魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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所詮は高校生の身分なので

「……雫、これはどうにかならんのか?」

「事情は分かってるけど、これは仕方ない」

 

 京都から朝一番のリニア列車で東京に戻り、鞄に入れていた第一高校の制服で登校したはいいものの、今日は天気も良かったので屋上で昼食を食べることにした悠元を待っていたのは、不機嫌な深雪だった。

 彼女とて悠元がどのような立場に置かれているのかを理解できないわけではなく、目を離すと何かしら増えそうな気がするからだと述べていた。なので、今日は悠元と深雪、雫に姫梨が屋上で昼食を食べることになった。悠元の隣で弁当を食べてはいるが、未だに拗ねている深雪に対してため息交じりに言葉を発した。

 

「全く、別に遊びに行ってるわけじゃないんだがな」

「……それは分かっています」

「仕方がないですよ、悠元」

 

 恋愛感情に希薄だった昔と異なり、今は流石に言葉を選んで相手と接することが多い。英美の件に関しては、本人との話し合いで友人関係で何とか決着させた。曰く昨年のブランシュの一件が大きく影響しているらしい。

 ただ、その件が片付いても来年正月あたりに公表する件で一悶着生まれるのは間違いないだろう。主に『クリムゾン・プリンス』絡みで。

 

「そうだ。詳しいことは後で話すことになるが、来週の土日に論文コンペの事前実地調査を行う。雫には悪いんだが、その間幹比古の代理を頼む」

「吉田君も同行するってこと?」

「彼もれっきとした古式魔法師だからな。それなりに融通は利くだろう」

 

 そして、事前に『九頭龍』を通す形で高槻家と四十九院家にも動いてもらうこととした。論文コンペ絡みで将輝が来ていたことを考えれば、同学年である沓子も動けるだろう。伊勢家の代理として姫梨も動くことになるし、深雪はコンペの宿泊先となるホテルの担当者との打ち合わせもある。

 

「分かった、ほのかのことも任せて。本人は同行したがっていたけど」

「直接戦闘することに忌避するのは仕方ないとしてもな……達也が言い含めたら奮起しそうだが」

「流石に、お兄様でもほのかにそのようなことはさせないかと」

「寧ろ、達也君が率先して片付けそうですね」

 

 それは確かに、と思いつつも悠元は話を続ける。

 

「まあ、いくら俺が現部活連会頭とはいえ、今のは提案事項に近い。正式なお願いは幹比古と達也から受けることになるから、そのつもりでいてくれ」

「……少し疑問に思うんだけど、悠元って人間?」

「止めて。爺さんのせいで人間という概念がバグりだしてるのは俺だって気にしてるんだから」

 

 雫がそう訊ねたのは単純明快で、生徒会室で手伝いをしている悠元が処理している書類が他の人と比べて明らかに速すぎるためだ。

 これにも理由があり、悠元が以前所属していた国防陸軍兵器開発部ではレリックの解析一つでも細かい許可や処理が求められ、時には一つの解析だけで数十枚の許可申請書やら解析報告書の提出を求められることが多かった。

 確かに国家機密レベルとなればそうなるのも無理はないが、解析のメイン担当に据えられた悠元はこの時の経験で身体強化魔法『自己並行加速(マルチタスク・アクセラレーション)』を修得するに至り、書類仕事をする際は無意識的にこの魔法を使用することが多い。結果、書類の処理スピードが人智を遥かに超えてしまった。簡潔にまとめれば、一種の職業病(ワーカーホリック)を拗らせた結果とも言えるが。

 

「大体、存在感を見せたところでパラサイトすら逃げる有様だぞ? 面と向かって人外扱いは正直傷つくわ。って、何で深雪は笑うかな」

「ふふっ、すみません……何と言いますか、流石悠元さんと言いますか」

「その内、悠元が神様になってもおかしくないですね」

 

