本物の天才にそう褒められたところで、その天才こと光宣は別の話を切り出した。
「ところで、悠元さんは『伝統派』のことをどこまでご存知ですか?」
「達也は恐らく九重先生から聞いているだろうが……俺の場合は爺さんや母上から聞いているな」
元々は権力者の汚れ仕事に手を貸していた『裏』の古式魔法師や江戸時代以降に地下へ潜った高名な寺社で法力を揮っていた僧兵が起源とされている。俗に言う“戦闘魔法師”が大本となっているわけだが、この現象が顕著に見られるのは関西地方―――京都・奈良方面という“九”の数字を冠する家が監視対象に置いている地域である。
「京都と奈良方面はともかくとして、他の地方で『伝統派』は存在しないのですか?」
「存在しないわけじゃないが、主だった拠点は上泉家と神楽坂家が吸収してしまっているからな。それに、他の師族が古式魔法師を蔑ろにしているわけじゃないし」
関東・中部地方は上泉家が、中国・四国・九州地方や東北・北海道地方は神楽坂家の『九頭龍』が主だった古式魔法師の勢力を吸収―――正確には、正統派との和解という形で伝統派を二家に取り込んだ―――しているため、『伝統派』が表立って動けばそれだけ護人の二家の介入を許すことになる。
ただ、現代魔法師と古式魔法師の対立は一つの問題として根強く残っており、国防軍の中には十師族を認めなかったり嫌ったりしている者も少なくない。特殊な事情で十師族の人間が所属しているとはいえ、独立魔装大隊は十師族に頼らない戦力を主目的として設立された。
剛三が討つと宣言している顧傑は国こそ違えど、そういった対立の煽りを受けて国を追われた古式魔法師の一人である。
「ただ、国防軍内には十師族に対して良くない感情を持っている者も少なくない……ま、その気持ちは理解できなくもないが」
「どうしてですか?」
「単純な感情論だよ」
十師族設立を提唱したのは九島烈。元国防軍退役軍人の彼が独自に現代魔法師を纏め上げた―――というのは表向きの理由で、実際には上泉家と神楽坂家が国防軍を腐敗させないための策として講じたもの。この国の近隣国家は敵が多く、適度にガス抜きをする必要があるのは理解できるし、世界群発戦争に加えて四葉の復讐劇が師族会議の在り方に大きく影響している。
世界群発戦争が終結した当時の九島閣下の年齢を考えれば50歳代後半。国防軍の軍人では将校クラスどころか、幕僚長の椅子も十分に考え得る功績を持っていた。その彼が国防軍を退役して独自に現代魔法師を纏め上げた組織を設立したという事実だけを見れば、元々国防軍で功績を挙げていた数字を持たない軍人魔法師からしたら『九島閣下に裏切られた』と思わなくもない。
そこに加えて、旧第九研が古式魔法師を利用して魔法を現代魔法で使えるように研究した。その結果として『伝統派』だけでなく国防軍内に十師族を好ましく思わない勢力が出来ても不思議ではない。
九島家をはじめとした“九”の数字付きの家は関係修復を積極的にするべきなのに、最強を誇示したいがためにその努力すら怠った。その結果がこの有様と言える。悠元の元実家である三矢家も国防軍の一部と諍いを持っているが、九島家に比べればマシだろう。
「自分たちが国を護る最前線に立つという軍人としてのプライドは俺個人も味わってるからな。実力でボコしたら割と分かってくれたのもいれば、襲撃部隊を差し向けた奴もいたし」
「……もしかして、昨年正月に襲撃された件ですか? お祖父様から少しは聞きましたが、本当の事なのですか?」
「本当だよ。ご丁寧に対魔法師装備の完全武装仕様までしてな……全部破壊してやったが」
昨年の正月。上泉家本邸で過ごしていた悠元は剛三に「ゆっくりしているといい」と言われ、久々に寝正月でもして過ごそうかと思っていたところに、明らかに上泉家では見かけたことのないハイテク装備に身を包んだ兵士が数人入ってきた。
その兵士の一人はアサルトライフルを悠元に向けた上でこう言い放った。
―――大人しく来い。抵抗しなければ命は取らない……ただ、その魔法はこの国に害を為すため、封じさせてもらう。
別に国防軍に対して敵意を持ったつもりなどなく、むしろ魔法装備などの開発で貢献している側の人間に対して「お前は敵だ」と言われているにも近い有様だった。天神魔法でアサルトライフルを使用不能にした直後、拳の先に『ファランクス』を展開して兵士の頭部を殴りつけた。高純度の合金仕様であるヘルメットは『ファランクス』に仕込んだ『
