魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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物事の俯瞰は時において大事となる

 悠元が葉山に提案したのは名倉の“回収”。そして、その際の条件に生死は問わないよう言い含めていた。それは、悠元が名倉を使ってあることの実証実験をするつもりだからだ。無論、このことは千姫や剛三、元継に了解を得た上で進めている。

 黒羽の部隊ですら追い詰めきれなかった周公瑾を雪辱戦という形で協力させることはできても、最後の詰めを担うのは間違いなく達也以外にいないと悠元は判断した。それは、周公瑾の討伐から顧傑への情報が流れる際に悠元の情報はなるべく秘匿したい思いもあった。

 

「今春の一件で七草家とは周公瑾との関わりを断つように言い含めはしたのですが……七草家の当主はどうやら諦めきれていないようです」

「ほう……このことは奥様にご報告しても?」

「構いません。どうせしらばっくれるのは目に見えていますからね」

 

 来年の師族会議で誤魔化すことは考えられるが、名倉を送り込んで周公瑾に殺されることで、七草家に対して「部下を使って周公瑾を殺そうとしたのは、七草家が他の師族の与り知らぬところで周公瑾と手を結んでいた」という嫌疑が生じる可能性が生まれる。それが信憑性のないものでも、四葉家や九島烈、そして悠元―――神楽坂家の面子を潰しかねないことをしたのは紛れもない事実になる。

 ここまでのことは口にせずとも、聡明な頭脳を持つ葉山は無論の事、四葉家当主こと真夜も同じ考えに至るだろう。このことを師族会議で持ち出すか否かについては四葉家の匙加減とすることにした。

 

「話を戻しますが、黒羽の部隊ですら追い詰めきれなかった以上、達也の力は必須とも言えます。彼自身が周公瑾を“討つ”ことで四葉の道筋も定まる……そんなところでしょうか。自分は早めに京都入りし、正統派の古式魔法師の方々と話を付けます」

「それは……ご足労をお掛けいたします」

「お気になさらず。母上からも父祖伝来に住まう地の者と縁を結ぶように言いつかっておりますので」

 

 奈良・高鴨神社での一件で神楽坂の名の一端を窺い知ることが出来た。だが、かつて本拠を構えていた京都はその比ではないはずだ。今の名を名乗る前に京都は何度か足を運んでいるが、それはあくまでも剛三の親族である『長野佑都』としての訪問だったし、門下生と思しき人間には容赦なく襲い掛かられた。

 それが十師族・三矢家の人間となり、護人・神楽坂家の人間となったことは九校戦で明るみになっているし、現代魔法師よりも古式魔法師の方が殊更神楽坂の名に敏感である。ただ、現代魔法師から古式魔法師の家に籍を移すケースは極めて稀であり、それこそ古式魔法に深い造詣を有している家柄でないと厳しいだろう。

 なので、力試しと称して襲撃してくる可能性は未だに残ったままだ。流石に八雲のような“テスト”までは仕込まれないと思いたいが、油断はできないだろう。

 

「ところで、奥様から深雪様のご様子を窺うように言い付かっているのですが、何か粗相などはございませぬでしょうか?」

「多少の依存癖は目を瞑っていますが、それ以外であれば至って優秀ですよ。流石は現状において四葉の次期当主筆頭候補と目されているだけあります」

 

 司波家では専ら水波と家事を分担しているわけだが、勉学や魔法の練習にはしっかりと時間を割いており、学校の成績も学年次席をキープし続けている。自分や達也も家庭教師として教えてはいるが、それを成績としてしっかり残しているのは深雪自身の努力の賜物だ。

 現代魔法の習熟のみならず天神魔法も着々と修得している。独自で編み出した想子制御も相まって、魔法の実力で言えば光宣以上の実力者へと成長しつつある。その代償は口に出したくもないし、自分のやってきたことに対する結果だと納得せざるを得なかった。

 

 本人の前では流石に四葉家のことを極力絡めないようにしているため、世辞にも似たような台詞となったことに思わず笑みが漏れてしまった。これには葉山からも笑みが零れるほどだった。

 

「悠元殿からそのような評価を頂けるとは、正直驚きました。何せ、以前青木がご迷惑をお掛けしたことを鑑みれば、厳しい評価を頂いても致し方ないでしょうから」

「懐かしいですね。あれは自分に対してというよりも達也に対するものでしたし、若干意固地になったのはこちら側でもありますから」

 

