としては深雪の護衛役ということで甘んじて助手席に乗ったため、諦める他なかった。悠元と深雪、水波と光宣が隣同士で乗り、悠元と光宣、深雪と水波が向かい合わせになる形だ。男性二人が向かい合っても余裕があるぐらい、このリムジンの快適性が窺い知れる。

 まずは伝統派が比較的大人しい葛城(かつらぎ)方面に向かうこととなるわけだが、光宣からは先程の席順決めに関しての推測を問いかけられた。

 

「先程の様子を見ていて思ったのですが、悠元さんと深雪さんはお付き合いされているのですか?」

「まあ、概ね間違っては無いかな。高校に入ってから色々付き合いがあったし、気が付けばそうなっていたとも言えるが」

「もう、悠元さんってば……光宣君、利き腕にCADを身に着けているのですか?」

 

 ご機嫌な様子の深雪だったが、ここで光宣の袖から少し見えているCADが目に入った。昨日の夕食からするに光宣が右利きなのは見て取れていたが、その利き腕にCADを装着するのは珍しい事でもあるからだ。

 この深雪の問いかけに対し、光宣は「あ、これですか?」と言いながら両腕の袖を捲ると、両手首にリストバンドタイプの汎用型CADを身に着けていた。

 

「そのタイプは確か、かなりハイエンドのモデルだったか」

「悠元さんの意見を参考にしたんです。それに、今はこれもありますからね」

 

 そう言って光宣が胸元から取り出したのは先日発売された思考操作型補助デバイス。確かにそれがあれば100個以上の魔法を使う光宣にとってこれとないツールである。しかも、それを製作した『トーラス・シルバー』の二人が同じ車に乗っているのだから、深雪の機嫌はうなぎのぼりである。これには水波も乾いた笑みが漏れるほどだった。

 

「悠元さんは見たところ使っていないようですが……」

「FLTの依頼で色々テスターをしているから、持っているデバイスの殆どは思考操作型CADなんだよ。そのフィードバックで完成したのがそのデバイスらしい……とは知り合いから聞いたよ」

「そうなんですか。悠元さんほどの実力者なら納得出来る気もします」

 

 九島家きっての天才にそう評価されるのは吝かではないし、九校戦では『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝を2年連続で下している。なので、その評価は至極尤もなわけだが、この強さを得るまでに失ったものもある。それを口にすると、自分が認めたも同然になりそうなので絶対に言うつもりもないが。

 


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