残りの面子を一々相手にするのも面倒だったため、寝正月の暇潰しで開発していた『エアライド・バースト』を放って纏めて吹き飛ばした。その際、兵士の身に着けていた武装も『エアライド・バースト』の炸裂によって生じた衝撃波の刃で完璧に破壊され、身ぐるみを全て剝がされた状態で飛んで行った光景を見た悠元は気まずい表情を浮かべた。
元々は前世の漫画で見ていた忍術(俗に言う“
正直な話、装備を全壊されて真冬の外に吹き飛ばされたなんて可愛げがあった話のようで、後で聞いた限りでは全身打撲やら内出血なんてザラで、一番酷かったのは全身複雑骨折に加えて意識を飛ばされた人もいたほどだ。それでも誰一人死ななかったのは奇跡的なレベルという他ないだろう。
それでトラウマを負っていたとしても、俺は責任を取るつもりなどない。
「ま、その件は既に過ぎたことだ。今は『伝統派』に集中しないとな。光宣、まずはどこに向かうんだ?」
「葛城古道の方から行こうかと。そちらは比較的大人しくはありますが」
「妥当な判断だな」
流石にいきなり過激な場所に行こうものならば流石に止めていたが、そういったところから丁寧に潰していくのが望ましいだろう。それに、周公瑾が奈良地方に潜伏している可能性は低い。以前周公瑾を捕捉した時に感じた雰囲気がこの辺りでは感じられないからだ。
あくまでも感覚的な話なので確証などなく、相手が『
葛城古道は本来、観光ならば徒歩で6時間から7時間掛かる。なので、今回は時間が無いためにリムジンは散策路の出口で待ってもらい、立ち乗り式のロボットスクーターを借りる形での散策をすることとなった。
一人乗りの場合は原付免許、二人乗りの場合は小型二輪免許(免許系の公的な名称は前世から変わっていない)が必要で、達也と悠元、光宣が免許を持っているのでそこは問題なかった。
特筆すべきことがあるとするならば、深雪が悠元と、水波は達也と一緒に乗る形となった事であり、達也曰く「水波と一緒にしても良いが、深雪の機嫌を損ねたくないんでな」とのことで、これには聞いていた深雪が不満げに少し頬を膨らませ、水波は苦笑を滲ませており、光宣は顔を背けていたが間違いなく笑っていた。ロボットスクーターは横に二人乗りで、運転手がハンドルを、同乗者が安全バーを掴む形となるわけだが、深雪は悠元の腰に手を回して掴まっていた。案内をする関係で光宣、悠元と深雪、達也と水波の走行順になるため、前を走る二人を見て複雑な感情を浮かべる水波に達也は柄にもなく苦笑にも似た表情を見せたのだった。
葛城古道に手掛かり自体は無かった。元々可能性が低いエリアの探索だったので、この程度は想定内である。その点は光宣や達也も同様の意見だった。
そして、
「君は、三矢君? いや、今は神楽坂君だったか」
「
昨春の第一高校襲撃騒ぎと『ブランシュ』の拠点制圧の一件。それに大きく関わっていた
「そこまで存じているとはね。いや、君の今名乗っている名字からすれば納得もいく話だ」
高鴨神社は全国にある賀茂神社の総本社、賀茂氏の氏神神社にあたる。ブランシュ事件の後で八雲から甲が賀茂氏の傍系にあたると聞いていたが、奇しくも神楽坂家―――安倍氏と賀茂氏の血統を継ぐ悠元とはかなり遠縁の存在とも言える。
「自分もその事実を知ったのは昨年の九校戦の時です。兄のこともありましたから、家を離れることに抵抗はありませんでしたし」
「そうか……本家からは君の為人を聞かれてね。とはいっても、あくまで先輩と後輩という関係しかなかったわけだし」
甲の眼のことを本家が甲を見習いとして引き取ることで魔法師としての力を高めるのはよくあること。賀茂氏としても本家の血統を継ぐ神楽坂の名を持つ人間が表舞台に出たことを知り、同じ高校に通っていた甲に色々尋ねたとのことだ。
「それはご迷惑をお掛けしました」
「その台詞はこちらが言うべきことだよ。罪滅ぼしになるかは分からないが、司波君も含めて改めて挨拶に伺わせてもらうよ」
境内の掃除に戻っていく甲を見送り、そのままロボットスクーターを止めたところまで戻っていこうとしたところ、壮年の神職らしき人物が帰り道の途中に立っていた。向こうは悠元がどういった存在なのかを認識した上で深々と頭を下げた。
「これは神楽坂殿、お初にお目に掛かります」
「いえ、こちらこそ。本来ならば賀茂氏の血族としてご挨拶に伺うべきですが、此度は別件で立ち寄ったまでです」
「それとなく存じております。こちらを神楽坂殿にお渡ししたく」
そう言って神職が手渡したのは格式張った手紙。それこそ式典の祝辞などで読み上げる際に用いられる包み方だった。二通渡され、一通は悠元に、もう一通は千姫宛であった。神職の男性は深くお辞儀をした上で立ち去ったので、悠元は手紙を懐に仕舞いつつ、『ミラーゲート』で千姫宛の手紙を箱根の本邸に転送した。
