魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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嵐を諫めるための先手

「のう、悠元。この近辺は大丈夫なのか?」

 

 そう訝しんだのは沓子だった。彼女は四十九院家でも優れた力を有しており、とりわけ“予知”に近い彼女の勘は世迷言と切り捨てられない要素だ。悠元はそれを聞きつつもテーブルに電子ペーパーを広げて京都市街地の地図を表示させる。

 

「この離れに『鳳凰』で周囲を監視させているが、隙があれば予め潰すのもアリか……その場合、怜美さんは留守をお願いします」

「それが妥当そうね。でも、私を狙ってくる可能性もありそうだけれど」

「なら、これを渡しておきます」

 

 悠元が怜美に渡したのは一枚のお札。外見上は魔よけのお札のようなものだが、実際は緊急脱出用の代物だ。使い捨てではあるが、お札にサイオンを込めることで接触型に魔改造した『鏡の扉(ミラーゲート)』が発動して、悠元の近辺に転送される仕組みだ。

 セキュリティを考慮して二枚一組となっていて、もう一枚のお札は悠元が持っている。

 

「疑似的な瞬間移動の魔法とは。世界がこぞって欲しがりそうだの」

「絶対軍事利用に悪用されかねないから、漏れた場合は容赦なく口封じするけど」

「……今更ながら、先に婚約者となった人たちが強く感じちゃうわね」

 

 軍事利用そのものを悪だと断じる気はないが、今の国防軍は派閥の関係もあって下手に口を出したくない。それに、周公瑾が潜伏先に選んだ場所も国防軍の基地という原作知識がある以上、全面的に信頼するための要素が欠けている。

 自分が国防陸軍の特務少将という身分でありながら国防軍を批判するのは如何な事かと思うだろうが、過ぎた力は人を酔わせ、時には国家にとっての劇薬と化してしまう。戦争に負けないための力は必要だが、勝ちすぎてしまうのも厄介な問題を招く。

 

 例えば、大亜連合に対する積極侵攻を主張する派閥と宥和を主張する派閥があること自体に問題はないが、それが国防軍という国家の守りを主とした公僕の軍人に許されていることが問題だ。

 それに、大亜連合がある大陸国家は何かとこの国との因縁を抱えている上、朝貢(ちょうこう)外交絡みや倭寇(わこう)などといった歴史的背景からしてこの国を下に見る気質が根付いてしまっている。

 そんな国を軍事力で制圧したところで戦後支払うことになる投資を回収できる見込みなど無いに等しくなるし、寧ろ新ソ連と国境を接することで軍事費がかなり跳ね上がりかねない。いくら優れた魔法があろうとも、そのアドバンテージは新ソ連側とて同じであり、完全な鼬ごっこの様相を呈するだろう。

 

「話を戻すけど、『聖天八極護法式陣(せいてんはっきょくごほうしきじん)』を京都市全域をカバーできる形で張り巡らせる。石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)と比叡山に起点となる札と布石は渡したから、明日は観光という形で清水寺(きよみずでら)に訪れるつもりだ」

 

 いくら大掛かりな仕掛けを使わずに結界魔法を使えるようになったとしても、それを長期間維持させるためにはこの地の龍脈と調和させるのが必須で、その触媒として札と護石となる水晶を伏せておく必要があった。

 石清水八幡宮へは名倉と周公瑾が会う前に訪れており、京都に来て最初に比叡山を訪れたのは南北のラインを構築するためでもあった。この二つは奇しくもかつてあった京から見て陰陽道的に鬼門(北東側・比叡山延暦寺)と裏鬼門(南西側・石清水八幡宮)に丁度合致しており、そこに護法陣の基点を置くのは理に適った結果とも言える。

 

「天台座主に渡していたお札と水晶はその為なのね」

「発動基点となる場所も恩恵を受けますから、強力な護符としても立派な抑止力になります」

「そうなると残るは東西のラインじゃが、西は嵐山として、東はどこに置くつもりじゃ?」

稲荷山(いなりやま)が妥当だと思ってる。嵐山には夕食が終わったら出向くつもりだよ」

 

 嵐山に潜伏している『伝統派』の一派がいる以上、視認しやすい昼に行くのが本当は望ましいが、敵性勢力と仮定できる相手ならば加減を変に考える必要もなくなるし、夜ならば闇夜に紛れさせることで誤魔化しも効く。

 すると、ここで沓子が真剣な表情をして悠元を見やった。

 

