魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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『実力』の相違

 昼間と違い、IDカードによる認証システムの登録(達也は真由美と摩利に押し切られた)が済んでいるため、そのまま中に入る。

 

「……」

 

 すると、達也を真っ先に出迎えたのは明確な敵意を含む視線であった。その発生源は昼間真由美が座っていた席の後ろ―――達也と身長は同じぐらいだが、やや細身ぐらいの男子生徒。

 無論、その視線は悠元も気付いているが、なんとなく理由も察せるために気付かない振りをした。その人が真由美の言っていた副会長の「はんぞーくん」だということは理解していたからだ。

 

「失礼します」

 

 すると、彼の視線は悠元と深雪に移っていた。まるで達也のことなど気にも留めないように……その証明として彼は三人に近づいてくるが、達也の横を平然と通り過ぎて、自己紹介をする。

 

「副会長の服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)です。司波深雪さん……三矢悠元君。生徒会にようこそ」

 

 その自己紹介の合間に謎の空白が生まれていたことからまた『姉絡み』だと悠元は察したが、そんなことを口に出すことなく「よろしくお願いします」と頭を下げた。そして達也に対してまたもや無視という形に深雪は不満げだったため、悠元が肩を指でトントンと軽く触れつつ視線を送った。深雪も察してくれたようで、気持ちを落ち着けていた。

 まあ、こんな空気を作った張本人たちは呑気に挨拶をしてくるわけだが。

 

「いらっしゃい、悠君に深雪さん。達也君もご苦労様」

 

 そういう風に話しかけてくるのを見て、服部の視線がこちらを向いていることに気付くが、こちらとしては別に敵対するわけでもないので気が付かない振りでもすることにした。そんな態度ではどう見ても真由美に気がある、と言わんばかりでバレバレである。別に教えてやる気にもならないので、無視一択である。

 

「早速だけど、あーちゃんお願いね」

「あ、はい!」

 

 真由美に渾名呼びは止めさせられないという諦めも含んでいるのかもしれないが、作業していたあずさは手を止めて立ち上がった。そして、摩利は達也を呼んで風紀委員会室に案内しようとした。実際に見てもらった方が早いという摩利の考えなのだろう。そんな流れを躊躇いなく切ったのは副会長の服部だった。

 

「渡辺委員長」

「何だ? 服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)少丞(しょうじょう)範蔵(はんぞう)副会長?」

「フルネームで呼ばないでください!」

 

 服部家。百家支流の一つで、[忍術]の名門・服部家とは同姓だが無関係である。摩利の言葉に恥ずかしいと言わんばかりの口調で反論する服部。だが、摩利はそんなこともお構いなしに捲し立てる。

 

「じゃあ服部範蔵副会長」

「服部刑部です!」

「そりゃお前の名前じゃなくて官職だろ、お前の家の」

「今は官位なんてありません! 学校には服部刑部でちゃんと届けています! ……って、そんなことが言いたいのではありません」

 

 完全に弄ばれている服部に真由美は顔を背けて笑いを堪えている。こんな状況を作った張本人だというのに、少しも悪びれないのはどうかと思いつつ二人のやり取りを聞きながらあずさの説明を聞き続ける。何が聞きたいんだと問いかける摩利に対し、服部は達也を睨むように見た後、摩利に視線を戻しつつ発言した。

 

「その一年を風紀委員に任命するのは反対です。過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例はありません」

 

 生徒会の一員だというのに禁止用語を口にした服部に対し、摩利は毅然と対応する。

 

「いい度胸だな、服部。生徒会の一員でもあるお前が、風紀委員長である私の前で禁止用語を口にするとは」

「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の3分の1以上を摘発するつもりですか? そんなこと出来るわけがありませんよ」

 

 摩利の言葉に対しても怯まない様子の服部。ざっと数えて200人以上―――そんなのは無理だという服部に摩利は悠元に問いかけた。

 