ロボットスクーターのところに戻ったところで悠元は自分宛ての手紙を開いて読み始める。そこには、『伝統派』に関する動きの動向が事細やかに書かれていた。これで得た情報の開示判断は悠元に委ねるという文言も含まれていたので、達也らにもその情報を伝えた。
「
「近くを通れるのは確か
「今は一つでも手掛かりが欲しい。案内してくれるか?」
明らかな警告を滲ませたものだが、周公瑾の手掛かりを探る意味で退くことは出来ない。達也の決断により、葛城古道からそのまま奈良公園に向かうこととなる。いくつかの『伝統派』の拠点の捜索をスルーした形だが、高鴨神社で受け取った手紙の中には『伝統派』の拠点に関する情報が書かれており、その情報を基に判断した。
21世紀前半までは御蓋山の山域に車で乗り入れるドライブウェイもあったが、魔法の科学的発達によって聖なるものに対する“畏れ”が復活した影響が大きい。在るかどうか分からないものが「あるかもしれない」という考え方によって神聖なるものに対する敬虔さが取り戻されたということだ。
五人は最初、先程のように光宣が先導して、悠元と深雪、達也と水波が続く形となっていたわけだが、春日大社の末社である浮雲神社を通り過ぎたあたりで悠元と深雪が先導する形となった。悠元がこの辺の地理も把握しているので問題ないという判断もあった訳だが、光宣としては悠元以外の同年代の人間と話す機会が恵まれなかったのもある。
「いやはや、お二人が纏っている空気が恋人というよりも長年連れ添った夫婦にも見えてしまいます」
「あの二人は最近アイコンタクトだけで意思疎通しているからな。この場合は深雪が押しかけ女房みたいなものだが」
「あはは……桜井さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい……(お二人とも、このような場所で罰当たりでは……)」
それ以上に、水波が悠元と深雪の様子を見て耐えているような状態だった。これは光宣もフォローすべきと考えて達也と水波に歩調を合わせている。そして春日山遊歩道に達した時点で悠元は徐に歩みを止めて周囲を見渡した。これには深雪も只事ではないと判断して悠元の腕から離れた。
「悠元さん、敵ですか?」
「まだ距離はあるが、この先で待ち伏せているな……結構な数だ」
第一陣的なものだと10人から20人前後と言ったところだが、その後陣に30名ほどの気配を掴んだ。とはいえ、ここで引き返せば要らぬ被害を民間人に与える可能性がある。
「どうします? 引き返すことも出来ますが」
「いや、一時的な処置でも彼らの追撃は避けたい。痛くもない腹の内を探られるのは気分が悪いからな。水波、万が一の場合は先日渡した術式をメインで使ってくれ」
「分かりました」
「達也もそれでいいか?」
「ああ」
提案したのは悠元だが、達也としても悠元の意見に同調した。何事も無いように振舞いながら遊歩道の中に入る。古式魔法師の中でも高位の結界術者であり、精神系魔法に得手のある深雪でも気付かないほどの微弱な術力でゆっくりと馴染ませていくことで魔法に気付かなくさせる手法は古式魔法ではよくある手法だ。瞬間的な高出力を出すことを主とした現代魔法では出来ない手法でもある。
術者は巧みに魔法で気配を断っているわけだが、悠元も遊歩道の直前に魔法を展開して相手の認識を阻害している。その証拠に、相手は音が聞こえるのに姿が見えないという困惑を見せていた。
「これは……古式魔法ですか?」
「いんや、『
九島烈とセリアとの対面で写し取った『
すると、達也も気配を見つけたのか森の中へと走っていく。森に入ってから少しすると聞こえてくるのは達也以外の悲鳴―――恐らく達也が『分解』で相手の急所を穿っているのだろう。
「これは……負けていられませんね。悠元さん、後ろはお任せします」
そう言って光宣が徐に歩き出していく。いや、厳密には『パレード』を展開して歩き出す。その魔法が分からなければ、光宣が無防備で歩いているようにしか見えない。現に彼を狙い撃とうとした魔法はすり抜けるか、位置情報の定義改変条件を満たさずに破壊されていく。
「幻影ですか? 信じられない……」
水波がそう言葉を漏らしても仕方が無いだろう。悠元や達也ほどではないにしろ、魔法師はサイオンを光や音と同じように知覚する。水波の目に映る光宣の身体は先程まで一緒に歩いていた実際の肉体と同じパターンを備えていたからだ。
リアル仕事プラス最近ハンター業にハマっていて更新が遅れました。めちゃ楽しくて……こっちの更新は頭の中で構想を練りながら進めてますのでご心配なく。