魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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 今回は切るタイミングが掴めなかったので長め。


逃げ道まで塞がれる周到さ

 10月18日、木曜日。本来ならば学校がある日なのだが、悠元はリニア列車に乗って京都へ向かっていた。下手に多人数で行けば却って目立つことに加え、神楽坂家としての仕事もあるために学校へ公欠願を出していた。

 百山は最初、あまり良くない表情を垣間見せていたが、悠元自身の実績に加えて元実家である三矢家絡みを勘案して渋々納得した。そこに加えて今春の神田議員がアポなし訪問で応対したことも原因の一つであるが。

 

 悠元が独自に調べた限りでは、周公瑾は既に京都北部方面から離れている。名倉の一件もあって慎重に動いているのは間違いないようだ。京都の『伝統派』は周公瑾が招いた大陸の方術士を取り込んでいるところもあるが、静観を決めている一派も存在する。

 

「単にそれだけなら、別に速く動く必要もなかったけどな」

 

 皇族を守護するためとはいえ、既に京都という父祖伝来の地を1世紀以上離れている神楽坂家は自ら進んで関わりを持とうとはしない。その最大の理由は九島家による古式魔法師への一種の“冷遇”―――と思っているのは、望んだ力を得られなかった古式魔法師たちだけだが―――が大きく尾を引いている。

 

 九島家先代当主こと九島烈の実弟である九島健。表向きは魔法に関する教育システムの対立でUSNAに事実上の国外追放を食らったが、大体その程度の対立で今後の魔法技術の発展に有益な人物を平気で国外に出す方がおかしい。政府ですらまともに反対しなかったのかと疑問を浮かべた。USNA(旧合衆国)が工作した可能性も捨てきれないが。

 この世界の場合だと九島烈が弟へのコンプレックスのために強化措置を受けて成功し、軍人魔法師としての実力を発揮しただけでなく、烈に協力的なシンパを集めて健を国外に追いやることで九島家当主の座を勝ち取ったのだ。

 

 何故ここで九島家の話を出したのかといえば、悠元が早く動く理由の一つはその九島家絡みであるためだ。厳密に言えば光宣絡みなのだが。

 九島烈から光宣の治療を頼まれたが、慎重に事を運ぶ必要がある。幸いにして、今年は京都で論文コンペがあるため、いくら病気がちの光宣でも京都であれば生駒から比較的近いので問題ないと踏んだ。そして、『伝統派』で比較的穏健な組織は分かっているため、彼らに協力してもらうつもりでいた。

 ただ、自分が早めに動くからと言って光宣に強要するつもりなどなく、光宣には予め今週末で動けないかと打診しているため、今更予定を急に変更させる気もない。

 

 更に付け加えると、『聖天八極護法式陣(せいてんはっきょくごほうしきじん)』をトリガーとして京都市全体に『聖域』を復活させる腹積もりでいた。これは将来奈良と京都の『伝統派』が仮に対立したとしても、防御を整える意味合いがある。正直に言えば『伝統派』の力を分断することで取り込みやすくするためだ。

 

(問題は、光宣を九島家から切り離した後だな)

 

 悠元は最初、光宣と響子の仲の良さを勘案して藤林家に送ろうかと考えたが即座に却下した。何故ならば、光宣の血縁上の母親は藤林家に嫁いだ九島家当主の実妹。光宣の出自のことが九島家の中でどこまで知られているかは不明だが、少なくとも遺伝子提供をした側には知られている可能性が高い。光宣もその様子を訝しみ、いつかは自分自身の出自に勘付くだろう。

 そうなると、光宣を引き取るにはあらゆる条件が付きまとう。それこそ下手に著名な家に送り込めば、九島家に残った光宣の兄や姉らが妬むだろう。不幸中の幸いにして、この世界の光宣は悠元という存在を目標にしているためか、十師族という軛にあまり拘っていない様子が見られた。

 

 悠元の知己を通して軍人家系の家に送り込むことも考えたが、これも却下した。何せ、国防軍における九島烈の名と影響力は未だに根強い。何せ、烈を熱心なまでに慕っている部隊まであるほどに。そこに九島烈の孫である光宣を送れば、彼を旗頭にすることなど分かり切った話だ。

 国防軍自体を全面的には信用していないが、諸外国のことを考えた時に国防の力を分断せしめるような真似など望んでいない。なので、光宣を治療して九島家から切り離した後は暫く上泉家で預かってもらい、肉体面も含めて鍛え上げてもらうつもりだ。剛三も昔の誼を考えれば光宣を鍛えることに異存はないだろう。

