魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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ときには関節技

 昼休みの時間となり、悠元と達也、深雪の3人は生徒会室を訪れることとなった。昔ならノックだが、セキュリティーの関係でインターホンを鳴らす。入室を促す声とロックが外れる音が聞こえ、悠元が先頭に立って扉を開けて中に入り、深雪、達也の順に続いて入室する。

 中には真由美と摩利、そして生徒会メンバーと思しき二名がいた。それを見つつ、三人は頭を下げる。

 

「失礼します」

 

 悠元が言葉を発しつつ頭を下げ、深雪と達也もそれに続く。達也から見れば二人の礼儀は完璧に近いというべきものであり、先輩たちを驚かせていた。それを見た先輩の一人がわざとらしく咳払いをすると、我に返るような形で視線を戻した。

 

 真由美に近い順で悠元、深雪、達也の順に座る。この部屋には配膳機(ダイニングサーバ)も置かれていて、わざわざ食堂へ行く手間もないあたりは国策の教育機関というべきだろう。改めて1年組である三人が挨拶をすると、先輩たちの表情が変わる。正確には悠元の名字に反応した形だが。

 それを見た悠元が改めて頭を下げた。

 

「うちの姉達がご迷惑をかけたようで、申し訳ないです」

「え、あ、うん……まあ、悠君は大丈夫だろうって信じてるから」

「信用されていないようにしか聞こえませんが……」

 

 それを誤魔化す形で真由美が自分以外の生徒会メンバーの紹介を始める。

 

「それはともかく、悠君は顔合わせで、深雪さんは入学式で紹介したとは思うけど念のため……私の隣にいるのが会計の市原(いちはら)鈴音(すずね)。通称リンちゃん」

「同級生でそう呼ぶのは会長だけです」

「その渾名をつけたのは美嘉姉さんですね」

「正解です。色々破天荒でしたが、何かと退屈しない人でしたね」

 

 鈴音は美嘉のことを淡々と評価していたが、それでも悪い人ではなかったというのは本当だろう。風紀委員長の摩利のことはサラッと紹介して書記の子を紹介する。

 

「その隣が昨日会った風紀委員長の渡辺摩利。で、更に隣にいるのが書記の中条(なかじょう)あずさ。通称あーちゃん」

「会長! 下級生の前でその呼び名はやめてください! 私にも立場というものがあるんです!」

「……ああ、どこかで見たと思えば、前に佳奈姉さんや美嘉姉さんが家に連れてきてた人か。あの時は忙しかったから挨拶できなかったけど」

 

 悠元は直接の面識を持っていなかったが、佳奈や美嘉が気に入って家に半ば拉致られてきたことがあるのを覚えている。悠元の言葉に周囲の視線はあずさに向けられ、それに気づいたあずさは思わず身構えた。

 

「そういえば、中条さんはよく前会長に連れまわされていましたね」

「えっと、ごめんなさい」

「い、いえ、大丈夫ですから! 佳奈先輩や美嘉先輩には色々お世話になりましたから!」

 

 結局なんだかんだ言って「あーちゃん」という言葉をスルーした形となった。そして、生徒会はここにいない副会長の「はんぞーくん」を含めた四人ということになる。

 ともあれ、昼食となるわけだが、ダイニングサーバから出てきたのは四人分。摩利は自分の弁当を持ってきているので五人。残る二人の片割れである悠元は「新手のいじめか?」と思ったのだが、真由美は満面の笑顔で大きい包みをテーブルに乗せた。大きさが明らかにお重とかのレベルである。

 

「えっと、それは?」

「ふふ、私と悠君のための手作り弁当ですよ。遠慮せずにどうぞ」

 

 何しちゃってるんですかねえ、この人。アンタ婚約者いるでしょうに。こちとら五輪家と個人的に関わり持っているせいで知ってるんだよ。まあ、昼飯抜きは流石に嫌だから食べますけどね……深雪さん、笑顔なんだけど怖いです。弁当も一部凍り付いてるし。

 

「悠元さん、明日から私がお弁当をお作りいたしますね」

「いいのか? ……まあ、無理のない範囲で構わないからな」

「はい!」

 

 これでよかったのかなと達也を見ると、達也は何も言わずに軽く頷いた。弁当も元に戻ったので一安心である。すると、悠元は同じく手作り弁当を持参している摩利に視線を向けた。それに気付いた摩利は笑みを零していた。

 

「どうした、悠元君。手作り弁当は意外だったか?」

「いえ。渡辺先輩の彼氏さんに入れ知恵した甲斐があったなと思っただけですよ」

「なっ……あんなこと言うとは珍しいと思ったが、悠元君の仕業だったわけか」

「三矢の家としてはどちらも関係のある立場ですから。先輩のご実家とはうちの長兄絡みで縁がありますので」

 

 悠元からすれば、幼馴染と上泉家の絡みで摩利の彼氏の実家である千葉家と面識があり、長兄の婚約者が養子縁組した家こそ渡辺家である。つまり悠元と摩利は義理の親戚関係ということになるわけだ。

