魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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見られる歪み

 生徒会室での話し合いは水波が達也らの宿泊を手配することで決着した。泉美はそれを聞いて頭を抱えていて、恐らくは深雪から頼まれたことへの葛藤もあるのだろう。その辺は泉美本人で納得してもらう他ない。

 その後、実験棟へ立ち寄って雫に改めて幹比古の代理をお願いし、帰宅の途に就いた。

 

 キャビネットで悠元は情報端末に目を向けていたが、その中の京都方面のローカル版ニュースに名倉が殺された記事が掲載されていた。悠元の表情に気が付いた深雪が声を掛けた。

 

「悠元さん、どうかしたのですか? 何やら事件の記事のようですが」

「ああ。京都で殺された名倉三郎という人だが、同姓同名でなければ七草家のボディーガードをしている人間だ」

「七草家の……悠元、偶然だと思うか?」

「偶然にしては出来過ぎのレベルを超えてるよ、達也」

 

 達也らは知らないが、悠元は名倉が殺された場を目撃している。達也が知らないところを見るに、文弥と亜夜子に頼んだ箝口がしっかり効いている証左とも言える。ここら辺の事実は追々明かさざるを得ないが、今は口に出来ない歯痒さを内心で感じている。

 

 九島家ならばともかく、関東地方を守護・監視している七草家の関係者が京都で殺されたのは明らかに違和感しかない。彼が数字落ち(エクストラ)の一人とは言え、十師族の一角に重用されるほどの実力となれば、彼を殺せるだけの実力を持つ者は限られてくる。

 それこそ、黒羽の部隊を退けた周公瑾クラスの実力者でなければ―――と、達也はここまで推察するだろう。尚、名倉の素性に関しては昨秋に真由美の護衛という形で駅まで送った後、深雪の機嫌を直すついでに説明している。

 

「……実は、泉美ちゃんから内密に相談を受けていた。名倉三郎から“死の気配”のようなものが見えた、とな」

「死の気配、ですか?」

「現代魔法というよりは一種の予知に近いが、香澄ちゃんも双子特有の感覚で察していた」

 

 原作では真由美単独で動いていたが、名倉をそれとなく知っている香澄と泉美も動くことは想像に難くない。だが、悠元は今春に七草家を訪れた際、周公瑾に関する約定を真由美の目の前で弘一と取り付けている。いくら真由美が家の意向と関係なく動くとしても、彼女が七草家の長女である限りはその約定を無視できない。

 この先の展開を考えると、真由美が協力を求めてくる可能性が少なからず出てくるだろう。そう思い、悠元は記事を閉じて素早くメールを打ち込み、送信したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その晩、名倉の死を警察からの身元照会で知った真由美は七草家で弘一を問い詰めた。だが、弘一はまともに取り合おうとせずに「お前には関係のない話だ」と一蹴してしまった。

 弘一とて真由美の性格を知っている以上、ある程度の情報を開示して納得するように話をするべきだった。だが、今回の一件は七草家の“我が侭”で引き起こしたようなもの。ましてや、真由美本人の前で神楽坂家の当主代行と結んだ条件を反故にした形だ。

 さしもの弘一でも以前泉美の婚約破棄で泉美本人から「親子の縁を切る」という事態にまで発展しかねなかったからこそ、真由美に対して情報を開示することは当主のみの権限という形で誤魔化した。

 

 だが、真由美は納得できなかった。

 そこまで親身という間柄ではなく、名倉は真由美に対して慇懃な態度で、一人の使用人として接していた。真由美からすれば気味が良くない相手なのは間違いなかったが、自分の父親が命じた仕事で死んだ。いや、“殺された”と真由美は思っている。

 

「真由美ー……こりゃ重症だね。お湯でも持ってくる?」

「片付けが面倒になるからやめておけ。真由美、少ししゃんとしろ」

「え、あ、うん。ごめんなさい。あと、つぐみんは何でお湯を持ってこようとしたのか教えてくれるかしら?」

 

 翌日のお昼時。魔法大学のカフェテリアでは、真由美と亜実、そして摩利の三人がいた。只でさえ露出が少なくない服装の十師族・七草家令嬢である真由美が少し際どい恰好で儚げな表情をすれば、それこそ周りの目線がこちらに向くことになる。

 

「気分をスッキリさせるのなら熱湯がいいかなって」

「温度によっては火傷ものじゃない」

 