 あの時点では、深雪に対する恋愛感情というよりも達也の不当な扱いに対する反抗心みたいなもの。四葉家における達也の扱いは本人や深雪からも聞いていたため、後で達也に感謝されたのは正直苦笑ものだった。

 加えて、内密に真夜からも謝罪を受けた際に「悠元さんの目の前でねえ……青木さんの給料、暫く減らそうかしら」とぼやいたので、それは流石に拙いと窘めた。下手をすれば他の十師族から干渉を受けたと言われかねないためだ。

 

「と言いますか、気になるのならば司波家に直接連絡をして頂いても問題はないのですが。あくまでも自分は居候の身ですから」

「それをしてしまうと悠元殿と話したくなってしまう、と奥様が仰っていたものですから」

「……流石に娶るとかは勘弁してください」

「その辺は奥様もご承知しております。深夜様のことは悠元殿の能力を秘匿する意味でも必要なことだと納得されておりますので」

 

 今までの関わりからして、真夜がそうならない理由などなかった。深夜に関しては已む無く受け入れたもの(神楽坂家の専属使用人ともなれば、悠元の秘密を知っても問題ない人選が難航しかねなかったため)の、これ以上四葉家から婚約者だの愛人などを受け入れれば、他の師族から要らぬ妬みや恨みを買いかねない。

 こればかりは葉山も悠元の言いたいことを理解しつつ、言葉を述べた。

 

「……葉山さん。一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

「何でございましょうか?」

「先程触れた達也の四葉家次期当主の指名に関してです」

 

 自身の『天神の眼(オシリス・サイト)』で達也の魔法力に封印が掛かっているのは確認できていた。その封印を解くことで達也が四葉家の当主に足る能力を証明したところで、ハードルとなって立ち塞がってくるのは分家の現当主達だ。

 津久葉家は夕歌が悠元の婚約者となるため、その交換条件として達也の扱いに関する部分は中立の立場を取ってもらうことで合意した。もし津久葉家が自主的に達也の協力をしても黙認することまで見据えられている。

 流石に原作よりも強化された達也に加えて深雪と水波がいる以上、下手を打つ可能性は極めて低いが油断はできない。

 

 周公瑾のこともそうだが、その部分の対策を考えなければ話にならない。とはいえ、いくら遠縁の血縁関係を有していても、神楽坂家が四葉家の次期当主選定に口を出すのはあまり宜しくない。真夜と直接話した際もあくまで“相談事”としてのもので、悠元が真夜に命令したわけではない。

 

「我々がそう納得しても、今まで達也のことをそう扱わなかった使用人や四葉分家の現当主達は反対するでしょう。寧ろ、達也を世界から隔離しようとするかもしれません……それこそ馬鹿げてるとしか言えませんが」

 

 戦略級魔法に対するハードルを下げたのは間違いなく達也の[質量爆散(マテリアル・バースト)]と悠元の[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]だが、その相手がいずれも戦略級魔法を有する国家の軍隊だったため、已む無く使用した経緯がある。

 非魔法師からすれば、いつ飛んでくるか分からない恐怖に苛まれるわけだが、本来存在しなかった魔法師と非魔法師の調停役に不敬ながらも皇族を利用させてもらうこととした。イギリスでも王家を使って併存させようとしたのだから、同じ島国であるこの国が出来ない道理などない。

 

 それ以上にヒステリックな反応を見せたのは四葉分家の当主達だが、少なくとも四葉の復讐劇を聞かされて育っているにもかかわらず、真夜や深夜に対して心のケアを怠ったからこそ、達也のような存在が生まれた結果となったのだ。

 この世界では上泉家と神楽坂家も一枚噛んでいるが、既に魔法師社会の表舞台に立ってしまった達也を今更隔離したところで“もう遅い”。現に、『第一賢人』を名乗っているレイモンド・クラークは自分と達也が戦略級魔法の使い手であることを認識しているし、その父親であるエドワード・クラークも知っている体で考えていいだろう。

 仮にこの時点で達也を隔離したとしても、却って達也が『灼熱と極光のハロウィン』の片割れであることを暴露するようなもの。四葉分家の当主連中はこのことをしっかり認識すべきなのだ。

 

「ですが、自分は既にスポンサーの一つである神楽坂の次期当主。表立って介入は出来ません……なので葉山さん、ご相談があるのですが」

「お伺いいたしましょう」

 