 まあ、摩利の指には絆創膏がいくつかあり、料理の腕は推して知るべしといったところである。

 

「悠元さんは本当に顔が広いんですね」

「要らぬ面倒も増えたけどね。一時期ロリコン疑惑掛けられたときは将輝(まさき)真紅郎(しんくろう)を締め上げたけど」

 

 昔、パーティーの関係で一条家(いちじょうけ)に出向いたことがあった。一条家の長女に告白されるところを目撃した一条家の長男が『お前、そういう趣味が』とのたまったので、近くにいたショタ野郎とまとめて関節技を掛けて気絶させた。

 流石に怒られるだろうと思って謝ったが、こればかりは息子達の責任だと父親こと一条家現当主ともう一人のほうの両親に謝られた。

 それを見た一条家の長女は『お兄様と呼ばせてもらってもいいですか?』という言葉を言いながら眼をキラキラさせていた。これには断り切れずにその提案を呑んだ。

 

「悠君、それって一条家の将輝君よね?」

「ええ。優柔不断で初心なヘタレです」

「容赦がないな、悠元。相手は十師族の人間なのに」

 

 引き攣った笑みを見せる真由美に対して、弁当を食べつつ答える悠元に達也は溜息でも出そうな表情で呟いた。既に卒業した悠元の姉達も大概だが、悠元もその例に漏れないほどの行動力があるのは間違いないと感じていた。

 

「というか、相手は『クリムゾン・プリンス』とも謳われる実戦経験済みの魔法師よ?」

「それは評価できますが、異性に対しての接し方を自分にばかり聞いてくるのは如何なものかと……自分でも不得意なことぐらいありますから」

「それで、その辛口評価というわけか……」

 

 将輝もそうだが、「カーディナル・ジョージ」についても同様の相談を持ち込んでいた。それも結構な頻度で。これで恋愛相談を持ちかけようものなら「親に聞け」と丸投げしていただろう。

 そもそも、実戦経験という意味ならば悠元だけでなく達也にも該当しうる話だが、下手に言ったところで真由美経由で七草家の耳に入るのは宜しくないと判断した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼食を終えたところで真由美は本題を切り出した。

 

「当校の生徒会長は全校生徒の選挙によって選出されます。ですが、それ以外の役員は会長に選任・解任の権限が委ねられています」

 

 良く言えば、学生の自主性を尊重する―――悪く言ってしまえば、学校側としてフォローしきれないから丸投げしているようなものだ。この学校においては生徒会と風紀委員にCADの校内所持権限が与えられるため、生徒会は生徒会長に権限があり、風紀委員会は生徒会・部活連(全部活動の統括組織)・そして教職員推薦による選出方法がとられ、委員長はその内部選挙で選出されている。

 

「それで、これは毎年恒例とも言いますが……新入生総代を務めた1年生には生徒会役員になってもらっています。本来なら悠君―――コホン、悠元君だけなのですが、答辞の代理を務めた深雪さんの二人に声を掛けたというわけです」

 

 確かに道理が通るだろう。すると、深雪が立ち上がって『それならば……』ということで達也の生徒会入りを懇願した。だが、それは生徒会規約において出来ないルールとなっている。生徒会を構成するメンバーは『一科生だけ』ということを鈴音から言われ、それならば仕方ないと深雪は諦めた。それを見届けた上で、悠元は立ち上がった。

 

「自分は特に異存はありません。生徒会の件、お引き受けいたします」

「悠元さん……先程は差し出がましいことをしました。改めて、よろしくお願いします」

 

 特に入りたい部活動を決めているわけでもなかったし、それならばという気持ちもあった。あとは、ここで入らないと真由美あたりが騒ぎ立てそうだったのでおとなしく引き受けることにした。これに深雪が続いたのは少々予想外であったが。返事を終えて着席すると、摩利は何かを思い出したように手を挙げた。

 

「真由美、そういえば風紀委員の生徒会選任枠なんだが……」

「摩利、そのことは今選定中だって……」

「確か、風紀委員には一科生だけという制約は廃止されたはずだったと記憶しているんだが……」

 

 その言葉に悠元は思い当たる節があった。その制約を廃止したのは二代前の生徒会長の時―――悠元の姉である佳奈が生徒会長を辞する際の公約として掲げていたもので、二科生の殆どに加えて一科生の半数以上を味方につけた形で可決された。しかし、その実力に見合うだけの者がおらずに放置されたままであった。

 すると、摩利の言葉を聞いた真由美は何かを思いついたように立ち上がった。

 

「ナイスよ、摩利! 生徒会は、風紀委員に司波達也君を指名します」

「ちょっと待ってください! 俺の意思はどうなるんですか! 大体、風紀委員が何をする仕事かも聞かされていないんですよ」

 