 

「―――それで、何故安宿(あすか)先生が同行しているのかお伺いしたいのですが?」

 

 そう、四人が座れる席に悠元が一人きりで占拠しているわけではなく、悠元の向かい側に座る形で第一高校の保健医をしている安宿(あすか)怜美(さとみ)がゆったりとした私服姿で座っていた。

 

「神楽坂の御当主様の命でね。悠元君のサポートをして欲しいって」

「いや、平日の学校に保健医が不在なのは拙いかと」

「そこは大丈夫よ」

 

 確か原作だと既婚者だった筈なのだが、この世界だと未婚者となっている。以前二人きりで会談された際に安宿家が悠元の婚約者に怜美を押す方向で乗り気だと聞いているし、高校に入ってから月に1、2回あるカウンセリングでも遥に代わっている始末だ。

 尚、遥個人としては怜美が悠元の相手を受け持ってくれたこと自体嬉しかったようで、三矢の人間が今までに積み上げてきた功罪もあって、他の教職員から過保護とも言える様な扱いをされていたらしい。

 

「何を以て大丈夫なのかは聞かないでおきますが、正直一杯一杯ですよ。特に婚約者絡みは」

「あら、聞いたところだと司波君のお母さんを愛人にしたそうじゃない」

「最終的に受け入れたのは認めますが、母上に内堀まで予め埋められて拒否なんてできませんよ」

 

 深夜の件は自分にも責任はあるが、その当時はれっきとした人妻だったので絶対に手を出せないのに向こうから積極的にスキンシップを取ってきたのだ。元々政略結婚の体だったので恋愛感情が無かったのは仕方ないにせよ、一歩間違えれば寝取ったようなものだ。

 怜美が深夜の件を知っているのは千姫から聞き及んでいるのだろうと思っていると、怜美は思いもよらない爆弾発言を投下した。

 

「なら、愛人がもう一人増えても誤差の範囲内ね」

「……今何と?」

「私が愛人2号になるってこと。いつでも手を出していいってことよ」

「倫理観はどこに行ったんですか。貴女、保健医と言えども教師でしょうに」

 

 この場合、自分がおかしいのだろうか? とは思ったが、即座にその考えを振り払った。確かに神楽坂家の人間として『九頭龍』の家と繋がりを持つことは必要だろうが、何も婚姻とか愛人に拘る必要なんてない筈だろう。そう疑問に思っていると、怜美が笑みを零しつつも説明してくれた。

 

「悠元君は知らないから無理もないでしょうけど、内密に婚約の申し入れをしている古式魔法の家が多いのよ。その中には『伝統派』に繋がりそうな家の娘もいたりしてね」

 

 神楽坂家の家柄を考えれば怜美の発言も腑に落ちる。ただ、悠元の出自が十師族にも係っているため、それで二の足を踏んで様子を見ている家も多いらしい。こちらとしては寧ろこのまま引き下がってくれた方が必要以上の気苦労を負わずに済む。

 それに、同年代の古式魔法の家柄に生まれた男子が自分だけではないのだから、そういった連中からの妬みを買いたくないのが偽らざる本音だ。『伝統派』に繋がりそうなところは尚更御免というもの。

 

「流石の俺でも嫌です。古式魔法に連なる家の男子は俺一人だけしかいないわけではないでしょうに」

「それはそうなんだけれど……やっぱり、不安?」

「火種を自ら進んで抱える気なんてありませんから」

 

 優れた魔法師ほど優れた容姿になる―――というのがこの世界の概念だが、現に十師族の名を隠していた小学・中学時代もラブレターはそれなりに貰っていた。とりわけ中学2年になって雫やほのかと同じ学校に通うこととなってからは、それが原因で雫がえらく不機嫌になったことがあったりした。

 学校生活では魔法云々のことを極力触れないようにしていたし、剣道部の一件を除けば帰宅部で大人しく過ごしていた。万が一のことを考えて魔法に頼り切らないことを念頭に置いていたのもあるが、変に目を付けられて自分が十師族直系だとバレないためでもあった。

 別に勉学や運動で目立つような動きはしていないのだが、今にして思えば深雪や雫から散々言われた“ジゴロ”のような有様だったのは否定できない。だが、そのことで自分の婚約者に立候補するのはまた別の問題だと思う。