 徳を積んだ覚えもないのに、勝手に祀り上げられるのは御免被る話だ。そんな話が出ようものなら、真っ先に潰すことも吝かではない。

 進人類フロントと対峙した時も似たようなことを言われて勧誘されたが、大体俺は最強の称号だってほしくもないし、別に世界の支配者になる気もない。大切な人たちを守り切るために磨いているだけであり、前世の面倒な関わりの影響もあって、より一層鍛錬に励んでいるだけだ。

 

 司波家での魔法制御訓練もその一つで、三矢家や上泉家にいた時からやっているルーティンを継続している。最近は達也や深雪、水波も一緒になって参加することが多く、それに加えて九重寺での鍛錬―――というよりも武術指導の一環で時折出向いている。

 ただ、達也と異なるのは八雲自ら達也に仕掛ける忍術などを試すことが多々ある。これの理由として八雲曰く「君のレベルだと僕ですら躊躇うのに、門下の弟子が相手をしたら全く歯が立たないからね」とのこと。

 弟子の心を折りたくないという八雲なりの気遣いは分からなくもないが、だからといって自分をその実験台にするのは神楽坂に関わる人間としていかがなものか、と疑問を呈したい。

 

「幹部クラスはおろか、構成メンバーにすら畏怖されてる始末だからな。念のため十文字先輩に聞いたら『俺の時もそういったことはあったが、それは深刻だな』と逆に同情されたわ……確実に姉らの功罪もあるんだろうが、大概の原因は一条だな」

「えっと……人のせいにしてしまうのはどうかと思いますが」

「でも、三高の『クリムゾン・プリンス』を二年連続で破ったのはれっきとした現実。その事実を聞いて尻込みしてる男子も多いみたい。深雪に対してのちょっかいが減ったのもそれが大きい」

「私としては、一条さんに感謝していいのか悩むところですが……」

 

 深雪がそう思うのも無理はない。何せ、将輝は深雪に一目惚れしており、悠元と深雪が仲良くしているのを目撃している。尤も、将輝からすれば二人が一高でも有名なカップルという事実はおろか、それ以上の関係にあることすら知らない。後者は仕方ないとしても、前者の場合は同じ魔法科高校なのだから知っていそうなものだ。

 ただ、そのことに関して真紅郎に確認したところ、将輝はその事実を全く知らないとのこと。曰く「将輝はまともに恋愛経験が無いからね」とため息交じりに返ってきたことから、こちらの事情をある程度は把握していると判断した。

 

「俺と将輝を一緒くたには出来んが、同じ十師族の直系だった状態で俺は告白したんだがな。ま、父親からの後押しもあった訳だけど」

 

 元々三矢の家を継がないことは転生して数ヶ月経った際に元から問い詰められた中で決めたことだが、その過程で魔法技術を編み出して(この世界の魔法の仕組みとも言うべきだが)は兄や姉達に教え、加えて侍郎を密かに魔改造した挙句、詩奈に関してはCADの提供のみならず、新陰流剣武術の絡みで武術の面倒を見始めている。

 三矢の本家には矢車家に嫁いだ詩鶴がいるために時折出稽古の形式で面倒を見ているわけだが、聴覚魔法制御技術を教え込んでからの詩奈の成長は目を見張るものがあり、特に魔法面では侍郎すら超えた素質を発揮している。元治よりは少し多めに影響を受けているとはいえ、三矢の名に恥じない実力を身につけつつある。それを見た侍郎が危機感を募らせて鍛錬に励み、構ってくれないことに詩奈が拗ねて侍郎が謝るところまでワンセットとなりつつあるのはいい傾向かも知れない。

 

 兄離れは少し寂しいが、あまり兄に依存されて嫁ぎ先を失うという女性としての幸せを奪うよりはマシだと思う。こんなことを考える辺り、シスコンの気があったのは間違いないと心の中で苦笑した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 放課後、達也の忙しさの合間を縫う形で幹比古が直通階段経由で生徒会室に入ってきた。直通階段を使い慣れていないというのもあるが、幹比古としては達也に対する申し訳なさも含まれていた。

 