「悠元、わしも連れて行ってくれ」

「……先程の話で半ば認めたようなものだから、同行は許可する。但し、無茶は絶対にするな。それが約束できないと今後はこういったことに連れて行かない」

「分かっておる。わしとて天神魔法は修得途中の身でもあるしの。流石に深雪嬢のようには出来ぬのじゃ」

 

 婚約序列に夕歌と沓子が加わった際、二人にも想子制御の訓練法と天神魔法を教えている。結果として二人の魔法師としての実力はかなり上がったわけだが、その反動で自分に対する好意の評価も天井知らずの状態になってしまった。

 

 夕歌は今年護衛をしていたガーディアンが亡くなった影響からか、週に1回のペースで司波家へ遊びに来ていた(悠元の姉である詩鶴と親友関係のため、それに託けて来訪することが多い)。深雪と友好的な関係を築いているためか、夕歌が悠元の部屋で寝泊まりすることに文句は出なかった。その分、深雪に甘えられるということが起きているのは言うまでもないが。

 魔法師としての実力は深雪の次点とも言えるのだが、当の夕歌本人は「次期当主になったりしたら悠元君の妻になれないもの」と言いのけているあたり、四葉の次期当主の椅子は夕歌にとってもはや無用の長物となってしまった。

 

 話を戻すが、沓子はそう述べたものの、元々古式魔法の家系に生まれているためか洗練の具合は群を抜いて高いと感じている。そもそも、深雪も達也とは比較にならないが実戦経験をこなしている身。家としてのスタンスが違う以上、戦いに対する覚悟の違いが出たとしても仕方が無いだろう。

 結果、悠元と沓子が出向くことになり、怜美は宿で留守をすることになった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 札と水晶を埋め込む最適な場所として選ばれたのは奇しくも『伝統派』のアジトの一つ。達也の場合は古式魔法にそこまで詳しくないため、敢えて踏み込むことで敵を制圧した。だが、『天神の眼(オシリス・サイト)』のこともあって視認する必要性などこちらには皆無だった。

 

「さて、手っ取り早く済ませるか」

 

 そう呟いた上で悠元は地面に手を置き、その刹那、発動した魔法による人間の悲鳴が町村の集会所のような建物の中から聞こえてきた。これには沓子ですら苦笑を零す様な口調になっていた。

 

「容赦ないの。というか、情報を引き出さなくてよいのか?」

「俺が情報を引き出す場合、相手の生死は一切関係ないからな……怖いか?」

「否定はせぬが、寧ろ頼もしく思えてくるの」

 

 ともあれ、悠元は建物の鍵をあくまでも“合理的”に解錠して中に入る。建物の中には十数人の人間が気絶しており、数時間も経てば目を覚ますだろう。悠元は虱潰しに彼らの手に触れて情報を読み取っていく。

 その中のリーダーらしき人物が周公瑾に関する情報を持っていたところで悠元は情報の読み取りを止め、建物の板を一部壊した上で地面の中に埋める形でお札と水晶を埋め込み、「ワルキューレ」を取り出して『再成』で壊れた板を完全に修復した。

 その間も沓子は悠元の様子を真剣に観察していた。建物に入る前に悠元が使った金属性の天神魔法『千鳥(ちどり)』も含めて学ぼうとしているようだ。

 

「全く、お主に援護は必要なかったの」

「今回は上手く行っただけだし、俺の婚約者となることはこういうことも平気でやらないといけなくなるからな。さて、帰るぞ」

「うむ」

 

 下手にアジトを潰せば、周公瑾がそれに気付いて潜伏先を変更することも想定される。念のために『月読』で相手の魔法でやられたという記憶情報を消去し、『鏡の扉(ミラーゲート)』で沓子と一緒に宿へ直帰した。離れの玄関に降り立ってそのまま部屋に戻ると、怜美が出迎えてくれた。

 

「あら、早かったわね」

「うむ。悠元が強すぎてわしの出番が無かったわ」

「別に『伝統派』全部に喧嘩を売る腹積もりではありませんでしたので。そしたら、ひと汗かいたので風呂にでも行ってきますよ」

 

 覚悟はしていたとしても、心の準備ぐらいはしたい。

 怜美の浴衣姿を見て、どこか諦めたような心境を抱いたのは何故だろうかと思う。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その後、一人でのんびりしたかった悠元の気持ちとは裏腹に、沓子と怜美が揃って浴場に突撃してくる羽目となった挙句、その場の雰囲気に流されてしまった。咄嗟に一線を超えないための術を掛けたので大事には至らなかったものの、部屋に戻ってからも男女の交わりは続いてしまった。