 悠元は葉山とそこから30分ほど会談をした後、部屋を後にした。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 10月11日、木曜日。論文コンペまで残り半月となり、校内の騒がしさは俄然増したとも言える。昨年ほどの大掛かりな作業にはならないものの、魔法科高校にとっては九校戦に並ぶ一大イベントなため、結局は大騒動になっていた。

 

 プレゼンそのものはメイン執筆者である五十里が陣頭を取る形で追い込みに入っている。警備チームの訓練は服部に加えて元継が担当しており、京都への移動の手配はほのかと泉美、理璃が担当している。

 深雪は生徒会長として全体の進行状況を把握しており、必要に応じて生徒会から助っ人を派遣している。その助っ人は達也とセリアが担当することになり、加えて達也は警備チームの訓練にも参加している。生徒会の仕事でカバーできない部分は悠元が担っているため、原作に比べて達也の忙しさは大分緩和されている。

 

 その日の夜、京都市某所にて悠元はライディングスーツに身を包んで忍んでいた。その目線の先―――体感にして数百メートル先の川辺に周公瑾と名倉が相対している。その傍には夜の闇に溶け込みやすい服装をしている文弥と亜夜子もいる。

 

「悠元さん、周公瑾を討たなくていいのですか?」

「最終的にそうなるのが望ましいが、彼が単独で来ているとも言い難いからな」

 

 何せ、『伝統派』の協力を得ていたとしても、周公瑾は慎重に事を運ぶ行動方針というのは見て取れる。相手が名倉一人だからこそ周公瑾も一人で出向いているが、どこかに『伝統派』の魔法師が隠形で隠れていない保証など出来るはずもない。

 

「それで名倉三郎の回収とのことですが、生死を問わないのは何か理由がおありなのですか?」

「ちょっとした“実験”も兼ねているからな。流石に大っぴらに出来るはずもないし、無論文弥と亜夜子にも箝口してもらうつもりだから」

「寧ろ、私達の方が悠元さんに借りが多い立場ですから」

 

 二人のCAD関連もそうだが、文弥には更に改良した[ダイレクト・ペイン]を提供しており、亜夜子に関しても[極致拡散]と[疑似瞬間移動]の魔法改良をしている。加えて達也の恋愛事情にもそれとなくアドバイスしている立場の為、文弥と亜夜子からの評価は極めて高い。

 そんな会話が交わされている先では、名倉と周公瑾の戦闘が開始された。影獣を操る周公瑾と川の水から水の針を生成して対抗する名倉。[群体制御]を主とする旧第七研の数字落ち(エクストラ)である名倉の攻撃を周公瑾は巧みに回避する。

 

「決め手に欠けている感じですね」

「曲がりなりにも大陸の術士を手引きするだけの実力を有しているし、貢さんに深手を負わせた相手だ。それに、現代魔法師と古式魔法師では得意とする分野が変わってくる」

 

 速さと汎用性を求めた現代魔法に対し、古式魔法は現代魔法が忌避しがちな分野を得意とする。名倉が話術を織り交ぜながら周公瑾の隙を作ろうとしているのは、周公瑾が大陸の方術士である以上、昨秋で横浜事変に関わった陳祥山(チェンシャンシェン)呂剛虎(ルゥガンフゥ)が使っていた方術[鬼門遁甲(きもんとんこう)]を警戒してのものだろう。

 すると、周公瑾は徐に令牌を投げつけた。遅延発動型の影獣を2体発動させ、川の端にいる名倉を川岸の方向―――周公瑾に“近付く”方向へ飛ばせた。そして、周公瑾は影獣で名倉の腹部を貫いた。流石に[鬼門遁甲]と言えど万能ではなく、名倉の水の針によって周公瑾は多少の傷を負ってしまっていた。その光景には文弥や亜夜子が目を見開くほどだった。

 

「あれが[鬼門遁甲]……ですね?」

「周公瑾が名倉に集中していたからこそ見えてるが、奴がその気になればここら一帯の方角すら狂わすことが可能だ」

 

 周公瑾は名倉の近くに屈んで言葉を掛けていたが、名倉の心臓辺りが突然炸裂し、周公瑾に手傷を負わせた。流石に致命傷となり得なかったようで、周公瑾は黒い布を覆うように振るい、その場から姿を消した。

 

「[疑似瞬間移動]!?」

「いや、あれは方術の一種だな。闇に同化することで視覚を欺くためのものだ……少し様子を見よう。言っておくが、追いかけるのは禁止するからな?」

「流石に父さんですら追い詰めきれなかった相手を追いかけるのは自殺行為だと分かってますし、達也兄さんに迷惑を掛けてしまいますから」

 

