魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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いい加減隠居させるべき御仁の一例

 店主との会話を終え、何事も無かったかのように店を出た二人。すると、沓子は気に掛かったことがあるようで、悠元に横目で視線を向けつつ小声で尋ねた。悠元はそれを見て移動式の遮音フィールドを即座に張った。

 

「悠元、確か十師族の一つである九島家が京都・奈良・滋賀・紀伊方面を担当しておるはずじゃが、九島家は頼れぬのか?」

「それな……俺も最初は九島家を上手く使えないか思案したことはある」

 

 だが、それは確実に関係悪化を招くどころか治安の悪化を招きかねないと判断した。九島烈が当主をしていた時とは異なり、今の九島家当主は力を求めている。その一端が彼の末子の光宣という結果に行き着く。九島烈が実弟に対抗して魔法師強化措置を受け、成功してしまったことが九島家を歪ませる発端だった。

 

 十師族や師補十八家に分家というシステムがない(四葉は表向き秘匿しているため、ないという形になっている)のは、徒に勢力を拡大されては管理できなくなるという政治家や将校たちの思惑が大きい。

 だが、その弊害が九島家はおろか多少なりとも師族二十八家を歪ませ、師族特有とも言える変なプライド―――言い換えれば一種の選民思考が根付いてしまっている。その代表的な例は七宝琢磨の七草家に対する対抗心や七草弘一の四葉真夜に対する想いあたりが分かりやすいと思う。その影響は百家にも出ており、高校入学時における森崎の二科生に対する態度が一番分かりやすいだろう。

 

「九島家や九鬼(くき)家、九頭見(くずみ)家も動かすことも考えたが……結論から言おう。九島家自体に改善の余地が見られないと、九島家は近いうちに十師族の座を降りざるを得なくなる」

「……本気で言っておるのか?」

「勿論。大体、九島家は九島閣下の存在で成り立った。他の『九』の家も閣下を窺ってばかりで現当主の影が霞んでしまう」

 

 九島家は例えると戦国時代の越前朝倉(えちぜんあさくら)家、それも朝倉宗滴(あさくらそうてき)が一番しっくりくる例えかもしれない。細かい部分にまで触れると違う部分もあるだろうが、よく似ていると思ったのは、高齢でありながらも家に強い影響力を残している点だろう。

 既に90近い歳とはいえ、先代当主の烈による影響力が家内のみならず魔法協会や国防軍内でも未だに健在であり、十師族の当主クラスが彼を当てにすることもあったりする。高齢の人間に鞭を討つような真似は道徳的にいかがなものかと思うが、裏を返せば九島家の現当主は他からすれば頼りなく見えるのかもしれない。

 

 大体、九島家が十師族の座に居られるのは九島烈が存命という理由が大きい。いい加減隠居しようとしても彼の教え子には十師族の当主クラスもいるため、彼らにしがみつかれて大人しく隠居できない状態を延々と続けられている……主に七草家が原因で。それに加えて光宣の存在も烈が未だに隠居できない要因になってしまっている。

 

 パラサイドールの開発は九島家の現当主と先代当主が進めていたが、周公瑾の斡旋による大陸の方術士を受け入れる方針を決めたのは現当主で、烈は責任の所在を周公瑾に押し付けることで九島家も一種の被害者になるよう画策した。この部分には、現当主の力に対するコンプレックスが大きく影響しているだろう。今も秘密裏に開発を続行している事実も含めて。

 

「何せ、元実家の初代当主―――俺の父方の祖父も父の影が霞まないように全ての手筈を恙無く行い、元実家とは極力連絡を取らず、十師族の影響力が及ばない場所に隠居しているぐらいだからな。そこまで九島閣下が踏み切らなかった以上、十師族の中で能力的に劣ってしまう九島家の衰退は避けられない」

「悠元が編み出した訓練法を用いてもか?」

「堪え性の無い奴に教えたところで“猫に小判”にしかならん」

 

 理由を簡潔に説明するならば、九島という家のプライドに固執している人間に何を言ったところで通用するとも思えないし、初対面の段階で対等に見ようとしていない時点で対価など期待できない、と結論付けた。

 寧ろ、こちらの立場も鑑みずに厚かましく要求をしてくるかもしれない以上、教える気は微塵も感じられない。

 

「話が大分逸れたな。九島家や他の『九』の家を頼るにはリスクが大きすぎるし、『伝統派』が生まれた経緯に旧第九研の魔法実験が大きく尾を引いている。そんなことが出来たとしても、奈良方面にいる『伝統派』が京都方面に怒りの矛先を向けかねない」