 

「姫梨や雫、夕歌さんの件だけでも十二分に配慮はしているつもりなのですが……それでも足りないと?」

「悠元君と縁を結ぶことが出来れば、神楽坂家の力を借りられるかもしれない―――なんて考えている家も少なくないでしょうね」

「そんな単純にしか考えられない馬鹿ばっかりですか? いっぺん滝行で心頭滅却してから出直して来いと突き返しますよ、俺は」

 

 “(ちから)”というのは、人を簡単に狂わせる一種の精神干渉系魔法のようなもの。その一端を前世で散々味わったからこそ、神楽坂家としての力の使い方には細心の注意を払っている。それを分からずに擦り寄ってくるのであれば、家ごと勝手に潰れてもらった方が寧ろ支払うコストが安く済むというものだ、

 ただ、それにも幾つかの例外が生じてしまっているのも悩みの種の一つである。

 

「大体、現時点でセリア―――血縁だけとはいえ九島家の縁者と婚姻を結んでいる以上、それを許容できないのであれば論外です」

「……悠元君はよかったの? 一応USNAの関係者よ?」

「そこは向こうの大統領と約定を交わしてます。ヴァージニア・バランス大佐が立会人である以上、スターズが介入でもしようものならばUSNA政府が本気で動きます」

 

 『セブンス・プレイグ』と『アルカトラズ』の解体交渉の際、セリアは既にスターズから完全に除隊した扱いとなっていることを再確認している。その際の議事録や音声記録は日米双方で管理しているため、証拠を一方的に握り潰せば政府の意向を完全に無視した独断行動として処罰することも可能だ。

 

「そんな事情もありますので、古式魔法の家絡みの婚約に関しては伊勢家と鳴瀬家、それと四十九院家で打ち止めだと母上にはお願いしました」

「そうなると、私の愛人は認めてくれるのかしら?」

「母上が許可している以上、俺に拒否権があるとでも?」

 

 婚約で確定しているところを除くと、一色家・一条家・五輪家あたりが婚約の打診をしているのは聞き及んでいる。

 百家にまで話を広げると複数の家も内密に相談という形で申し入れを受けており、中には千葉家―――エリカの姉絡みの話もあったことは確認しているが、こちらから進んで幼馴染の不興を買う気もないので願い下げだと釘を刺した。エリカとの会話でもそれを出したところ、「あのどうしようもないダメオヤジは……」と漏らしたほどだ。

 

 『九頭龍』については前にも述べたが、婚姻だけでなく『神将会』や友人関係で誼を結べているところが多いため、ここに関して特に異論はない。ただ、矢車家(ここでは三矢家の使用人である分家ではなく本家のほう)からは多くても二人を推薦するとのことらしい。しかも、矢車家現当主のお墨付きという形でだ。

 元実家のことに加え、侍郎と詩奈の後押しをしてくれるという条件を持ち出された以上、その話は断れないだろうと内心で深い溜息を吐きたかった。千姫からは「問題があるようならば私自ら出向きますので、悠君はどっしりと構えていてくださいね」と言われたが、前世の倫理観がまだ残っている身としては正直複雑と言う他ない。 

 怜美との会話でそのことを口に出さなかったのは、現状誰が来るのか読めないという点だ。とりわけ交友関係だと剛三の付き添いをしていた影響で無駄に広いし、原作の範疇でない人間の把握は流石の自分でも難しい。

 

「……そのことは一旦置いておきましょうか。安宿先生―――怜美さんが同行するのは仕方ないとしても、極力自分の傍を離れないでください」

「実家からは、市街地だと比較的安全とは聞いているけれど」

「そうなのですが、そこはまあ……これから行く場所の相手次第ですね」

 

 怜美からの質問に曖昧な部分を滲ませつつ返した悠元。その理由を怜美が知ることになるのは、京都で最初に向かう場所に到着してからだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 京都は長い事この国の首都的な役割を担ってきた。その一方で魔法による呪殺や天罰、鬼や妖怪などと言った逸話にも事欠かない。過去の争いによって荒廃しかけたことであらゆる人物らの妬みや恨みが積み重なった結果、それを鎮魂する意味合いで多くの仏寺や神社が建立されている。

