魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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避けても迫ってくる面倒事

 比叡山延暦寺での話し合いは穏便に終わった。明らかに命まで狙う様な力試しと怜美は思っていたようで、市街地に向かう電車の中で呟いた。

 

「全く、いきなり手裏剣とか……仏僧が忍者の真似事でもしているのかと思ったわ」

「言われれば確かに」

 

 そう言われると、確かにその通りなのだろう。天台宗となれば密教絡みの魔法はあるが、古式魔法の主体となるのは僧兵などの直接戦闘系魔法のイメージが根強い。だが、精神干渉系の魔法は密教でかなりの規模を誇る宗教になると顕著で、中世(主に室町時代から江戸時代初期)では宗教そのものが一つの勢力として成っていた頃に忍術の原型となるものが生まれたらしい。

 鞍馬山にいる『伝統派』が叡山にちょっかいを掛けているのは、彼らのルーツの中に叡山から破門された仏僧や僧兵が含まれているためだ。住職は公言こそしなかったものの、以前剛三からその辺の事情をかいつまんで教えてもらったことがある。

 

「ただ、あれらは全て忍術による幻術ですね。人除けの結界に合わせる形でこちらを誘導するかのように放たれたものです」

「……凄いわね、悠元君は。私でも流石に危険を覚えちゃったもの」

 

 この辺は八雲による試しを受けていた経験ですぐに見破ることが出来た。相手の意図も察していたため、敢えて乗る形で怜美を抱えて境内の中に足を踏み入れた。

 正直なところ、いくら八雲が部下であっても絶対に感謝なんてしたくないのが本音だが。それを言ったところで確実に付け上がるのが目に見えている。

 

「この後はどうするの?」

「神楽坂の人間として賀茂(かも)御祖(おみや)神社(じんじゃ)晴明神社(せいめいじんじゃ)は顔を出すべきでしょうね。可能であれば『伝統派』の情報にも探りを入れる方向で。その辺は怜美さんにお願いします」

「そうね。悠元君の愛人としてちゃんと認めてもらわないといけないもの」

「……」

 

 悠元としては、先程のこともある上に『九頭龍』の一角を担う以上はこの地域を担っている安宿家の人間として交渉役に立ってほしいというものだったが、怜美はすっかりやる気になっていた。

 明後日には達也らが一時合流することになるため、それまでに何とか帳尻を合わせられるような言い分を考える必要があることに内心で溜息を吐きたくなるような気分だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 先に述べた二つの神社に加え、北野天満宮(きたのてんまんぐう)八坂神社(やさかじんじゃ)清水寺(きよみずでら)、東西の本願寺(ほんがんじ)天龍寺(てんりゅうじ)といった京都の主要な寺社を訪れた後、そのまま嵐山にある神楽坂系列の旅館に泊まることとなった。

 その場所は先日周公瑾と名倉の戦闘があった場所に近いが、流石の周公瑾でもこの近くに潜伏している可能性は極めて低い。自身の『天神の眼(オシリス・サイト)』でも反応しなかったところを見るに、この近辺に周公瑾はいないと断言できる。

 前回もそうなのだが、ここの旅館は神楽坂家の関係者やVIPクラスの要人が利用できる“離れ”が存在しており、下手すると一泊で数十万円が飛んでいても不思議ではない部屋に通された。

 

 ただ、今回は悠元の他に怜美がおり、そういう流れになる可能性が捨てきれない。流石の自分でも思春期の男子に見られる性欲の強さには勝てない。明らかにハニートラップの類となれば容赦しないが、千姫から認められているものを邪険にする勇気など持ち合わせていなかった。

 

「悠元君はどうするの?」

「食事の時間まで軽く眠りますよ。流石に考えたいこともあるので」

「分かったわ。時間が来たら起こすわ」

「助かります」

 

 怜美は浴衣を持ってその場を去ったので、恐らく温泉に向かったのだろう。この近辺に『伝統派』が潜んで監視している線は否めないが、一応監視対策として四霊の一角である『鳳凰(ほうおう)』を敷せておく。

 式神の布陣も終わったところで、悠元は座布団を枕代わりにして畳の上に寝転んだ。

 

(しかし、神楽坂の名は思った以上だったな。まあ、安倍氏と賀茂氏の血縁を継いでいる以上、分からなくもない話だが……)

 