 

 仮に九島家が主体となって京都の『伝統派』と和解が成立した場合、奈良の『伝統派』は北と西を抑えられる恰好となる。紀伊方面は神楽坂家の筆頭主家である伊勢家が三重方面を抑えていることになり、岐阜・名古屋方面は十師族の一角である四葉家の管轄。

 抑え込まれることで自棄になって暴動でも起こせば、奈良にいる正当な古式魔法師の名家や寺社がこぞって抑えにかかる。これこそ、正統派の古式魔法師が動くと最も拙いパターンであり、奈良を基点として畿内が内紛状態に陥ることとなる。

 こうなると、周公瑾としてはありがたい事この上なく、戦況を長期化させるために奈良の『伝統派』へ積極的に関与するのが目に見えている。それは彼の師にあたる顧傑を喜ばせるだけに過ぎないだろう。

 

「神楽坂家が九島家と諍いを持っているのは旧第九研の一件もあるが、神楽坂家は当初、魔法力に優れた九島閣下の実弟を当主に推していた。だが、そこに茶々を入れた奴がいてな。強化措置が成功した閣下を次期当主に据え、その弟をUSNAに追い出したんだ……表向きは同盟国の魔法研究協力のためとはなっていたが」

 

 烈が九島家当主になれたのは、彼を支持した人間の存在が大きい。当該人物は既にこの世を去っているが、その子息がとある組織の幹部クラスに座している。

 その組織の名前は『元老院』。九島烈を九島家当主に仕立て上げた人物の子息の名は樫和主鷹(かしわかずたか)……こうなると、烈が元老院の存在を知っていてもおかしくなくなったことになる。

 

「そういえば、九島家の縁者がおったな……確か、一高のエクセリア・シールズじゃったか?」

「ああ。彼女とその双子の姉が九島将軍の孫娘にあたるが、九島家からしたら複雑だろうな」

 

 無理矢理当主の椅子を奪った者からは優秀な魔法師が生まれず、人道的に憚られる手段を取った。その一方、祖国を追い出された人物の孫娘は双方共に戦略級魔法師足り得る実力を有している。余計なことをしなければ九島家は今も優れた魔法師の系譜を継ぐことは出来たかもしれないが、既に後の祭りだ。

 兄よりも優れた弟の存在は兄のプライドを刺激し、最悪殺傷事に発展したケースは現実や創作物を問わず数多く存在している。烈もかく言うそのケースに該当する一人だ。

 

 彼との会談では九島家の家督継承の争いに関して詳細を仄めかす様な言葉を述べたが、既に終わってしまったことに対して掘り返す気などない。だが、いくら剛三の孫だと知っていて試しであっても殺意を向けたことは決して気分の良いものではない。

 

「ま、九島閣下にはリーナとセリアに関して口を出すなと釘を刺したが、現当主がそれを認めるかは微妙なところだ。最悪、リーナに関してはどこかの家に引き取ってもらう形を取った方がいいかもしれん」

「……つくづくながら、悠元も大変じゃのう」

「全くだ」

 

 悠元が光宣の治療の条件として烈に提示したのは、“()()()()12個の条件”を一切の不足なく呑むこと。その中には当然リーナとセリアの扱いについても含まれており、セリアは既に八雲の養女という形で九重家に籍を入れている。

 前世の妹を婚約者に迎えるのは道徳的にどうかと思う人もいるが、正確に言うと彼女は“従妹”だった。その事実は転生する際に謝罪した女神から教わったが、正直自分の耳を疑った。再会した後にその事実を確認すると、女神の述べていた言葉が現実だと知る羽目になった(妹も同じ女神に会っていたらしく、その時に聞いたと述べていた)。

 

 少なからず妹のことを女性だと認識する部分はあったが、それでも実の妹だと理解していた。なので、前世で妹と恋人になろうとかそんな気は一切なかった。付き合っていた彼女とあんな別れ方をした以上、恋人を作る気にもならなかった影響もあっただろうが。

 転生してセリアからも「本当にいいの?」と聞かれたことはあったが、セリアが転生者だと明確に知っているのは俺だけだ。彼女の拠り所になることで力を抑えるストッパー的な役割を担うのは深雪の前例がいるので認めざるを得なかった。

 それに、軽い調子で接することが出来る人間は非常に限られているため、俺の素性を知っている人間が近くにいるのはありがたい。あまり調子に乗るようならばツッコミを入れて黙らせるが。