「悠元君、服部はこう言っているが……君の姉―――先代会長はどうだったか聞いているか?」

「佳奈姉さんから聞いた話だと、禁止用語によるトラブルで全一科生の約6割、全二科生の約1割を1年半で検挙してるそうで。人数換算で3分の1は超えますね」

「なっ!? そんなことありえるわけが―――」

「何でしたら風紀委員会本部にある記録を見れば解るかと思われます。本人が面倒だけど事細かく記載した、と言っていましたので」

 

 そう言い放ちつつ、悠元はあずさの説明を聞くことに戻る。まるで現実離れした内容に動揺を隠せない服部だが、それでも達也を風紀委員に―――厳密には二科生を風紀委員にするのは納得できないということを主張した。

 

「風紀委員は実力で違反者や騒乱行為を取り締まる役職です。実力で劣る二科生(ウィード)には務まらない」

「確かにその通りだが、実力にも色々あってな。達也君には発動された起動式を正確に読み取る眼と頭脳がある」

「そんな馬鹿な。単一工程の起動式でもアルファベット3万文字相当になる。そんなこと出来るはずがない!」

 

 服部の常識からすればそうなのだろう。だが、それを可能とするだけの実力を達也は持っている。その意味で摩利の見抜いた資質は間違いではない。起動式を素早く正確に読み取ることができれば、今まで罪状が分からずに軽い罪で済んでいた未遂犯への抑止力にもなると摩利は述べつつ、達也を風紀委員に推薦する理由を説明する。

 

「それに、私が彼を欲する理由は彼が『二科生だから』という理由だ。今まで風紀委員は一科生のみで構成されており、一科生が二科生を取り締まる構図はあってもその逆は存在しなかった。その状態が一科生と二科生の溝を助長するようなことは私の望むところではない……これは悠元君に対する答えでもある。これでもまだ申し開きはあるか? 服部副会長」

「っ……会長。自分は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します。魔法力の劣る二科生に風紀委員は務まりません!!」

 

 ……完全に意固地というか、屁理屈というか、駄々をこねてるようにしか見えんな、と思う。

 服部の述べていることは『魔法力』による実力で風紀委員を決めるべきという主張。一方の摩利は『分析力』による実力で、取り締まる側の差別助長を取り除く方向に持っていこうとしている。こうやって並べると服部の主張は差別を無視してもよいと言うようなものばかりだ。

 すると、ここで声を上げたのは深雪だった。やはり達也のことを貶されて黙っていられなかったのだろう。

 

「待ってください! 兄は確かに魔法実技の成績が芳しくありません。ですが、それは評価方法に兄の力が適合していないだけなのです! 実戦なら、兄は悠元さんと互角に戦えます!」

 

 すっごく大きく持ち上げられてる気がする。いや、この場合は達也がだな。現に達也は「俺が悠元と?」と言わんばかりの顔をしている。確かに達也の『あの力』を使ったら互角になるんだろうが……世界が滅ぶよ? 本当に冗談抜きで。深雪さん、お願いだから言葉を選んでください。

 きっと、この時ばかりは達也も同意見だろうと思う。

 

「司波さん。魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければなりません。不可能を可能とする力を持つが故に、社会の公益に奉仕する者として、自らを厳しく律することが求められています。魔法師を目指すものは、身贔屓に目を曇らせてはいけません」

「身贔屓などでは―――」

 

 服部の言葉に対して内心「お前がそれを言うか」と思いつつ、ヒートアップする深雪を止める。これには少し意外だったと言いたげな達也を見てから、深雪に視線を向けた。

 

「深雪、少し落ち着こう」

「悠元さん、ですが」

「この状況で深雪がどうこう言っても身贔屓で片づけられるだろう? なら、選手交代ってことで」

 

 こんな役割などしたくもなかったが、この雰囲気を変えるとするなら自分が出るしかないかなと思う。このまま達也が出てもいいんだろうけど、それでお互いの居心地を悪くするのもよくないと思った……変に苦労性かもしれないな、俺も。

 そう思いながら深雪の前に出て言葉を発する。

 