 なお、摩利は防衛大の教練をサボっているわけではなく、魔法大学には防衛大における魔法師の士官を育成する学科(防衛大特殊戦技研究科と呼ばれる)に所属する学生から大学側が選抜したメンバーが週に一回のペースで魔法大学へ聴講に訪れる制度があり、摩利はその制度に選ばれて魔法大学へ聴講をしに来ている。

 冗談はさておき、亜実は遮音フィールドを展開しつつ冗談を止めて真由美に問いかけた。すると、フィールドが張っているにもかかわらず、真由美は手で口元を隠す様な形で話し始めた。

 

「……なら、真由美は何で悩んでるの?」

「ボディーガードの名倉さんはつぐみんと摩利も知ってるわよね?」

「ああ、何度か顔を合わせてるからな。その人がどうかしたのか?」

「―――殺されたの」

 

 サラッと言い放ってしまった真由美に対し、自分の身の危険云々はどうだったのかという疑念を摩利や亜実は抱いた。それを察したのか、真由美は付け加える形で言葉を続けた。

 

「でも、帰り道に私が襲われた訳じゃないの。父の仕事で京都に行ったらしく、そこでね……」

「お悔やみ申し上げます」

「……ありがとう」

 

 親密とまではいかないものの、友人の知り合いが亡くなったことに対して亜実と摩利は死者を悼む心を言葉で示した。彼に対する黙禱なのか、少しの間を置いて摩利が真由美に尋ねた。

 

「それで、真由美はどうしたいんだ? まさかとは思うが」

「弔い合戦をしたいわけじゃないの。ただ、このままにしておくと間違いなく何かしらの代償を支払わないといけなくなる気がするの」

「代償? 誰に?」

「それも分からないのよ」

 

 以前、十山家が悠元を誘拐しようとした件に関して七草家はその動きを無視して上泉家の不興を買った。それに加えて三矢家と秘密裏に結んでいた妹の婚約が破棄となった。その時ですら結構開示された情報が今回の場合だとかなり制限されている。

 確証があるわけではない。だが、ここまで開示しないとなれば今春に自分の目の前で悠元と父親が交わしていた約束にも大きな影響が出かねない―――そんな気がしたのだと言いたげに、摩利と亜実の問いかけに応えた。

 

「でも、摩利は忙しいんでしょ? 防衛大のカリキュラムはチラッと見せてもらったけど、相当自由が無いし」

「そうだな。亜実はどう思う?」

「うーん……十文字君に相談するとかかな。あとは、美嘉先輩か佳奈先輩あたりがいいかもしれないね」

 

 亜実がここで魔法科高校を対象に含めなかったのは、自分の恋人(既に婚約者なのは周知の事実だが)が論文コンペの発表メンバーの護衛を務めていることを知っているためだ。これには摩利が小声で亜実に尋ねた。

 

(亜実、達也君や悠元君の名を出さなかったのはどうしてだ?)

(確かに今年のコンペは京都だけどさ、ある意味七草家の身内事に彼らを巻き込むのはどうかと思うよ?)

 

 今回の場合は、あくまでも真由美の私用でしかない。別に七草家当主代理として名倉の遺品を引き取るようにも言われていないため、すでに卒業した魔法科高校の人間をあてにするのはどうかという思いもあった。

 

(まゆみんの個人的な事情に態々時間を割かせるんだよ? 何も対価なしにボランティアみたいなことをさせたら、七草家の品性が疑われかねないと思うんだよね。摩利の家だって、今は三矢家の外戚なんだし、そこら辺はもう少し自覚を持つべきだよ)

(そうだな……)

「……よし、ここはお姉ちゃんとして弟の交友を見る意味でも」

「って、何言ってんじゃい!」

「きゃうんっ!?」

 

 亜実と摩利が小声で話している間、何かを決意したように立ち上がって話し始める真由美を強制的に座らせる意味で亜実のチョップが真由美の脳天に直撃した。あまりの痛さに頭を抱えて涙目の真由美に、若干息を荒げている亜実。そして、相談する相手をしっかり決めるように言い含めようとした摩利の姿がそこに存在しているのだった。

 そこに加わる形で姿を見せたのは、珍しく一人でいた美嘉だった。

 

「―――で、弟の交友絡みを何で他の家の人間であるまゆみんが見るって訳の分からないことになってるのよ。第一まゆみんは悠元と婚約もしてないのに」

「はい、仰る通りでございます」

(ねえ、摩利。やっぱりこれって……)