 達也の気持ちもわかるが、それを言ったら生徒会の仕事の内容を聞いていない悠元と深雪はどう解釈すればいいのだろう。深雪は兄が風紀委員に選ばれたことを喜んでいる。だが、このままでは達也が納得しないだろうと思い、説明を始める。

 

「風紀委員の仕事は魔法使用に関する校則違反者の摘発、および魔法を使用した騒乱行為の摘発。風紀委員長はこれに罰則の決定と、生徒会長と共に懲罰委員会に出席し、意見陳述を行う―――間違いないですか?」

「え? ええ……悠君、よく知ってるわね」

「風紀委員長やってた姉がいましたし、オリエンテーションを担当してくれた教員からも聞きました。『懲罰委員会の歴代最高出席数』なんて聞いた時は盛大な溜息が出ましたけど」

 

 兄はともかくとして姉達は本当に話題に事欠かない。

 

 詩鶴の場合は2年の時の生徒会選挙で暴動が起き、副会長だった彼女が生徒会長になって副会長に親友を選出した。

 佳奈の場合は2年の生徒会選挙の時、滅多に開くことのない“眼”で騒ぎ立てる生徒を黙らせた。

 美嘉は1年生ながら風紀委員長となり、2年には生徒会長になるという大転身を見せた。

 

 姉達は見事に全員生徒会長となっている。なお、元治は生徒会副会長、元継は生徒会長は柄じゃないと部活動会頭を務めていたとのこと……ほぼ全員生徒会関係者という有様だった。

 

「先程の説明ですと、喧嘩が起こったら力づくで止めなければならない、ということですか?」

「まあ、そうだな。魔法の使用の有無は関係ない」

「そして、魔法が使用されたらそれを止めなければならない」

「できれば、発動する前に止めるのが望ましい」

「あのですね、俺は実技の成績が低かったから二科生なのですが!」

 

 話を聞く限りでは実力を行使して、相手を鎮圧する組織。魔法力が劣る二科生に務まるものではないという達也の言い分も理解できる……ただし、選出されたのがごく一般的な二科生であれば、の話だ。一方の摩利は涼しげな表情を浮かべていた。なので、悠元は摩利に問いかけた。

 

「渡辺先輩。いえ、渡辺委員長。昼休みも終わってしまうので問いかけだけになりますが、本来の風紀委員の任務だけを考えれば達也の言い分も正論です。この学校の魔法力評価でいえば二科生は一科生に劣るのは事実……なら、委員長は魔法力以外の部分で達也に何を期待しているのですか?」

「ふむ……おっと、予鈴が鳴ったな。悠元君、質問の答えは放課後で構わないか?」

「ええ。それで構いません」

 

 悠元としても摩利の考えは理解している。まあ、原作知識も含んだ上でのことだ。真由美の考えは自分にもわからないが、摩利を信頼しているということなのかもしれない。

 予鈴が鳴って午後の魔法実技見学のために移動している途中、深雪が尋ねてきた。

 

「悠元さん、渡辺先輩にどうしてあのような質問を?」

「達也は自分を過小評価しすぎるからな。悪く言えば逃げ道を塞いでるだけだが……その意味で、後押しをしようと思ってな。それに、極論ではあるけど、魔法を使わずに魔法を使った相手を取り押さえることも可能ではあるんだよ」

「そんなことが可能なのですか?」

「魔法系統にもよるが、それを実行したのがうちの美嘉姉さんだ」

 

 相手が魔法を使う際には、場合によって相手を認識しなければならない。なら、相手が認識できない範囲から取り押さえるのは被害を抑える意味でかなりベターともいえる。言うのは簡単だが実行するのが難しい……その意味で美嘉は『相手の知覚範囲を瞬時に見極める』ことに特化している。

 達也の場合、そんなことをしなくても体術だけで事足りる。むしろ彼に体術で勝てるレベルの人間など恐らく数えた方が早いだろう。

 

「まあ、何にせよ続きは放課後だな」

「そうですね」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 放課後、深雪と一緒に生徒会長から渡された許可証を提出してCADを受け取り、待っていた達也と一緒に生徒会室へと向かう。だが、達也の表情は一向に晴れない。本人としては気の進まないことだろうが、それだけではないだろうと問いかけてみた。

 

「どうしたんだ、達也。ただ面倒というわけでもないみたいだが」

「クラスメイトから激励されてな。自分としては気が滅入るというか……賛成も反対もしないんだな」

 

 昼休み、摩利に質問をしたことからしても理由を尋ねただけで、それに対してどうするのかを口に出さなかった。達也に問いかけに対して悠元はあっさりとした感じで答えた。

 

「どう言ったって決めるのは達也だ。俺に決定権なんてないよ。まあ、どこかの誰かさんは達也がそうなってくれることを望んでいるみたいだけど」

「それはどなたの事でしょうか、悠元さん?」

「さあ? 俺には見当が付かないね」

 

 まるで軽口を叩きあうかのような悠元と深雪だが、内心では達也が風紀委員になってくれることを望んでいるのだろう。この二人に結託されたら成す術もないな、と達也は思った。

 


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