相手の古式魔法師からすれば、光宣が何もないところから姿を見せたものの、あらゆる魔法が光宣をすり抜けていくことに驚愕するのも無理はない。そして、その魔法―――『
「あの魔法の精度、リーナよりも上でセリアと互角だな」
「リーナ? もしかして、以前第一高校に留学していたアンジェリーナ・クドウ・シールズさんのことですか?」
「ええ。軍人として甘いところはあるけれど、それでも魔法の技能は一級品よ。でも、そのリーナですら上回るだなんて」
魔法の技能だけで言えば、間違いなく九島家現当主の子世代でトップの実力を有する。それを生かすだけの肉体を持ち得ていないからこそ、彼はその力を発揮できずにいる。逆に言えば、その状態だからこそ九島家の中で命の危険に脅かされるという可能性も少ない訳だが。
セリアに関しては、転生者というアドバンテージを得てはいるものの、光宣のように九島家の魔法全てを学んでいたわけではないというのは本人から聞いている。彼女の祖父である九島健が九島家の秘術をUSNA軍に漏洩させないためというのが最大の理由だろう。
尤も、光宣自身は「悠元さんに比べれば、魔法の技能も精神も未熟ですから」と幾度も述べているが、自分はあくまでも精神的に成熟しているためと前世の非凡なる身内の影響でそうならざるを得なかっただけだ。加えて色んな人と会わせようとする祖父の存在もあったが。
相手の古式魔法師たちは『隠形』を展開して、自分たちの気配を偽っている。悠元には『
空気中に電気を放出するのではなく、物質中の電子を強制的に抽出して放電現象を起こす基礎的な術式だが、ただでさえ空気は電気を通しにくいのにも拘らず、光宣がそれだけの現象を引き起こしたのは、広範囲に放たれた『スパーク』を“捨て石”にするだけの潤沢な想子保有量を有しているからだ。
そして、光宣の『スパーク』で咄嗟に防御せざるを得ない古式魔法師はその反動で『隠形』が解除され、一人ずつ確実に仕留めていく。
「おのれ、こうなれば―――」
「はい、寝てろ」
「がはっ!?」
すると、破れかぶれの特攻として姿を見せた古式魔法師がいたため、悠元も姿を見せて思いっ切り殴り飛ばした。その古式魔法師は手に持った札を手放したのを見て悠元が手に取り、サイオンを込めて札を制御した。
別に光宣に任せても問題はない訳だが、この後に来ている第二陣を一々相手にするのは面倒だと判断したからだ。
「あの、悠元さん。その札を普通に使えるんですか?」
「特に害するような要素はないし、精々“
悠元は札を通して管狐を操ると、それを通して気配を明らかに偽っている先を探る。第二陣は30人……先に読み取った気配に過不足は無いと判断した。
「―――
そして、管狐を操って30人の中心点に移動させると、管狐を起点とした四方約200メートル程度の“黒い箱”が遊歩道の一角に展開された。悠元はその結界を発動し終えたところで火属性の天神魔法で札を完全に焼却した。この札を持っていても何の証拠もないし、先程悠元が吹き飛ばして気絶させた古式魔法師を突き出した方が早いと踏んだからだ。
後は結果待ち……と悠元はここで、目をキラキラと輝かせている深雪の存在に気付く。
「すごいです、悠元さん! やはり深雪の眼に狂いはありませんでした!」
「……分かっちゃいたけど、まだ安全圏じゃないからな深雪。で、光宣も興味津々そうな目で見ないでくれ」
「す、すみません。でも、九島家の魔法でもあのような魔法はありませんし」
家の関係で古式魔法絡みを学んでいる光宣はもとより、天神魔法を習っている深雪ですら驚いたのは単純明快で、あの魔法は天神魔法の中でも極めて難度の高い
現当主である千姫ですら下手に手を付けられなかったのは無理もない話で、この魔法は全七属性の魔法行使が出来て初めて可能となる。