「服部副会長。先程貴方は『魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければならない。そして、自らを厳しく律することが求められている』と仰った。それは先ほど達也の風紀委員推薦に関する渡辺委員長と七草会長に対する言動と態度からして、副会長ご自身にも言えることではありませんか?」

「っ!? お前も、司波達也の風紀委員就任を支持するというのか?」

 

 完全に面を食らったような服部に対し、冷め切ったような表情で悠元は言葉を続ける。

 

「ええ。確かに、魔法力という観点なら服部副会長の言う通り二科生は一科生に劣ります。ですが、魔法師の実力は必ずしも魔法力とイコールで結びつかないもの……とはいっても、納得できないかと思われます。現に会話が平行線ですからね」

 

 第一高校における魔法力の評価方法と照らし合わせた場合、達也の評価は間違いなく二科生レベルになってしまう。それ自体を別に否定するつもりはないし、達也本人もそれを不服とせずに認めている。深雪としては不服かも知れないが、こればかりは学校のシステム自体の問題なのだ。

 評価方法も問題だが、達也自身が持つ魔法も厄介だし、何より彼の出自が特級クラスの爆弾なのだ。これらの事実を知るのは、この学校に限定しても当人を除けば深雪と悠元しかいない。学校ですら全てを把握していない彼を評価など出来る筈がない。

 

 話を戻すが、この学校の評価基準だけで反対している服部に対し、学校での評価だけでなく先日の騒動を見た上での期待を込めた真由美と摩利の推薦。恐らくだが、先日横浜で起きた魔法師による騒ぎの当事者であることも想像がついているのだろう。

 彼女らからすれば、相手が軍人魔法師でも素手で取り押さえた(実際には魔法を行使しているだろうが)達也ならば、魔法科高校レベルの生徒を取り締まれると睨んだ。だからこその風紀委員推薦でもあったわけだ。

 

「なら、二科生が一科生に通用するかどうか―――七草会長と渡辺委員長が推薦している真意を測る意味でも実際に戦ってみればいいかと。服部副会長と達也で模擬戦をされては如何ですか?」

「三矢……本気で言っているのか、お前は?」 

「至って本気ですが? このままズルズルと引き摺って遺恨を残すよりは建設的な提案をしているつもりです。というわけで、どうだろう達也?」

 

 明らかに睨み付けるような表情の服部に対し、悠元はその様子に臆することなく達也の方を向いてそう言い放った。ここから先は自分の出番だと察するように達也は悠元の横を通り過ぎ、窓際で服部と相対する。

 

「服部副会長、模擬戦をしましょう。別に風紀委員になりたいわけではありませんが、妹と親友の目が曇っていないことを証明しなければなりませんので」

「……いいだろう。身の程を弁えることの重要性を、たっぷりと教えてやる」

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして、真由美と摩利の宣言によって二人の模擬戦が原則非公開の正式な試合として組まれる形となった。場所は第三演習室にて、開始時間は30分後。達也がCADを取りに行く前、悠元は達也に近づいてバツが悪そうな顔をしていた。

 

「申し訳ないな、達也。お前に要らぬ苦労を強いてしまって」

「いや、此方こそ助かった。お前の言う通り、あのままだと話が拗れたままで遺恨を残しかねなかったのは事実だろう。だが、お前が深雪の代わりに怒ってくれるとはな」

 

 達也としては深雪の代わりを引き受けたことに驚きはあった。でも、深雪があのまま怒り続けても身贔屓だと片づけられていたことは確かであり、その意味で感謝しているような台詞を述べた。それを聞いて悠元は頭をガシガシと掻く。照れてるような様子に深雪も笑みを浮かべていた。

 

「怒ったというよりも一周回って冷静になっただけだよ……絶対に勝てよ。お前ならできる」

「ああ」

 

 達也と深雪がCADを取りに行くのを見送り、悠元は二人より一足先に第三演習室へと向かった。演習室には既にやる気十分といった服部に、審判役となる摩利、彼女の後ろに真由美、鈴音、あずさの姿があった。戦いの邪魔にならないよう軽く頭を下げたのち、真由美たちに近づく。