 安倍氏や賀茂氏の系譜は、著名なところで言えば安倍氏系列だと土御門(つちみかど)家や倉橋(くらはし)家に幸徳井(こうとくい)家、賀茂氏系列だと勘解由小路(かでのこうじ)家や備前鴨氏(びぜんかもし)が該当する。安倍晴明の血縁は女系を通じて皇族にも継がれており、護人の二家と現皇族は遠い縁戚関係を持つことを意味する。安倍晴明という存在が一種の護符と言っても過言ではないだろう。

 神楽坂家の場合、安倍晴明の娘と賀茂忠行の孫が初代当主として記されており、主体は賀茂氏の趣が強い。ただ、武士の台頭による内乱や陰陽道宗家の争いによる家の衰退を避けるべく、皇族と各地の寺社を結ぶ伝奏として天神魔法も含めて裏に徹したことで魔法技術を衰えさせることなく鎌倉・室町の武士による乱世を無事に生き延びた。

 その後、江戸時代に武術の御役目を担うこととなった上泉家に目を付け、未だに陰陽道絡みで争いを続けていた安倍氏・賀茂氏系列の他家と一時的に袂を分かち、同じ天神魔法を伝承している上泉家に当時の神楽坂家当主の娘を嫁がせることで天神魔法の表側を担ってもらうことを正式に認めたのだ。これが、現在に続く『護人』の原型と言っても過言ではない。

 

 自分に流れる血の半分は十師族―――作られた魔法師の系譜であるとはいえ、上泉家と神楽坂家の血が流れていることも事実であると実感させられてしまった。晴明神社や賀茂御祖神社では九校戦での活躍もあり、今代の神職からは「あの奇跡はまるで安倍晴明の再来とも言うべき所業です」とも言われた。

 

 正直なところ、彼がやっていたことを再現しようと思えばできるかもしれないが、変に他の古式魔法師から要らぬ恨みなど買いたくはない。現に百家の一つである十六夜家からよく思われていないことも把握している。

 あの家の現当主の弟は『元老院』の指示を受けて行動しているようだが、優れた魔法師であることに誇りを持っている。そんなプライドを傷つけられたぐらいで敵意を向けるのならば、その人物の器も大したことはないと思いたくなる。

 

(プライド一つで解決できるなんて、世界はそう単純に出来ちゃいない)

 

 既存の利益構造に穴を開けられるような存在に対する恐怖感を理解できたとしても、それに妬みや恨みを抱くのは自身に利を守れるだけの力が無いと証明したようなものだ。

 大体、こちらは敵対する気などないのに、向こうが勝手に危機感を覚えて自爆しただけだ。それを「向こうが悪い」という身勝手な理由で敵意を向けた以上、相応の態度を以て対応するだけだが。

 そこまで考えたところで、静かに息を整えてからひと眠りすることとした。

 

 そろそろ夕食の時間だろうと深い眠りから意識が目覚めつつある悠元は自分の後頭部が座布団とは違う感触であることに気付く。存在を探るとそれは怜美と異なる人物だと気付き、瞼を開けた悠元の視界に飛び込んできたのは、第三高校の制服を身に纏っている自分の婚約者の一人―――四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)の姿であった。

 

「目が覚めたのか、悠元。気分はどうじゃ?」

「悪い気はしない。ただ、合流は早くても明日の夕方だと思っていたんだが」

 

 いくら沓子の実家が『九頭龍』の一つとはいえ、沓子はれっきとした高校生。それを言ったら自分も含まれるのだが、大体三高の校長がすんなり公欠を出したことに疑問を浮かべていると、沓子が説明してくれた。

 

「わしも最初はそう思ったのじゃが、昨年はあんなことがあったからの。一条の倅が週末に調査へ出向くとは言え、一人で立ち回るにも限界があろう? なので、吉祥寺に加えて愛梨や栞も京都に来ることとなっておる」

 

 恐らく、沓子の公欠手続きを要請したのは間違いなく千姫か剛三のどちらか以外に考えられないだろう。両方という線も捨てきれないが。

 横浜事変の影響を鑑みて、不測の事態に陥らせないための準備をするという沓子の言い分は分かる。ただ、コンペの発表メンバーに据えられているであろう真紅郎まで調査に加わるのは些かオーバーワークではないか、と思ってしまう。

 

「そういや、怜美さんは?」

「丁度飲み物を買いに行っておる。わしが行くと言ったのじゃが、愛人と婚約者では立場が違うなどと言っておっての……また増えたんじゃな」

「好き好んで増やしたわけじゃない」

「じゃろうな。悠元は面倒事を一番嫌うからの」

 

 その真紅郎が動いたのは将輝に関わる理由が大きいと話す。将輝が三高で一番の実力者なのには違いなく、同年代の十師族直系においてはトップクラスの実力と実績を有する。それでもなお真紅郎が心配しているのは、将輝が過剰な行動に走らないかという友人としての心配からくるものだった。

