魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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搦め手交じりの名誉挽回

 西暦2096年10月8日、月曜日。休日も終わって平日となれば、また違った忙しさが来るのは当たり前のことだ。とりわけ魔法科高校の場合は今月末に控えた論文コンペの関係で、かなりの数の関係者が駆り出されている。

 

「それで、悠元さんはどうしてここにいるのですか?」

「不思議そうな表情はご尤もだと思う、深雪。平たく言えば『追い出された』ようなものだ。もしくは生徒会役員の警護とも言えるが」

 

 だが、悠元は生徒会室で生徒会役員の仕事を手伝っていた。部活連は警備メンバーの訓練(これは基礎訓練や対人戦闘を見据えた戦闘訓練が主体となる)もあるので、確かに深雪が不思議がってもおかしくはない訳だが、その理由は至って単純なものだった。悠元の兄であり、今は上泉家現当主である元継が母校へ新陰流剣武術へのスカウトも兼ねて警備メンバーを鍛えているため、教導役の座を奪われた形の悠元はここにいるという訳だ。

 尚、論文コンペの手伝いで達也はここにいないわけだが、その達也からも生徒会室の見張りを頼まれた。流石に魔法科高校のセキュリティを突破してくるようなことはないだろうが、八雲や悠元の存在を鑑みてのものらしい。

 

「お兄ちゃんなら五十里先輩に呼ばれてもおかしくはないと思うんだけどね」

「あのなあ……俺のアプローチは五十里先輩と違うから、擦り合わせるだけでも一苦労だぞ?」

 

 今回、五十里が取り組んでいるテーマに関しては、悠元からすれば既に通り過ぎた部類の話になってしまう。現代魔法はおろか、古式魔法や古代文明の魔法を会得している事実など、それを世界が知ればとんでもない騒ぎになってしまう。その中には『投影型(とうえいがた)魔法陣(まほうじん)』という代物も存在しており、これの技術は天神魔法に繋がる部分もあるので絶対に明かせない。

 

「悠元お兄様の魔法のアプローチ……気になります……」

「うん、そうやって好奇心旺盛なのは流石七草家の血筋と言うべきかな」

「こら、泉美。そこ間違ってるよ」

 

 うっとりしている泉美に冷や水を被せる様な発言をしたのは理璃だった。その指摘で慌ててキーボードを叩く泉美の様子に深雪は微笑ましく見ていた。泉美曰く「理璃ちゃんはまるで香澄ちゃんがいるみたいです」とのことで、流石に双子特有のテレパスが繋がっているという訳ではなく、性格や言動がどことなく似ているとのことらしい。

 これには作業を進めている水波も思わず苦笑を浮かべていたところで、ほのかが生徒会室に入ってきた。悠元が生徒会室にいることもそうだが、ほのかが部屋の中を見回していることで誰かを探しているのは明白だった。

 

「ほのか、達也なら五十里先輩のヘルプでここにはいないぞ」

「あ、そ、そうなんだ。でも、悠元さんはどうしてここに?」

「まあ、簡単に話すけど―――」

 

 悠元の事情を話した上で、休憩ということで水波が紅茶を淹れてくれた。達也がいる場合はピクシーが給仕を行うが、それ以外の場合は持ち回りが基本である。尚、悠元の給仕に関して深雪と水波でひと悶着あったことはここだけの話。

 

「それで、特に何もないのね?」

「うん、雫のご両親も心配してくれて、態々警備会社まで頼んでくれたの」

「警備会社?」

「えっと、森崎君のご実家の……」

 

 ほのかが言いづらそうにしているのも無理はない。森崎は入学の頃、達也に対して「お前を認めない」と大胆に発言した。その際に悠元へ「負けない」と発言していたが、夏休みに何かあったのか、大分大人びた思考と発言をすることが目立っていた。

 ほのかからすれば好きな人を貶されたようなものだし、ましてや身内である深雪にこういうことを言うのはどうかという思いもあったのだろう。聞いた側の深雪としては、別に森崎家をどうこうするつもりもなく、ほのかの気遣いもそれとなく理解していた。