すると、ある程度の片付けが済んだ達也も悠元らのもとへ戻ってきた。達也の興味もあの黒箱に移っていたらしく、それが出来るであろう悠元に尋ねた。
「……悠元、あれはお前の仕業か?」
「間違ってはない。ともかく、これで追撃の手は逃れられるから、後のことは地元の警察に任せるよ」
悠元がそう述べたのには理由があり、先程まで展開されていた結界が解かれたからだ。おそらく悠元が殴り飛ばした術者が結界を張っていた可能性が最も高い。
「にしても、相変わらずの手際の良さだな、達也は」
「俺からすれば、光宣や悠元の方が凄いと思うがな。俺の場合は悠元の魔法を利用しての不意打ちに過ぎない」
「それを言うのでしたら、僕も騙し討ちみたいなものです。あの大人数をあっさり閉じ込めた悠元さんほどではありませんよ」
「あー……ま、いっか。どうする? 多分拠点に行っても欲しい手掛かりは得られない可能性が高いが」
このままだと確実に謙遜のし合いで決着がつかないと判断し、悠元は話題を変えることにした。周公瑾が仮にあの拠点にいたとしても、今頃は襲撃絡みの情報を聞いて人知れず行方を晦ましているだろう。
それに、今のところ得た情報では京都の三千院近くで小競り合いを起こして消息が途絶えている。その彼が奈良方面に移動しているのはリスクを伴う行為であり、確実に『九頭龍』の監視網に引っ掛かってくる。
それが無い以上、達也の欲しい情報は確実に得られないということを含めてのものだった。
「そうだな、今日はここまでにしたほうがいいな……あの結界は何時解かれる?」
「ここの近くの山の霊脈と“繋げている”から、彼らが全員戦闘不能になるまで解かれない仕組みだよ。ま、いいところ精々1時間程度ぐらいかな。それ以上伸びれば確実に警察のお世話になるし、遊歩道から入ってきた観光客が結界の範囲内に入り込んでも対象に含まれないから問題ない」
『
今回は相手を気絶させる前提の為にダメージのリミッターを設定しているが、リミッターを外せば相手に外傷を負わせることなく“殺す”ことも可能な魔法。云わば
「なら、ここは僕が見ておきます。そういえば、帰りの電車は何時頃ですか?」
「19時半だな」
元々捜索自体に時間を掛けるつもりでいたため、学業に支障の出ない範囲内で切符を買っていた。ただ、原作とは違って幾つかの探索場所をスキップしているため、時間的にはお昼を少し過ぎたあたりだ。
「なら、折角なので温泉でもいかがですか?」
「温泉……?」
光宣の言葉に深雪が疑問を浮かべ、水波は思わず自分の服の匂いを確かめるような仕草をした。これには光宣が拙いと感じたのか、慌てて取り繕おうとする。
「あ、いえ、決して汗臭いからという訳ではないです」
「光宣、それは自爆だ」
ただ、友人がなまじ少ないからか自爆めいた言葉が次々と飛んでいく光宣を達也が窘めた。この状況だと二人を諫めるのは自分の役目だと諦めつつ深雪に話しかけた。
「深雪、光宣は折角奈良に来てくれたんだから、疲れを癒す意味で温泉を勧めてくれたんだ。明日からまた学校だし、英気を養うのは大事なことだよ。なら、光宣の提案に甘えることにしよう。それで納得してもらえるか?」
「悠元さんがそう仰るなら……」
なお、背後から感謝の気持ちが籠った視線が達也と光宣から向けられているのはここだけの話。「話術ぐらい磨け」と言いたいが、今はこの場を離れることを優先することとした。
◇ ◇ ◇
光宣に案内されたのは平城京跡からそう遠くないロケーションの老舗ホテルだった。あの場に残ると言った光宣に状況説明させるのは酷だと判断し、悠元は達也と一緒に無理矢理引っ張る形で案内させた。
(迂闊だったわ……恨むぞ、達也と光宣)