 それでも、日頃の習慣のせいで朝早くに目が覚めてしまったのは言うまでもないが。

 

「……精神だけは無駄に歳を食ったが、なんでだろうな」

 

 神楽坂家の人間として次代を残すことも使命の一つだということは分かる。それでも、前世でこういう経験が一切なかった反動が今世の性欲に反映されてしまったのだろう。しかも、複数人の女性に手を出していても、その対象同士で話が付いている始末。

 昼ドラのような修羅場は御免被りたいが、これはこれで逆に怖いと思ってしまう。姫梨からは「平日をほぼ毎日相手にしている深雪さんが異常ですよ」とまで言われてしまう始末。雫からも「寧ろ深雪からの求愛を凌いだ上で屈服させてる悠元は本物のジゴロ」と言われ、セリアからは「絶倫お兄ちゃんが相手なら、私は奴隷になるのも吝かじゃない」と言われた際は反射的にバックブリーカーを掛けた。

 

 

「ん……早いの、悠元」

「悪いな沓子、起こしたか?」

「問題はないの。しかし……お主と関わると、心の奥まで従属してしまいそうになってしまうの」

 

 あくまでも対等であるべきという俺の考えとは裏腹に、婚約者らは自分の言いなりでも構わないと思っている節がある。流石に自分の妻となる相手を奴隷のように扱ったりなど出来るはずがないため、以前達也に深雪絡みで相談したことがある。

 返ってきた言葉は悠元への謝罪しかなかった。暗に「諦めろ」ということなのだろう。

 

「従属は止めてくれ。昼ドラみたいな展開も御免だが」

「悠元の言い分は分かるのじゃが、あれだけ愛されると全てを受け入れたくなってしまうのじゃ」

「沓子からもそんな言葉を聞くことになろうとはな」

 

 愛人はともかくとして、婚約者自体に序列という区切りは存在していても待遇に差をつけるつもりなどない……今後を考えれば、一部の人間に対して設けられる可能性は高いが。

 それが結果的に婚前交渉のラインを踏み越えてしまっているわけだが、千姫だけでなく剛三も認めているし、更には四葉家(真夜)と北山家(潮と紅音)、伊勢家と津久葉家の現当主に加えて九島健からも婚前交渉を容認するかのような文言などがあった。

 

「ほう、そのようなことを他の婚約者から……深雪嬢かの?」

「正解だよ。てか、こういう時にここにいない女性の名を出すのはどうかと思うが」

「今のはわしから言い出したことだから問題は無かろうて」

 

 それは置いといて、今回お札と水晶を埋め込んだ場所は論文コンペが終わり次第買収して神社を建立することを決めている。千姫に『聖域』も含めて報告したところ、俺が宿泊している神楽坂系列の宿からも『伝統派』のアジトがあることを懸念する声が大きかったため、京都の『伝統派』を取り込むドサクサのついでにやってしまおうというものだった。

 

 建立に掛かる費用は全て神楽坂家というか自分の資産から拠出することに決まり、建築自体は上泉家お抱えの宮大工が関わることになる。資金拠出の関係で神社の命名権が俺に投げられたのは癪だったが、護人―――安倍晴明の名で嵐山を鎮める意味も込めて神泉晴嵐天満宮(かみいずみせいらんてんまんぐう)の案を千姫に投げたところ、そのまま通った。

 神職などについては、現状だと千姫の管轄になるので事細かく干渉する気はない。それが間接的に自分の手が入ったものだとしてもだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 10月19日、金曜日。朝早くに出かけて東側の敷設場所となる稲荷山の布陣も終わり、そのまま京都観光したいという気分も抑えて、悠元は沓子を伴って鞍馬寺に赴いていた。怜美は実家である安宿家に昨日のことも含めた報告をすると言って別行動をしている。

 流石に延暦寺のような荒っぽい歓迎こそなかったものの、ここに来るまでに遠くからの監視を受けていた。それは鞍馬寺の人間ではなく、どちらかと言えば周公瑾によく似たタイプ―――大陸系の方術だとすぐに理解した。

 

「悠元、さっきからやけにこちらを見張っておる者がいるようだが……どうするのじゃ?」

「向こうが手を出すなら対処するが、今の状況でこちらから過剰防衛するわけにもいかんだろう」

 