(だな。本人に忠告したところで誤魔化すのが関の山だが)

 

 真由美が何を考えたのかというと、論文コンペの警備はモノリス・コードの優勝者―――今年の場合は前会頭である服部が受け持っている。かつては同じ生徒会役員として一緒に仕事をした間柄なので、そこから現部活連会頭である悠元に協力を仰ごうとしたようだ。

 

 美嘉は悠元と深雪が付き合っている(婚約している)ことを知っており、九校戦を期に知り合った時から悠元に対する恋愛感情のようなものに気付いていた。既に十師族でない悠元の恋人に家格という概念が必要なのかはさておき、深雪の魔法師としての実力を見れば、悠元の婚約者となる資格は十二分にあると判断した。

 真由美が意図的にそうしているかはさておくとしても、十師族に他の魔法使いの婚姻事情にまで首を突っ込む権限などないはずだ。

 

「で、事のあらましの予想は付くけれど、名倉さんの事?」

「っ!?……どうして分かったのですか?」

「あのね、私だって面識ぐらいあるのはまゆみんだって知ってるでしょ。ま、偶々ニュースを見ちゃってね」

 

 美嘉は偶々京都方面の観光特集を見ていたのだが、そこで京都方面の治安を見ようと最近のニュースを調べたところで名倉の記事がヒットした。流石に同姓同名の人間を知っているため、真由美に確認したところで見事に繋がったという形だ。

 

「それで、悠元に協力を仰ごうとしているようだけど……正気で言ってる?」

「え? ダメですか?」

「……あのねえ」

 

 美嘉が案じたのは悠元の七草家に対する印象の問題だ。

 昨年正月の十山家のことに加え、今春のメディア関連の問題。そこに加わる形で今回は悠元の周辺に探りまで入れている。美嘉も自分の父親から聞いた話が殆どだが、これで七草家に好印象を持てという方が極めて難しい。

 内密に泉美との婚約を結んだことで、七草家はそれを利用して増長したのかもしれない……婚約のこと自体も元から聞いているが、時折連絡を取っている弟の疲れたような表情を見る限り、不本意な部分もあるが受け入れざるを得ない心境だと悟った。

 

「十山家の一件だけでも嫌われる要素満載なのに、悠元が穏便に済ませてくれる好意に甘えすぎだよ、まゆみんは。いや、この場合は七草家全体と言うべきでしょうけど」

「なら、どうしたらいいんですか? このまま狸寝入りをしろと?」

「……十文字君は?」

「いや、流石にそれは……」

「でしょうね」

 

 十文字家のことに関しても、理璃絡みの一件で迷惑を掛けてしまった立場。これ以上下手なことは出来ないと鑑みた場合、そうなると真由美の脳裏に一人の人物が浮かび上がった。

 

「なら、達也君あたりなら話ぐらいは聞いてくれるかもしれない」

「……まあ、好きにしたら?」

 

 達也は昨年の論文コンペで発表メンバーに急遽代理として選ばれた。そのことを鑑みれば、忙しい立場かも知れない。ある意味自分勝手に物事を進めている真由美を見て、ある程度納得できたところで放置する方向に舵を切った美嘉であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 10月14日、日曜日。達也が横浜の日本魔法協会支部を訪れていた頃、悠元は『神将会』で使うスーツを身に纏い、都内の高級料亭を訪れていた。いくら内緒話をするとはいえ、前世ではいち庶民だった身分からするとあまり信じられないという違和感が拭えない。

 そんな自分自身の事情はともかく、先に到着して座っていると襖が開いて一人の偉丈夫が姿を見せる。頭はツルリと剃り上げられているが、高級スーツを纏う初老辺りの風格を持つ人物。若き頃は見るからに偉丈夫と呼ばれていたであろう風格に加え、白く濁った左目が妙な威圧感を与えてくる。

 

「急な呼び出しをして済まぬな、神楽坂悠元」

「いえ、平日に呼び出されないだけ配慮していただいたと解釈しております、東道殿」

 

 この国を裏から見つめ、時にはその力を揮う者たち。この国の「表」の秩序が「裏」の力―――怪異や妖魔、道を外れた魔法師や異能者の力で乱されないよう、退治や封印、排除すること。