 ただ、論文コンペが無事に終わるまではそうしてほしいと事前に言っていたおかげか、ほのかが必要以上に不安がる様子は見られなかった。

 

「雫からも『ほのかは気にしないで。昨年のことがあるから、お父さんが張り切っただけだよ』とは言われてるし、本当によくしてくれてるけど……悠元さん、論文コンペが終わったら、雫を労わってあげてください」

「それは本人との会話で約束しているけど……雫の親友であるほのかの頼みなら引き受けないといけないな。代わりに達也とのデートぐらいならセッティングしておくよ」

「え、あ、えっと……もし、お願いできるのなら、またお願いします」

 

 ほのか自身、達也に迷惑を掛けたくないという思いもあって、達也とのデートはそこまで多くない。その場合だと悠元と深雪、もしくは悠元と雫が同行する形になることが多い。ただ、将来のことを鑑みるのならばそろそろ二人でいることに慣れてほしいとは思う。達也の側は問題ないが、恋する乙女の気持ちは流石に悠元でも推し量るのが難しい。

 というか、雫のこともあるので敬語は止めてほしくあるが、この辺はほのかの性分なので仕方ないと思う。とりわけ恋愛関係ともなれば尚更だろう。ほのかが畏まった態度を見せたことに、周囲からは微笑ましい様相が感じられたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そういう事情もあって暇を持て余す形となった訳だが、怠惰を貪るぐらいなら鍛錬に費やす方がいいと思い、悠元は軽運動部の活動場所となっている武道場で汗を流した後、一足先に帰宅することとした。とはいっても、そのまま帰るのではなく色々寄り道をしていた。

 一緒に帰れないことに深雪は不満げだったが、論文コンペの事前調査に関わる部分と説明すると、渋々ながらも頷いてくれた。司波家で取り成すのは確定事項だと諦めつつ、用事を済ませているところで幹比古と美月に出くわした。

 

「あれ、悠元じゃないか。一人なのは珍しいね」

「こっちはこっちで用事もあったからな。幹比古は美月の送り迎えか」

「えと、私はいいって言ったんですけど……」

 

 美月が恐縮になるのも無理はないが、今は時期が時期なだけに一人で帰らせるのは危険だろう。ただ、そんな美月を諫めたのは合流してきた佐那だった。

 

「二人とも……って、悠元さんもいたのですか」

「こっちに用事があって、二人と会ったのは偶然だよ。そしたら、俺はさっさとお暇させてもらうよ」

 

 恋愛事に態々首を突っ込むつもりもないし、今は三矢の人間でない以上、帰り道に同行する理由もない。幹比古はどこか落ち着かない表情を垣間見せていたが、こればかりは本人が克服せねばならない問題なので、その場を静かに去りつつ制服の内ポケットに手を入れ、あらかじめ用意していた札にサイオンを込める。

 

「あとは、先生のお弟子さんにお任せしますかね」

 

 本来なら幹比古も佐那も気付いていることだが、彼らに幹比古の実力を悟らせないのは目晦ましにもなる。それに、東道家を必要以上に関わらせれば、下手すると東西の古式魔法師同士の内紛になりかねない。

 神楽坂家の人間が関わるのもどうかと思うが、元々達也の依頼で既に『伝統派』の古式魔法師と対立している以上は一つや二つ面倒事が増えても今更だし、元十師族という立場のせいでそれを快く思わない魔法師の存在もいる。

 後片付けは適任者がいるため、悠元はそのまま帰宅の途に就いたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日、悠元は幹比古から呼び出しを受けて風紀委員会室に出向いていた。論文コンペのこともあるため、その辺の誤魔化しは容易にできる。そして幹比古が電話で済ませなかったのは恐らく昨日の事だろうと思いながら中に入ると、幹比古が出迎える形で待っていた。

 

「ゴメンね、悠元。君も忙しいのに」

「論文コンペの折衝は専ら服部先輩の仕事だからな。それで、幹比古が聞きたいのは昨日の事か?」

「……うん。悠元が対処してくれたんだろうけど気になってね」

 

 原作ならいざ知らず、今の幹比古は達也が四葉の人間であることを知っている。面倒事を嫌う悠元が美月を守るためとはいえ、自ら首を突っ込んでいるのは幹比古としても疑問に思ったのだろう。