「失礼します」

「時間通りだな、幹比古」

「達也があれだけ忙しそうにしていたら、遅れる方が失礼だろうからね」

 

 幹比古と達也のやり取りを聞いた深雪が「皆さんが吉田君や悠元さんのような心掛けでいてくれると助かるのですけれど」とぼやき気味に呟いたため、これは司波家でのフォローがまた増えることになると悠元は内心で溜息を吐いた。

 ただでさえ達也は論文コンペ関連で各所に駆り出されたりしている。その達也からすれば、深雪のフォローを一手に担ってしまっている悠元の方が忙しいだろうと思っているわけだが、その問答を後回しにして本来の議題に入ることとなった。

 それは、論文コンペの警備のために一度京都市へ出向いて実地調査をするというものだった。

 

「早速打ち合わせを始めよう」

「そうだね。今日打ち合わせをお願いしたいのは、論文コンペで現地の警備に関する下調べです」

 

 幹比古は大きな電子ペーパーをテーブルに広げると、映し出されたのは京都市の市街地が表示された地図。原作だとここにはいない部活連関係者だが、悠元が現会頭であるためにその辺の問題も解消された形となる。

 

「当日の警備は服部前会頭が準備を進めていますから、ここでの打ち合わせの結果は神楽坂会頭から伝えてくれると助かります」

「了解した、吉田委員長。生徒会の方もそれで異存はないか?」

「ああ。それでお願いするよ、神楽坂会頭」

 

 ここにいるメンバーでは、達也と深雪、水波と幹比古にはここでの打ち合わせに関して事前に擦り合わせを行っている。セリアに関しても既に話を通しているわけだが、今回の調査で理璃にも同行をお願いせざるを得なかった。今後も見据えた論文コンペに関わる現地担当者との顔合わせが最大の理由だ。

 残るは、事情を知らないほのかや泉美に不自然がられないように話を進める必要がある。

 

「ここが会場となる新国際会議場」

「随分街のはずれにあるのですね」

「街の真ん中で会議をやってほしくないっていう地元の意見が強くてね」

 

 その根底にあるのは昨年の論文コンペ重なる形で起きた横浜事変が一番大きい。ましてや、京都は外国人の出入りが多い大阪にも程近く、大亜連合と休戦状態とはいえ二の舞を警戒するのは致し方ないことだ。

 

「昨年の横浜が大変なことになったからな。地元の住民が不安がるのも無理はないが……ただ、この場所は民家こそ疎らだが、北部には森が広がっている。そこに即席の拠点を作っていても不思議ではないな」

「そこまで警戒するんですか?」

「鳴りを潜めている人間主義の連中がちょっかいを掛けないとも限らないからな」

 

 一番そうなりそうなのは『伝統派』の古式魔法師だが、人間主義者が出没しないとも限らない。『伝統派』を上手くダシに使う形で魔法の危険性を煽ることだって十分に考えられるからだ。尤も、そうなった場合は彼らの資金源を根こそぎ奪いつくすだけだ。

 

「九校戦の時も基地のゲート前で人間主義者のデモがあったぐらいだからな。加えて昨年のことも鑑みれば、会場近辺だけに危険が潜んでいるとは考えづらい」

「つまり、より広い範囲を調べておく必要があるということですね?」

「その意見には賛成だな。俺たちは所詮高校生でしかないが、それでもやれることはやっておくべきだろう」

 

 達也の言葉にはほのかと泉美、それと水波から疑念も入り混じる視線を向けられたが、達也はそれをそのままスルーして話を進める。流石に達也が“所詮”という言葉自体似つかわしくないのは正しい反応だと思うが。

 

「下調べに行くメンバーはどうする?」

「僕が行くよ。代理は北山さんにお願いしようと思う。悠元はどうするんだい?」

「俺も行くが、少なくとも別行動になる可能性が高い」

 

 悠元が別行動を起こす理由は事前に達也らへ説明しており、とりわけ悠元の今の名字である神楽坂の名は京都において知らぬ者はいない存在。昨日の警察とのやりとりでもそれを実感しているだけに、達也らとは別行動をするのが理に適っていると判断した。