 それは置いといて、自分が眠っている間に怜美と話したようで、ジト目で沓子から見つめられることに対して悠元は正直な本音を漏らすと、沓子は納得したように呟いた。

 

「てか、流石に重くないか?」

「気にするでない。わしは他の婚約者と違って頻繁に会えぬから、これぐらいはさせてくれぬとわしが拗ねるぞ」

「……複雑だな」

 

 沓子には、今日の行動の内容をかいつまんで説明した。叡山での出来事はこちらが許した以上、当事者への罰は叡山の匙加減に任せることも含めているところまで説明すると、沓子は一つ溜息を吐いた。

 

「全く、お主は強いの。惚れ直してしまうではないか」

「そういうものなのか?」

「そういうものじゃよ」

 

 そんな他愛もない話をしているところに怜美が戻ってきたため、悠元は沓子に礼を言いつつ起き上がった。沓子は少し寂しそうな表情を見せていたが、この反動が後で返ってくることなど読めていた。『予測可能回避不可能』という言葉を作った奴は実に天才だと思う。

 ともあれ、今後のことについて予め話しておくこととした。

 

「沓子は知ってることだし、怜美さんはどの道知ることになる話ですが……達也は今四葉家の依頼で周公瑾の捕縛に動いています」

「周公瑾……昨年の時も彼が動いていた形跡はあったけれど。でも、達也君がどうして四葉家の依頼で動いているの?」

「簡単ですよ。彼の母親は深夜さんで、つまるところ達也は四葉家現当主こと四葉真夜の甥です」

 

 いくら『九頭龍』でも完璧に見破られないほどに四葉の情報隠蔽能力は優秀な部類である。あの八雲ですら、千姫から内密に情報開示を受けて達也と深雪の素性を把握するに至るほどだ。元々人道的に憚られる実験を繰り返していた元第四研を引き継いだだけはある。

 

「十文字家や六塚家、一条家は次代を担う優秀な魔法師がいますから、四葉もそろそろ次代の指名をしてもおかしくないでしょう」

「……そうなると、深雪嬢は除外されるの。悠元の婚約序列第一位なのじゃから」

 

 十文字家は現当主を治療したことで次代継承を急く必要が無くなったものの、十文字現当主の和樹は来年の師族会議で克人に当主の椅子を譲り渡したいという思いがあったことは治療した時に聞き及んでいる。克人は既に当主代行としての実績を積み重ねているため、経験という点では申し分ないし学業の点で言っても問題はない。それに、師族会議で既に何度も立ち会っている以上は問題ないと踏んでいるのだろう。

 和樹の治療は元々克人のためというより対七草家を睨んでのものだが、和樹からすれば引き取ることになった理璃の教育も睨んで当主の座を克人に継がせるとみられる。それと、十山家の一件で同じ第十研の立場としての責任を取る意味に加え、水面下で進んでいる婚約関係の話も含めての引退。

 

 その婚約なのだが、和樹は元に克人の婚約者として美嘉を迎えたいと相談していた。先日三矢家に詩奈と侍郎の武術指導という形で訪問した際、元との会話で判明した。学年が一つしか変わらない上、既に美嘉へ話を通しているとのことだった。

 美嘉自身も婚約には前向きだが、ここで問題になってくるのが悠元の魔法技術に関する問題だ。何せ、三矢家の7人兄弟姉妹の中で悠元の影響力を強く受けているのが佳奈、美嘉、そして詩奈の3人。詩奈は侍郎との婚約を矢車本家の協力を得る形で進めているので問題ないし、佳奈はというと達也の婚約者として嫁がせるのが現状の最有力候補に浮上している。血縁上だと悠元と深雪が婚約を結んでいるがあくまでも神楽坂家としてのものなので、三矢家として四葉家に嫁を世話する形で佳奈を送り出すのが魔法技術を秘匿する意味でも理に適っていると元は判断した。

 ただ、美嘉の場合は悠元に関する諍いもあってそこをどうするべきか悩んでいたらしく、当事者として問題ないかを確認されたので「美嘉姉さんの幸せを優先してあげてください」と返しておいた。

 

 魔法師としての基礎能力を向上させる鍛錬法は別に部外秘と自分が定めていたわけではなく、元が自分の子らに危害が加えられないようにするための箝口だ。その方法を編み出した側に配慮するのは一応頷いたが、CAD頼りの現代魔法師に肌が合わないことには変わりない。正確に言えば瞬間的な瞬発力が求められる現代魔法とそりが合わないとも言うが。