 

「先程はすみませんでした。出過ぎた真似をして」

「いえ、こうなるのではと思っていましたので。三矢君……その、彼は強いんですか?」

「悠元で構いません……まあ、強いですよ。世辞抜きに」

 

 悠元の謝罪を受け取りつつ、鈴音が名字を呼ぶことに慣れていない様子だったので、その辺を断りつつ悠元は話す。ただ、強いという言葉で片づける方が失礼だと思いつつ、悠元は息を吐いた。すると、真由美は悠元に問いかけた。

 

「言っておくけど、はんぞーくんは強いわよ? 魔法科高校の正式な試合なら負けなしよ?」

「でしょうね。それは副会長の立ち振る舞いから解りますよ……ただ」

「ただ?」

「確かに一科生と二科生では魔法の発動速度に差が出ます。でも、実際の立ち合いでその場を動かずに勝負が決まるなんてごく稀です。それこそお互いに魔法を撃ち合うものでもない限り、あり得ないでしょう」

 

 今回の試合ではその場を動いてはいけないというルールなどないし、移動エリアの制限もない。演習室内のみに限定されるが、それを差し引いても、動かずに勝負が決まるとは思えない。恐らく服部は発動速度の優位性を生かして速攻を掛けるつもりだろう。だが、それが通じるのは“平均的な二科生”の場合だ。

 

「なら、どうやって勝つというの?」

「簡単ですよ。『相手より先に魔法を命中させればいい』んです」

「えっと、どういうことなんです?」

「それは、魔法の発動速度という意味なのでは?」

 

 魔法を発動させる速度からいえば服部に軍配が上がる。だが、それはお互いが知覚出来る射線上にいることが前提となる。なら、もし服部が知覚できる範囲に達也がいなかった場合、どうなるか……疑問符を浮かべる三人に対し、この勝負はもはや“茶番”だと思っていたところに扉が開き、達也と深雪が姿を見せる。

 達也は手に持っていたケースを隅のデスクに置き、ケースを開けて銃形状特化型CAD一丁にストレージをセットして構える。動作は問題ないと判断して、右手に持ったまま模擬戦の初期位置に付いた。深雪は観戦するために腰を下ろしている悠元の傍に立った。

 

「先輩方と随分と仲が宜しいんですね?」

「言葉に棘が見えますけど?」

 

 笑顔なのに言っていることが怒っているようにも聞こえ、悠元は肩を竦めつつ呟くと、悪戯っ子のような笑みを零しつつ、二人の戦いを観戦する。

 

「ふふ、それはどうでしょう……悠元さんは、お兄様がどうやって勝つと思われます?」

「あのストレージ、振動系統のやつだな。そうなると……まあ、()()撃ち込んで終了、だな」

 

 二人からすればこの勝負自体、達也が勝つことを疑っていなかった。何せ達也の本来得意とする魔法が使えなくとも、達也の創意工夫や体術は既に高校生レベルでないことを知っているからに他ならない。

 決して服部が弱いとは言っていない。だが、達也がこの学校において“二科生”という評価を下されたという意味を彼は理解していない。ならば、服部が勝つ確率はほぼ皆無だった。

 

 そして、摩利のルール説明ののち、試合開始の声が響く。

 服部はすばやくCADを発動させる―――移動系統の術式を達也の足元に発動させて吹き飛ばそうと目論む。

 だが、次の瞬間に服部は達也の姿が目の前から消えたことに驚く間もなく、体が突然揺さぶられるような感覚ののち、意識を失った。

 その達也はといえば、右手に持ったCADを構えた状態で服部の背後にいた。

 

「……っ! 勝者、司波達也!」

 

 摩利は一瞬の出来事に呆然とするが、立っている達也と床に伏せている服部を見て、試合終了の宣言をする。

 

 何が起こったのか理解できない真由美、鈴音とあずさ。

 兄が勝ったことに喜ぶ深雪。

 悠元も同じく達也が勝った事を喜ぶように笑みを零した。

 

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