 

「僕は最初、東道さんが対処してくれたのかと思ったけど、身に覚えが無いと返されちゃってね。そうなると、悠元ぐらいしか心当たりが無かったから」

「手応えを見るに、あれは『裏』の魔法師だった。幹比古も美月が見張られていたのは感じていたんだろう?」

「うん。それで悠元、何か手伝えることはあるかい?」

「そうだな……」

 

 事前調査に関しては、今のところ悠元と達也に深雪と水波、それとレオにエリカ、セリアで動く予定だ。ただ、大人数で動くのは目立つために分割して動くことに加えて姫梨も調査に加わると連絡を受けている。修司と由夢は千姫の言いつけで東京に残り、ほのかと美月の護衛を引き受けることになった。

 吉田家が原作と異なり、正当な精霊魔法を継承していることに加えて神楽坂家の諜報組織である『九頭龍』の一角を担っている。ただ、後半部分はほんの一握りしか知らない事実であるため、吉田家の次期当主ではない幹比古がその事実を知る筈が無い。

 

「今のところ、吉田家を積極的に関わらせるつもりはないんだが。幹比古、その辺はどうするつもりだ?」

「そうだね……じゃあ、こうしよう。僕も事前調査のメンバーに加わるよ。悠元もその方が達也の協力もしやすいだろうからね」

 

 ようは、幹比古が探査の式を無作為に放ち、伝統派の魔法師を引き摺り出す魂胆のようだ。今回の論文コンペ会場となる新国際会議場は京都市街地の北端辺りに位置しており、これは昨年の横浜事変の二の舞を避けてほしいという地元の意見が多かったためだ。北には森林などの自然が多くあり、更に北には鞍馬山―――伝統派の大きな拠点の一つが存在する。

 

「なら、そこにひと手間加えよう。俺が会場を起点に『聖域』の結界を張り直すから、そのトリガーの札を幹比古に渡しておく。それを使えば探査の式も楽になる筈だ」

「『聖域』の結界……悠元に掛かれば何でもアリだね」

「言っとくが、偶然に偶然が重なって出来るようになっただけだ」

 

 そうなると、自分と達也が一緒に行動するのは避けた方がいいだろう。今まではそれが許されても、春日山遊歩道での一件で『伝統派』が警戒を強めていない保証などない。まして周公瑾ならばそれすらも好機と睨むかもしれない。

 

「だが、美月はどうする? 流石に連れて行くわけにもいかないだろう?」

「……そうだね。流石に柴田さんを危ない目に遭わせるのは僕も許容できない」

「なら、母上に頼んでみるよ。必要なら元実家の力も借りるが」

 

 既に八雲の部下が見張ってくれているが、伊勢家の養女となることが決まっている美月のことを考えれば神楽坂家お抱えの魔法師に見張らせることも必要だろう。

 実を言うと、昨日詩奈を監視していた古式魔法師がいて、その人間は矢車家―――侍郎が対処したと元から連絡を受けていた。その部分を『プラスワン』と見るべきかは判断できないが、自分の憂慮が役立ったことに内心安堵していた。

 その背景も鑑みると、いくら実力が付いてきたとはいえ美月を京都に連れて行くのは危険だと悠元も結論付けている。美月を危ない目に遭わせたくない、という幹比古の心情は既に美月への恋愛感情を持っているに等しいものだが、他人の恋愛事は当人同士の問題なので敢えて黙ることにしたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その日の夕方、悠元は横浜にある日本魔法協会支部を訪れていた。

 原作ならば達也だけに用件があったものだが、非公式とはいえ深雪の婚約者となった以上は四葉家にも関わらざるを得ない。面会の相手は四葉家の筆頭執事である葉山だった。

 

「悠元様。お呼び立てすることになり、大変ご足労をお掛けいたします」

「いえ、此度の一件は自分も他人事で済む話ではありませんから」

 

 面会の申し出自体は四葉家からのもので、本来ならば立場的に下となる四葉家が神楽坂家に出向くのが筋。だが、次期当主兼当主代行である悠元は未だ高校生の身であり、七草家があれこれと動いているために悠元から面会場所を指定した。