 

 要するに、前世は前世、今世は今世と割り切っているし、身内とはいえ少なからず女性だと認識していたし、向こうの気持ちを無碍にする必要もない。元々問題なかったものを知らなかっただけでしかなかった。

 そんな風に割り切れているのは、俺自身の精神が変に擦れているからかもしれないが。

 

 閑話休題。

 

「そんな辛気臭い話はここまでにして、愛梨や栞とはどこで合流するんだ?」

「14時に京都駅じゃな。ただのう……あの口調からして、色々追及されそうな気がするのじゃが」

「それは仕方が無いだろう」

 

 そもそも、家の用事とは言え学校から公欠扱いで昨日から動いているのだ。第一高校と第三高校で合同警備以外の情報のやり取りがされているわけではないが、昼食時の連絡で沓子は愛梨から『ところで、本当に沓子一人なのですか?』としつこく聞かれていた。確かにいくら自衛のための手段を持ち得ているとはいえ、女子生徒を一人で歩かせるのは風聞的にも宜しくないだろう。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして、京都駅で合流した後、愛梨は挨拶もそこそこに沓子への追及が始まった。流石に周囲の視線もあるため、手頃な喫茶店に入ったところで改めて愛梨が沓子から情報を聞き出そうとしていた。これに関して下手に触れずにコーヒーを飲んでいると、悠元の向かいに座っている栞が小声で話しかけてきた。

 

「ねえ、悠元。沓子って悠元の恋人なの?」

「……大体間違ってはいない立場だ、としか答えられん。この話は十師族の当主クラスでも秘匿されてるからな」

「成程ね。最近はコンペで忙しいのに、沓子が学校を休んで京都へ先に出向いてると聞いてからあの調子で……」

「俺にはどうにも出来ない話なんだが」

 

 大体、沓子は百家だが『九頭龍』の一角を担う四十九院家の令嬢。対して愛梨は師補十八家の一つである一色家の令嬢。

 愛梨がこちらに向けている感情はそれとなく察しているが、婚約話自体が泉美を除けばほぼ身内に止められている段階だ。千姫から聞き及んでる範囲から推測すると、四葉家の次期当主が固まり次第神楽坂次期当主の婚約者募集も行う手筈になるだろう。

 

「それに、俺の婚約者が最終的に何人になるか読めんからな。『クリムゾン・プリンス』ならまだ話は分かるんだが」

「……一条とは違って、悠元は割と親しみやすいからだと思う」

「将輝が聞いたら膝から崩れ落ちそうだな」

 

 まあ、当の将輝は深雪に気が向いてしまっていて、他の女子など見向きもしていないに等しい。そんな風に思っていると、沓子が涙目で腕にしがみついてきた。どうやら埒が明かなくなって助けを求めてきたようだ。

 

「助けてくれ、悠元。わしにはどうにもならんのじゃ」

「……分かった。愛梨、これから話すことは十師族の当主クラスでも秘匿している事実だから、それを踏まえて聞いてくれ」

「は、え、ええ、分かりましたわ」

 

 音声改竄の結界を張った上で、自分の婚約に関する情報を一部開示した。当事者側の沓子やそれとなく聞いている栞はともかく、愛梨は驚きを隠せなかった。

 

「ふ、複数の婚約者が既に……やはり、悠元さんは只ならぬ人ですわね」

「現状は非公表の事実が多くてな。というか、愛梨。少なくとも嫌った覚えはないが、何を焦ってたんだ? まあ、予測は付くが」

「……概ね、悠元さんの思っている通りですわ」

 

 愛梨が言うには、昨年の九校戦の段階で縁談があったらしく、愛梨としてはその縁談を断りたかった。この時点で自分への好意を持っていたらしい。九校戦で活躍したことにより、その縁談が白紙に戻って今度は三矢家に縁談を申し込もうと画策し始めたのだ。

 ただ、ここでネックとなったのは将輝と真紅郎が当時三矢の姓を名乗っていなかった悠元に無礼を働いた件だった。将輝の母親は一色家の傍系で、一条家と一色家は親戚関係にあたる。将輝が無礼を働いたことにより、一条家だけでなく間接的に一色家もその被害を被る形となったことに加え、剛三に良からぬ印象を与えてしまったのが二の足を踏ませていた。

 

「あー、あのロリコン呼ばわりの件か。爺さんは笑ってたし、特に不快などなく、むしろ愉快であったと述べてはいたが」

「そうでしたの。ただ、その状況で私が婚約者と名乗り出ても、叔父様たちは七草家の二の舞になるのではと危惧していたようで」

「そこでそう来るわけね」

 