 いくら大陸の方術士と言えども、正統派の拠点を間近にして仕掛けるという愚行をすれば、それこそ鞍馬寺を怒らせる事態になりかねない。七福神の一角たる毘沙門天(びしゃもんてん)を祀り、平安時代には著名の女流作家らが訪れ、室町・安土桃山時代には戦勝祈願のために訪れられた霊山。古くは鑑真(がんじん)の高弟が鞍馬山を訪れた際に鬼に襲われ、毘沙門天に救われた逸話―――その際に結ばれた草庵が鞍馬寺の発祥の原点とも言える。

 『伝統派』の一派がその霊山を拠点にするのは、かつての“鞍馬天狗”に準えてのものだろうが、その場所に身を置いただけで何も大成しないのは彼らとて分かり切っている現実だ。

 

「血筋だけで優れた魔法が使えるのなら、それこそ一流のアスリートやアーティストに通用しない道理が無いだろう。大体、古式魔法を現代魔法に落とし込む段階で敷居が下がると甘く見ている時点で甘すぎるわ」

 

 魔法の資質自体に個人差が生じるのは仕方無いにせよ、現代魔法の在り方を定義づけてしまったのは他でもない旧合衆国もといUSNAだ。大体、魔法による空中の物体移動だけでも複数系統・複数工程を要求されている時点で非効率的すぎるし、手で直接移動させた方が手っ取り早い。

 

 核反応抑止という意味合いで物理法則の改変範囲を狭めているのは致し方ないにせよ、持続力を要求される古式魔法の使い手からすれば、現代魔法を軽視したり侮蔑したりするのは一種の妬みや僻みも含んでいる。

 何せ、今の世界において政府や軍が確保するのに向いているだけでなく、現代魔法師は古式魔法師に比べて“制御しやすい”側面もある。そういう風に魔法使いを道具のように見られたくなく反発したり公言することも起こっている。

 結局のところ、国家の欲望が積もりに積もって古式魔法師の立場や印象を悪くしているのは施政者の責任だが、積極的に干渉する気もない。せめて手を下す前に自浄作用が働いてほしいと願いたい。

 

「悠元が言いたいことは分かるのじゃが、魔法師が炎を出したりする方がよっぽど危ないと思うぞ?」

「魔法師は公僕というわけでもないからな。沓子の言い分も理解しているさ」

 

 軍人魔法師として身を置いている古式魔法師もいるが、魔法使いの家系は非魔法師と同じように一般企業へ就職している者が多く、魔法因子保有者全てが魔法の才能を発揮できる環境下にない。

 そもそもの話、昨年の魔法科高校卒業生のうち半数未満が魔法大学や防衛大以外の進学・就職に進んでいる。個々の魔法を生かせる進学・就職先が欠けているのもあるが、それに対する努力を学校側が怠っているのも事実だ。

 そういった環境が積もり積もって今の魔法師社会の秩序が崩れないという保守的な考えもあるが、逆に魔法による犯罪者を生み出す遠因にもなってしまっている。

 

「っと、どうやら住職殿直々にお出迎えのようだ。沓子も頼むぞ」

「やれやれ……母上の代理も兼ねるとはいえ、大変な事じゃの」

 

 鞍馬寺の正門で二人を出迎えるように立っていたのは寺の住職で、その後ろには袈裟を纏った数人の高僧が両手を合わせて頭を下げていた。事前に連絡をしていたとはいえ、ここまでの出迎えになるとは思いもよらず、悠元は思わず苦笑を漏らした。

 二人が階段を登り切って住職の前に立つと、悠元が先んじる形で声を発した。

 

「神楽坂家次期当主、神楽坂悠元と申します。態々お出迎えまでしていただき、感謝に堪えません」

「初めまして、四十九院沓子と申します」

「この鞍馬寺の住職にてございます。護国を担う神楽坂の方の来訪は5代ぶりのことですが、数多の御恩を受けている身として礼を尽くせと先々より伺っております。そして、加賀一之宮の御令嬢ですな。さて、大した御持て成しは出来ませぬが、どうぞこちらへ」

 

 鞍馬寺の住職になるための修行は神楽坂家が担っており、箱根に移ってからは富士の樹海による修行を積むことで心頭を滅却して悟りを開くことに繋がると話していた。仏の悟りを開眼できるかはともかくとして、優れた魔法を使うには何事にも動じない精神が必要なため、ある意味理に適った練習法と言えよう。

 

 




 いくら才能があろうとも、いくら霊的に優れた場所で修行しても、結局は修行している当人の努力と才能次第というのは別に魔法に限った事ではありませんが。
 神社の建立に関しては、『聖域』の維持管理を主目的として色んな役割を持たせる意味合いもあります。

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