原作だと、達也と光宣が話す関係で深雪と水波が大浴場に向かう形となったわけだが、ここに悠元が加わることで行動自体も変化が生じていた。光宣と達也が何か話したいことがあると言って客室に籠り、悠元は深雪に引っ張られる形で家族風呂に巻き込まれていた。
いくら婚約者で既に致している身でもTPOは弁えているため、お互いに湯着を付けた状態で湯船に浸かっている。水波は緊張なのか照れていると言うべきか、頬を赤くしながら俯いているわけだが。
「水波ちゃん、大丈夫? 顔が赤いわよ?」
「は、はい、だ、大丈夫です」
「あー……水波からしたら、深雪は女性としてのアイデンティティすら揺るがす存在だものな」
ただ、家族風呂のお陰で周りに人がいないため、深雪の存在で他の宿泊客に迷惑を掛けていないのは事実。別に深雪自身が悪い訳ではないが。
「悠元さん、私からすれば水波ちゃんも十分綺麗になってますけど」
「言い分は理解できるけど、元から抱いていたものはそう簡単に払拭出来たら苦労しないよ……何で密着してくるんですか、深雪さんや」
「当ててますから」
ここ最近は本当に甘えることが多くなっている。来年正月の慶春会も意識しての事なのだろうが、最大の理由は深雪の母親である深夜が悠元の専属使用人になったことが大きく影響している。
それからというものの、大体寝る15分前ぐらいに悠元の部屋を訪れ、そのまま一緒に寝ることが多くなった。流石にベッドのサイズも狭くなるため、寝具を新調する羽目になった。一緒に寝てるだけ……という言い方をすれば嘘になってしまうが、あまり口にするのもどうかと思うので察してほしい。
「水波ちゃんも悠元さんに触れるべきよ」
「え、いえいえ、私なんかが悠元兄様のお体に触れるなど……」
(凄いな、顔が真っ赤だわ)
照れのあまり顔が真っ赤になっている水波。それでも逆上せているような様相でないのは読み取れていた。これでは水波の疲れも取れないだろうに……と、心なしか水波を心配そうな目で見つめていた悠元だった。
この後、上がりたそうにしている水波をしっかり湯に浸かるよう深雪が勧めたのもあって、悠元に必要以上の負担が掛からなかった。
すっかりリフレッシュした深雪と、少しばかり英気を養えた悠元、そして疲れ切った表情で出てきた水波という有様に達也は何があったのかをそれとなく察していたが、追及することはなかった。時間もあったのでホテルの夕食コースを堪能し、リムジンで奈良駅まで送ってもらった。
「では、ここで。今日は楽しかったです」
「ああ。論文コンペもあるから、また近いうちに助力を頼むことになると思う」
「そうですね。その時は是非協力させて下さい」
原作だと存在した光宣と水波の会話シーンが無くなり、その代わりとして悠元が光宣と会話を交わすことになっている。今更ながら原作の中に組み込まれるつもりなどなかったわけだが……いや、十師族の中にいた時点で何かしら関わっていたのは間違いないだろう。現に深雪が自身の婚約者となっているのはその証左とも言える。
別れの挨拶を再会の約束で代用し、悠元たちは光宣と別れた。
◇ ◇ ◇
東京に戻った四人はそのまま家に帰った。自室に戻った悠元が端末にメッセージがあるのを確認すると、通信機を付けてその連絡先につなげた。
『ハロハロー、お兄ちゃん。九島家に行ってたんでしょ? あとは伝統派絡みとか』
「……そういう前提ありきで喋るな。まあ間違ってはないが」
通信を繋げた相手はセリアだった。お互いに原作知識を知っているからこそ、セリアは凡その予測を断定するような口調で話す。これに対して窘めつつも肯定しつつ、悠元は遮音の結界と通信強化で『
「九島烈とも会談してきた。達也たちも含めた会談の後、直接対談することにもなった。その中で言われた依頼内容は……九島光宣の治療だ」
『……引き受けたの?』
「ああ。九島家現当主からの依頼なら絶対に引き受けなかったが、九島閣下となれば話は別だ」