 

「分かったよ。それと、達也にも来て欲しい」

「ああ、分かった」

 

 幹比古と達也が同行するのは既定路線で、そこに加わる形で深雪が声を発した。

 

「お兄様、宜しければ私もご同行したいのですが。皆さんが泊まるホテルの担当者と直接打ち合わせをしておきたいのです」

「深雪が態々行かなくても、そんなことなら私が」

「ほのかには移動や予算のことでお願いしている件があるでしょう?」

「そ、そうだった……」

 

 ほのかとしては、達也と一緒に行きたそうにしているのが見て取れた。泉美も羨ましそうにしている様相が見て取れたのか、深雪がにこやかに微笑みつつ泉美に対してお願いの言葉を投げかける。

 

「泉美ちゃんには私が行っている間、副会長として代理をお願いしたいのだけど」

「お任せください!」

 

 原作ほどではないにせよ、深雪の言葉にやる気を見せている泉美。敢えて水を差す必要もないと判断しつつ、日程を詰めることとなった。

 

「調査の日程だけれど、コンペの前の土日―――20日と21日でどうだろう?」

「妥当な線だな」

「ふむ……なら、俺は18日から公欠を貰って京都入りした方がいいな」

「え? そこまでするのかい?」

 

 幹比古が思わず首を傾げたが、これにはちゃんとした理由がある。

 只でさえ京都は大小含めると数多くの寺社が建立している地であり、主だった場所に限定しても挨拶回りだけで丸一日を平気で潰しかねない。というか、確実に一日で済むとは思えない。

 単なる挨拶だけで済めばいい訳だが、『伝統派』がこちらの動きに気付いて刺客を放ってくる可能性もある。事前調査を前に少しでも『プラスワン』の要素となりうる目を潰すのが一番手っ取り早いと判断した形だ。

 

「宿は母上の伝手があるから、そっちに泊まることにする……で、何故視線を向けられる羽目になるんだ?」

「いや、あまり積極的に動こうとしない悠元らしからぬと思ってな。悪いものでも食べたか?」

「俺は至って正常だよ、達也」

 

 周公瑾の絡みで学校を公欠にするのは風聞が憚られる問題だが、これを解決したのは悠元というよりもすでに卒業した美嘉絡みの要素が大きい。校長の百山としては自慢とも言える一科生と二科生のシステムにケチをつけられた形だったため、あまりの怒りで彼女の祖父である剛三迄引っ張り出してしまった。

 ここに当時生徒会長だった佳奈まで加われば、この時点で上泉家・三矢家対百山家の構図が書きあがったも同然だった。その話を遥経由で聞いた後に元から改めて聞き出したところ、当時のことは元だけでなく詩歩ですら怒り心頭だった。自分がそこまで詳しくなかったのは、当時長野の姓を名乗っていたのと上泉家で暮らしていたためだ。

 更に付け加えれば、ブランシュの一件で二科のシステムの弱点を完全に露呈された形となったわけだ。原作知識で知っていたとはいえ、自分が入学した段階でそうなったのは皮肉と評するほかないが。

 

 更に付け加えると、中学2年に進級する時点で魔法大学模試の合格ラインを満たすだけの結果を出しており、この事実は第一高校にも通達されている。他の追随を許さない成績を挙げている人間ともなれば、百山と言えども拒否することなど出来ないらしい。別の言い方をすれば「あまり関わりたくないから許可している」のかもしれないが。

 




 優等生アニメも放送開始日が決まったので、少しペースアップしていきます。とはいっても不定期更新なのは変わりませんのでご了承ください。主にリアル仕事のせいですが。

 事前に主人公が雫に頼みごとをしているため、そのあたりの話もスムーズに進みます。正直なところ、小説や漫画を見ていても原作の五十嵐会頭が何をしているのか読み取れないんですよね。なので、主人公の動きは割と自由裁量の側面が大きくなっています。

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