 この国の法律上、一夫一妻制という形が多いし、いくら十師族でも再婚はしていても重婚はしていない。身近に愛人を作って子まで成した例があるのは知っているが、幼馴染を貶す理由もないので黙っておくこととした。

 

「それで、正月に沓子が戻ってきて以来、以前よりも女性らしくなったことに疑問が浮かびまして。もしかしたら、そこに悠元さんが関わっているのではと思うと……すみません」

「俺に謝られてもなあ……なあ、沓子。俺は一応序列に口は出せるのか?」

「それは問題ないじゃろう。何せ、最終的にはお主が決めることじゃからな」

「悠元、何をする気なの?」

 

 現状の婚約序列は、第一位に深雪(四葉家当主の姪)、第二位以降は雫(北山家令嬢)、姫梨(伊勢家長女)、沓子(四十九院家令嬢)、夕歌(津久葉家長女)、セリア(九島家縁者)、そして泉美(七草家三女)の順となる。今回の一件で七草家が大きく関わっている以上、婚約自体の解消はしないが婚約に関するペナルティは支払ってもらうつもりだ。それに、愛梨の母親からも愛梨のことについては「良ければ娶ってやってください」と好意的に見られている以上、それを無碍にする気もない。

 

「愛梨、年を越す前に一色家から三矢家に申し入れをするよう頼んでもらえ。三矢家当主には俺から話を付ける」

「え……えっ? 本気で仰ってるのですか?」

「至って本気だが。それとも、愛梨は俺との婚約が不服か?」

「そんなことはありませんわ! 寧ろ、政略結婚で見知らぬ人間よりも悠元さんに嫁げる方が幸せですもの……って、栞や沓子は何故そんな目を向けるんですの!?」

 

 表情を綻ばせている愛梨の様子に、栞と沓子は愛梨に対して生暖かい目線を向けていた。これには愛梨も気付いて声を荒げた。

 だが、そんな言葉を聞き流すかの如く栞が声を発した。

 

「沓子が悠元と付き合っているかもしれないと危惧して仕事が手に付かなかった愛梨がそれを言う?」

「ううっ……その件については深く反省しております、栞さん」

「ふふふ、愛梨も隅に置けぬのう」

「大体、沓子が悪いのですよ!」

「なんでじゃあ!?」

 

 婚約に関しては千姫や剛三から「他に気に入った子がいれば、遠慮なく引き込め」とは言われていたが、ただでさえ綺麗どころを掻っ攫っている現状で余計なことをするつもりなどなかった。だから、愛梨の件に関しては踏ん切りをつけるという意味で引き込む形とした。序列は七草家のペナルティも含めて第七位に据える。

 そういえば、エリカの武装一体型CADの関係で五十里家に赴いた際、五十里先輩の妹とも会話することはあったが、あくまでも一線を引いた上で接していた。ただ、帰った後に先輩からのメールで『妹が頻りに君と話したいって言って来たんだけど、どう返したらいいかな?』と聞かれた。兄としても妹の気持ちを無碍にしたくないという思いで相談してきたため、チャットアプリのプライベートアドレスを教えて度々連絡する程度にはなっている。

 流石に彼女まで手を出す気になんてならないし、そんなことをすれば間接的に千代田家とも縁を結ぶことにもなってしまう。別に花音のことを悪しく言うつもりはないが。

 




 『伝統派』のことを考えると、九島家には彼らの怒りの捌け口として居続けてほしいという思いもあるでしょうが、原作を見ている限りだと九島の魔法をしっかり継承しきれているのが光宣だけという有様だと、一族としての限界が見えてしまっている、と思ってしまいます。
 九島家に関する部分はオリジナル設定も含んでいますが、将軍とまで呼ばれた九島健が簡単に国外へ追い出されたとなれば、少なからず元老院が関わっていた可能性を考慮しての展開です。早い話がヘイト管理。

 セリアに関する前世の説明を入れたのは、単にいくら前世とはいえ妹と婚姻するのは心情的にどうなのか、という部分に対する説明だと解釈してください。困った時の神様頼りとも言いますが。

 そして、愛梨が序列に加わって別のフラグのようなものも。これをどうするかはまだ白紙のままです。何せ、年齢的なところを加味すると将輝の妹である茜と同学年になりますので。なので、白紙のまま受け流すこともあるかもしれません。

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