 昨春で感じた気配―――周公瑾から感じる存在がある程度距離を取ったと確認したところで、悠元は森から出て名倉の死体を確認する。既に息はなく、死んでいると言っても過言ではない。

 それを確認したところで、悠元は胸ポケットからルービックキューブぐらいの大きさがある透明の立方体を取り出し、名倉の炸裂した心臓辺りに置く。すると、その立方体は名倉の血を吸い取っていき、川岸に広がった痕跡まで吸い上げた。

 ものの30秒ぐらいで立方体が血の色に満たされると、血が中心部に凝縮して淡い光を発し始めた。それを確認した上で悠元は立方体を拾い上げると、付着した血を魔法で綺麗にしてから胸ポケットに仕舞い込んだ。

 

「これでよし。あとは……警察に連絡しておくか。この辺の警察相手なら俺の名を出す方がまだ諍いもなく進むだろう」

「今更ながら、悠元さんの姓名が変わり過ぎて理解が追い付きませんよ」

「それは言わないでくれ。大体、爺さんの事だけでも満腹感でいっぱいいっぱいなんだから」

 

 三矢の家に転生したこともそうだが、母方の祖父である剛三が世界的にも名の知れた英雄で、しかも四葉の家とも縁が深い事情だけでもお腹一杯だというのに、そこから神楽坂家という存在を知るだけでなく、そこの次期当主となってしまった。

 俺はただ、四葉の家と敵対しないように仲良くやっていくつもりだけだったはず。それがどうしてこうなったのかと言えば……俺にも分からない、としか答えようが無かった。現実は小説よりも奇なり、とは本当によく出来ている諺だと感心を覚えた。

 

 文弥と亜夜子は四葉の迎えで一応宿(京都市嵐山にある神楽坂家系列の旅館)へ先に向かわせ、警察の聴取には悠元が立ち会った。

 形式上第一発見者である悠元は名倉が十師族・七草家と所縁のある人間であり、身元照会についてはそちらに尋ねる方がいいと説明した。警察の側はよもや古式魔法の大家である神楽坂所縁の人間が相手である以上、長時間の拘束は出来ないと判断して悠元の証言を全て信用した。

 悠元が宿に戻った後で文弥や亜夜子と夕食を共にし、事前に二人も公欠扱いにしたことも説明して、ゆっくり英気を養うように言い含めた。部屋は結局文弥の要望で三人が同じ部屋となった。理由は言うまでもなく、亜夜子の存在が大きかった。

 

「……文弥の言わんとしたことも理解できるな」

「理解が早くて助かります」

 

 四葉の魔法師とはいえ、流石に女子一人だけにするのは拙いが、彼女の同年代よりも成長している身体に加えて若干露出の多い寝間着姿。とはいえ、達也に恋慕している相手を横から掻っ攫う真似などしたくもないし、ただでさえ四葉の同世代から二人を娶る(深夜と水波は別枠扱い)ことになっている悠元からすれば、手を出す方が地獄を見る羽目になる。

 

「正直、文弥に見合う相手が出てくるのか不安ですが」

「それを言うなら、達也もちっとは手を出してほしくある……とか思ってるんじゃないの?」

「否定はしません。深雪お姉様から色々話を聞いていますけど、私にそこまで出来るかどうか」

 

 正直な話、深雪とのことは居候している事情が大きく加味しているし、切っ掛けは大半が深雪からのスキンシップによるものだ。達也でも止められない以上、彼女の機嫌を損ねないように対応しているというのが偽らざる本音だろう。

 尤も、思春期の男子としての肉体に精神が引っ張られてしまい、魅力溢れる女性に対して歯止めが掛からないのは他でもない自分の責任ではあるが。

 

「それで、同年代の男性から見て魅力的に見えますか?」

「まあ、そう見えるとだけ言っておくよ……帰ったら深雪のご機嫌取りは確定だが」

「……悠元さんも色々苦労しているんですね」

 

 嫌とは言わないが、加減は覚えてほしい……そう思わなくもない一晩を過ごすことになったのだった。

 




 結構展開をどうするか悩みました。主に名倉に関わる部分は軽はずみに蘇生すると厄介な問題を引き起こしかねないためです。今回持ち出したものの正体はこの後の展開で出てきますのであしからず。
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