 その組織こと『元老院』の最高格である四大老(しだいろう)の一角を担う東道(とうどう)青波(あおば)(表向きは世俗と関わっていないことを示すために出家しており、青波(せいは)入道と呼ばれることもある)。その四大老には神楽坂家と上泉家も含まれており、各々の名を継ぐということは四大老の座を継ぐことにもなる。

 彼なりの謝罪の言葉を聞きつつ悠元は座るように促すと、青波も軽く頷いて悠元の向かいの席に座ったところで改めて口を開いた。

 

「そうか……娘から事情を聞いているが、周公瑾は厄介な輩のようだな」

「流石に黒羽の部隊に協力は仰ぎましたが、今この状況で排除するのは得策ではないと判断しました。七草家お抱えの部下ですら手を焼く相手ですから」

 

 青波も名倉に関しての情報は既に集めていたようで、特に驚くようなそぶりは見せなかった。ただ、主として動いている四葉家を妨害するような動きに関してはスポンサーである立場からして許容できる範囲を超えつつあるようだ。

 

「その辺の采配は全て任せる。七草に関してだが、こちらから特に干渉は必要と考えるか?」

「逆効果かと。現当主である七草弘一が四葉を諦めない限り―――次の当主が前妻の子に変わったところで、確実に裏から口を出すのは間違いないと断言します」

 

 もしかすると、七草弘一は元老院入りを目指しているのかもしれない。流石に四大老こそ難しいが、元老院に選ばれたとなれば他の十師族―――四葉家よりも上の立場へ抜きん出ることとなる。

 原作だと真夜はもとより、烈も少なからず知っていた。十師族でも当主クラスにしか知らされていない秘密だからこそ、七草家は『元老院』の一角たる神楽坂の力を早とちりして名倉を動かしたのかもしれない。

 

「仮にも四大老の一角を担う神楽坂との約定を軽んじたペナルティは彼らにきっちり支払って頂きます。なので、他の四大老の方―――樫和(かしわ)殿には“余計な口や手を出すな”とだけ言い含めておいてください」

「相分かった。……一つ聞きたいが、貴殿がそこまで彼を敵視する理由は何だ?」

「敵視ですか……そう言ったとしても不足気味な気はしますが」

 

 現状の四大老は神楽坂千姫、上泉剛三、東道青波、そして樫和(かしわ)主鷹(かずたか)の四人で構成されている。悠元自身としては樫和に含むところなどない―――いや、“なかった”と言うべきなのかもしれない。

 

 悠元自身、原作になかった十山家の襲撃に関して事細かに調べる必要があった。原作だと深雪や水波を間接的に襲撃した十山家の行為自体、十師族への叛逆行為と見做されるに等しいことを平然とやったのだ。いくら国家防衛の裏側を担うとはいえ、師族同士を平気で争わせる行為など国家の力を削ぎかねず、明らかに褒められたものではない。

 

 師補十八家の一つである十山家の行いを本来咎めなければならない七草家はともかく、同じ第十研である十文字家ですら咎めなかったのはおかしいと思い、国防陸軍の功績で築いた情報網で入念に調べた。

 その結果、十山家もとい国防軍情報部にその指示を下した黒幕―――樫和主鷹の存在が浮上した。だが、当時は『元老院』のことを詳しく知らず、剛三に対して迷惑を掛けるべきではないと判断して調査を打ち切った過去がある。その辺は前世での経験からくる引き際のラインを踏まえての行動であった。

 

「簡潔に述べれば、昨年正月の国防軍による襲撃を指示した可能性が極めて高かったから、ですね。流石に刺客を差し向ける様な愚かな真似はしないと思われますが、それでも信用できないためです」

「そうか……そのことは胸の内に秘めておこう」

 

 悠元自身、最悪殺すことで背負うことになる気苦労を考えたくなどない。だが、自身の生死に直結しかねない問題となれば座視など出来ない。樫和の繋がりの中には百家最強と噂される十六夜(いざよい)家の存在もあり、この繋がりから余計な問題が起きてほしくなどないと願いたい悠元に対し、青波は力を持つが故の苦労を知っているためにその発言を口外しないと断言したのだった。

 




 原作だと二人だけだったので、亜実と美嘉を追加しました。そして、主人公と青波のシーンをオリジナル要素で追加。
 国防軍情報部(十山家)については、いくら超法規的活動が可能だとしても強力な後ろ盾が無いと成立しえないため、そのヘイト役という形で原作続編より設定を活用しています。

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