 流石の自分でも全ての神仏を祭る場所を訪れるのは骨が折れるために主要の神社や仏寺に絞った。その中でも一番厄介な場所を悠元は最初の訪問先に選んだ。その場所とは、かつて“第六天魔王”などと仏僧から言われていた織田(おだ)信長(のぶなが)が大きく関係する場所―――比叡山延暦寺。

 

「この場所は八雲さんも関係しているのに、それでも警戒しているの?」

「爺さん絡みで足を運んだ際、中段や上段の門下生と手合わせさせられましてね」

 

 別に喧嘩を売りに行ったつもりなどなく、あくまでも剛三の付き添いで見学するつもりでいた。ただ、割と強気な門下生の一人が自分に対して強引に模擬戦を申し込み、剛三もそれを認めたので已む無く叩きのめした。

 それだけならばまだしも、その門下生は納得がいかずに寺で泊まることになった悠元の寝床を急襲した。剛三との訓練で既に殺気を読めるぐらいになっていたため、返す刃で相手の意識を刈った。それを知った住職が悠元に対して深く謝罪した。その際、剛三は悠元の素性をその住職に明かしている。

 単に素手ならば問題もなかっただろうが、寝床を襲われたときはガチの真剣を持ち出された。しかも、あの有名な『村正(むらまさ)』だったという事実。結局、呪い―――エジプトでの経験からして、霊的な概念を浄化したわけだが、詫びという形で悠元に譲られ、今は神楽坂家の自室に飾られている。

 

「爺さんの行脚絡みは誰にも詳しく話してないんですよね。その一端でも現実味が無いと返されますから」

「剛三さんは今を生きる埒外だもの……悠元君」

「ええ、分かっています」

 

 会話を途中で切った怜美の言葉が耳に届く前に悠元も今の状況を把握していた。延暦寺の正門まで大体約100メートルぐらいの筈だが、いくら平日という事情を鑑みても二人以外に人一人いないのは明らかに人除けの結界だと察していた。

 数年前のことを鑑みたとしても、反省しているのか疑わしく感じてしまう。すると、四方八方から飛来してくるもの―――手裏剣を見て、悠元は怜美を已む無くお姫様抱っこで担いだ。

 

「えっ、悠元君!?」

「少し飛びますので、しっかり掴まっていてください」

 

 そう言って、悠元は自身の脚力だけで飛び上がると、魔法による方向転換と簡易的な足場を駆使して飛来してくる手裏剣や苦無を難なく躱している。別に一人だけならば著名な忍者漫画のように風圧で弾き飛ばすことも考えたが、今回は怜美がいるので避ける方向に転換した。そして、正門目がけて悠元は怜美を担いだまま足にサイオンを収束させる。

 

「断ち切れ―――『青龍嵐脚(せいりゅうらんきゃく)』」

 

 悠元が間髪入れずに新陰流剣武術の奥義『青龍嵐脚』を叩き込んだところ、人除けの結界を張っていたと思しき数人の術者が技の衝撃波で派手に吹き飛ぶ。その一連の行動で結界が晴れると、二人はいつの間にか延暦寺の境内の中におり、周囲には武器を構える修行増(九重寺での鍛錬もあってか、僧兵という言い方がしっくりくる気もするが)がいた。悠元は怜美を地面に降ろすと、躊躇うことなく『叢雲』を発現させた上て呟く。

 

「武器を構えているということは、その気だと解釈していいんだな? ―――来い、『白虎(びゃっこ)』」

 

 そう呟いた直後、悠元の持つ『叢雲』を起点として迸る黄金色の雷光。悠元から感じられる尋常ならざる覇気(この場合は“霊気”とも表現できるが)に武器を構える門下生もたじろぎ、悠元の傍に居る怜美はその力に身動きが取れずにいた。

 何かのきっかけでいつ戦いが始まっても不思議ではない……その緊張を破ったのは境内に響かせるように聞こえてきた声であった。

 

「―――そこまでだ。武器を収めよ」

 

 その声に門下生らが境内の奥を見つめるが、そこには誰もいない。怜美もそちらを見ているようだが、悠元は直ぐに声を発した人物が正門の前に立っていることに気付き、『白虎』と『叢雲』を解除した上で振り向いて頭を下げる。

 

「お久しぶりです、住職殿。此度の訪問は何時になく過激な対応かとお見受けいたします」

「安宿殿に長野殿。いえ、今は神楽坂殿でしたな。どこの生臭坊主に似てしまったのか、血気が盛んな弟子が面倒をお掛けしました」

 