 既に十師族の軛から外れているのに、余計なことで引っ掻き回さないで欲しいとは思う。

 

「そもそも、達也が主となる依頼ですのに」

「それは承知しております。達也殿には後日お伺いを致しますが、奥様より達也殿に匹敵する実力者である悠元様からも話を聞いてほしい、と」

 

 別に達也の四葉に対する感情を推し量ろう、という訳ではないが、これも真夜が先日話していた達也の四葉家次期当主推薦への道筋を建てるための試しだろう。完璧な第三者とは言い難いが、悠元君ならば色目を付けずに評価してくれる―――というのが葉山から述べられた真夜の意見であった。

 

「自分が結構手助けをしてしまっていますが、実力面では十分すぎるほどかと。最近は論文コンペの手伝いに駆り出されて忙しそうですが」

「達也殿は優秀ですからな。こちらでも探りは入れているのですが、如何せん監視地域の対象外ですので、悠元殿のようにはいきません」

「それが普通ですよ。自分は現代魔法師と断言できない立ち位置ですから」

 

 葉山はおろか達也らや『神将会』の面子にも話していないことだが、奈良での『伝統派』の襲撃から2日後の昼休み、泉美と香澄から内密に相談を受けていた。

 泉美は以前悠元のことを名倉に調べさせていたこともあって真由美の次に顔見知りだったが、屋敷の中ですれ違った際に名倉から何か恐ろしい雰囲気を感じ取ったというのだ。泉美は慌てて香澄に相談し、現代魔法の範疇にない現象に心当たりが無いか確認しに来たという塩梅だ。

 確証はないが、泉美は恐らく名倉の『死の前兆』なるものを感じ取った可能性が高い。只でさえ香澄と双子特有の感覚を有しているだけでなく、七草家の中でも非凡な才覚に目覚めつつある。その反面、香澄は「正直、ボクは優秀な現代魔法師でいいよ」と述べていた。その原因は恐らく彼女の姉と妹のせいなのだろうが。

 

 閑話休題。

 

「……葉山さん。七草家当主が腹心の部下を使って周公瑾の抹殺を目論んでいるようです。その方面で黒羽を動かすことは可能ですか? 可能であれば文弥と亜夜子を京都に送り込んでほしいのです」

「何と、七草家が……して、その二人を指名したのには理由がおありなのですか?」

「実は、達也が依頼を受ける際に司波家を訪れた際、尾行を撒かないように指示を受けていたらしく、帰り際にそれとなくカマをかけたところ、事実とも言える様な受け答えをしまして。そのことを咎める気はないですが、彼らの悔いを払拭してあげたいと思ったまでです」

 

 達也を慕っている(亜夜子の場合は好いているのも含むが)二人だからこそ、達也や深雪を危険にさらす様な事は許容しづらいだろう。とりわけ文弥は黒羽の人間でありながらも優しい性格をしており、そのことに対して必要以上に思い悩みやすい。

 ならば、その“名誉挽回”として名倉の追跡を文弥と亜夜子に任せたいと考えていた。無論、二人だけだと危険もあるので保険は掛けるし、その時点で周公瑾の捕縛はしない。

 

「では、二人に周公瑾と七草の部下が接触したところで急襲を?」

「いえ。周公瑾は気配にかなり機敏で、昨春のブランシュの一件で見張られていたのを看破したところ、すぐさま術の発動を切ったのです。貢さんでも手を焼いた相手だと二人には荷が重いでしょうし、彼らにはその部下―――名倉三郎なる人物の“回収”をお願いしたく思います」

 

 それに、達也がこのまま周公瑾を追跡してくれなければ今後の計画にも色々狂いが生じかねない。文弥と亜夜子には周公瑾と名倉の接触と戦闘を見届けさせ、戦闘後に名倉を回収する。気配を断つ意味ならば亜夜子の[極致拡散]が生きるため、問題はないと踏んでいる。

 




 どう展開を進めようと考えこんでいたら、また投稿が遅れました。
 キグナスとメイジアンの2巻を買ったのですが、まあ、何と言うか……十師族の現当主世代が普通じゃねえ(何を今更感)
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