既に九島家の家督を譲り渡した先代当主の身ではあるが、魔法師社会や国防軍に影響力を残す『トリック・スター』の異名は未だに健在。悠元はその影響力を利用するため、九島烈の依頼を受けた。その対価として出した条件の中にはリーナとセリアに関する扱いも含まれている。
「後半のキーパーソンである光宣を治療し、彼を九島家から完全に切り離す。ただ、九島本家の近くに置くと拙いから、光宣には北海道か沖縄方面……あるいは小笠原諸島に移住してもらうことも考えている」
『そこまでやるんだ……ううん、そこまでしないと無理ってことだよね』
「俺はそこまでじゃないが、『
その一つに今春の“ダブルセブン編”がある。十師族入りを目指そうとする琢磨の執念じみた行動はその代表例とも言える。七草家がこれ以上動かなければ、次の師族会議で九島家が責任を取る形で十師族の立場を辞することはないと思っていたが……どうやら、七草家は搦め手で事を進めるつもりのようだ。
『でも、七草家はお兄ちゃんが釘を刺したんでしょ? 流石にお兄ちゃんと泉美ちゃんの婚約のことがある以上、手を出すのは拙いと思うし……最悪、泉美ちゃんが現当主を殴り飛ばすと思うよ?』
「グーで済むなら優しいと思うがな。黒羽の部隊を七草家の影響が強い国防軍の部署が監視している。おまけに、奈良で遭遇した連中絡みの管轄が国防軍情報部になった。誰の指金かは言わずともわかるが」
今頃、達也は響子と通話をしている頃合いなのは片手間でも読み取れている。何せ、セリアと会話しつつあらゆる場所のサイオンデータを読み取っているため、リアルタイムでも状況を把握できる。その技術自体は流石に漏洩を考慮して誰にも話していない。
国防軍情報部は個人的にもいい思い出がない。七草家だけならばまだしも、元の実家を未だに甘く見ている十山家の存在もある。「個人的には今すぐ潰してやりたい」と以前述べた剛三の言葉が今になって分かるような気がした。
「ただ、家は潰せない。それが九島であっても七草であっても」
『どうして?』
「影響力が強すぎるんだ。数が少ないとはいえ、マイノリティーの魔法師社会でなまじ影響力が広範囲に及んでいる。それなら、いっそのこと現当主の影響が強い直系の子全員を殺すしかなくなる」
家単体というなら十山家は簡単に潰しやすい部類だ。あの魔法技能は惜しいが、下手に他の師族を巻き込もうとする考えはあまり看過できない。
七草家と九島家は魔法師社会のみならず、前者は政治家やマスメディア、民間企業や国防軍に影響力を有し、後者は国防軍に強いシンパを有している。そうでなくとも、他の師族ですら民間企業、政財界や軍の関係者とも繋がりを有している時点で、それを他の師族へ簡単に引き継げるように師族会議のシステムが想定されていないのだ。
「変に格下げなんかしたら、それこそ七草弘一は何をするか分からん。あんな悪だくみを平気でする奴は目に届くところに置いておかないと逆に危険すぎる。その意味だと九島真言も似たようなものだが」
家単体だけではなく、それと繋がりを有する民間企業も少なくない。言ってしまえば、師族そのものが第二次大戦後に解体された財閥に近い性質を持ってしまっている。下手に解体すれば、国のあらゆる分野に混乱を来たしかねない。
それを分かっているからこそ、七草弘一は大胆な悪だくみを平気で出来る訳なのだ……その理由があまりにも子供じみていると思うのは自分だけなのだろうか、と悠元は内心でそう独り言ちた。
ハンター業とリアル仕事のせいで遅れました。
今回のオリジナル魔法は『自分の影を殴ると自分にダメージが返ってくる』を更に発展させた形です。言うなれば同士討ち・仲間割れを誘発させるエグイ魔法。
ホント師族関連って考えれば考えるほど雁字搦めです。