 悠元とその人物こと延暦寺の住職―――天台(てんだい)座主(ざす)の姿を見た部下たちが武器を捨てて慌てて平伏する。だが、住職はそんな彼らに対して冷ややかというよりも凍てつくような視線を見せていた。

 

「直ちに下がりなさい。それと、客人をもてなす準備を恙無く執り行いなさい」

 

 まるで怖いものでも見たかのような逃げ足に近い足取りで去っていく門下生たち。その姿が見えなくなったところで住職は改めて悠元に頭を下げた。

 

「今代の神楽坂である千姫殿より話は伺っております。拙僧も妙な雰囲気を京の都から感じておりましたが……立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」

 

 住職の招きで案内されたのは東塔(とうどう)の一角にある大書院―――昭和天皇がの即位にあわせ東京の村井(むらい)吉兵衛(きちべえ)の邸宅の一部を移築したもので、迎賓館として使用されている―――に招かれた。座る姿勢は好きにして構わないとのことだったので、悠元は遠慮なく胡坐をかいた。これには住職も思わず笑みを零した。

 程なく茶菓子でもてなしを受けつつも悠元から口を開いた。

 

「訪問の理由は大陸の関係者―――方術士である周公瑾と名乗る人物が京都に潜伏している件で出向いたのですが……あの手荒な歓迎はそれに関連してのものでしょうか?」

「是と答えるべきでしょう。最近、『伝統派』で過激な部類の鞍馬山に住まう者たちが度々我らの領域に踏み込んでおりましてな」

 

 元々真っ当な古式魔法師の派閥と『伝統派』は対立の構図にある。彼らとて一大勢力である比叡山の領域に踏み込んでくる愚かな真似はしてこないと思っていたが、どうやらその考えは甘かったようだ。

 

「こちらの情報では、周公瑾の招きで九島家に来ていた大陸の方術士が合流したと聞き及んでいます。ですが、ここで派手に事を起こせば……」

「彼に逃げる隙を与えるということですな。分かりました、弟子らにはきつく言い含めておきましょう。先程の神楽坂殿を殺しかねなかった件も含めて」

 

 神楽坂の名を名乗るということは、それに見合うだけの技能を会得しているという証左でもある―――ということは千姫から聞いていたが、住職から感じる凍り付くような怒りを見るに、神楽坂の名は自分が思っていたよりも重いと実感していた。

 

「ところで住職殿、今回の主導をしたのが前回私の寝床を襲撃した仏僧の可能性は?」

「……有り得なくもないでしょうな。罰に関しては厳しくするので、どうか取り潰しだけはご勘弁を」

「いや、私がいくら神楽坂の当主代行と言っても、一時の感情で叡山は潰せませんよ」

 

 前回の襲撃の件では、剛三が本気でキレて危うく延暦寺どころか比叡山が跡形もなく消え失せるところだったのを何とか諫めたのだ。その剛三と同等クラスの千姫に今回の襲撃を伝えようものなら、翌朝には延暦寺が忽然と姿を消しかねない。

 大体、その時相手を全身複雑骨折のレベルにまで追い込んだのは自分だ。確実に過剰防衛で訴えられても文句は言えないだけに、今回の襲撃というか力試しについては水に流すつもりでいる。

 

「結界を破る際に門下生数人を吹き飛ばしてしまったので、彼らに詫びを入れねばならない立場ですから」

「そうですか……彼らに関しては、拙僧も含めて厳しく律しましょう。八雲のナマグサにも困ったものです」

 

 悠元と住職が会話をしている間、怜美は一言も喋ることが出来なかった。いくら『九頭龍』の家の人間とは言っても、当事者間の話に口を挟むのは野暮だと感じて大人しく茶菓子に手を伸ばしていた。怜美がようやく口を開いたのは延暦寺を出て京都市街地に戻る途中で悠元から話しかけられてからだった。

 




 怜美の扱いについては色々悩みましたが、結果的にはこうなりました。四葉家の直系が古式魔法の血縁も含んでいるため、現代魔法と古式魔法のバランスが割と取れているかなと思います。そういう問題じゃないとツッコミを受けそうですが、それに関してはノーコメントとさせて下さい。
 後半部分についてですが、流石に客人を殺そうとした時点で破門させないのは生ぬるいだろうとツッコミが入るかもしれませんが、『伝統派』に流れるリスクを鑑みた住職の苦渋の決断ということで一つお願いします。

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