 ただ、自分の鍛錬法を通して『ファランクス』による継続・断続的な魔法発動を求められる十文字家が相対的に強化されれば、もう一つの秘術である『オーバークロック』に一切頼る必要性がほぼ皆無となって十文字家自体の延命にも繋がる。それが結果的に三矢と十文字の結びつきを強化できる形になれば、多少のコストを支払うだけの価値があると思っている。

 それに、今後この鍛錬法は世に出すことを考えているため、特に痛手にもなっていない。

 

 閑話休題。

 

「話を戻すが、その絡みで叡山と話は付けてきた。大陸の方術士は捕縛するか討伐することになるが、京都の『伝統派』は論文コンペが終わり次第こちら側に引き込む」

「引き込むって……過激なところの扱いはどうするの?」

「奈良に比べれば、まだ話が出来ると思っています」

 

 これは延暦寺での会談の際、天台座主から頼まれた案件も含まれている。鞍馬山の『伝統派』に逃れた元同門の仏僧を連れ戻したいという内容だ。

 鞍馬山の忍びは、かつて九郎判官(くろうほうがん)こと源義経(みなもとのよしつね)に戦う術の一端を盗まれた陰陽師鬼一法眼(きいちほうげん)が編み出した忍術『天狗術』(魔法史研究では定説とされていて、最初に提唱した学者は新陰流剣武術の門下生だった)を使いこなすらしい。悠元の知り合いで『天狗術』に長けている人物もいるが、今は置いておく。

 彼らの正統派に該当する鞍馬寺に一度訪れる必要はあるが、「九」の家によって乱された京都の治安を回復することで奈良の『伝統派』に対する力を削ぎ、九島家に対しての意趣返しとする。『聖域』が京都に復活すれば、その意味を『伝統派』と言えども無視できる話ではなくなり、神楽坂家の提案を断れなくなる―――というのが千姫の出した結論だった。

 

「延暦寺の住職の言い分も理解できますからね。既に母上が手紙で正統派の方々に根回しをしているようで」

 

 実は、京都を訪れる前に『伝統派』の潜伏拠点を原作知識から思い出しつつ、鞍馬山の忍びに関する情報を集めていた。他の古式魔法師に関しても油断はできないが、とりわけ鬼一法眼が編み出した古流剣術京八流(きょうはちりゅう)の原点を知りたいという知的欲求からくるものだった。

 その流れで『伝統派』に関する部分も情報を集めたわけだが、結論から言えばこれらの忍びも俗に言う“抜け忍”という事実が判明した。

 彼らの大本を辿ると、元々は源義経に武術を教えた山伏(創作上では天狗という言われ方をされることもある)が義経の逃亡を助ける形で奥州(おうしゅう)(現在の東北地方)にまで同行。その影響で鎌倉幕府に嫌われ、室町幕府でチャンスをつかんだものの、重用してくれた人物の一族が賊滅して武功が消し去られた。その後、丹波(たんば)の山に逃げ延びて頼れる主を得ることができなかった。

 歴史における忍者という括りでは伊賀(いが)甲賀(こうが)風魔(ふうま)などといった者たちもいるが、以前八雲が口にしていた忍術使いという意味では、彼らは身体技術が優れた忍者に歴史の流れから追いやられてしまった悲運な存在だろう。

 

 そんな彼らに手を差し伸べたのは神楽坂家だ。皇族の守りに就く以上、内外を問わず周辺の情報収集をするのには単独だけで限界があった。加えて先に述べた忍者への対抗手段を得るため、当時の神楽坂家当主が一族郎党まとめて召し抱えた。

 神楽坂家が第二次大戦後、連合軍に対する信頼を訝しんだ上泉家の要請を受ける形で本拠地を箱根に移した際、神楽坂お抱えの忍びたちは愛宕山(あたごやま)に京の守護として置かれている。その彼らの中で世の中へ出たいという欲求に加えて修行に不満を持った人間が逃げ出してかつて祖先がいた鞍馬山に拠点を置いたらしい。

 

 世の中に出たいというのであれば、人様に迷惑を掛けない方法で穏便に進める方法が無かったのかと切に問いたい。

 




 原作だと不明ですが、この世界の鞍馬山にいる『伝統派』は鞍馬寺の仏僧に加えて叡山から逃げ出した仏僧、そして歴史の闇に追いやられてしまった忍びの複合体です。
 地味にパワーアップしているようなものですが、この相手をすることになるメンツもパワーアップしているため、寧ろ実質的に弱体化を食らっている形かもしれません。

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